杏子ちゃん |
「見城先輩!これからお暇ですか!?」 仕事が一段落した瞬間に聴こえて来たのは、元気な後輩の声だった。 「杏子ちゃん?どうしたんだい」 「あの、お暇でしたら・・・ご一緒にお食事でもいかがですか?」 「へぇ〜、これが逆ナンって奴かな?」 「そんなんじゃありません!」 話を聞いていた本部長が冗談交じりで話に入ってくる。 当然だな。ここは本部長のオフィスでオレが本部長に報告を終えた直後の出来事なのだから。 「まぁまぁ、むきにならなくても良いよ〜。 お互い若いんだし、間違いの1つや2つくらい起こったって不思議じゃないからねぇ」 「・・・怒りますよ」 杏子ちゃんはふくれっつらとでも言うのか、妙に可愛らしい顔をしている。 本人は本気で怒っている仕草のつもりなのだろうが、 その表情は少女と言っても通用しそうな、可愛らしい表情だ。 「おーコワ。どこかの誰かさんみたいな顔しないでよ〜。心臓に悪いんだから」 恐らく本部長もオレと同じような感想を持ったのだろう。その表情は穏やかだ。 「もう・・・。 あ!それで、どうですか先輩?」 「んー。予定は無いから、別に構わないよ」 「そうですか、良かったぁ」 オレの返事に安心したらしく、杏子ちゃんは笑顔になった。 感情の表現が素直な娘だな。キライじゃない。 そして、自分の行動が誰かを笑顔に出来る。当たり前の事のような気もしたが、何処か嬉しかった。 「ねね、僕もこれから暇なんだけど」 「ダメです」 「そんなキッパリ言わなくても良いじゃない・・・」 * * * * 2人で外へと出る。 太陽の日差しはすでに無く、そこにあるのは直視しても眩しくない月の光。 静けさとは程遠い周囲も、昼とは雰囲気が違ってみえる。 どちらかと言えば、オレにお似合いの時間帯だな・・・。 太陽の明るさの恩恵を受けられる光溢れる世界。 そこにオレの居場所なんて、無いのかもな。 「さ、何処に行きます?」 「何処って・・・決めてないの?」 「あ・・・す、すみません! さっき先輩を見かけてからお食事に誘おうと思い立ったので、時間が・・・」 「訊きたかったんだけど、どうしてオレなんかを?」 「あ、はい。内調の仕事って実際にはどんな感じなのかお聞きしたくて。 やっぱり訓練通りに全てうまく行くとは思いませんから、 実際に現場で働いている人の意見を訊きたくて。 こんな事訊ける人なんて、と言うより配属されてから先輩しか知り合いがいませんし・・・」 「まりな先輩は?」 「えーとですね、まりな先輩の仕事の真似なんて私には出来そうもありませんし。 それに話を聞いたら最後、何言われることか分かったもんじゃありませんから」 「なるほど、つまりオレの仕事ぶりくらいならなんとかなると思ったんだね?」 「あ!いえ、そんなつもりじゃ!」 「ごめんごめん。意地悪な発言だったね、謝るよ」 「そんな事無いです、私の言い方が悪かったんです!」 「そうやってすぐ自分が悪いと決め付けないほうが良い。 誰かを庇ったりする事が、本当にその人の為になるとは限らないからね。 逆に、庇われた事がその人にとってずっと重荷になる事だってある。 本当にその人の事を思うのなら、時には相手を庇う事をしてはいけない時だってあるさ」 「先輩・・・」 「返答は?」 「あ、はい!分かりました」 「というわけで、今回は杏子ちゃんも悪かったしオレも悪かった。両成敗って事で食事代は割り勘。 いいね?」 「はい!」 「で、何処に行こうか?」 「そうですね・・・。やっぱり、ステーキがある所がいいですか?」 「杏子ちゃん・・・それ偏見だよ」 * * * * オレ達は適当に街を歩き、雰囲気の良さそうなレストランを発見しそこへ入った。 「ご注文はお決まりでしょうか?」 「えーと、私は和風ハンバーグを」 「オレはビーフシチュー」 「かしこまりました」 オーダーを聞き、ウエイターがテーブルから去っていった。 「それじゃ、乾杯」 「かんぱーい」 料理に先行して届いた白ワインが入ったグラスで軽くお互いのグラスで触れた後、一口含む。 オレはワインに詳しくもないし、味も分からない素人だがこのワインは美味しいと感じた。 まあ、誰かと酒を飲むなんて久しぶりだからその所為かも知れないな。 「んー、意外です」 「何が?」 「ステーキ、頼まないんですね」 「杏子ちゃん・・・」 「ふふ、冗談です」 杏子ちゃんはイタズラッぽく笑う。 天使のような明るい笑顔だと思っていたが、今だけは子悪魔の微笑みに見えてきた。 「だったら、杏子ちゃんはお酒を頼まない方が良かったね」 「? どうしてですか?」 「いや、10代に間違われて店員に止められると面倒だなって思ってね」 「あ――っ!!それ凄く失礼な発言ですよ!」 「だってね・・・」 「その半笑いを止めて下さい!」 「お客様」 突然ウエイターに杏子ちゃんは呼び止められた。 「あ、はい」 「申し訳ありませんが他のお客様のご迷惑となりますので、もう少し静かにお願いしたいのですが」 「す・・・すみません」 「申し訳ありません」 そう言って、ウエイターは奥へと消えていった。 「もう!先輩の所為ですよっ!」 真っ赤な顔をした杏子ちゃんが、小さな声でオレに抗議してくる。 「ごめんごめん、ちょっとからかいたくなってね」 「どうしてですぅ?」 「そんなふくれっつらしないでよ。 ま、可愛い後輩の少し困った顔を見てみたくなったのさ。きっと可愛いだろうと思ってね」 「うーん ひょっとして私、今口説かれてます?」 「まさか、真実を言ったまでさ」 「その見城ヴォイスと見城アイで、数多の女性を泣かして来たんですね・・・」 「こらこら、脚色しないでよ」 「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」 「そうだねぇ、それじゃステーキをもらおうかな」 「「えっ!?」」 2人の声が重なる。 後ろから聞き覚えのある声、つまり本部長の声が聞こえたからだ。 「ん?あれぇ杏子君に見城君じゃないか?いや奇遇だねぇ」 「・・・ホントに奇遇ですか?」 杏子ちゃんは思いっきり疑惑の眼差しを本部長に向けた。 「ぎくぅ! ・・・なーんて言うと思ったかい?本当に偶然だよ。信じてよ」 「そこまで仰るんでしたら・・・信じます」 「良かったー。 でも、現役の捜査官2人にまったく気付かれないなんて、僕もまだまだ捨てたもんじゃないねぇ」 「ほんぶちょー!!」 「冗談だよ、じょ・う・だ・ん」 「杏子ちゃん、そんな風に大声出してたらまた注意されるよ」 「あっ」 「ふふーん。それだけは聞いてたよ。 君はホントに初々しいね〜、何処かの誰かさんと違って。 でもその初々しさは君の魅力の1つだけど捜査にはデメリットだ。 人の言う事を素直に全て聞いたりしては真実が見えてこない場合だってある。 真実は言葉の裏に隠されている場合もあるからね。 君の魅力を消すようで心苦しいけど、捜査の時は気を付けてね」 「はい・・・分かりました」 「結構。 ・・・所で、デートを邪魔して悪いけどご一緒してもいいかね?」 「ダメです。 人の恋路を邪魔する奴はってやつですよ、ほんぶちょー?」 「そうですよ。杏子ちゃんとの仲を邪魔しないで下さいよ」 「そう返されるとツライね・・・。てっきりデートという言葉を否定してくると思ったんだけどなぁ」 「私達、ラブラブですよ。ね?陽一さぁん♪」 「ラ・・・。 そ・・・そうだね、杏子ちゃん」 「ちょっとちょっと、見城君まで困らせてどうするの」 「ふふ・・・私を困らせようとしたバツですよ。御二人さん♪」 そう言って杏子ちゃんは、グラスの中に入ったワインを一気に飲み、 少し紅い顔をしながらオレと本部長に微笑んだ。 さっきはそう見えてきたと思っただけだが、今は違う。正真正銘子悪魔の微笑みだ。断言する。 「・・・君って似てないようでまりな君みたいな所があるね・・・。 ふう・・・なあ見城君・・・所詮男は、いや僕達2人は女性に踊らされる宿命なのかな?」 「そうかも・・・知れませんね」 「「はぁー・・・」」 静かな店内に、2人の溜息が木霊した・・・。 * * * * 「うーん。 お腹いっぱいの時って夜風が気持ち良いですね」 外に出てすぐに、杏子ちゃんは大きくのびをした。 確かに、夜風が心地よく感じなくもないな。 「しかし・・・よく食べたねー。杏子君は」 「割り勘の時は、払う量より食べた量を多くする。割り勘の鉄則らしいですよ」 「それ・・・誰に教わったんだね?」 「まりな先輩です」 「まったく、何を教えてるんだか。 分かっていると思うけど、それ鉄則じゃないからね」 「あれ、そうなんですか?分かりました。 さて、そろそろ私は帰りますね。先輩、今日はどうもありがとうございました!」 「オレも楽しかったよ。 でも、ゴメンね。仕事の話全然しなくて」 「そんな事ないですよ。お話を伺いました。 先輩からは、自分が悪いと決め付けない方が良い。 本部長からは、真実は言葉の裏に隠れている場合もある。って教わりましたから」 「そう?役に立てたのなら良いんだけど」 「はい!とても参考になりました」 「気にしなくていいよー。君がミスすると困るのは僕だしね。 君には出来る限りの助言は惜しまないからさ」 「分かりました。 それでは、この辺で失礼しますね」 「あ、送って行こうか?」 「大丈夫です。私、これでもエージェントなんですから」 「いやーそれでも心配だよ。なにしろ杏子君だからねー。 不法侵入者が家に入って来ても爆睡して気付かない気がするよ」 「大丈夫ですッ!」 「冗談だよ。そんなに怒らないの」 「・・・分かりましたぁ。 あ、先輩!」 「ん?」 「デート、本当に楽しかったです。今度は先輩から誘って下さいね」 「ああ、今度は本気で口説きにかかるよ」 「ふふっ、楽しみにしてますね」 途中、子悪魔の微笑みにも見えた杏子ちゃんの微笑みだったが、 最後には天使の笑顔でオレに微笑みかけてくれ、そして人ごみに紛れて消えて行った。 「・・・行っちゃったねぇ」 「そうですね」 「見城君、君は杏子君をどう評価する?」 「・・・未知数ですね。 正直、捜査官には向いていない性格に思えますが まりな先輩のような凄腕になる可能性も秘めているように見えます」 「だねぇ。僕も杏子君には大きな期待と大きな不安を持っているよ」 「少なくとも、普通の捜査官にはならないと思いますよ。 まりな先輩とも、自分とも全然違う、未知なる捜査官になるでしょうね」 「未知・・か。 見城君、杏子君が内調を志した理由は?っていう質問になんて答えたと思う?」 「うーん。分かりませんね」 「『正義の味方に憧れて』だよ。さすがに笑いそうになったよ」 「ははっ、本気な人を笑ってはいけませんよ」 「君だって今笑ったじゃないのー」 「・・・でも、警察官とかが正義の味方だって、昔は思っていませんでした? 子供の頃の夢が警察官って奴も多かったですし」 「うーん、そんな時代もあったかもね」 「多分、昔の気持ちを持ちつづけるのって、大切なんだと思います。 そうやって昔の気持ちを何時までも持ちつづけている杏子ちゃんを自分は少し羨ましく感じますよ」 「うーん、見城君と杏子君。 君達2人は良いコンビになれるだろうね。 言っちゃ悪いけど意外性の杏子君と着実に任務をこなす見城君。 まったく違う2人がお互いの無いところを補い合っていけば、2倍3倍の成果を上げるだろう。 そうだねー、見城君の引き立て役としてだけでも杏子君を採用した甲斐はあったね〜」 「それは杏子ちゃんに失礼ですよ、やっぱり」 「あ、やっぱそう思うー? とにかく、これからも期待しているよ?見城捜査官!」 「・・・」 でも、オレにはもう・・・その資格は無いのかも知れない。 「ん?どうしたんだね」 「いえ、・・・分かりました」 「そうそう、その意気だ。 んー、まだ夜は長いねぇ。どうだい?男2人、寂しく飲み明かさないかい?」 「そうですね、お供します」 「よーし、それじゃ行こうか。 そう言えば君と飲むのって初めてだねぇ。 今日は楽しく飲もう。強き女性に翻弄されるか弱き男同士でね♪」 「ははっ、それは良いですね」 オレはもう、後戻りは出来ないかも知れない。 この人の期待に答える事が出来ないかもな・・・。 でも今は・・・オレを期待してくれるオレにとって良き上司であるこの人と、酒が飲みたかった。 END |
四方山話(言い訳) |
始めは題名通り、見城の視点での杏子が主役の話のつもりだったんですが、 何時の間にやら見城と本部長の話になってしまいました。 私の杏子の印象が、美人というより可愛い部類に入る、てな印象なもので こんな感じの杏子になりました。 敵同士ともいえる杏子と見城ですが、見城の正体が発覚するまでは とても仲の良い先輩後輩に思えたのでこんな話も良いかなと思いました。 なーんかシュチュエーションが「朝ご飯はなんですか?」に似ているのが難点ですが(汗) しかし、自分で書いておいて「見城ヴォイスと見城アイで女性を口説く」見城・・・。 見てみたいなぁ(笑) |