何気ない日常 其の一 |
<Scene 1> 「今日の夕飯はカレーでいいか?」 食品売場へと入る直前、弥生は入口に規則正しく並べてあったカートを取り出しながら、 隣でつまらなそうな顔をして突っ立っている小次郎に確認の意味を込めて尋ねた。 「あ、ああ・・・別に俺は何でもいいぞ。 というより、俺が食べたい物言っても絶対に作らないじゃないか。」 例えここで「ハンバーグが食べたい」と言っても、絶対に聞き入れられない。 弥生からこのように尋ねられた時は、決まってそうだった。 「はあ!?そんなことないだろう!この間はちゃんと・・・・・ちゃんと・・・・・」 思い出せないのであろう。 事実、小次郎の言っている事が正しいのである。 そんな弥生をしょうがないなあと思いながらも、意地悪してやろうと追い討ちをかけた。 「ちゃんと・・・何だ?」 「うっ・・・・・・そ、そんなことより、材料を取ってきてくれ。」 しかし、負けず嫌いの弥生である。 自分の分が悪いと思うや否や、直ぐに話題をすり変えてしまった。 「へいへい、しょうがないなあ・・・」 まあ、負けず嫌いはいつものことである。 これ以上追求すると喧嘩になり兼ねないので、 小次郎は素直に返事をして食品売場の中へ足を踏み入れた。 <Scene 2> 「おい、こんなもんでいいか?」 どのジャガイモにしようか悩んでいる弥生の横にあるカートに、 小次郎は大量の品を放り込んだ。 「ああ、すまない・・・ッ!!」 バキッ!!! 弥生はじゃがいも選びに夢中になっていたが、 小次郎が放り込んだ品々を見た途端、即座に小次郎を蹴り飛ばした。 「いってー!なにすんだよ!!」 「お前、馬鹿にしてんのか?!そんなに私の作る物が嫌なら別に食べなくてもいいんだからな! 本当は氷室とかいう女に作ってもらう方がいいんだろう・・・。」 「そんなこと一言も言ってないだろ!」 「馬鹿!じゃあ何だよこれは!!」 弥生がカートから取り出した物にはこう書かれていた。 『ボン○レーゴールド 〜レトルトパック』 ※注:氷室は料理が苦手です <Scene 3> 「しっかし、思いっきり蹴らなくても・・・・・・ギャグだったのに・・・」 弥生に蹴られた個所を摩りながら、小声で呟いた。 「フン!自業自得だ。」 小次郎にとっては冗談でやったつもりだったのだが、弥生にはあまり通用しない。 解ってはいるのだが、弥生の素のままを引き出しているような気がするため、 実は結構嬉しかったりする。 ショッピングカートの中に次々に放り込まれていく材料。 その様子を何気なく眺めていた小次郎だったが、 ある品物を目にした時、堪らず弥生に問い掛けた。 「おい、弥生。これは何に使うんだ?」 小次郎が手にした品を見て、弥生はさぞかし「当たり前」といった感じで、 「ああ、カレーに入れる。」 と答えた。 「え〜!!」 周りの買い物客が振り向くほどの大きな声を上げて、小次郎は驚いた。 「何をそんなに驚くんだ!?『しめじ』を入れるのがそんなにおかしいか!?」 「おかしいって・・・・本当に美味いのか?」 「うーん、私も最近まりなから聞いただけだからなあ。実際に入れるのは初めてだ。」 まりなの名前を出されて、小次郎は益々不安になった。 それは、弥生も一緒だった。 「ま、まあ、やるだけやってみよう・・・」 その声は、実に頼りない声だった・・・。 <Scene 4> カートの中を見る限り、カレーの材料は揃っているようだ。 一部不安な物が入っているが、料理の腕で何とかカバーできるだろう。 2人は冷凍食品のコーナーを抜け、豆腐売場へと差し掛かった。 「小次郎、ちょっと待っててくれ。」 そう言うと、弥生は豆腐売場の一角で目を凝らしはじめた。 立ち止まる事数秒、弥生は満足げな笑みを浮かべてカートの所まで戻ってきた。 弥生の手には、『本日の特売!』というシールが貼られた納豆(3パック入り)が握られていた。 「はあ、納豆ごときで何でそんなに嬉しそうなんだ?」 普段、笑みを見せる事が少ない弥生である。 納豆を握り締めて微笑んでる姿は、はっきり言って気色悪かった。 「これ、今日のチラシに載ってたんだ。」 「チ、チラシィ〜!?そんなのチェックする柄かよ。」 確かに毎月の新聞は取ってるし、その中には勿論チラシが含まれている。 しかし、弥生がそれを熱心に見る姿はまずお目にかかった事がない。 何にせよ別に悪い事ではないので素直に受け止めることにした。 「で、いくら安くなってるんだ?」 「20円引き」 「そんなの殆ど変わらないじゃねーか!なんかおばさん臭くなったぞ、最近。」 「何だって!?」 その直後、小次郎は風の如く消えていた・・・。 <Scene 5> ピッ、ピッ、 材料も一通り揃え、弥生と小次郎はレジの前にいた。 小次郎はしきりに頭を摩っている。 どうやら、あの後見事に捕まったらしい。 ピッ、ピッ、 店員が見事な手捌きで、バーコードリーダーにかける。 「お会計、2976円になります。」 店員が合計金額を言うや否や弥生は舌打ちをし、 小次郎の方へ振り向いた。 「小次郎、悪いが何でもいいからあと一品持ってきてくれ。」 「はあ、何でもいいって言ったってなあ・・・」 「いいから、持ってきてくれ。」 しょうがないという顔で、小次郎は再び店内へと入っていった。 このスーパー、500円分の買い物をするとスタンプが一つ押され、 50個貯まると2000円分の商品が買えるようになる仕組みになっている。 弥生はこのスタンプを集めているのだが、2976円ではギリギリ3000円に届かない為、 ほぼスタンプ1個分を損する計算になるのである。 故に、3000円を超えるようにしようと、小次郎にあと一品お願いしたのだ。 「おい、持ってきたぞ。電池でいいか?」 小次郎は何がなんだか解らない顔で戻ってきたが、 弥生がスタンプカードを持っているのを見て、ようやく弥生の真意に気づいた。 「成る程、ギリギリ届かなかったって訳ね。」 「そういうことだ。」 弥生は小次郎から電池を受け取ると、店員に渡した。 ピッ、 「お会計、3449円になります。」 「ゲッ!!」 よく見ると、電池には『450円』という値札が貼られていた・・・・。 <Scene 6> 会計も無事済ませ、弥生と小次郎は駐車場まで戻ってきた。 それなりに買い込んだ為、荷物持ちである小次郎の足取りは重い。 「お前、一つぐらい持てよ!」 「いいじゃないか、どうせ作るのと片づけるのは私なんだ。そのくらいは手伝え。」 なんだかんだ言っても、料理だけはちゃんと作ってくれるのだ。 流石にこれ以上文句を言う事はできなかった。 「あ〜!!!」 突然、弥生が大きな声を上げた。 「どうした、何か買い忘れたか?」 「いや、小次郎早く乗るんだ!」 小次郎には何がなんだかサッパリだったが、 急いで車に乗ると、弥生は出口へ向かって車を走らせた。 「そんなに急いでどうしたんだ?」 小次郎が尋ねても弥生は何も言わず車を走らせている。 そして、駐車場の出口にある精算所まで辿り着いた。 「駐車時間は1時間1分だから250円ね。」 弥生は落胆の溜め息を吐いた。 そう、買い物のレシートで駐車料金が無料になるのは1時間までだったのだ。 『1分ぐらいいいじゃないか。』 お互いに釈然としない気持ちを持ちながら、沈み行く夕日を背に家路を急ぐのであった。 おわり |
四方山話(言い訳) |
小次郎って「買い物」とか苦手だと思います。 bursterrorで薬を買いに行くシーンがありましたが、毎回あんな感じでしょう。 ただ、恋人同士なら「一緒に買いに行く」というシチュエーションが必ずある筈。 そんな事を考えて書いたのが、この作品です。 改めて読んでみると、弥生が妙に庶民的になっています。 どっちかと言うと、LostOneの桐野杏子の方が似合っているような・・・。 私としては、性格的に「細かい」という部分を表現しようとした結果なのですが、 (塵がちょっと積もってるだけで「掃除だ」とおっしゃる方ですから) なんつーか、違和感があるような気がします。 あとは、弥生の堅い一面を崩すとどんな感じになるかなあと考えました。 崩す方向は色々あるのですが、弥生に「家庭」を求める部分がありましたので、 やけに生活感を出すように崩してみました。 ・・・ちとやり過ぎたかもしれません。 まあ、こんな一面があってもいいかなあ、なんて。 ちなみに、カレーにしめじを入れると美味いです。 |