ちっぽけな夢 |
−−−−−−−−−−−−− 『私の夢は・・・ 小次郎と結婚して子供を産んで・・・ 家族で仲良く暮らす事、ただそれだけ・・・』 腕に手を絡めた体勢で俺の横に寝転んでいる弥生が呟いた。 屈託の無い微笑みを見せていた。 そして、俺にはその笑顔が愛しく思えた。 −−−−−−−−−−−−− 小さい窓から差し込む眩しい光で目が覚めた。 目を擦りながら半身を起き上がらせる。 そして、流れるような極自然な動作で隣に目をやる。 しかしそこは静寂の空間が支配するだけだった。 「夢か・・・」 特に期待をしている訳でもない。 誰かに傍にいて欲しい訳でもない。 ただ、静寂の空間が何故か寂しかった。 懐かしい夢だった。 いつの出来事だったかはっきりとは思い出せない。 ただ、俺と弥生が初めて結ばれて間も無い頃だったと思う。 『私の夢は・・・ 小次郎と結婚して子供を産んで・・・ 家族で仲良く暮らす事、ただそれだけ・・・』 今までに俺が聞いたことのある弥生の夢はそれだけだった。 俺には沢山の夢があった。 それこそ弥生の夢から比べれば夢物語として片付けられてしまうような物ばかりだ。 でも、それが実現するしないは関係無い。 自分の夢を現実にしようとする想いがあればそれでいいと思っていた。 現実になり難いものだからこそ夢なんだと思っていた。 だから、その時は 『ちっぽけな夢だな』 と答えた。 愛想の無い、たった一言だけの答えだった。 でも、弥生は笑っていた。 俺の腕にしがみつきながら、屈託の無い笑みを見せていた。 金も名誉も無い。 大豪邸に住みたいとか、一生かかっても使いきれないほどのお金が欲しい訳でもない。 はっきり言って、世界の大半の人は叶えられるであろう夢だ。 その時の俺はそんな風にしか感じなかった。 それよりも、それは勝手に自分の夢を俺に押しつけてるだけだと思っていた。 ふと、弥生に言われた言葉を思い出す。 『小次郎もよく考えた方がいいんじゃないか? 自分が『何になりたいか』じゃなくて『何になれるか』ってことをさ・・・』 そう言われた時も確か同じように思っていた。 俺は俺、弥生は弥生。 自分が焦っているから、俺に答えを出して欲しいだけだと思っていた。 自分の夢を相手に押し付けるような真似はしないで欲しい、そう思っていた。 『私が欲しいのは家族だ・・・ 温かい家庭が欲しいだけなんだ。』 いや、別にそれは相手が俺である必要はないんだ。 家族なんて、家庭なんて、別に相手が俺じゃなくても持てるものだ。 そう自分に言い聞かせようとした。 そうだ、それが俺である必要はないんだから。 『私・・・小次郎の子供が欲しい。 一時の気の迷いではないのか? 子供を産むなんて簡単な事じゃないんだぞ。 俺の子供なんて言うなよ、バカバカしい。 ・・・ガキじゃないんだ。 『お願い・・・ ! 『小次郎・・・ !!! 『いいの! !!!!! 何かを自分に言い聞かせようとしたが、それももう無理だった。 あのとき弥生が口にした言葉は、決して軽はずみで言える言葉なんかじゃない。 そう、そんなこと簡単に口に出せる筈がないんだ。 そして、その言葉を言うのにはそれなりの覚悟が必要なんだ。 ガキなんかじゃない。 もうガキじゃないから言ったんだ。 『私の夢は・・・ 小次郎と結婚して子供を産んで・・・ 家族で仲良く暮らす事、ただそれだけ・・・』 この夢は一生に一度しかない人生を俺に捧げる決意がなければ持てない夢。 単なる憧れとかではない、俺という存在を本当に慕ってるからこそ持つことができる夢。 だからこそ、簡単そうに見えて一番叶えることが難しい夢。 そして、その夢をずっと持ち続けてきた・・・。 その夢が叶う事を信じて・・・。 いや、叶う事を信じているんじゃない、叶えようとしているんだ。 現実になり難いものだから夢なんかじゃない。 現実にしなきゃいけないのが夢なんだ。 現実にならないような絵空事は単なる「憧れ」に過ぎないんだ。 弥生がちっぽけな夢を持っていたんじゃない。 俺がちっぽけな夢、いや夢にも満たない憧れを抱いていただけなんだ。 自分の中での弥生という存在をもう一度考えてみた。 存在価値が無い人間であれば、いい迷惑なのかもしれない。 それはそれで文句は言えない、一応俺にも選ぶ権利はある。 ・・・でも、そうは思わない。 むしろ、あの屈託の無い微笑みをもう一度自分の腕の中で見せて欲しいと思う。 いや、もう一度と言わず何度でも見たい。 その笑みは今でも俺の前で見せてくれるのだろうか・・・。 少し気だるい体を起こし、自分の身形や状態に目もくれず事務所を出た。 もう、弥生の夢を叶える資格はないかもしれない。 でも、俺にも夢ができた。 『あの微笑みをもう一度見たい』 という本当にちっぽけな夢だ。 弥生はちっぽけすぎて笑うかもしれない。 でも、この夢を叶える為、自分の出来る限りの事はしたいと思う。 「この夢に・・・ちょっと本気になってみるかな」 俺は弥生の元へ向かった。 夢を夢で終わらせないためにも。 そして、夢が夢で終わってきた自分に決着をつけるためにも。 |
四方山話(言い訳) |
どうも、久しぶりに書いてみました。 弥生とヨリを戻すとしたらどんな切っ掛けになるんだろう、 その想像を私なりに文章化したものが今回の作品です。 二股かけたことないんで正直分からないんですけど、 どちらかの相手を傷つけてしまう状況に陥ったとき、一方を断る切っ掛けってなかなか見つからないと思うんです。 小次郎の場合、相手の方から離れていたという経緯がありますが、 それはそれで小次郎自身もケジメをつける瞬間が訪れるでしょう。 で、その結論は「どちらかを嫌うことでもう一方を選択する」というより、 「どちらかへの想いが強くなってその人を選択する」といった感じになるかなあ、と。 元々ADAMで見せた弥生のささやかな夢を持ってくるつもりには変わりなかったのですが、 どういった切っ掛けでそれを考えさせるか、非常に悩みました。 悩んだ結果、勝手なエピソードを作ったわけですが・・・。 読み返してみると全体的に上手くまとまってないのがはっきりと分かります。 ちょっと厳しかったかなあ、今回。 こんなこと書くのは本当に恥かしいのですが、ADAMにあった弥生と小次郎の情事のシーンで 弥生の言った例の言葉がどうしても気にかかってしまうんです。 あれは遊びでない限り簡単には口に出来ない言葉だと思いますし、 それ故に弥生自身が何かの重圧に相当押し潰されそうになっていたんだなあと思えてしまいます。 あの言葉を弥生がどんな気持ちで言ったのか、小次郎に分からせてやりたいという感情もありました。 だから、「無理矢理繋げてるなあ、コイツ」と思えてしまう文脈かもしれません。 あと、本当は「寝ている間に見る『夢』」と「自分の持っている『夢』」を上手く引っ掛けて話を展開したかったのですが、 長くなりそうなのと上手く書けそうになかったので止めてしまったんですよ。 やっぱり、技量の無い者が難しい事はやるもんじゃあないな、と。 最後にもう一つ、本編で最終的に小次郎と誰がくっつこうと一向に構いませんが、 簡単なエピソードで済ませてしまうのは勘弁してほしい、という想いもありました。 弥生だろうが氷室だろうが、EVEシリ−ズを通して培ってきた関係は、 簡単なエピソードで片付けちゃいけないと思うんです。 ま、それにしちゃチープな出来映えですが、その辺は見逃してくださいね。 |