問わず語りの雪 |
「うぅ、寒っ! 確か、天気予報では『この冬一番の寒さ』とか言ってたな・・・。」 仕事を終えて事務所を出た弥生に厳しい風が吹きつける。 もっとも、暖房器具の完備された暖かい事務所に篭っていたのだから、体感する寒さは並みの比ではない筈だ。 それに、天気予報では『夕方から夜にかけて雪になる恐れ』とのこと。 まだ雪が降ってはいなかったが、今直ぐ降ってもおかしくない程空気は凛としていた。 「こんな時、酒でも飲みながら暖まるのがいいな。 確かまだ買い置きはあった筈だ。 ・・・って、なんか親父臭い発言だな」 一瞬で冷たくなってしまった両手に白い息を吹きかけながら、思わず出た自分の言葉を自嘲した。 時計を見ると22:30を回ったところである。 昼間でさえ静かなオフィス街は、夜になるとゴーストタウンの雰囲気と化する。 「さあ、急いで帰るか」 どんなに帰るのが遅くなっても自分のペースを崩さない弥生であるが、 今日に限っては寒さが更に物悲しさを助長し、足を速める結果となった。 既に灯りの乏しくなったオフィス街を足早に抜け、セントラルアベニューへと差し掛かって暫く歩いた後、 弥生はいつもとは違う雰囲気の街並みに気が付き、ふと歩みを鈍くした。 いつもは閉っている筈の店が、今日に限っては軒並み開いているのだ。 そして、今日はいつもより人・・・というよりカップルが多く目に付いた。 不思議な面持ちで何軒か過ぎた後、 小洒落た店構えの洋服屋の軒先に飾られていた木のボードに目が止まった。 『Merry Cristmas』 両脇に可愛らしい熊が描かれているボードの真ん中にはそう書かれていた。 「今日はクリスマスか・・・ 道理で社員の帰宅が早かった訳だ。」 恐らく何日も前から店はクリスマス色に変化していただろう。 その変化にも気が付かない程、弥生の頭の中は仕事の事でいっぱいになっていた。 そんな自分を嘆きながら、特に目的があるわけでもなく流れるように弥生はその店へ入った。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− そこは、初めて入った洋服屋だった。 少々照明が暗めではあるが店内の雰囲気は悪くない。 品揃えも落ち着いた感じのシックな物が多く、どちらかと言えば弥生好みだ。 そういえば最近は服も買ってないな、と思いながら陳列された商品を眺め始めた。 そんな感じでしばらく店内を歩き回っていたのだが、ふと、男物コーナーへ入りそうになる。 踵を返そうとしたが、視界に入った一枚の男物のセーターに目を奪われた。 それは、無地の見た目は味気ない黒いセーターであったが、 何故か上品さを感じさせる雰囲気に惹かれ、弥生は思わず手に取った。 「フフ、これ小次郎に似合うかな」 手に取った黒いセーターを広げ、弥生にしか見えない小次郎の幻像に重ね合わせる。 「あっ・・・」 ただ、その直後に直面する現実。 今の自分の行動がどんなに虚しいものなのか。 自分の手の中にある物が、どれだけ寂しさに拍車をかける物なのか。 そして、一瞬でも小次郎のことを考えてしまったことが、どんなに悲しさを助長させるのか。 そんな現実と向かい合っている最中の弥生の脇を、仲睦まじきカップルがすり抜けていく。 プレゼントと思しき物を大事そうに抱える女性の幸せそうな顔が、弥生の胸の奥を抉る。 「何かプレゼントをお探しですか?」 セーターを手に佇む弥生に、店員と思われる女性が近づいてきた。 女性一人で男物のセーターを見ている状況では、ここぞとばかりに店員は声を掛けてくるのは当然だ。 そして、こんな状態で突然声を掛けられたことによる焦りと、 このまま出て行くのも何かバツが悪かったため、咄嗟に思いもよらない言葉が出てしまった。 「あ、いや、その、こ、これをください」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 店を出た。 (私、何をしているんだろう・・・) 自分の無意識に取った行動がどれだけ辛い想いを引き出す結果になったのか。 手元にある立派なプレゼント用の包装に包まれたセーターが痛い。 そんな自分を後悔しても時既に遅く、『周りの雰囲気に流されただけ』と自分に言い聞かせるのが精一杯だった。 そして、その痛さの元に一片の雪が舞い降りる。 カップルにとってはようやく待ち望んでいた雪、その名の通りのホワイトクリスマス。 案の定、道行くカップルは待ち焦がれていた白い妖精達の登場に歓喜の声を挙げる。 しかし、弥生にとってはより一層孤独心を蝕む元凶を増やしただけであった。 無意識のうちに歩みが速くなる。 ここにいたら、愛しい人に会いたい気持ちが募ってしまうから。 愛しい人に心も身体も暖めてもらいたくなるから。 (小次郎・・・寒いよ・・・) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− サンマンションに着いた頃には、雪の量も本格的になっていた。 既に道路は普段の面影も感じさせない姿に変化しており、 もはや「ホワイトクリスマス」などと悠長な事も言っていられないくらいだ。 悴んだ手に苦労しながらも郵便受けを確認し、寒さに震える足で階段を上る。 4階まで上り自分の住処が視界に入った時、入り口でしゃがみ込む人影が同時に映った。 踊り場まで吹きつける雪で、ある程度視界を奪われている所為でその人物が一瞬では分からなかった。 向こうも弥生の存在に気が付いたらしく、ゆっくりと腰を上げて近付いてくる。 そして、その人物が吹きつける雪の障壁を突破した時、立派な紙袋が居場所を無くした。 それは決して寒さで手が悴んでいた所為ではなかった。 「こ、小次郎・・・」 「遅かったな。仕事、御苦労さん。」 彼は寒さで顔が強張りながらも精一杯の笑顔で声を掛けてくれた。 「こ、小次郎・・・・なんで」 「なんで、ってほら、去年約束しただろう」 そう言うと、小次郎はクシャクシャになった2枚の紙を弥生に渡した。 「こ、これ・・・」 それは、去年のクリスマスに弥生と小次郎が食事をする予定だったフランス料理店の予約券だった。 『予定だった』というのは、小次郎がすっかり約束を忘れてて氷室と事務所でパーティーをやってしまったため、 結局弥生が閉店まで一人で待ち続けたというすれ違いがあったからである。 「スマン、1年も待たせちまった。 でも、今年もダメになっちまったけどな。」 決して待った事を怒る様子も無く、小次郎は寒さに打ち拉がれた弥生を包み込むような目で話し続けた。 「本当は事務所まで行けばよかったんだけど・・・ 去年のお前と同じように、相手を待つことに意義があると思ってな。」 「小次郎・・・」 「・・・スマン、去年のお前がどんなに辛かったか理解できたよ。 仕事が長引いているのかもしれない、いや、もしかすると事故に巻き込まれたかもしれない、 そんな不安と戦いながら俺を待ち続けてくれたんだな、って。 俺、不安で不安でしょうがなかった・・・もしかしたら、弥生がもう2度と帰ってこないんじゃないかって。」 その瞬間、弥生の目から温かいものが込み上げてきた。 同時に精一杯の力を込めて小次郎の身体を抱き締めていた。 「バカ!バカ!!待ったんだぞ・・・私、待ったんだぞ!!っ!」 「すまなかった・・・」 「私が、どんな気持ちだったと思っているんだっ!! 辛い、痛い、悲しい、寂しい、泣きたい、そして・・・寒いっ! 小次郎・・・もう・・・私にこんな寒い想いをさせないで・・・」 弥生が言葉を言い終わるや否や、 降り頻る雪の障壁に囲まれた2人だけの世界で唇を重ね合わせた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 今日は広く感じることの無いベットの上で心地よい気だるさに身を委ねながら、 弥生は小次郎の腕に一生懸命しがみついていた。 「あ、俺、プレゼント用意してなかった・・・スマン。」 しばらくは言葉も交わさず、ただ御互いの温もりと鼓動だけを感じていたのだが、 弥生に貰ったセーターをふと思い出し、小次郎の方から静寂を破った。 「いいよ、その気持ちだけで十分だ。」 「でも・・・ほら、俺はセーター貰ってるしな。 何か寒さを凌げそうな物でも・・・」 「ううん、小次郎がいてくれれば、それでいい」 「・・・そんなのでいいのか?」 「うん。 これでもう・・・寒くないから」 この日、街は『この冬一番の寒さ』を記録した。 そんな街の中で、待ち焦がれていた『温もり』を手に入れた人間がいた。 『これでもう・・・寒くないから』 そんな、冬の日のこと・・・ |
四方山話(言い訳) |
どうも、久しぶりに書いてみました。 相変わらず弥生贔屓ですが。 これ、銀色完全版の『跳ね月』という曲を聴いているときに妄想し、 そのまま勢いで書いてしまった作品です。 話的にはありきたりな内容だと思います。 そりゃもう、自分でも恥ずかしいくらいに。 全体の意味合い的には、「待つ」という立場になった時の気持ちを「寒さ」で表現したかったな、と。 不安、恐怖、心配、そんな気持ちを「寒さ」という言葉に引っ掛けてるつもりなんですけど、 言われなきゃ分らない、いや、言われても分らないようなレベルですね。 ちなみにタイトル名は、とある曲の曲名を捩っています。 分った人ははっきり言って凄いです。 当たった人には、御好きなキャラで壁紙作ってあげます(マジ) |