タイタニック   1998・12・29

titanic.jpg (4030 バイト)

映画は批評するものではない。楽しむものだ。

空前の大ヒットとなったこの映画、もちろんけちを付けたくはないが、一言だけ言わせて欲しい。お客さんの中にも、3度見た、4度見たという方々が大勢いらっしゃった。すばらしい。人生そんなに感動できるものなんてそんなにゃありゃしない。それはわかっているのだ。しかし、一言だけ・・・。patra.jpg (8558 バイト)

この映画、「フランダースの犬」と同じなのだ。

ハリウッド映画には数々のパターンがある。主人公の男が身分の差を乗り越え、敵側のヒロインとむすばれる「ロミオとジュリエット」タイプ。ウエストサイド・ストーリーなどがあてはまる。また、ひたすら主人公が突き進み栄光を掴み取る「ランボー」タイプ。そして、人々を感動の渦に巻き込む「フランダースの犬」タイプだ。

タイタニックは、ヒロイン、ローズが過去を回想する形で描かれる。一方、フランダースの犬も修道女となったアロアが過去を回想する形だ。また、ジャックは数々の困難を乗り越え、ローズとの愛を成就するが、最後に非業の死を遂げる。一方ネロもパトラッシュと共に数々の試練を乗り越え、その天賦の絵の才能を世に認められるに至るが、やはり最後に無念の死を遂げる。つまり、ヒロインの口によって語られ、ヒーローの死によって終わるパターン、これを、「愛と感動のフランダースの犬パターン」と呼んでいる。

いやいや、けちをつけているわけではない。古典落語だって、ジャズだってパターンがあるのだ。プロレスにだって決まったストーリーがある。すぐれたエンターテイメントには数々のお約束があるものなのだ。しかし、しかしだよ、この映画ばっかりほめちぎるなよ。あんたパターンで泣かされてるんだぜ、だいたい船上で芽生えた恋なんて、バリ島旅行で現地の男と恋におちて、帰国後あれはなんだったんだろうと思い出すリゾラバと同じじゃないかい。まあ夢ばかりみていないで、一人の男をきっちり愛してみろよ・・・。ああ、また最後は説教だ。

私は大反論!     皆様のご意見


タイタニック(2) 1998・12・31

titani2.jpg (5186 バイト)

私だってタイタニックで感動したシーンがあるのだ。演奏家達がいよいよ沈没するシーンで演奏をやめるところだ。

バイオリニスト 「そろそろ終わりにしよう。」

一同顔を見合わせ、演奏を中止する。そしてかたづけ始める。・・・その時彼の目に、逃げ惑う人々、恐怖につつまれた世界が映った。彼は考えた。ここで演奏をやめてしまっていいのか。自分の仕事は逃げ惑う人々に少しでも安らぎをあたえることではないのか。

「よし」彼は一度かたづけたバイオリンを再び取り出し弾きはじめる。ベースも彼の意志に呼応するかのごとくハーモニーを奏ではじめた。次々にメンバーが加わりはじめる。弦楽四重奏は再び演奏を再開した。死を恐れることもなく・・・

これが一般的な解釈といったところか。しかしピアノ弾きの私にはこう映った。

バイオリニスト 「そろそろ終わりにしよう。」

一同顔を見合わせ演奏を中止する。そしてかたづけ始める。・・・その時彼の目に、逃げ惑う人々、恐怖につつまれた世界が映った。彼は考えた。「だめだこりゃ。どうせ死ぬんじゃねえのか。」「寒みーし指は動かねえし、ちょっと待てさっきの曲どうしても納得いかねえんだよな。いいやみんな逃げろ、どうせ死んじまうんだからちょっともう一回だけさっきのフレーズ練習しとくわ、俺」彼は一度かたづけたバイオリンを再び取り出し弾きはじめる。ベーシスト 「おっ、さっきの曲だろ、お前ちょっと変だったよな、そうだなもう一回だけやっとくか。ずっと弾いてたもんでちょっと指動くようになったしな。了解了解。」ビオラ 「なんでえやるのかよ。いいけどよその曲だけはちょっとやめてくれよ。#が5つもついてるし苦手なキーなんだよ。お前より俺の方が難しいんだぜその曲、わかってんのかよ。まあいいや、一回だけ付きや会ってやるぜ、そのかわり次の曲は俺がリードとるからよ、たのむぜ。」こうして次々にメンバーが加わりはじめる。弦楽四重奏は再び演奏を再開した。死を恐れることもなく・・・

ようするにあのシーンから、ミュージシャンの血を感じてしまったのだ。音楽やる連中なんてしょせんあんなものだ。


  MENU  BACK  NEXT