2003年7月
7月30日 
 昨日の「萌え」の話を続ける。
 じっくり考えてみたのだが……
 ああそうだ、私が言う「萌え」には性欲の部分も混ざっている。
 しょせん私は俗人だ。
 「妄想戦士ヤマモト」に出てくる連中のような求道者(笑)とは違う。
 私の浪漫回路はかなり濁った音を立てている。粘液まみれだ。
 ただし、混ざってはいても、同じではない。
 たとえばKANONのキャラクター。
 名雪とか。あゆとか。真琴とか。私の特に好きな美汐とか。
 私はあの連中のことが好きだし、可愛いとも思う。
 けれど性欲は全く感じない。
 じゃあこの感情はなんだろうと思って、一番近い物を探してみたら「犬を可愛いと思う気持ち」だった。
 これはこれで萌えの一種なんじゃないかな、と思う。

 それから。
 2chのペンCスレッド、「愚才! ペンネームCまーち PART3」には、
 「ペンCの世代は、バトルロワイヤル2のような無差別テロに共感を示さないはずなんだがなあ」
 「俺の世代にとって政治運動宗教はギャグでしかないんだが、なんでペンCは政治集会に参加するんだ?」

 などの書き込みが。
 首を傾げた。
 いやあ……世代を強調するのは、簡単なことだけど、大した意味ないよ。
 人間を動かすのは時代だけじゃないよ。
 身近に政治運動や宗教をやってる人がいればプラスにせよマイナスにせよ影響を受ける。
 運動やってる人に出会って、感動することだってある。
 自分なりに生きる道を探して、たどりついたのが政治運動や宗教だという人もいる。
 どの例もみたことがある。
 私の場合はまあ一番と二番かな。
 「真剣な想い」は「その世代の常識」を超えることが出来る。容易なことだとは言わないが。

 あとバトルロワイヤル2の無差別テロなんだけどね。
 むしろ、若い人たちこそ無差別テロを肯定している気がするな。
 私はずっと昔、肯定していたよ。
 左翼思想とは全然関係ない。
 中学の頃、世の中が憎いと思ったことがないか?
 この世に誰一人ぼくを分かってくれる人はいないんだ、などと思ったことはないか?
 人間は悪い生き物だから滅んでしまった方がいい、と思ったことはないか?
 いま世界が滅んだら気持ちいいだろうな、と思ったことはないか?
 私はある。
 学校でいじめられた。誰も助けてくれない。その時何を思うか。
 学校の外でがんばるという選択肢もある。でも学校と家しか知らないから、外の世界というのが実感として分からない。クラスメートと親と先生に嫌われたら、それだけで「人類は悪だ」になってしまう。
 じっと耐えて時を待つという選択もある。だが、待てない。次の学期より先のことなんて想像も出来ない。
 相手がなぜ自分をいじめるのか理解して、自分の行動を改めるという手もあるだろう。
 でも出来ない。あんな奴らの考えなど理解したくない。いじめる奴に、心があるなんて信じられない。
 「外の世界」も、「他人の事情」も考える余裕がない。視野が狭いとも言えるだろう。
 だから、知らない他人を大勢殺すことを悪だと考えられない。友達を殺すのはもちろん悪だと分かっているが。
 それってけっこう、若いうちにはあることじゃないか?
 大槻ケンヂの歌みたいだよな。
 「ザンヤルマ」に描かれているとおり、「この世には他人が実在するのだ」と理解するのは決して簡単なことじゃない。
 だから「バトルロワイヤル2」に感動できるか否かは、左翼かどうかではなく、
 「みんな俺を分かってくれない。この世はみんな俺の敵だ。俺には復讐する権利がある」
 みたいな被害者意識に共感できるかどうかで決まってくると思う。
 あの映画は、そういう被害者意識を美化し「ゲリラ」と呼んでいる。そのやり方は秀逸だ。
 ……もしかしてこの手法をセカイ系と呼ぶのかもしれないが……
7月29日 
 こないだも書いたけど、iBookのイブキちゃんを修理に出しました。

 画面が突然明滅し、真っ暗に
 起動しない
 キーボード入力を受け付けない
 CDを入れても認識しない
 電源が切れない

 などの怪現象が続出。
 ソフマップの人も「うーん、マザーボードがいかれてるのかもしれませんねえ……」
 うわあ。
 マザーボード(ロジックボード)直すの高そうだなあ。
 メーカー保証とソフマップワランティがなかったらどうなっていたことか。
 データのバックアップも取ってあったし、予備のパソコンもあるから実用面では問題ない。
 しかし、寂しい。なんと一ヶ月も戻ってこないのだ。

 ここんとこ横浜・茨城間の往復など、長距離の仕事ばかりしている。いや、トラックの「長距離」と比較すれば全然どうってことないが。田んぼの中をえんえん走っていく。天候に恵まれさえすれば、ツーリング気分の良い仕事。
 あまり恵まれないのだが。
 今年の夏は夏らしくないねえ。
 
 7月27日に「グラン・ワークショップ」という集会に行ってきた。
 今回のは、どうも盛り上がりを欠くものだった。
 みんな、おおむね言ってること同じで、正しいんだけど、でも「……だから?」になってしまう。
 宮台真司が一人だけ熱かった。
 「アメリカのネオコンはホッブス主義のことだと言ってるバカがいるけど全然違うんですね」
 「長崎の事件は警察の捜査手法が原因で起こったという点を何で誰も指摘しないんですかね」
 「犯人に厳罰を加えるのは、遺族の心をいやす一つの方法です。しかし、なんで犯人はこんなことをやったのかまで含めて真相を究明することも遺族の心をいやす。そして何より、『息子の死は無駄ではなかった』という『学び』こそが一番根本的に遺族を救います。しかし前者だけが強調されている。これはまさしくアメリカと同じです」
 などなど。
 非常に挑戦的なしゃべり方なのに罵倒には聞こえない。芸だと思う。
 
 会社で休憩時間にこんな話をした。

 某「メイド喫茶ってあるらしいな」
 ペンC「ええ、私も行きますよ」
 某「どんなサービスしてくれんの? お触りくらいとか?」
 ペンC「……。いえ、ただの喫茶店です。挨拶してくれて、お茶とかケーキを持ってきてくれます」
 某「それじゃメイドの意味ないじゃん!」
 ペンC「あなたメイドをなんだと思ってます!?」
 某「だってお前らがオタクが言う『萌え』っていうのは『こういう女とやりたい』って意味なんだろう?」
 ペンC「全然違いますよ! 『萌え』っていうのはむしろ犬とかをかわいいと思う気持ちに近い物です」
 某「嘘つけ! じゃあなんでエロ同人誌とかエロゲーとかたくさんあるんだよ!」
 ペンC「いえ、それは確かにオタクも人間ですから性欲はあります。ただ、性欲とは別の次元で綺麗とか可愛いとか思うことはありますよね? 萌えはそちらに近い感情です」
 某「えー!? それ絶対逃げてるだけだって!」
 ペンC「逃げてる? 何からです?」
 某「セックス」
 ペンC「……そうですかねえ……」
 首を傾げるペンC。
 どうも一般人には、萌えというのは理解しがたいようだ。
 私の言ってることも一面的だし……うまく説明できんのが悪いだけか。

7月27日
 がんばって二時間かけて日記を書いたのに、なぜか全部消えてる……保存されてない……
 とても疲れたのでもう寝ます。

 iBOOKのイブキちゃんも故障して、今日修理に出してきた。
 悪いことが重なる。
 だが、負けるもんか。
7月20日
 私の小説「天才! 松戸才子まーち」が、電撃大賞の二次選考を通りましたー!

 もちろん、まだ三次選考と最終選考が残っている。
 47ものライバルがいる。
 それどころかデビューできても消えてしまうかもしれない。
 10年前のように。
 だが、それでも、ここまで来たのは、それこそ10年ぶりだ。
 嬉しい。嬉しいさ。
 いままで応援してくれたみんなのおかげ。
 ありがとう!

 もっと先まで行くぞ! ずっと彼方へ!
 
 もしかして私にはギャグの才能があるのか、と言いたいところだけど、「SHE WANNA BE!」の評判は悪い。
 結局、本当に私が得意なのは何であるのか、いまだにぜんぜん判らない。
 ただ、「SHE WANNA BE!」が不評である理由の一つは、今日はっきり理解できた。
 ヒロインがわがままなのはいい。でも、わがままなだけでは好感は持たれない。笑ってももらえない。
 ハルヒやのえるなんかと比べるとその違いは明白だ。
 ちょっと単純に作り過ぎた。
 自分の欲求だけで書いたのがいけない、ともいう。
 シリアスな話を私が好き勝手に書くと主人公処刑で終わることが多いんだが、それと同じようなもの。
 
 二次突破でとても気分がいいので、こんな時こそ厳しい意見を読んで頭を冷やそう、と思ってうろうろしていたら、
 ジン・ジャザムさん(鋼屋ジンさん)のサイトで痛烈な意見を目にした。
 7月18日の日記を参照。
 これは痛い。
 読んだとたん、胸の内を冷たいものが満たしていった。
 以下引用。

 勿体無いことだと思う。
 自分の世界への盲愛から一瞬目覚めて、外を見渡せば思いもしなかった広大な世界があるのに。
 そこには自分の世界をもっと広げてくれるものがあるのに。
 自分の世界を疑うことは、その世界を粉微塵に破壊することではないのに、それを理解できない人はいる。
 ずっとその場に留まり続ける人がいる。

 繰り返すがこだわりは必要だし、実際、一線で戦う人たちは全員こだわりを持っている。
 だけどそれは自分の手法に対する盲愛とは似て異なるもので。
 彼らのこだわりと言うのは、ようするに「自分の持つ武器に対する信頼」なのだ。
 刃が欠けてナマクラになれば戦い方を変える。(というより変えられない者から死んでいく)

 
 私はどうだ、と自問した。
 盲愛とやらで世界を狭くしていないか。
 自信はない。

 まだ足りない。
 もっといろいろ挑戦しなければ、と決めた。
 それは、自分の世界を愛すればこそ必要だろう。

 ずっと前からそうなんだが、この人の創作論はカッコ良く、厳しく、刺さる。
 あ、そうそう、「デモンベイン」、プレステ2への移植決定おめでとうございます。

 私もがんばります。
7月13日
 昨日書いた「バトルロワイヤル2」映画評の補足。説明が足りなかったようなので。
 あれは純粋に革命を、作中の言葉を借りれば「すべてのオトナたちへの宣戦布告」を「ただひたすら極端に美しく」描いた映画だと私は思ったんだ。
 オトナとコドモが単純に分けられていて、それは肉体年齢とは別の話で、
 「コドモがコドモであるが故に生まれる悪」はなにも描いていなくて、
 なにゆえに何を目指しどうやって戦うのか、ということは実に抽象的にしか表現されてなくて……
 たぶん、なにか具体的に理念を唱えるわけにはいかなかったんだね。
 この映画で描かれる革命戦争の美しさに、私は胸を打たれた。
 世界を変えてやる、変えなければ、一度でもそう思ったことのある人にはおすすめできる。
 だからこそ、「ああ、現実の革命がこんなうつくしくせつないものだったらどんなにいいのに」と思わずにいられなかった。
 「しかしこれは嘘なんだ。現実の革命なんて罵りあい、揚げ足の取り合いだ。ネット上でよくやってるだろう、あれだ。しかもネットバトルと違って人が死ぬ。革命に参加したわけでもない一般市民が!」と自分に激しく言い聞かせた。
 言い聞かせないと、爆弾作っちゃいそうだったから。
 つまりそのくらいシンクロしたってことですよ。
 
 実家の犬「エル」の写真を撮ってきた。一才二か月。体重8キロ。
 (犬の写真は削除しました)  
 玩具の車がお気に入り。
 いつもカミカミしてる。今日、ついに壊した。
  
 新作「弱きものたちの箱船」はプロットをあげた。
 まだ起伏が弱いね。意外性もない。
 もっといじる。
 
 バトロワ2の影響もあり、「虚無感と内的規範うんぬん」というkagamiさんの主張を目にしてザンヤルマを思い出したせいもあり、麻生俊平さんの本を一気に読み返した。
 充実した一日だった。
 「やはりこれだ。結局」と思った。
 私の原点、というには新しすぎるけど、でも私の人生を変えた作品であることは間違いない。
 そう思えることを大切にしよう。麻生作品から受け取った感動と衝撃を大切にしよう。
 新しい作品を書くにあたってそう思った。
7月12日
 「バトル・ロワイヤル2 鎮魂歌」(本当はローマ数字の2)を観た。

 今度は戦争。
 それも革命戦争。
 果てしなく続く殺戮に彩られ、
 とにかく片っ端から死んでいき、
 にもかかわらず明るく前向きで、
 燃える。

 ……たぶんこれは傑作なんだと思う。
 だが、観終わってとてもやるせない気持ちになった。
 あんなに清々しい終わり方なのに。

 なぜって嘘だから。
 映画の中で、戦う少年たちは、牙をむいた理想家たちは、あんなにも無垢で輝いている。
 切ない思い出を口にしながら散っていく少女たちは、
 約束を胸に銃をとる少年たちは、
 「抵抗の象徴」AK47は、
 炎を掲げて世界に宣言するテロリストは、
 身震いするほどに美しい。
 けれど現実の革命家たちは、どう考えてもあんなんじゃない。
 国家権力を憎悪しつつ、国家権力そっくりのことばかりやるのが革命家だ。 
 それを一切切り捨てて、ただただ美麗に描いた映画。
 そういったものに感動してしまう自分が、少し恐い。
7月6日
 ワナビ萌えギャグ小説「SHE WANNNA BE!」が完成した。
 しかし不評。
 なぜだ。
 もしかしてあれか?
 
 すでにカップルが成立しているから。人間関係が完成されているから。

 以前ある人が、
 「カップルというのは、三角関係だったり片思いだったり、カップルになり得ない障害があるからドラマを生む。
 成立したカップルは『二人だけの世界』に閉じこもってしまうからドラマにならないのだ。
 まれに『カップルに、他の奴らがちょっかいを出す』という物語もあるが、その物語を面白くしているのはちょっかいを出している側であって、カップルたちは何も面白さに寄与していない」

 という主旨のことを言っていた。

 羽奈美とはじめは、世間の常識で言うところのカップルではないが、同じことがあてはまってしまうのではないか。
 「なんだかんだいって、今の人間関係が幸せであり、相互に依存しているようでもある。変わらないし、変わりそうにもない。再確認があるだけ」。
 閉じてる閉じてる。
  
 次の作品はその辺のことを考えつつ書こう。

 次はやっぱり魔法学園に再チャレンジ。
 現実世界に魔法少女、かもしれません。
 「蜃気楼」の修正もあるのでちょっと遅れます。
7月5日
 今日もワナビギャグ小説を書いていた。
 12枚書いた。おそい。
 明日には必ず完成させます。
  
 私はよく、近所のスーパー銭湯に行く。今日行ってみると笹が飾られていた。もちろん短冊もぶら下がっている。
 ああ、もうじき七夕か。
 どんなことを願っているのかな?

 「ドッジボールがうまくなりたい」(子供の字)

 「バスケがうまくなりますように」(子供の字)

 この辺は定番だね。

 「いつまでも幸せな家族でいられますように」(綺麗な大人の字)

 「孫がすくすく育ちますように」(達筆)

 泣ける。

 「今度こそボーナスが出ますように」(なぐり書き)

 違う意味で泣ける。

 「アギトになりたい」(子供らしい豪快な書き方)

 あくまでアギトなのか。二年前のヒーローに憧れ続ける男の子。かっこいいぜ。
 
 「たくさんの人に告白されますように」(小学生の女の子によるかわいい字)

 はい? 告白がうまくいきますように、じゃなくて?
 その歳で男どもを手玉に取ってますか。将来が恐い。

 「アンパンマンがほしい」(大人の女性の字。母親による代筆?)

 なりたい、ではなくて? ほしいの?
 子供の考えてることはよくわからん。
 もらってどうする。
 やっぱり食うの?

 「がんばれ がんばれおれ がんばれ地球」(毛筆で書いてある)

 よくわからんが、がんばれ。

 「妹にバカにされませんように」(やたら小さい字でシャーペン書き)

 うらやましいなあ。私のエロゲ脳によると妹さんは本当は君のことが好きなんだよ。

 

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