2003年12月

12月31日

 ある日の会話

 ペンネームC「幕末の日本に眼鏡っ娘がいるとしたら、外国人のお嬢様以外に考えられないよな。イギリス領事あたりに娘がいて、榎本軍の誰かに惚れてしまうというのはどうか?」
 某「あんたは一体何を書く気なんだ!」
 ペンネームC「いやあ、コミケ会場で見た『森林保護募金』のポスター見て『このずり落ち具合が萌え!』などと思ってね。たっぷり募金してきた」
 某「いいのかお前の一年はそれで!」

 今年ももうすぐ終わり。

 思えば、嬉しいことの多い一年だった。
 電撃の賞は取れず、プロにもなれなかったが、作家、編集者、いろいろな方から助言を頂くことができた。
 なかには厳しい意見もあったが、それもありがたい。
 Tさん、Sさん、Nさん、ありがとうございます。
 私生活の上でも、一つの大きなきっかけがあった。知らなかった世界を見た。
 総合的にいって、今年は幸福な年だった。
 来年は、持ち込みに力を入れよう。
 あっちへフラフラこっちへフラフラというカッコ悪い状態から脱し、腰をおちつけてじっくり書ける精神状態を手に入れたから。
 
 ではみなさん、良いお年を。
12月30日
 今日はコミケに行った。
 昨日も行きたかった。「歴史・軍事」のサークルが出店しており、興味があった。だが諸般の事情で断念。

 友人たちのスペースを巡る。
 ある友人のスペースではずっと話し込んだ。
 おもに小説の話を。

 某「本気で書くの? 新選組」
 ペンネームC「新選組とはちょっと違いますが、まあ幕末の架空歴史ものです」
 某「歴史ものはホモにするしかないんじゃないかなあ……?」
 ペンネームC「ちゃんとした小説を書くには、『やっぱり読者が求めているものを見極めた上で、自分が何を書きたいのか、何を愛しているのかはっきりさせて、それを個性としてとりこまないといけない、どうしても両立が必要だ』というのが結論のようです。編集の方も作家さんもそうおっしゃってます」
 某「あなたが好きなのは何? 左翼活動?
 ペンネームC「まあ、左翼という言葉は嫌いだけど、ぶっちゃけそうですね。世界を良くするため戦う人々、革命家です」
 某「それはむずかしいよな。SFとかファンタジーとかジャンルはなんでも、その時代に受け入れられる思想が語られている必要がある。革命で世の中をよくするってのは結局まったく成功してないし、そんなのが上手く行くとはもう誰も思ってない」
 ペンネームC「異世界や超未来を舞台にすればあるいは、とも思ったのですが、編集さんなどプロの方に言わせると、『SFとしては説得力がない、ライトノベルとしてはネーミングがダサい』」
 某「(笑)」
 ペンネームC「ではSFである必要はない、19世紀を舞台にしてはどうか、あの時代は革命で世の中を良くできると信じられていた時代だった。あの時代でやるならリアリティはある」
 某「いや、作品の中ではそうだけど、読者が納得するかどうかは別だよ……セカイ系で処理すればいんじゃないかな? 負けたけど、自分の中では勝った、ってのはセカイ系ではよくあるから」
 ペンネームC「セカイ系の定義は人によって差異があるようなので確認しないと恐くて話が進められないです」
 某「簡単だよ。『価値判断の基準が自分の中にある』それがセカイ系の定義。イリヤなんかは簡単に言うと『巨大な力に押し潰される』話だけど、でも主人公とイリヤは愛を貫いたから、それでいいんだ、ってのがセカイ系です。もちろん勝ってもいいんだけど、全体としての勝ち負けとはぜんぜん別に、自分の中で勝ち負けがあってそっちのほうが大事」
 ペンネームC「……つまり、悪く言えば自己満足、良く言えばロマンの物語ですか? それがセカイ系の定義だとすると、別にセカイ系は新しいものでもなんでもない。いや、日本人がもっとも好むきわめて古典的な物語だ!」
 某「そうだよ、たまたまライトノベルの中では出て来なかっただけ。忠臣蔵はセカイ系。新選組もセカイ系」
 ペンネームC「うーむびっくり」
 某「しかし、『左翼活動が好きで、ナチスの戦闘機が好き』ってのは絶対おかしいよ(笑)!」
 ペンネームC「宮崎駿もそんな感じです! 人間は矛盾してるものです(笑)」
 某「そういやそうか……あなたの場合はもっと逃げ道がない感じだね、エコロジー思想じゃないから」
 ペンネームC「ですから、思想を思想のままでなく、『人間どうしの想い』に還元できるようにして、というのがいいかなーと。あと、『まーち』で培ったコメディの技術をいれて、かけあいを面白くしてとっつきやすくする。銀英伝も星界の紋章も、笑いの要素は十分に入っている。笑いが全然なかったらつらい」
 某「でも、ギャグとシリアス混ぜるのはむずかしいよー。ギャグキャラなのに突然シリアスに苦悩しはじめたら引くよ。いや悩んでもいいんだけどギャグキャラらしくボケボケしながら悩め
 ペンネームC「なんですかそりゃあ!?」
 某「しかし、群像に出す気なの?」
 ペンネームC「最初は架空戦記だったので歴史群像大賞以外は考えられなかったのですが、幕末の架空歴史で人間関係中心、笑いもあるとなると、ソノラマの方がいいのでは? 歴史もの出させてくれるし。しかしソノラマは女が読まない。幕末に興味もってるのは女なのに」
 某「だめじゃん!!」
 ペンネームC「むずかしいところですなー」
 某「むずかしーですなー。やはりギャルを出すのは必須かと」
 ペンネームC「でしょうね」

 闘志をたっぷり補給して家路につきました。
12月29日
 今日は仕事納めでした。
 業務内容の時間比率は、掃除5、伝票整理1、配達4。
 明日から1月4日まで休みが続く。世間一般よりは短いが、ぼくにとっては大変長い休みだ。
 給料が減る。やばい。どう計算しても、1月2月は窮乏生活を余儀なくさせられる。
 ただでさえ時給が200円も下がってるのに。
 とはいえ、たくさん働いたらそれはそれで「時間がない! 本が読めない! 小説書けない!」とわめくだろうから、どっちもどっち。いまは時間がたくさん手に入ったことを喜ぼう。
 ってなわけで、明日はコミケに行ってきます。
 しかし、突然今日になって、体調を崩した。
 襲い来る吐き気と頭痛! このままじゃ会場で倒れて救護室のお世話に!?
 会場でウイルスを散布、歩くBC兵器に!?
 風呂にも入れず、コミケ名物「くさい人」に!?
 冗談じゃない! 治してみせる!

 てなわけで、もう寝ます。
12月27日
 「寸止めエッチ」で検索してうちへ来た方、こんにちわ!
 まさかそんな言葉でうちが3位にくるとは。
 
 今日は、反戦運動や環境運動などをいっしょにやっている友人たちとともに、町田の居酒屋「文化横町」で忘年会。
 政治の話にはならなかったな。
 「穴の中に隠れてるって、まるでフセインは麻原だね」
 「かっこ悪く捕まってくれて、何よりです」
 とかそういう話をしたくらいか。
 
 最近見た面白い映画の話をした。
 ぼくは「ラスト・サムライ」をおすすめした。「明治天皇が出る」とか「トム・クルーズはサムライをいかに愛してるかってことがよくわかる」などと言うとみんな驚いていた。あの天皇の扱いは日本映画ではたぶん無理だよな。
 あとは、本の感想とか、若い頃触れた文化、学生時代の思いで……
 とりとめもなく続く。
 「環境保護とかの運動をどれだけ頑張ってるからって、働かないのはダメだよね」という話が出る。
 そうだよな……
 「ぼくは小説家になるんだから就職なんてする必要ないんだ!」
 とかいって親に養ってもらってるような人を想像すれば、そのおかしさがわかる。
 活動の外にいる人に迷惑かけちゃいけないよな。
 かけたら、新興宗教と同じじゃないか。

 いつのまにやら恋愛の話になって、みんなで体験談を披露するはめになった。
 内心で「ヒイイイイ」と思いながらも正直に話す。
 するとみんな妙に優しくなった。

 その後、友人の一人とともに、本屋で買い物。
 「萌えたん売れてますねー」
 「わたし、けっこう御主人様ものとかすきなんですよー」
 「っていうかボーイズ系ってこんなにあるんですか……」
 とかそういうオタ話をしつつ、何冊か本をお薦めした。
 小川一水「第六大陸」、三枝零一「ウィザーズ・ブレイン」、古処誠二「少年たちの密室」など。
 
 「文化横町」は昭和30年代風の内装をもつ居酒屋で、良いところだ。
 最近増えてるよな。そういう内装。
 そういう店で携帯電話使ってるのみると、すごい違和感を感じる。
 「お前なに未来から来てんだよ! オーパーツ出すなよ!」って感じ。
12月26日
 また幕末好きの人と話して、「北天に誓いて エゾ共和国建国記」についてどう思うか詳しく訊いた。
 「土方歳三を生かしてくれ、土方を活躍させてくれ」と強く頼まれた。
 土方ファン強い。「土方を愛するあまり函館に家を買った」とかそういうグレートなファンがいるのは伊達ではない。
 闘いに勝って生き残っても良いか、あなたは土方のどんなところを魅力的だと思うか、などを確認した。
 いろいろ意見がでた。やはり、同じ人物といっても魅力を感じる部分は人それぞれのようだ。
 「土方は誠を貫いたからかっこいい」という意見と、「あれでもし榎本みたいに明治政府に仕えてたら魅力はなかった」という意見が強かった。どちらも重要な意見だ。
 誠とは? 彼はなんのために戦ったのか。
 どうも、幕府への忠誠心ではなさそうに思える。
 死んだ仲間に償いをするため、と考えると、ぼくの中ですごく筋が通る。
 既存の作家のフィルターを通る前の資料を読むと、そんな感じ。
 闘いに勝って、西軍と和平を結んでしまったら彼はそのあと何をするのか、新しい人生を見つけられるのか、というのも、一つの答えを出しておくべき問題だ。
 ただ、既存の小説に出てくる土方像は、やっぱりその作者の土方像だからね。
 膨らませ方として参考にはしつつも、違うものを書きたい。
 っていうか、一番作家によって意見が分かれるのは、人間関係の解釈なんだよな。
 土方は榎本や大鳥をどう思っていたのか。
 榎本が奥羽を助けに来なかった点についてどう思うか、大鳥を戦友として信頼しているか否か。
 たぶんここの書き方で、既存の箱館戦争物とは一線を画した面白さを出せると思う。

 蝦夷共和国と言えば、佐々木譲「武揚伝」。ついに文庫版が全部出た。全4巻。何度も読み返したくなる面白さ。
 「榎本が本気で独立国家を考えていたなら、なんで嘆願書なんぞ出したのか?」という問題にも、ちゃんと答えを出している。
 感嘆しつつ読み終えた。最後は泣ける。
 あちこち考証に疑問はあるが、こないどのラストサムライのときみたいにぼくの早とちりかも知れないので、もっと調べてからツッコもう。
 詳しい感想はまた今度。

 明日(27日)は友人と忘年会だ。たのしみ。
12月25日
 今日はクリスマスなので(???)この本を買って読んでみた。

 渋谷知美「日本の童貞」文春新書
 1920年代、日本のインテリ男性たちは、「愛する女性と結婚するまではセックスしないのが正しい」と考え、自分が童貞であることを誇りにしていた……のだそうだ。
 しかし、やがて童貞は恥かしいこととされ、マザコンやロリコンと結び付けられるようになり……
 こんな感じで、童貞の扱われ方がどのように変化してきたかを研究した本。「プレイボーイ」「週刊現代」「週刊文春」など雑誌からの引用がおもな情報源だ。
 これはつまり、
 「セックスを経験してこそ男は一人前! 恋人がいないなら風俗に行ってでも経験しろ!」という北方謙三イズムと、
 「大切なのは愛だ! 愛のないセックスをするくらいなら童貞の方がいいじゃないか!」という純愛指向の、
 数十年に渡る闘いの記録である。
 前者は日本の伝統文化で、後者は西洋から入って来た考えだろう。
 後者は消滅したかに見えたが、しかししぶとく生き残っていた!
 じゃあ愛って何よ? とか思うが。
 まあとにかく「ほほう」と感心する本ではあるのだが。
 しかし、どこかパンチ力が弱い気がする。
 結論が「べつに好きにすりゃいい。もちろん自己責任でね。女のせいにするなんて最低だよ」というしごく当たり前のものだからかな……
 
 この本をレジのお姉さんに差し出すのがはずかしくて、本を持ったまま店内を30分もウロウロしていたことを付け加えておく(笑)
12月21日
 ヤバい。体調悪い。
 慢性的に頭痛とだるさと吐き気が。
 
 きのう、会社の忘年会に参加した。
 幕末好きの知人に「こんど、幕末を扱った小説を書くんですよ。蝦夷共和国の話なんですがね……」と言ったら、大喜びしてもらえた。そのまま酒をのみつつ、ピザなど食べつつ幕末トークを2時間。
 決定的な歴史観の相違があきらかになった。
 彼は、「人の力ではどうすることもできない歴史の流れ」「歴史の必然」が存在すると思っている。
 たとえば、徳川幕府が倒れるのは必然だと思っている。
 どこをどうやっても、倒れて明治政府にとって変わられたと思っている。
 だからこそ、できるだけ戦争をせずに幕府を自壊させた徳川慶喜や勝海舟を高く評価するのだ。
 また逆に、「決して抗えるはずのない運命」に戦いを挑んだ土方歳三の悲壮さにしびれるのだ。
 しかしぼくは「歴史の必然などあるだろうか?」と首をかしげる。
 ぼくのイメージする歴史は、無数の要素がからみあった、超複雑なドミノだ。
 どこかを一突きすれば、その衝撃は他の要素をうごかし、その動きが別の要素をうごかし、変化はどんどん拡大していく。
 新選組が池田屋に突入していなければ、
 第二次長州征伐(四境戦争)で幕府が勝っていれば、
 鳥羽・伏見のときに慶喜が逃げずに軍を率いていたら、
 会津や長岡が苦戦していたときに榎本艦隊が駆け付けていたら、
 我々が知っているような明治政府は生まれていなかっただろう。

 もっともその結果、史実より日本がよい国になるかどうかはわからない。
 身分制度や権力の分散が災いし、近代化に失敗していたかもしれないし、植民地化されていたかもしれない、
 ただ、良くなっていた可能性もある。
 ということを考えるのが面白いのだ。
 と思っていたので、まったく違う歴史観をもつ人と話ができて楽しかった。
 一般の歴史好きが何を求めているのか、もっとリサーチが必要だと判った。
12月17日
 今日は、ライト兄弟が飛行機を発明してから100周年なんだそうだ。
 たった百年か、と感慨深い。
 しかし、ある意味、進化の壁に当たってるよな飛行機ってのは。
 マッハ7だって出せるけど実用上の意味がないから、そんなのは実験機だけの話で、旅客機も戦闘機も出さない。
 昔、「未来のジェット旅客機はマッハ5で飛ぶ」「戦闘機は全部VTOLになる」などと予想されていたものだが。
 もちろん、改良が続けられていることは知っている。飛翔生物の動きをとりいれるなど、新機軸の機体も研究されている。
 ホンダがジェット機つくったとかそういうニュースにもわくわくした。
 しかし、宇宙開発同様、来るはずの未来はこなかった。
 うまくいかんもんだ。
 すると何か、いま予想されてる未来のIT社会がどうしたユビキタスがどうしたという未来像も現実にはならないのか。
 
 「北天に誓いて エゾ共和国建国史」の資料として、
 「日本の時代史19 蝦夷島と北方世界」吉川弘文館
 を買った。かなり気合いの入った、アイヌの研究書だ。アイヌの歴史、文化、和人の対アイヌ政策、ロシアとの関係の変化など、想像力刺激しまくりのデータがぎっしりつまった本。どこで鮭やニシンがどれだけとれた、とかそういうことも書いてある。
 この本を入り口に、あとは国会図書館でしらべればだいたいのことはわかるだろう。
 うん、良い買い物をした。
 しかし、幕末期の北海道は予想以上に人口が少ないので困っている。
 なんか6万人とか書いてあるんですけど。
 なんですか人口6万人の国家って。
 アイヌ人口も2万人らしいし……あんなに広いのに本当かなあ。
 困ったが、「困るからこそ話が作れるんじゃないか!」とも思う。
12月16日
 今日は「電撃hp27」を買った。
 むう。
 「星より遥かな蜃気楼」が落選してる。
 それも一次選考で。
 残念だが仕方ない。
 さすがに一次落ちはもう手直しをする気になれない。
 なにがいけなかったのかということも自分なりに納得できたから、まあいい。
 応援してくれたみなさん、ごめんなさい。

 おかゆまさきのインタビューが興味深かった。
 読んでいて、何度となく目を見張った。
 この人、すごく頭がいい人なんじゃないのか。
 いや、間違いない、すごく頭がいい人だ。
 実践的で、高度で、新鮮で、それでいてぼくにも理解できる、説得力のある創作論を語っている。
 読み終わって悔しかった。
 インタビューの端々から、絶対的な実力を感じて。
 
 仕事中、ある刺激を受け、「北天に誓いて エゾ共和国建国記」冒頭部分が映像となっていきいきと浮かんできた。
 よい感触だ。
 プロットをまた練る。
12月14日
 今日は原因不明の体調不良で、昼頃からずっと寝込んでいた。
 激しい頭痛と悪寒、めまいと吐き気のためなんの作業も出来ない。
 ぐっすり寝ることも出来ず、とぎれとぎれの浅い眠りをつづける。
 遅刻する夢とか荷物を紛失する夢とか、子供をはねてしまう夢とか、現実的すぎる悪夢をみた。
 時間が経つのがとても遅かった。
 一人暮らしなので、だれも病人食を作ってくれない。
 気合いを入れてコンビニへ。リゾット買って来て食った。
 食ったら吐くかもしれんと思っていたが、大丈夫だった。
 不思議なことに外の寒い空気に触れたら気分が良くなった。
 やっとパソコンに向かえるようになってこれを書いている。
 てなわけで今日はまったく小説書けませんでした。とほほ。
 まあ、今は休養だ……

 本の感想。 
 
 小川洋子「密やかな結晶」講談社
 カンザキさんにおすすめされた本。
 小川洋子さんの本は純文学に分類されるらしいが、ぼくはこの本をファンタジーの一種として認識し、味わうことが出来た。
 少し昔の地球によく似た島。この島では「消滅」という現象が起こっている。
 薔薇が消える。船が消える。物質的に消滅するというのとは少し違う。
 人の心から消えてしまう。それが何だったのか思い出せなくなる。だから人はそれを捨てる。みるみるうちに、消えてしまった存在の思い出がなくなる。すぐに、そんなものがあったことさえわからなくなる。
 この物語は、そんな世界で、それでもなにかを愛そうとした女性の物語だ。
 全体に溢れているのは静かな悲しみだ。
 愛するものが次から次へと消えてしまうのは悲しい。それは痛いほど描かれている。
 しかし、その滅びを引きおこしている何者かへの怒りは、ない。
 こんなにも辛いことが起こっているのに何故、この物語は奇麗で、陰惨さがないのか。
 不思議に思いながら読み終えた。
 心の中の、今まで気づかなかった部分に触れてくる小説。
 悲しみとか愛とかそういう一言で表そうとすればするほど「ずれてる」とはがゆく思う。
 主人公が小説家の女性だということもぼくの心を動かした。

 秋山香乃「歳三 往きてまた」文芸社
 新選組の副長として有名な土方歳三の、戌辰戦争における戦いぶりを描いた小説。
 主人公もそうだが、サブキャラクターの描き方がみんな人間味があって、熱くて、カッコイイ。
 これ読むと会津藩に同情したくなるよなあ。
 司馬遼太郎「燃えよ剣」では小物として(土方の引き立て役として)描かれていた大鳥圭介が、この本では土方に匹敵するほどいさましくて有能で、しかし微妙に三枚目で愛すべき軍人とされているのが、とくに気に入った。
 大鳥圭介についてはこの「天下大変」というサイトが詳しい。
 ラストは、感情の抑制がきいていて、だからこそ泣ける。
12月13日
 
 ペンネームCは、ただの童貞ではない。
 正確には「ある程度以上の年齢を持った童貞は、すでにただの童貞ではない」。
 「魔法士」と呼ばれる彼らは、「妄想の海」に直接アクセスすることで、物理常識を超えた様々な現象を引き起こすことができるのだ。
 ペンネームCの得意とする「萌え領域」もその一つだ。
 「乳房の大きさ」「眼鏡の着用率」「妹の血縁度」この三つに代表される「宇宙の基本的な物理定数」を改変することで、「自分にとって都合の良い世界」を作り出すものである。


 ウィザーズ・ブレインはこんな話です。(ウソ)

 さて、

 三枝零一「ウィザーズ・ブレイン4 世界樹の街 上」電撃文庫

 相変わらずイメージの奔流。
 鮮やかな場面が、奇想と奇想をつなぎあわせてもっと大きな奇想をつくる「SFの根源的な面白さ」が、次から次へとぼくを襲った。
 グイグイ引き込まれて読んだ。
 あっという間に読み終わった。
 って、短い! 
 すぐ下巻が出るとは言え、食い足りない。
 設定資料で下巻のネタばれしてる(としか読めない)のは良くないと思う。 
 ファンメイとヘイズのコンビがとても好きだ。
 ヘイズの必殺技は考証的に無理がある(いくら演算能力があっても、体は人間なんだから計算通りの超精密な動きができない)けど、でも「出来たら凄いな」という興奮の前には考証の厳密性などふっ飛んでしまう。
 1巻もよかったけれど、2巻で衝撃を与えられたからこそぼくはこの話にのめりこんだ。
 出てくる少年少女たちの心がとてもみずみずしいのも美点だ。
 あと刊行ペースさえ早ければ完璧なのに。

 なにげに今月の電撃文庫は眼鏡含有率が高く、心が動く。
 幕末の資料をドバッと買ったせいで貧乏なのだが、ゆうきりん「めがねノこころ」を買ってしまった。
 この人の本を買うのは初めてだ。

 今日は「北天に誓いて エゾ共和国建国記」(仮タイトルその2)のプロットを練っていた。
 誰を中心に描くか決めたので、少し話がまとまった。
 ぼくの中で「なぜ榎本武揚は、もっと早く艦隊を北へ出さなかったんだろう。会津を助けなかったんだろう」という強い疑問がある。
 せめて艦隊の一部でも送っていれば戦況は違っていたろうに。
 秋山香乃「歳三往きてまた」(文芸社)を読んでいるので、どうしても会津藩に同情的になる。
 なぜ見殺しにした?
 いっぱんには、徳川家の処遇が決定するまで動けなかったのだという。
 しかし、ぼくの小説の中の榎本は徳川家のためではなく、あくまで理想国家建設のために戦ったのだから、それでは筋が通らない。
 まさか……
 身分制度きびしく武士の美学にこだわる会津藩は、彼にとって滅び去るべき古い日本に過ぎなかったのか!?
 ブルブルガクガク。恐い人だ。
 もちろん政治家として、そんなこと口には出さないだろうが……
 大鳥や土方たち、会津で必死に戦って来た人々は榎本をどう思ったか、そのへんも想像を膨らませてみる必要がある。
 膨らませたことによって、大鳥や土方の人物像も決まってくるだろう。
12月9日
 今日は久々に電撃文庫を買った。

 三枝零一「ウィザーズ・ブレイン4 世界樹の街 上」電撃文庫
 ああ、待っていた。一年以上待っていた。
 偉大なこのSFを。
 設定資料を読んで、しばし恍惚とする。
 本編は明日読む。楽しみだ。

 最近、函館戦争を描いた小説を片っ端から読んでいる。
 「燃えよ剣」「黒龍の棺」「歳三往きてまた」……そして、「武揚伝」。
 同じ戦い、同じ人物の同じ行動を描いているのにこうも描き方に幅があるものか、と感嘆する。
 ゆっくりと、ぼくは蝦夷共和国をどんな風に描きたいのか見えてきた。
 仮プロットを書いてみた。だがまだダメだ。
 はっきりさせるべきことはまだたくさんある。
 どこを調べるべきかわかっただけでもよしとするべきか。
12月7日
 映画を観た。

 「ラスト・サムライ」
 うーん。
 「考証」ということについて深く考えさせられた映画。
 なにしろ大嘘で、しかもカッコイイ大嘘なのだ。
 1876年(明治9年)にもなって、鎧兜に身を固め刀と弓だけで戦う「反乱軍」!!
 敵である政府軍は史実に近い小銃や砲を装備しているのに!
 たぶん西南戦争をモチーフにしてるのだと思うけど、すごい西郷軍もいたもんだ。
 しかし、作中の反乱軍とやらが史実のように小銃で武装していたらどうだったか、はたして面白かったか、ということを考えると、これで正解としかいいようがない。
 監督も、主演のトム・クルーズも侍に強い関心をもち、日本の歴史や文化についてたくさん調べたうえでこの映画を撮ったそうだ。
 そうだろう、たしかにこの映画でついている嘘は、考証ミスではなくて、よりかっこよく、よりサムライっぽくするための設定変更なのだ。
 サムライというのは武装の問題ではない、というのが頭ではわかっていても、やはり「鎧武者の軍勢」と「ボルトアクション式ライフルで武装した陸軍」がスクリーンを埋め尽くして戦う戦闘シーンには圧倒的なわかりやすさがある。
 日本の自然描写も(日本のどこなんだか全然判らないが)美しい。
 トム・クルーズの演技にも気迫があった。
 とても礼儀ただしい、日本文化への敬意にあふれた映画。
 パールハーバーの逆。
 ぼくは「おお! ちゃんと兵隊の帽子のてっぺんに星が!」とかそういう細かいところにも感心した。

 ってなわけで、
 なるほど……これも歴史物をつくるうえでの効果的なやり方だな……
 などと強い感銘を受けた次第です。
 ぼくが蝦夷共和国の話を書くにあたっても、たくさん調べ、そのうえで必要に応じて大嘘を書くつもりです。

 (追記 「ラストサムライは西南戦争ではなく、神風連の乱です。神風連の乱の反乱軍はまさにああいう古風な戦い方をしたんですよ。あれは史実通りです」というツッコミが入りました。ああ無知がばれちゃったよはずかしいよー)

 ついでに銀座のアップルストアにも行ってみた。
 うわあ! 人がいっぱいで息苦しいほど!
 Macに関心もってる人は大勢いるんだねえ。
 なんか家族連れが多い。
 普通のパソコン屋と異なり、いかにもオタですという感じの男性はほとんどみられない。
 やっぱりMacはエロゲーが無いから?
 それとも銀座だから?
 ぼくは浮いてたのかもしれないが、仕事柄いろんなとこに行くのでもう慣れた。いちいち気にしてられるか。
12月4日
 本の感想。

 富永浩史「覇空戦記 2」コスミックインターナショナル
 こんなにもせつない架空戦記をぼくは知らない。
 これは、空に憧れた一人の少女と、その少女を愛してしまった軍人の物語だ。
 恋したでも惚れたでもなく、憧れた愛したという表現がふさわしい。
 女性であるというハンデ、近眼であるというハンデをものともせずに飛行機乗りを目指す少女。
 心冷えた軍人は、彼女のひたむきさに胸をうたれた。
 そして彼女を見守って行こうと決意する。
 しかし彼の任務は、彼女が愛する空を血で染め、彼女から翼を取り上げることに他ならなかった……
 こんな感じだ。本当はもっと多層的だが。
 豊富な飛行機の知識と、感傷的な空や飛行士の描写が上手く合致した、富永浩史の意欲作。
 この本を読んで、高い冬の空を見上げると、とても綺麗に見える。
 作中で繰り返される「空気は平等だ」という言葉が胸にしみる。

 こないだなくしたPHS、警察に届いてるって……
 もう新しいの買っちゃったのに……
 とほほ。

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