第3章 よどんだ魂の底に

 丘の下に、数百のテントがあった。
 ひどく乱雑な、まったく規則性のない並び方のように、エリオットには見えた。
「ここが、我らドロパの民が住まうところ」
「ドロパというのが、君たちの名前なの?」
「そう。他にヤダー、ラ・ハン、シャラーハ、ウハルなど、たくさんの民がいる。みな、長老と族長に率いられている」
「そうじゃなくて、君達ぜんぶの名前は、なんていうの?」
「ヤー・ロキー・ラヤ。『大地の声を聴く者』という意味だ。おい、地球人! 変なところに触るな!」
 二人乗りができるほど大きな動物ではないヤックに、ほとんど身体を重ねるようにして乗っていたエリオットは、娘に怒鳴られてしまう。
「お前、やはり地球人だ。原住民だと思って馬鹿にしているだろう。女だと思って馬鹿にしているだろう。このわたしエルミンは、『風のような歌』という意味。風のように速く歌のように巧みに、ドロパの民の中で、もっともすばやく投げ槍を叩きつける者!」
 娘、エルミンは黒い瞳に怒気をみなぎらせて振り向き、器用に石槍をエリオットの喉元に迫らせた。
「そ、そんなこと言ったって」
 この狭いヤックの背に、触れることなく二人が乗る事など不可能だ。
「まあいい。ふん、お前は本当に臆病者だな。ヤックについばまれるラガサ虫のように、びくびくと身をよじって恐がっている。怒る気も失せた」
 しばらくエリオットの碧眼を見つめたのちにエルミンは言って、それきり無言でヤックを走らせた。
 丘を駆け降り、ひときわ大きなテントの前にたどりつく。
「そこで待ってろ、地球人」
 エルミンが軽快な動きでヤックから飛び降り、テントの中に入ってゆく。
 すぐに彼女は、数人の男たちを連れて現れた。あまり若い男はいない。壮年か、あるいはかつて壮年であったろう歳の男たちだ。
男たちとエルミンは言葉をかわしていたが、もちろんそれは地球語ではなく、エリオットには全くわからない。
 男のひとり、ひときわ見事な羽根飾りを髪につけている筋骨たくましい巨漢が、エリオットに顔をむけ、がなりたてた。
「地球人、か。なぜここ、きた」
 エルミンほどではないが、それなりには巧みな地球語だ。
「いま言ったでしょう。わたしが、ここに連れてきたんです」
 褐色の娘が言う。が、熊のような体格の男は、まるで納得しなかった。
「嘘だ。わがドロパ、地球人などに心ゆるすはずない。お前達たち、みな嘘つき。みな人殺し。大地の声、きこえない狂った獣。
言え、エルミンを、どうやってだました」
「だましてなど、いません」
 さすがにこの風貌だと迫力というものがある。いくらエルミンが豹を連想させる獰猛さがあったとはいえ、この男と比べれば。
 そんな迫力に多少押されながらも、エリオットは言いきった。
「まだ言うのか、地球人。ならば、このガーハ、ドロパの民すべての心きき、お前を裁こう」
 そう言うなり、ガーハというらしい大男は、唐突に指を口でくわえて甲高く鳴らした。
 その指笛は、「非常召集」だったらしい。
 指笛は風にのって集落全体に響きわたり、すぐに数百のテント全部から、指笛を耳にした者達が駆けつけてくる。
 みな手に武器をひっつかんで、とにかく全力で走ってくる。ヤックに乗って急ぐものもいた。
 たちまち、武装した数百のドロパ族に囲まれるエリオット。ガーハほどの偉丈夫はめったにいないが、みなエリオットなどより十倍は強そうな連中ばかりだった。
 彼らの目には一様に敵意があった。
 ガーハが槍を天にかかげ、何事かわめく。と、数百のドロパ戦士たちが騒然としはじめた。
 この地球人が、我々とともに生活したいなどとぬかしている、どうするべきか、そう言っているのだろうとエリオットは推測する。
 眼光あくまで鋭い初老のドロパ戦士が、威嚇の叫びをあげながらエリオットに言った。
「キケ、チキュウジン。オマエタチノツミ、アマリニモ、オモイ。オマエタチガ、ワレラニシタコト、ワスレテハオルマイナ」
「ソウダ、シネ、チキュウジン」
「シニヨッテ、ツグナエ!」
 口々に発される、殺意ある断罪の言葉。エリオットはしかし、反撃することができなかった。確かに彼らの言うとおりだと、思っていたから。
 だったら、ぼくがここを脱する方法は一つしかない。そう確信したエリオット、一瞬だけエルミンを見た。顔と身体に文様を描いた娘は、吊り目でエリオットに視線を浴びせ返してきた。
 だが、その視線に含まれる毒気は、多少なりとも減っているように見える。そうだ、確かに自分の眼は、この娘の悪意を中和することが出来たのだ。
 だとすれば……
「みなさん、きいてください。私は武器をもっていません。みなさんを害したり、殺したり、なにかをみなさんから奪ったり、そのような目的でここに来たわけではありません。私はただ」
 地球の科学文明社会で育ったエリオットは、野生動物を相手にする時のような、言葉なしで意志を伝える方法を知らなかった。だから、精いっぱいの誠意をこめて、両腕を広げ、丸腰であることを強調し、真剣なまなざしでガーハを見つめながら、そう言ったのだ。
 エルミンには伝わった。きっと、この人にも。
 だが、ガーハは太い首を横に振った。
「認められぬ」
 頼みの綱のエルミンも、ガーハの言葉に反駁するでもなく、ただうなだれていた。
「地球人。ドロパの憎しみ、思い知れ」
 ガーハが言う。その後、ドロパ族の言葉でもう一度。
 すると、四方の人々が石槍やら石斧やらを振り上げた。号令一下、幾本もの鋭利な切っ先がエリオットの胸を裂き、重たい石が頭蓋骨を砕くだろう。
 ねばついた唾をのみこんだ。
 もう、そんな生理的反応以外、エリオットにはできることなど何もなかったから。
 けっきょく地球人の汚さからは逃れられない、そういう事なのか。
 さまざまなものが脳裏をよぎった。
 故郷である地球文明圏を、ほとんど追い出されるように感じて出てきた僕だけれども。
 やっぱり、死ぬのはちょっと怖いな。
 眼鏡に手をあてた。
 妙に冷たいその感触、たぶん世界で最後に、この右手で感じるものだろう。
 石槍と石斧が大気をつんざいて迫る。
 だがしかし、今度も、エリオットの悲愴な想像は外れた。
 待った、の一言がかかったのだ。
 エルミンの叫びだった。ほとんど絶叫に近いものだった。よほど驚くべき台詞だったのだろう、ガーハと、その取り巻きたちは驚愕に眼をむいた。
 しばらく、ガーハとエルミンは激しい言葉のやりとりを続けた。もちろんエリオットには何と言っているのか全く判らない。
 ふたりの激論に、他の部族員たちが参加した。岩のような拳を振り上げ、わめく。エルミンに反対する者が多いらしく、彼女の顔は少しずつ歪んでゆく。
 それでも次の瞬間には、エルミンは顔をあげて、猛々しい叫びをあげる。
 エリオットは、安堵するよりも先に当惑して、突然はじまった議論を眺めていた。
 エルミンは、あの女の子は、ぼくを弁護してくれているのだろうか? きっとそうなのだろう、ガーハと激しく言い争っているのだから。
数分つづいた争いは、やがてガーハが大声で叫び、槍を大地に突き立てることで決着を見た。
 その動作は何か重大な意味をもっていたらしく、ドロパの戦士たちはどよめく。
 そして一度ざわついた後、すぐに、水をうった様に静かになった。
 ついさきほどまでからは想像もつかない、むしろ厳粛ですらある雰囲気。異種族であるエリオットにも、それははっきりと判った。
 エルミンは、どうにも形容しかねる表情で、エリオットを見ていた。期待と同情と、その他の感情が奇怪なタペストリを成した、そんな表情だ。
「決まった。お前は試練を受ける」
 突然エルミンが言う。
「試練?」
「族長ガーハは、そして大多数のドロパは、やはりお前がドロパに加わることを望んでいない。そうであるなら、方法はたったひとつ。長老のもと、試練を受けるのだ」
 と、ひとりの老人が、数人の屈強な付き添いを引き連れ、杖をついて現れた。眼も口も、数え切れないほどのしわに埋もれてしまったように見える老人だった。
 この人が長老だろう。
 族長のガーハも、このミイラのような老人にだけは頭が上がらないらしく、両手を変な具合に合わせて「礼」をする。そして長老に、ゆっくりとした口調でこれまでのことを語る。
 長老、深々とうなずく。
「やはり、『魂の試練』を行うべきだと、長老もおっしゃっている。魂の試練をくぐり抜けた者であれば、ドロパの一員として認めぬわけにはいくまい」
 エルミンはそう言うのだが、「魂の試練」とは一体なんだろう。
 長老の言葉には、とほうもない重みがあったらしい。あくまで反対していた者も、長老がぼそぼそと呟くと、たちまち静まり返った。
 だが、いままでにも増して、周囲のドロパからは多数の視線が浴びせられている。
 さっきエルミンが見せた表情には、同情の色もあった。だとすれば、魂の試練とは、よほど困難な、よほど危険なものであるに違いない。
 だが、このときエリオットが尋ねたのは、そんな事ではなかった。
「エルミン……さん」
「エルミンでいい。地球人が礼儀を知らないことなど先刻承知」
「族長に一体なにを?」
 エルミン、一瞬またうつむいて。
「それは大地の声に逆らっている、それでは地球人と同じではないか、そう言ったのだ。勘違いするな。なにも、お前に好意をもっているわけではない」
 落胆するでもなく、歓喜にうち震えるでもなく、エリオットは、青い空を仰いで言う。
「大地の声、か」

 エリオットが試練を受けることが決まってから、数時間。
 集落の中央にある広場には、その数時間をかけて、丸太を組み合わせたものが造られていた。
 建物というには、小さすぎる。それは、たき火、キャンプファイヤーに使うものに良く似ていた。
 そこに、あいも変わらず石槍を突きつけられた格好のまま、エリオットは連れてこられた。
 とっさに「火あぶりの刑」を連想したからといって、エリオットを責める事はできまい。
「これ……なにする……んですか?」
 さすがに動揺して、自分を連行している戦士たちにたずねるが、答えは返ってこない。その後ろを進んでいるエルミンに顔を向けると、彼女は 何か沈痛な面もちで、ぼそりと言った。
「魂の試練だ。言ったろう」
 なにか、とても嫌な予感がした。
「これを飲め!」
 エルミンが地球語で言う。ドロパ戦士たちが、土器に入った茶色い液体をエリオットの口に流し込んだ。
 まずい。泥そのもののようだ。泥と違うのは、喉に、やけるような痛みを与えること。
 その場にひざをつき、両手で喉をかきむしり、もだえ苦しむエリオット。額を幾筋もの脂汗がながれる。
 それだけではなかった。
 身体から力が抜け、視界がぼやける。
 これは毒なのか。速効性の毒なのか。
 そうとしか感じられなかった。
 試練なんてのは大嘘で、やはりぼくを殺すのか。
 ぼやけていく視界の中で、長老の、しわがれた声が響いた。
 なにか、やたら長い言葉を、妙な抑揚をつけて叫んでいる。叫びは、普通の人間なら喉が枯れてしまうだろう長さにわたって続き、まだ終わる気配がない。
 その叫びに合わせて、族長ガーハをはじめ、多くのドロパ戦士たちが蛮声を張り上げ、足を踏みならしながら「歌」のようなものをがなり出す。
 長老の長い叫びと、数百人のリズミカルな足音、そして重なり合う歌、歌、歌。
 これらすべてが渾然一体となって、ぼやけたエリオットの意識の中にながれこむ。
 呪文、という連想を、彼はおこなった。
 そうだ。長老は呪術師で、ぼくに魔法をかけているんだ。ただの催眠術かも知れないけどさ。
 この薬も、きっと麻薬みたいなもので、催眠の効果を高めるために。
 エリオットは、かなり薬の力に抵抗し、最後の最後まで理性的な判断力を失わなかった。
 だが、それもここまで。彼の目は虚ろに開かれ、口はだらしない半開きの状態になった。
「これでよし、彼は試練のため、魂の底へ旅立った。あとは」
 エルミンがそう言って、ガーハに目配せする。
「よろしいですね、長老」
 ドロパの言葉で了解をとる。長老が呪文をうなりながらうなずく。ガーハの指揮のもと、昏倒したエリオットは担ぎあげられ、組み上がった木の上にのせられた。
 そして、木に火がつけられる。
「すべてが燃える前に魂が戻らなければ焼け死に、灰となる。それが試練だ。魂がたとえ戻ってこれても、間違いなく正気を失う。エルミン、よく納得したものだな。この試練は、死ぬより苦しいというぞ。むしろ直ちに突き殺した方が、あの男も幸せだったのではないか」
「黙ってて、ガーハ」
 二人の会話とはまったく無関係に、長老は老体に残る力を振り絞って呪文を唱え続けていた。

 薬と呪文の力で、エリオットの心は白い霧の中に呑み込まれ、どこまでも落ちていった。
お湯の中を沈んでいるような感覚。心地よい感触が身体を包んでいた。
 やがて、そんな暖かさの中を落下し続け、最後にエリオットは小さな衝撃とともに目を覚ました。
いや……目を覚ましたわけではなさそうだ。
 自分の心が、誰かの肉体に宿った、とでも言うべきだろうか。
 その肉体は、ひどく力がないらしい。眼球さえも、うまく動かせない。
 白くやわらかい手足。うぶ毛に覆われた身体。歩くことも走ることもできず、ただ喚き、あるいはでたらめに手足をばたつかせることしかできない生き物。
 それが、エリオットの今の肉体だった。
 これは……この身体は。赤ん坊だ。
 エリオットはそう悟る。心まで赤子になった訳ではなくて、自分の意識は残っていた。赤ん坊の体の中に、自分の心と、赤ん坊自身の心が、両方とも収まっているのだった。
 赤ん坊のぼやけた視界。しかし多少焦点がずれていても、すぐ近くにいる一人の女性の顔だけは認識できた。
 エリオットの心、驚きと暖かさに満たされる。
 その女性は、幼い頃故郷の星で、事故によって死別したエリオットの母だったのだ。
 かあさんだ。まだ生きてた頃の母さんだ。ということは、この赤ん坊は、小さい頃の、ぼくだ。
 だが、暖かい気持ちはそう長く続かなかった。
 脳髄をゆさぶり、砕くほどの、強烈な感情がエリオットに押し寄せてきた。
 狼狽し、その激情の中で理性を失いそうになるエリオット。ともすれば、その感情に自分も呑み込まれそうになる。
なんだ、この強烈な力は。
 真っ白い光となって殺到し自分を押し流そうとする、その感情が一体何であるのか、目をこらす。
 すぐにわかった。これは食欲。
 のみたい。
 乳がのみたい。
 とにかく飲みたい。
 飲ませてれええええ
 赤ん坊だけが持ち得る、それは実に純粋な感情であった。
 けれど、いかにも赤ん坊らしい可愛らしい考えだとは、エリオットは思わなかった。直接、心と心をつなぎ、考えることすべてを、五感を通じずに直接、浴びているのだから、ひどく生々しい、原始的な、野生動物と同じ感情であるように思えた。
 一瞬、嫌悪感すら感じる。
 人間らしい心、礼儀とか、周りの者への配慮とか。そんなもの、この感情の大波の中には、一片も含まれていない。自分がなぜそんなことをしなければいけないのか、それもまるで考えていない。ただ吸いついて乳を呑むことしか頭にない。
 グロテスクだ。これが本当に人間の心なのか。
 目を閉じて、このあふれる食欲の精神波動を見ずに済ましたい。
 ましてや、これが自分のものだなんて。自分の一部だなんて、思いたくない。
 エリオットは真剣にそう願った。だが願いは聞き届けられない。エリオットは赤ん坊の小さな心と隣接して、その小さな心が感じるすべてを、そっくりそのまま受け取っていた。拒むことはできなかった。
 そうだ、自分は赤ん坊の体に宿っているはずだ。だったら、こちらの意志で体を動かすこともできるはず。
 それに気づいたエリオット、意識を集中し、「やめろ!」と心の中で叫ぶ。
 やめろ、みっともない! 本能だけで動いてるみたいじゃないか!
 そう叫ぶ。だがしかし、叫びは、うまく赤ん坊の体に伝わらなかった。
 ただ、恐怖を感じたらしく、赤ん坊は泣き出す。
「いやだ、この子ったら……どうして?」
 母親が、突然泣きわめく赤子のエリオットに驚き、おしめを調べる。
「変ねえ……」
 エリオットは、その間にも、自分の意志を赤ん坊の体に流し込んで、体を操ろうとする。だが、この体の方には、まったく受け入れる体勢が整っていないらしい。
 ただ、火がついたように泣きわめくだけ。
 犬だって言うこと聞くのに……赤ん坊ってのは、犬以下なのか。
 いささか愕然として、エリオットはどうにかその事実を受け入れる。今後、赤ん坊に出くわしたとしても、素直に「かわいいねえ」といって笑顔を作る気にはなれないだろう。
 その時赤ん坊の精神から、彼の心は分離された。
 あたりの景色がまじりあい、目が痛くなるほどの、どぎつい原色の入り交じった何かの中にエリオットは飛び込む。
 超光速航法の時に宇宙船が突入する「超空間」に、どことなく似ている。エリオットがそう感じ、僕はいま時空を飛び越えているのだろうかと、 そう思ったとき、彼の心はまた別の肉体に宿っていた。

 涙が頬を伝っていた。
 ぐすっ、ぐすっ、と、鼻をすする音が聞こえてくる。耳から聞こえてくるのではない。骨伝導。つまり泣きながら鼻をすすっているのはエリオット自身だということだ。
 夏の午後の日差しが、エリオットを囲むビル群の間を抜け、まだ小さい彼の体を照らしていた。
 けれど、彼の心までは照らされない。彼はいつまでも泣きじゃくり続けている。
 彼の心の中に、ついさっきまで受けていた暴行の記憶が、あざやかに蘇る。
 体の大きなクラスメートが、誰もいなくなった小学校の教室でエリオットを殴った。まだ六才のエリオットは、何もできずに吹き飛ばされる。
 ああ、そうだ。僕は子どもの頃、ずっとこんな目にあい続けていたんだ。
 今にして思うと、殴られ、馬鹿にされ、からかわれ続けたのは、一体なぜだろう。
興味を持って、六才の自分の心に触れて見る。
 とたんに、どす黒い憎悪が、堰を切ったようにこちらへ流れ込んできた。
 六才の子どもにとって、学校でいじめられることは、生か死かという選択が目の前にちらつくほど、強烈な呪わしい体験なのだ。
 六才のエリオットは、まだ眼鏡をかけていなかったエリオットは、心の中で、自分を毎日いじめている者達を呪っていた。けっして声に出すことなく。
 きらいだ、嫌いだ、嫌いだ。アッテルも、ミューラックも、ウィーゼルも、大嫌いだ。
 嘘つきなんだもん。俺は人をなぐったりしねえよって、昨日まで言ってたのに。わけのわかんない理由をつけて、今日から。
 ブラムソン先生も嫌いだ。みんな仲良くしましょうねとか、人は言葉で分かり会うことができる動物ですとか、そんな事いってるのに。ぼくがどんな目にあったって、なにもしてくれなかったじゃないか。
 それどころかぼくは、助けてもらえるどころか、かえってみんなから気味悪がられているじゃないか。
 この世界そのものが僕をいじめてるんだ。
 間違いない。こんなつまらない世界など消えてなくなれ。
 ぼくが正しいこと言っても、教室で飼ってた鳥がエサなしでかわいそうだって言っても、毎日ぼくのお弁当盗んで捨てるのはやめてって言っても、みんなみんな聞いてくれなかったじゃないか。
 正しいこと、こんなに正しいことが、みんな壊れちゃう世界なんて、いやだ。みんななくなれ。みんな燃えちゃって灰になれ。
 それが、小さな頭蓋骨の中を駆け巡るものの全てだった。
 あまりの毒々しさに、エリオットは息がつまり、苦しげな声をあげる。
そうだ、そういえば確かに、みんなの事を憎んでいた。とつぜん天変地異がおこって世界が破滅することを、いったい何度夢見たことだろう。
 だが、今にして思うと、なんと身勝手な感情だろう。こいつの頭の中には、ただ何でもかんでも周りのせいにするだけで、ひょっとしたら自分が悪いのかもしれない、なんて考えはかけらほどもないじゃないか。
 これが自分自身なのか。
 にがにがしいものを感じ、六才のエリオットに向かって今のエリオットは語りかける。
「きみ……そんなに憎むもんじゃないよ。そんなに、いじめられるのが嫌だったら、なんでそうなるのか考えて、直せばいいじゃないか」
 そのとたん、まばゆく輝く感情の大波が、大人エリオットの意識を滅多打ちにした。制御されざる感情の暴走、その力は大人エリオットを凌ぐかも知れない。
 一瞬気が遠くなりかけた大人エリオットに、子供エリオットの涙まじりの叫びが叩きつけられる。
「どうしてなんだよお! どうしてそんなこというんだよお! ぼくは何にも悪くないんだよお! あいつらが頭おかしいんだ! みんな死んじゃえ」
 大人エリオット、相手が自分自身であることも忘れてどうにか諭そうとする。
「きみは……きみは。それじゃいけないよ。相手の子も、きみと同じことを考えているのかも。きみだって加害者なのかも知れないよ」
「嘘だあ! ほかのやつら、みんな頭ヘンで、ぼくをばかにすることしか考えてなくて、何も難しいことなんか考えられないんだよ! あいつら、ただの」
 どれほど話しかけても、説得を試みても、子どもエリオットはますます激しく拒否の姿勢を露にするだけ。
「きみは、じゃあ、自分だけが大切だと思ってるのか? 自分だけが正しいと思っているのか? そう言っているようにしか聞こえないんだけど」
 その辛らつな問いかけは、子どもエリオットに対するものというより、いまのエリオット自身に対するものだった。
 自分だけが可愛想なんだと思って、ひたすら世界を憎み続けたら。きっとそれは、周りから見れば、間違いなく、いじめたくなる存在だろう。分かり合おうという気持ちもなく、ただ敵意を振りまいている者。実際に戦う力も勇気もないのに。
 これが自分の姿だったのか。
 確かに思い返して見れば、おさない頃の自分は、自分は他の人間とは違うんだって、優れてるんだって、他の奴らはみんな気がくるってるんだって、そう思い続けていた。そう考えることで、なんとか潰れずに済んでいたのだろう。
 だが、それを認めるのが嫌だった。自分がそんな奴だった、などと。
 他人を心の中で罵ることで、かろうじて自分を保っているなんて……そんなの、臆病じゃないか。とても弱いじゃないか。それに……なんだか、いじけてる。
「ねえ……きみさあ、ほんとに僕なの? 未来の僕なの? どうして僕の言う事に逆らうの? ぼくのことバカにしてるんでしょ? きっと僕の敵なんだ。消えちゃえ!」
 子どもエリオットが、心の中の異物、つまり大人エリオットに向かって叫ぶ。
 自分に異をとなえるものはみんな馬鹿で、敵だと言うのか。
 悪寒がこみあげた。
 もしこの心が、赤の他人の心であったなら、きっとこう思っていたに違いない。
「こいつは妄想にとりつかれてる」「なんて自己中心的なんだ」と、そう思っていたことだろう。はっきりと嫌悪を感じていたはず。
 だがしかし、これは自分の心なのだ。
 子どもエリオット、なおも叫ぶ。
「消えろよ! わかってるんだ、わかってるんだぞ。どうしてみんな、ぼくのこと殴ったり蹴ったり、お弁当かくしたり、黒板に変な絵かいてバカにしたり、そんな事するのか。
 僕が正しいからだ。僕はきっと天才なんだ。お前たちとは違うんだ。お前たちみたいなくだらない奴らとは。お前たちはそれがこわいんだ。だからきっと。そうだ、そうにちがいない。僕はただのいじめられっ子なんかじゃない。天才がハクガイされてるんだ。みんな僕にシットしてるんだ」
 すさまじい早口で、六才のエリオットはまくしたてた。
 こんな風に思っていなければ、彼は、自分は、耐えられないのだ。
 どうしてこんなに弱いんだ。これは卑怯ですらあるじゃないか。
 エリオットには、このような態度を許すことはできなかった。ましてや、これが自分自身の姿だって?
 なにか恐怖にちかいものが、冷たく硬いものが、胸のなかを転がり回った。自分はいま精神だけになっているはずなのに、汗腺という汗腺から冷たい汗が噴き出す、そんな身体感覚があった。
 意識の力を集中し、ここから逃げたいと、一心におもう。
 力は呪術をも打ち破ったのだろうか? 彼の心は六才のエリオットの精神から離れてゆき、やがて、また、色とりどりの光の中に潜った。
六才のエリオットが見えなくなったその時、エリオットは唐突に、自分がなぜ恐怖に駆られていたのか、それを悟った。
 そうだ……こういう事だ。
 いまの自分だって、何も変わってないんじゃないかって、そんな気がしたんだ。
 冷水を浴びせられたような衝撃、全身をかける痛みが、虚空に浮かぶエリオットの精神を刺し貫く。
 考えれば考えるほど、その嫌な想像は無数の証拠を手にいれ、真実味を帯びてゆく。
 そうだ、そうなのだ。
 自分が、あの子供時代の自分を軽蔑したのも、なんて弱くてずるい奴なんだって思ったのも、その子供と全く同じ考えに基づくものだ。
 あいつは汚い。あいつは間違ってる。そう思うことで、自分はちがうんだと、自分はもっと優れてるんだと、そう感じることができる。
 他ならぬ、今の自分自身が、それをやっていたではないか。あのイジイジしている子供の姿を見たとき、まっさきに自分は、自分の中にも同じものがないかどうか、それを探すべきだったのだ。「あいつと一緒だなんて認めたくない」なんてことを思ってるひまがあったら。
 虹のようだ、そう思っていた、この夢空間の色彩。だが、この光の乱舞が、ずいぶんと毒々しい、とても虹には例えられないものに変わりつつあった。
 錯覚か? いや違う。自分の心の内面を、そのままに表しているのだ。
 己の中の醜い部分を自覚したエリオット。周囲に舞い散る極彩色の光点たちが、まるで針のように、悪意のこもった視線のように、エリオットを射ぬき、すくませる。
 それだけでは終わらなかった。
 当然に、エリオットは考えをさらに押し進め、すぐに気づいてしまった。
 ……そうだ。あの人の言っていることは正しかったんだ。
 自分の中に、他人を罵りおとしめることを救いとする嫌な部分があると、はっきり判ってしまった以上、どうしてもそんな考えになってしまうのだった。
 あの人とは、ラルゴ社長。
 彼は、あの異臭のたちこめる見せ物小屋で、哀痛なまでのエリオットの叫びを軽く受け流し、こう言った。
 お前は、自分だけが特別だと思いたいだけだと。
 まさにその通りだったではないか。
 これが偽善でなくて何だろう。僕はただ、自分を善人だと思いたいがために、哀しんで見せていただけだったのだ。
 視界が震え、溶け、歪んでいた。
 震えているのは自分の心のほうだと気づいたとき、エリオットの中の最後の抑制がはじけ飛んだ。
 ああ、そうだ、同じなんだ。自分より下の存在をでっちあげることで、自分を称揚する。それで快楽にひたることができる。自分のやってきたことは、まさにそれ。
 それは、六才の自分と同じだというだけでなくて、ラルゴ社長たち普通の地球人と同じではないか。
 エリオットは慟哭する魂を抱えたまま、気づいた。
 ほんのわずかな違いしかないのに、原住民のことを下等生物だという地球人たち。なぜあんな善い人達が、そんなひどい事を言えるのか、不思議でしょうがなかった。
 だが今なら判る。
 そう思えば、自分は違うんだって思えるからだ。
 そしてその考えは自分の中にもある。間違いなくある。決して否定することはできない。
 みんな同じだ。同じなんだ。いじめる奴も、いじめられる奴も。少しもかわることのない心理構造。
 どこからか、笑い声が聞こえてきた。真っ白い仮面のようなものが、渦巻く光のなかに幾つも浮かんだ。
 声と仮面は嘲笑していた。
 逆らいがたい力を感じ、やせた身体から生気が抜けてゆくのを感じ、糸の切れたマリオネットのように、エリオットはその場に倒れ伏す。
 気がつくと、自分は、服も眼鏡もなくし、冷たいコンクリートの床の上で這いつくばっていた。
 裸は、すべてのごまかしを、あるいは捨て去り、あるいは失ったことの象徴。コンクリートの床は、絶望的な現実だ。
 夢の中の世界なので、眼鏡を失っても視力が落ちることはない。けれど、それは、自分と世界の間にあった緩衝物が何もなくなったことを意味していた。
 立ち上がろうとした。だができなかった。声が、仮面たちの視線が、背中と頭に圧力をかけていた。
 恐怖を感じるほどに、仮面の数は増してゆき、嘲りの笑いは強まっていく。
 もし、あの仮面と目があってしまったら、自分は。
 仮面はこう言っているのだ。
 ……ほら、やっぱりそうじゃないか。
 夢は醒めたかい? あんたはただ、自分の本当の姿から目をそらしていただけだったんだよ。
 そんなことを目で語る、あの石膏のように、乾いた骨のように白い仮面と、見つめあってしまったら。その鮮血にちかい彩りをもつ目を、はっきり見つめてしまったら。
 とても耐えられない。壊れてしまいそうだった。
 エリオットの細い裸の身体が、熱病のように激しく震えた。
 そうだ、怖いのだ。
 だが、彼にはもう判っていた。こうやって震え続けていたら、ますますひどい自分になってしまうという事を。
 自分への、果てしない嫌悪の情が、わいてきた。
 裸の薄い胸をかきむしる。この皮とあばら骨の奥にあるものが、たまらなく汚く思えた。
 ……ぼくは。すべて間違っていたんだな。
 そんな考えすら、エリオットの心に芽生えつつある。
 いままで信じてきたもの、理想、平和、平等、ささやかな幸福、みんな楽しく暮らせたらいいねという想い、世の不正や差別への怒り、そんなものがすべて、すべて、自分を飾りたてるためのインチキだったんだと、いまのエリオットは思いはじめていた。
 どこからか、ガラスが割れる音が響いてきた。
 割れる音はしだいに近くなってゆく。胸をかきむしり、爪にピンク色の皮と血がこびりつくたびに、一枚また一枚とガラスが割れていった。
 あとしばらくの間、そうして苦しみもがいていれば、エリオットは死んだかも知れない。あるいは苦悩のあまり気が狂ったかもしれない。
 いずれにせよ、「別に汚くてもいいじゃない」などと開き直ることのできない人間にとって、これは地獄の責め苦だった。
 頬を伝う涙すら、すでに涸れつつあった。
 いままでの二十数年の人生すべてが、ひとつひとつ脳裏で際限され、バツ印をつけられて、この無数の仮面の前に放り出され、嘲笑されるのだ。
 低い嗚咽の声をもらした。
 だがその時、仮面たちの笑い声を裂いて、もうひとつ、まるで別の声がとどいた。
「……生きていこう」
 エリオット、その身を硬直させる。青い目を極限まで見開く。
 それだけの「力」が、声にはあった。
 特に感情をこめる事なく、しかもひどくかぼそい声だったのだが。
 メガネを失ったメガネの青年は、渾身の意志力をふりしぼって、顔を上げる。
 まがまがしい色調の混ざり合う中にうかぶ仮面たちの視線を、まっこうから受けとめる。
 死んだり、気が狂ったりはしなかった。
「……それでも、生きていこう」
 今度ははっきりと判った。女の声だ。
 耳を済ます。声はどこから届くのだろう。それが知りたかった。奇跡のようなひと。こんなにも冷たくなった心に、縮み上がった意識に、何か暖かなものを、惜しみなくなげかけてくれる大切な存在。
 立ち上がる。
 仮面たちはなおも嘲りの笑いを浴びせてくる。それは何も変わっていない。
 けれど、もう悪意の圧力は、エリオットを叩き伏せることはなかった。
 ぼくは一人ではない、生きていていいといってくれる人が、確かにいる、そう確信できていたから。
 弱々しい声、かすれる声、それでも確かにエリオットの心に届く声が、揺るぎない力をエリオットに与えていた。
 声は仮面たちの向こうから聞こえくるのがわかった。
 空中に浮かぶ、百近い仮面に向かって、エリオットは歩を進める。先ほどまでの臆病さはどこへやら、彼の目は、仮面の群れにしっかりと向けられていた。
 仮面はエリオットに囁きかける。
「……おい、偽善者エリオット! お前はただの……」
「お前も一緒だぜ! 自覚があるだけ他の奴らのほうがマシさ!」
 そう、それは確かに、ほんの一瞬前までエリオットの胸に充満し、重苦しくつかえていた真実。
 だが真実を叩きつけられてもなお、彼はひるまずに尽き進んだ。
 仮面たちはやがて、エリオットの気迫と情熱におされたのか、退散してゆく。
 散りぢりになってゆく仮面群の向こうに、なにかちらりと、人影の様なものが見える。いまだ衰えることのない光のせいで、顔などよく見えない。しかも、エリオットが歩みよって来たのに気がつくと、すぐにその場を去ろうとしはじめた。
 あの人だ。あの人が、僕に声を。
 叫んだ。待ってくれと喚いた。
 あの声は、やさしい声は……
 嘘ではなかったはずだ。人間たちの心にあるもの、自分の信じていたものさえも、みんな嘘なんだって判ってしまった今、それでも自分に、やわらかい言葉をおくってくれた、あの謎のひと。それだけが、ただひとつの真実に思えた。
 脚に力をこめ、一歩一歩、大地を踏み抜くような勢いで歩き続ける。しだいに脚をはやめる。
 だがしかし、それでも、ぼやけた女の影は近づかない。
 見えるのは、虹色の光のベールの向こうにかすんだ、後ろ姿だけ。
 それでもエリオットは、あの人は笑っているに違いないと、そう思えた。あるいはぼくのために笑ってくれているのだろうかと。
 あの人は誰だろう。どこかで会ったような気がするのだ。
 一瞬だけ近寄った記憶を頼りに、思い出す。
 まだ十代前半の少年だった頃、密かに憧れていた先輩に、どことなく似ていた。
 母親の顔は覚えていないけれど、あるいは似ているかも知れない。
 それから……そう、あの、見せ物小屋にいた女の子。あの子にも似ている。
 もう少しはっきりと、目鼻だちが判るくらいまで近寄れれば、本当に似ているのは誰になのか、判るのに。
 それを知りたかった。
 その想いを、傷ついた胸に充満させ、一歩また一歩と近づく。
 輝きのヴェールを、ついに踏み越えた。
 一瞬、小柄な女のシルエットが網膜に焼きつく。
 シルエットに向かって手を伸ばした。もう何も怖くなかった。ただ追いかけたかった。
 彼の意志力を浴びて、最後まで残りエリオットの耳元で悪意にみちた囁きを続けていた仮面が、絶叫をあげて粉々に吹き飛んだ。
 誰も邪魔することはなくなった。彼は走る。遠くへ、ただ、遠くへ。

 背中に痛みをおぼえた。
 目を開く。と、その時エリオットはやっと、自分が今まで目を閉じていたこと、夢の中にいたことに気づく。
 視野を占領するのは、たちのぼる煙、青く広い空。
 ……煙? なぜ煙などがあるのだろう。
 ぼくの背中に、なにかが突き刺さっているかのような痛みがあるのは、一体なぜなんだろう?
 その二つの答は同時に与えられた。
 自分は火の上で、バーベキューにされようとしているのだ!
 悲鳴をあげた。身をよじった。だが、なにか縄のような物で身体が固定されているらしく、動けない。
服が焦げ、叫ぶことすらできないほどの激痛が腰と背中に広がってゆく。
 エリオットは炎に苦しむばかりで、自分のまわりで歓声と畏怖の声がいりまじった叫びが発されたことに全く気づいていなかった。
 彼を取り囲み、「魂の試練」を見守っていた数百のドロパ族たちの中から、族長ガーハが歩みでる。
 ガーハは炎に近づき、木の棒にくくりつけられて丸焼けにされようとしていたエリオットを解放する。ナタ状の石器で綱を断ち切り、丸太のような腕でエリオットを抱え、背負う。
 まだ薬の影響が残っているらしく、身体に力を入らないエリオットは、赤ん坊のようにこの大男に運ばれる。
 ドロパたちの真ん中に、エリオットは降ろされ、その場に尻餅をつく。
 だが、どんなに無様な格好をしても、軽蔑の視線が浴びせられることはなかった。むしろ、ドロパたちの瞳の奥にあったものは。
「聞け! 地球人」
 ガーハ、槍を再び大地に突き立て、叫ぶ。彼の横に、杖にすがって歩く長老がやってきた。
「ドロパの民、大地の声を聞く我ら、決して嘘つかない。地球人、おまえ試練をくぐった。みごと、みごと。大地の声をきくものとして認めよう」
 長老がうなずいた。
 まだ実感がなく、喜びよりも、驚きが先にたって、エリオットはなかば呆然としながら視線をさまよわせる。
 群衆にまじっていたエルミンと、ふと目があった。
 本当にきれいな目だな、と、脈絡もなく思うエリオット。
 ああそうか、この目はもう、侵略者としてぼくを見つめることはないんだ。同じ瞳をもつ者として目線を合わせることが許されたんだ。
 そう思ったときエリオットは、自分が異邦人以外の何かであることを知ったのだった。


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