第4章 血の色をした魔法
朝の光を浴び、草の匂いを肺いっぱいに吸い込んで、エリオットは目をさました。
「おにちゃん、おきて、おきて」
子供の声がする。
狭いテントの中で身を起こす。入り口の布を割って、子供がエリオットの頭を揺り動かして呼びかけているのだった。太陽の光の中に、簡素な下帯をつけただけの男の子が黒く浮かび上がる。
「おはよう、ユクル」
「おはよ、おにちゃん。また、あそぼよ」
「うん……」
エリオットがテントの外に出てみると、他のドロパ族の男たちはもう狩りに出たあとだった。
「そうか……エルミンもいないのか」
エリオット、ユクルという子供の手を引きながら、あたりを見てつぶやく。ドロパ族の言葉は多少おぼえたが、さすがに独り言は地球語だ。それでも「エルミン」という言葉はわかったらしく、ユクルがあどけなく笑いながら問いかけてくる。
「エルミンおねちゃんのはなし?」
「そうだよ、ユクル」
「エルミンおねちゃんのこと、すきなの?」
思いもかけない言葉に度肝を抜かれ、一瞬の沈黙ののち、弱々しく笑ってエリオットは否定する。
「いや、まさか、そんなことないよ」
「でもさ、エリオトおにちゃんと、エルミンおねちゃん、にあってるとおもうな」
「そ、そうかい」
「だって、おにちゃんもおねちゃんも、いつもさびしそうなのに、いっしょにいるときだけ、ちょっとわらったりするじゃない」
朝の風に吹かれながら散歩の途中、そんなことを言われたエリオットは、裸同然の格好で寒がりもしないこのドロパ族の子の顔を、まじまじと見つめた。
「そう……かな?」
そう言われてみればエルミンは、いつも無理して、毅然とした態度をとってるように見える。仮面をかぶっている、とか、そういう表現が似合うかも知れない態度。けれどぼくが近くにいる時は、少しだけ目元が笑ったり、ふだんより何割か、瞳の中の感情が強くなったり、そんなふうに見える。
気のせいかも知れない。でも、ぼくに興味をもってるのかもしれない。この、変な地球人に。
子供を連れてテントの間を歩いてゆくエリオットをめざとく見つけて、他の子供たちが集まってきた。
「エリオットおにいちゃーん! あそぼー!」
かん高い声がひびく。十才以下の子供たちばかり、みな腰に布をつけただけの格好で泥だらけになって遊ぶので、男女の区別はあまりつかない。そんな元気な子供たちが十人ほど、眼鏡の青年のまわりに集まってきた。
エリオットはしゃがんで、子供たちを一人一人大切に扱いながら、石や木でつくったおもちゃを地面にならべて遊びはじめる。
「ねえねえ、なんでエリオットお兄ちゃんは、ぼくたちと遊んでばっかりいるの?」
子どもたちと一緒になって戯れている時、ふと子どもの一人がたずねてくる。他の子どもたちにとっても、それは大きな疑問であったらしく、同様の質問をぶつけてくる者がいた。
「そうだよね。ほかの大人たち、みんなパパラスをとりに出かけたり、オノふりまわして戦ったりするんだよね。でもエリオットお兄ちゃん、そういうこと、ぜんぜんしないじゃん。どして?」
そう言われてもエリオットは、ただ恥ずかしがって微笑する以外にない。
しないのではない。できないのだ。
確かにエリオットは「魂の試練」を乗り越え、ドロパの一員として認められた。だがしかし、それは単に、それだけのこと。
狩りの仕方をおそわった。木に動物の腱を張った原始的な弓、荒削りの棒に石器をくくりつけた槍や斧、そんなものの使い方を。獲物の追い立て方を。それにヤックの乗り方や、テントの張り方など、「大地の声を聞く者」の大人なら誰でも知っている常識。すべて教わった。
けれど、まともに修得できたものは、ほとんどない。
機械に囲まれ、移動するのも仕事をするのも機械に頼ってきたエリオットにとっては、あまりに荷が重すぎた。特にひどい差が出たのが、狩りだ。ドロパの戦士は、エリオットより何倍も遠くにいる動物の姿を見つけることができた。生まれた時から、日々の生活の中で鍛え続けてきた筋肉の強さと持久力も、およそエリオットの比ではない。
そんなわけで、エリオットは全く役立たずだった。ヤックに乗ろうとすれば転げ落ち、獲物の姿を見つけることも気配を殺して待つこともできず、石斧を持たせてみれば重すぎてまともに振り回すこともできない……それが、いまの彼だ。
子供の遊び相手をするのがお似合いだった。
「いや、できないんだよ。ほら、ガーハのおじさんとかに、よく言われてるじゃないか」
「ペロヤックのエリオット」
「そうそう」
ペロヤックとは、ヤックの赤ん坊のことで、弱虫の代名詞らしい。そう言われても全く反論できないのが、少々悲しくはある。
「でも、ぼくは感謝してるよ。無能だと言われたって、別に追い出したりはしないから。大地の声を聞く者の一員として、扱ってくれるってことに」
「よくわかんない」
突然難しくなったエリオットの言葉に、子どもが首をかしげる。
その言葉に嘘はない。とにかく仲間として認めてもらえて、彼は喜んでいた。邪悪な地球人、血塗れの、多くのドロパを殺してきた種族、そんな風に思われなくて。
「おにちゃん、ヤックがはしってくるよ」
その時ふいに、子どものひとりが、村の外をゆびさして言う。エリオットには何も見えないが、この子どもの方が目がいいことは間違いない。
「ちょっと待って。ここで待ってて」
そう叫んでエリオットは、ヤックの駆けてくるらしい方角へと走った。
村を飛び出し、なかば滑り落ちるようにして丘を駆けおり、そのヤックに出会う。ヤックにまたがった男は、見た事のない顔をしていた。ドロパの一員ではない。
つまり、狩りに出ていた連中が戻ってきたわけではなくて。
「なんだ。なにか起こったんだ」
息を切らしているヤックにまたがったその男は、肩から血を流していた。矢の傷や、獣に襲われた傷ではなかった。
あれは……銃創だ。
ただならぬものを感じて、エリオットはわめく。
「敵襲! 俺はラ・ハン族の者だ。ラ・ハン族が地球人に襲われ、滅びた!」
エリオットの全身が硬直する。そのとき、ラ・ハン族の生き残りである男が、目をむいた。
目の前にいるこの金髪の青年が、憎き地球人であることに気づいたのだ。いくらドロパの服を着ても、ごまかせるものではない。その金色の髪、薄い肌の色、貧相な体格、円形の瞳、いずれも「大地の声を聞くもの」なら、ありえない特徴。
手負いの戦士が、背中にくくりつけていた石槍をとりだす。エリオットには避けることなど決してできない速さで、槍が閃く。
おびえ、その場に尻餅をついてしまう。直撃は避けたが、それっきり動けない。動こうとしても、ただ身体が震えるばかりだった。情けないことだが、それが戦士としての彼の限界だ。
「待ってくれ! ぼくは!」
叫んだあとは、思わず地球人の言葉を発してしまったことに気づくエリオット。気が動転していたのだから仕方ないといえば言えなくもないのだが。
「おのれ!」
「ちがう! ぼくはドロパ族に入ったんだ!」
今度は必死に、ドロパの言葉を思いだしながら説得を試みる。
「問答無用! 大地の怒り!」
ガーハやエルミンたちがこの場にいないことを、エリオットは心底恨んだ。
絶体絶命かと思われたエリオットを救ったのは、転がるようにして駆けつけてくれた子供たちの、声を束ねた叫びだった。
「やめてぇ!」
十数人のドロパの子供たちの絶叫に、胸を突こうと動く槍の穂先が、止まる。
「エリオットおにちゃん、てきじゃないよ!」
「そうだよ! いいちきゅうじんなんだ!」
「ころさないで! やだよ!」
エリオットの周りを囲み、大地にうずくまったままのエリオットを守るようにして叫ぶ、小さな戦士たち。ラ・ハンの戦士の顔が、いっそう強い驚愕に歪んだ。
「……どういう事だ、これは」
しばらくエリオットの顔を、呪い殺すかのような形相でにらんだのち、槍をおろす。
「すまぬことをした。善き地球人よ、他のドロパはどうしている。狩りから戻っておらぬのか」
「はい、年寄りと子供くらいしか、いないはずです」
まだ心臓が胸の中で跳ねている。恐怖を隠す事もできずに、エリオットは答えた。
「すぐに呼び集めてくれ。地球人どもは、かならず、このドロパも襲うだろう」
「地球人は、どのくらいの数いるんですか」
「走る箱が、百ほどか」
装甲車が百両。よほどの大企業が侵略をはじめたに違いなかった。なるほど、それは村くらい滅ぼされるだろう。
奴らの目的は……もう、鉱石を掘る事ではないはずだ。
奴隷狩りだ。おそらくは。
原住民を見せ物にする娯楽は、しだいにその人気を高めている。この星だけではなく、他の星、文明諸国にも輸出して儲けよう、そう考える連中が出てきても、何もおかしくない。
「……わかりました」
歯を、音が出るほどに強く噛みしめ、エリオットはそう答える。
ただちに広場へ行き、見よう見まねで狼煙をあげる。
長老や、他の年寄りたちが集まってきて、ラ・ハン戦士の言葉に耳を傾けていた。
「何ということ、地球人が」
「そうだ。俺の女房も妹も、みんな奴らに連れてかれた。一族いちの戦士ヤガタッフーが奴らの車に斬りかかったが、その剛腕さえも地球人の悪魔の技に勝てなかった。奴らは地獄、地の底ヤ・グルドの国から来た魔物に違いない」
傷の手当もそこそこに、地球人の脅威を訴えるラ・ハン戦士。
「俺は、ドロパに意志を託すよう長老に伝えられて、ひとり生き延びたのだ」
そう説明するラ・ハン戦士の肩は、疲労とは違うもの故に細かく震えていた。
「お主の言う事はよくわかった」
長老が、まだるっこしいほどにゆったりとした喋り方で言う。
「なぜ彼らには、大地の声が聞こえんのだろう」
それが長老の口癖であるとエリオットが知ったのは、後のことだ。
「うむ。ガーハ達が戻り次第、力あわせ、地球人うつべし」
「他の部族にも伝令を。俺がいきます。脚の速いヤックをお借りしたい」
こんな傷など地球人への憎しみの前にはものの数ではないのだろう、ラ・ハン族の戦士が申し出る。
「ではお願いしよう。ガーハたちが戻ってくるまで、あと三ヘプタンはかかろう」
ラ・ハンの戦士は一礼すると、疾くヤックに飛び乗り、土煙を上げて地平線の彼方へ走り去っていった。
長髪を後ろで結び、目に獰猛な光をたたえたラ・ハン戦士は、広場から駆け出る寸前、一瞬だけ振り向いた。
エリオットの胸に、しびれるような痛み。
そうなのだ。目の前で地球人に、愛するものたちを八つ裂きにされたこの男の胸の内が、一体どれほどの憎悪に満ちているものか。まさに、腸の煮えくり返る思いであるに違いない。どんなに言い訳しても、あいつにはぼくも、仇にしか見えないだろう。それを、その想いを、長老たちの手前、必死にこらえて。
エリオットには、その視線を真正面から受けとめることができなかった。
「聞いた話からすると、き奴ら地球人は明日にも攻めてくるようだぞ」
「戦うしかない」
「だがどうするのだ。ラ・ハンの勇士たちも、奴らの悪しき魔法にはかなわなかったではないか」
「案ずることはない、ドロパの戦士は無敵だ」
「ラ・ハンとて、そう思っておったろう」
「では何か! 自然とともに数万年の時を生きてきた我らが、粗暴な地球人ごときの武器に敗れるというのか」
老人たちの議論はまとまらない。
「長老。ご意見を」
どこが目なのか判然としないほどのしわを顔に刻んだ長老は、ううむ、と唸ったのち、こう答える。
「地球人のことは、地球人に聞くがよかろう」
老人たちの目がいっせいにエリオットへ向けられた。
「え、あの、その……」
罪悪感に耐えるので精いっぱいだった彼が、まともに答えられなかったとしても、責められはすまい。
「聞こう。地球人はどれほど強い。まさか、我らドロパの戦士が勝てぬほどだというのか」
気は進まなかったが、素直に答えるエリオット。
「……武器の強さが違いすぎます。あの雷のような音がする武器で撃たれたら、ひとたまりもありません。それに、石槍や弓では向こうの乗り物を壊せません」
「なんと! 我らの力をあなどるな! 石の箱ごとき、剛力で打ち壊してくれようぞ」
「無理ですよ。全滅するのが嫌なら、逃げたほうが」
どう考えても勝てそうにないと思い、純粋に善意で言ったつもりだったのだが、もちろんその気持ちは伝わらなかった。
「言うではないか。やはりお前はまだ地球人のほうを信じているのか。ペロヤックのエリオット」
正直いって、この言葉はこたえた。
やはりぼくは、この人たちに「赦された」わけではなかったのだ。悪しき侵略者と、同類でしかなかったのだ。
そんな僕に何ができる?
もう地球人と一緒に暮らしたくない、それは偽りのない心。だとすればどうすればいい?
ほんとうに、一族として認めてもらうには?
簡単だ。いま、戦士として戦い、ドロパの一族を救えばいいのだ。
「ひとつ手があります」
老人たちの異形の瞳から発される無言の圧力を全身に浴び、それでもエリオットは、すくみあがることなく言葉を発する。
「……その方法は……」
その言葉が全てを変えたのであった。
ドロパの民が住むのは、草原の真ん中にある小高い丘の上だ。
ラ・ハン族をたちまち滅ぼした地球人たちは、手にいれた奴隷たちを売りさばくと、すぐにドロパ族の居住地へと出撃した。
ラルゴ社長が使っていたのと同じような武装トラックやトレーラー。「百台」というのは誇張であったが、少なくともその半分、五十両はある。
草をふみにじりながら進むそれらの車両には、武器が搭載されていた。屋根の上の回転機銃、火炎放射器など。荷台に、そのまま機関砲や速射砲の砲台を載せている車両もある。ミサイルや光線兵器など、コストの高いものが全く見当たらないのは、正式な軍隊ではないという証拠かも知れない。じっさい、それぞれ車種も違い、積んでいる兵器もまちまちなので、軍隊というより、野盗や山賊といった連中を連想させる。
奪うことをなりわいとする、という点において、まさにその連想は当たっていた。
「なになに貿易」「なになに資源開発」などという企業名が書かれたトラックばかりだ。彼らは、人を狩りたてるという「ビジネス」を行っているのだ。これは「戦争」ですらないのだった。
先頭をすすむ、ひときわ大きな武装トレーラーの運転席では、裕福そうな身なりをした中年男がにやついていた。この「狩り」で得られる莫大な収入のことが、彼の頭をいっぱいにしている。
近地球圏の十六国家では、みんな機械を使った娯楽に飽きてきてるからな。奴隷を輸出して、愛玩用に売れば……そうだな、血統を鑑定する商売もはじめよう……ざっとこれだけの利益は間違いない。
この星だけじゃない。他の植民惑星にも、下等な文明しか持ってない原住民がいる。鳥みたいな奴ら、猫のような奴ら、でかい猿みたいな奴、両生類にハ虫類……ペットとしちゃ、申し分がないほど多種多様だ。バケモノの分際で、言葉をしゃべる程度の知力はあるらしく、召使いにも使えるだろう。
人権? 命の尊さ? いやいや、そんなものは奴らには縁がない。奴らは「人間じゃない」んだから。草をむしり、家畜を殺して喰うように、奴らを扱ってなぜ悪いというのだ。
「そろそろドロパ族とやらの『巣』ですよ」
「『巣』か。そりゃいい」
「なにしろ何万年も、科学を進歩させてない連中ですからね。格好は似ていても、中身は猿ですよ」
運転席でふんぞり返っている大金持ちの男は、かたわらの部下と会話を交わしていた。
「社長、武器スタンバイ。いつでも攻撃を開始できます」
「よし、この戦闘をビデオに撮れ。脚色して売りさばく」
「わかりました」
などと言いつつ、トラックとトレーラーの集団はドロパの村へと近づいた。
「突撃! 降伏勧告を行いつつ、家を焼け!」
「了解!」
先頭車の号令一下、数十両の車はタイヤの唸りをいよいよ猛烈なものとし、速度を速めた。ドロパ族の村がある丘の周りを取り囲む。
「降伏しろ」
スピーカーから、万雷の轟きにも似た大音響。もちろん地球人の言葉であった。相手に合わせて、こちらが言葉を覚えてやるなどという発想は、彼らには微塵もない。
「降伏しろ!」
村を勝手に包囲しておいて、そんなことを言うのだ。
降伏してくる者がいないと判ると、いよいよトレーラー軍団は、村のある丘を登りはじめる。
これでいい。さあ、出てこい。原住民の戦士ども。出てきて、この重機関銃のえじきになるのだ。身体中に変な模様をつけた裸の戦士が、雄叫びをあげて突っ込んできて、科学兵器の前にあっけなく打ち倒される……ここにいる地球人の歓喜をさそう光景だ。それを期待した。
そして、すべての抵抗をたやすく打ち砕かれた原住民どもは、尻尾を振って俺達文明人の奴隷になるのだ。きっと奴らには、偉大な科学力をもった我々地球人のことが、神にも等しい存在に見えるに違いない。
「社長」と呼ばれた男はそう思って、ひとり満足感にひたっていた。
だがしかし、その表情が不審げなものに変わる。
「誰も出てこんぞ」
そのとおりだった。いままでの村では、いつも石槍をもった戦士たちが奇声を発しながら突進しては、機銃掃射でバタバタと倒されたものだったが。
「逃げちまったのか?」
「いや、丘の上から煙が出てる」
奇妙に思いながらも、丘の中腹にさしかかる。
と 、そのとき先頭のトレーラーの下で、大爆発が起こったのだ。
にぶい爆発音、トレーラーが揺れ、横転する。倒れた大型トレーラーを包み隠すほど、膨大な黒い煙が噴き出す。
これほどの煙がでる爆発は一種類しか考えられない。原始的な「黒色火薬」の爆発だ。
だが、しかし、いくら原始的といっても、これは爆弾。原住民たちは火薬どころか、鉄の剣すら作れないはずではなかったのか?
予想をこえる、「地雷」のような兵器で攻撃を受けた地球人の部隊は、一挙に浮き足立った。もともと、この連中は軍人ではない。命のやりとりがおこなわれるなどとは、少しも思っていなかった。ゴキブリをつぶすような一方的な殺戮に終わるだろうと思い、それを楽しみにしてやってきたような者達だったのだ。
泡を喰った彼らは、うわずった声で通信を交わし合う。
「一号車横転! 敵だ! 敵は爆弾持ってるぞ!」
「そんな馬鹿な! 奴ら、猿だぜ!」
「本当だ! 敵はもっと強いぞ!」
数秒後、彼らの混乱はさら深まることになる。丘の上で閃光がきらめき、白煙が高く吹き上がると、何か黒い影のようなものが、二号車、三号車などに激突したからである。
車内に轟音が響きわたる。ひどい旧式とはいえ宇宙空間でつくらけた合金性の装甲は、この程度の砲撃で破られはしなかった。だが、人間の目で見てもはっきりと判るほど、へこんでしまっている。
「なんだ! なにが起こったんだ!」
もう一度轟音。今度は彼らも、はっきりと見た。黒い砲弾が、丘を転がり落ちるように、飛来してくるのを。
丸い砲弾。
旧式のものだが、敵は大砲を持っているのだ。
今度は、四号車の前面、運転室に直撃した。防弾処理をされていたはずの強化ガラスも、砲弾には耐えきれず、砕け散る。時速数百キロで運転席を跳ね回るガラスの破片に滅多打ちにされ、何人もの男たちが命をおとした。
「ひっ、ひいい!」
意味をなさない悲鳴が通信回線を駆け巡った。
「ぜっ、絶対に勝てるんじゃなかったのかよっ!」
生粋の軍人などおらず、原住民をなめきっていた者達ばかりで構成されていた侵略部隊は、ごく容易にパニックに陥った。それぞれ砲撃から逃れようとするのだが、まるきり統制のとれていないその動きは、衝突を招くだけ。エンジンや超電導モーターを猛回転させて走りだしたはいいが、同じように爆走をはじめた他のトレーラーと正面衝突したもの、横から激突して大地に叩きふせてしまったもの、などが続出した。
そこに、音もなく、なにかが続々と降り注ぐ。
人間の頭ほどもある、黒いかたまり。火薬だったらしく、トレーラーにぶつかると、たちまち大爆発。ついに、横転していたトレーラーがエンジンを破壊され、火の手があがった。
「なんじゃありゃあ!」
「音がしねえっ! 大砲じゃねえ!」
「化けもんだ!」
砲声もなく叩きつけられたその攻撃に、トレーラー部隊はますます混乱した。そう、たしかに、今回の攻撃は、発射音が全くしなかった。
一体どうやって弾を飛ばしたのだろう? 魔法じみたものを感じ、彼らが震え上がったのも、無理はない。
生き残っていたトレーラーは、一目散にその場から逃げ去ろうとした。楽勝だ、敵の攻撃など屑のような物だろう、そう思っていただけに、幻想が壊れた瞬間の衝撃は大きかった。
科学文明の象徴だった武装トレーラーが次から次へとひっくり返され、正体不明の攻撃で爆発炎上したとき、黒煙と悲鳴の渦の中で、もともと脆弱だった彼らの理性は壊れてしまったのだ。
あるトレーラーが、逃げ道を確保するため、目の前のトレーラーに全力で砲撃を浴びせた。屋根の上の機関砲が唸りをあげ、黒い鉄の嵐がトレーラーの装甲板を喰い破って大爆発を引き起こす。
それがきっかけだった。ただただ、自分が逃げるためだけの同士討ちが各所で起こった。あちらこちらで砲声が轟き、爆発がおこり、通信回線が絶叫と怒号で満たされる。だが、指揮官たちも、これを収拾することは全くできなかった。
いつしか、ドロパ族の攻撃はやんでいた。だが、そんな攻撃などもう必要がなかった。ドロパ族の爆弾や大砲より遥かに優れた、地球人があれほど自慢した近代兵器が、彼ら自身に向けて振るわれているのだから。
数時間たち、沖天にあって光を振りまいていたエバーグリーンの太陽が、西の地平線に没するころ、そこに動くものの姿はなかった。機械も、人間も。
あるのはただ、わずかな煙と、消えつつある炎。
数十両の武装トレーラー部隊は、目的を全く果たせないまま、ここで無惨に屍をさらしていた。
あるいはへし折れ、あるいは溶け、原型をとどめないほどに破壊されつくしたトレーラーの骸に、ドロパ戦士たちがおそるおそる近寄る。
先頭に立っているのは族長ガーハだったが、彼のまたがるヤックには、エリオットも一緒に乗っていた。族長と同じヤックに乗れるということ、それが彼の評価をあらわしていた。
「信じられぬ、本当に、やったのか」
すぐそばまで近寄り、物言わぬ残骸群を驚愕のまなざしで見つめながらガーハが言う。
「はい。ぼくも、これほどうまく行くとは思いませんでした。五十両のうち、逃げ出せたのはせいぜい十両、まあ、ほとんど全滅です」
できる限り感情をおさえた口調で言おうとするエリオットだが、努力のかいなく、滑稽なほどに声が震えていた。
無理もない。
自分が武器を作らせ、自分が作戦を立てて、地球人を迎えうったのだ。
自分に、何かできる事はないか?
そう思い悩んだとき、天啓がおとずれた。あるいは、それは悪魔の囁きであったのかも知れなかったが。
そうだ、自分は技術者。「科学」の力がある!
むかしから、人とつきあえず、機械ばかりいじっていた。僕にはそれがある。というより、それしかない。
それ以来数日間、エリオットはドロパ族の鍛冶師や細工師たちを総動員して武器をつくらせていた。
火薬や歯車すら知らなかった者達に、知っている中でもっとも原始的な火器の作り方を教えた。
黒色火薬を詰めた、火縄で点火する地雷。
青銅の砲身から、焼けた丸い石を打ち出す大砲。
よりあわせた縄の弾力で動く、投石器。
音もなく飛来し、地球人を戦慄させたあの爆弾は、もちろん魔法などではなく、投石器で発射したものだ。あの大砲は、火縄銃と同じように、準備時間なしでは撃てない。だから大砲以外の、速射できる武器と組み合わせる必要があったのだ。
そして、地雷を至るところに埋めたのち、村に潜んだ。
結果はこれだ。
昨日までの「ペロヤックのエリオット」が、一族の危機を救った英雄エリオットになってしまった。
若いドロパ戦士が、エリオットに声をかけた。その声は、エリオットとは違う理由で震えていた。
「……すごい。エリオットどの、きみのおかげだ」
「ありがとうございます」
この時エリオットは、どれほど熱意をこめて賞賛されても、こんなふうな、あまり熱のこもっていない答えしかできなかった。
衝撃が大きかったのだ。それほどに。
間違いなく、この溶けた金属の棺の中に眠る数百の地球人たちは、自分が殺したのだから。
せいぜい、泣きながらパイプ椅子を振り回していじめっ子に反撃したくらいの戦闘経験しか持たないエリオットにとって、その事実はあまりに重すぎた。
喉がなり、なま暖かい唾が呑み込まれる。それと引換に、なにか熱く酸っぱいものが胃の中から逆流してきそうになる。
身体を折り、口に手をあて、こらえた。
冷静に、冷静に。そう自分に言い聞かせながらエリオットは言葉を発する。
「今回は、まあ……敵が油断していたからですよ。だからうまくいったんです」
確かにそれは事実だった。もし地球人たちが、もう少し傲慢でなく、慎重に事をかまえていたら、もう少し冷静だったら、これほどの大勝利は決して得られなかっただろう。
「次は、こうはいきません。こちらが大砲を持っていることを、すでに知られましたから」
「いや、なんにせよ、エリオットどの、そなたは英雄だ。そなたが最初に武器をつくれを言い出したときは、頭がおかしくなったかと思ったものだが」
「そうだ。素晴らしいですぞエリオットどの」
エリオットが謙遜しても、ドロパの戦士たちはエリオットを誉め称える言葉を浴びせ続ける。
自分の肩に背負わされてしまったものの重みをエリオットは知りつつあったが、かといってどうすることもできないのだった。
「残骸を調べましょう。使える機械があるかも知れない。もっともっと、強い武器が必要です」
痛いほどの視線、苦しいほどの期待を背に浴びていることを感じながら、エリオットはそう言った。
ああ、自分は確かに、人を助けることができる。
せいぜい、理想的な英雄を演じて、一人でも多くのドロパ族を救おうじゃないか。そうだ、そうだ、確かにぼくのおかげで、ドロパ族は一人も殺されずに済んだじゃないか。ぼくは善いことをしたんだ。
「次はもっと本格的な武装をした集団が来るでしょう。あんな旧式の大砲なんかでは勝てません。ですから、他の部族とも結束し、大規模な工業を起こして、速射できる砲、射程距離の長い砲、などを量産しなければいけません。まず第一にするべき事は……」
そうだ、ぼくは善いことをしたんだ。きっとこれで善かったんだ……
うつむき、ほとんど機械のような口調でしゃべりながら、エリオットは必死にそう思いこもうとして……結局、失敗した。
「エリオットよ、すまなかった。お前は」
高い声が、エリオットの意識を刺激した。エルミンの声だった。
振り向くと、ヤックにまたがったエルミンが、にこやかな表情で、エリオットを見つめていた。
この人……こんなふうに笑うんだ。
この笑顔を見る事ができたことを、エリオットは感謝した。そして思ったのだ。
この笑顔……そう、こんなふうに幸せそうに笑ってくれる人が、いるじゃないか、と。
脈絡もなく、守るとは戦うとはこういう事なのだ、という言葉が脳裏に浮かんだ。