第7章 鏡の中の勇者

 夜の平原を進む、金属の大軍団があった。
その数ざっと一千両。戦車、対空車両、各種の装甲車などでバランスよく構成されている。
 エリオットたちに返り討ちにされたこれまでの部隊と違うのは、ただ数の多さだけではない。装備を見れば一目瞭然。装甲車両の上には、ミサイルやら光線兵器やら、これまでは高価であるという理由で装備されていなかった武器が、惜しげもなく並べられている。
 最大の違い、それは乗っている人間だったろう。
 重装甲に覆われた戦闘指揮車の中で、司令官の冷たい声が響く。
「航空隊からの連絡は?」
「はい、ニュートリノ通信に、コール『ジュリアーノ』で、準備万端整いたる、『ゆめのはじまり』1400と」
 司令官は、もちろんこの間醜態をさらした奴隷化企業の人間ではない。いくつかの地方紛争や宇宙船団警備に参加したことのある、本物の軍人だった。度重なる被害に業をにやしたエバーグリーン総督府と企業連合体が、本格的な「反乱軍」討伐を行うために雇った、歴戦の傭兵である。この部隊を構成する士官たちも、彼の部下や友人が大半だ。
 髪を短く整えたその男は、ゴリラのような体格をしていた。体重はゆうに百二十キロはあるだろう。特別あつらえの士官服がはちきれそうだ。体格から安易に連想されるような種類の男ではないらしく、彼の小さな眼には知性の輝きがあった。
「よし、副司令、それならまず大丈夫だな」
「そうですね、向こうの司令官がどこまで頑張れるか、戦争屋としては実に楽しみですよ」
 副司令と呼ばれた男は、やせた身体、金色の長髪、青く神経質そうな眼、金属フレームの眼鏡、といった肉体的特徴をもっていた。彼らの敵である、反乱軍総司令官エリオット・マースチンと、不気味なまでに酷似していた。
 彼の名はサミュエルソンといい、共にこの部隊の指揮を行う巨漢の名はサンダースといった。
 壁面のモニターに表示されている衛星写真を凝視しつつ、サンダースはうなずいた。
「大したもんだ。この一年で十万近い人民軍を作り上げたようだ。高射砲陣地、重砲陣地、塹壕、滑走路、工場群、兵舎……うん、合格だ。すべて揃っている。ドロパ族の丘は、いまや歴とした要塞だな。向こうの指揮官は頭がいいだけでなくて、よほどのカリスマがあるらしい」
「しかしよかったですね、衛星軌道からの攻撃案が採用されなくて」
「ああ。宇宙から攻撃すれば、抵抗できずに全滅させちまって、面白くもなんともない。こうして戦えて嬉しいぞ、俺は」
「やはり嬉しいですか。そりゃあそうでしょう、人類史上初の、異星人相手の『宇宙戦争』ですからね」
 指揮官用座席に腰を降ろしたまま、暗い車内で会話を続ける彼らふたり。
 雰囲気も体格も全く対照的な二人だったが、共通したものがあった。楽しげな表情、だ。
 そう、二人はエリオットと違い、戦いの是非や己の生きる意味について何も悩まないのだった。
「さて、俺は最後に一眠りするぞ」
「わかりました。せいぜい抵抗してくれるといいですね、それでこそ来たかいがあるというもの」
「ああ」

「エリオットさま」
 呼びかける声に、民族解放戦争の偉大な指導者は眼を覚ました。
 どうやら長椅子に座ったまま眠りこんでしまったらしい。
 眼をひらくと、すぐに飛び込んできたのがドロパ族の戦士のひとりの顔だった。いや、「戦士」という言葉はもはやふさわしくないかも知れない。「軍人」だ。格好はいぜんとして裸同然だったが、その態度は、司令官に対するものだ。
「お食事の用意が整いました」
「ああ」
 いつのまにかエリオットも尊大に対応することに慣れてしまった。
 食堂用大型テントにエリオットが足を踏み入れると、そこにいた一同はみな緊張し、エリオットに一礼する。族長ガーハですら、彼を呼び捨てにすることはできず、「エリオットどの」と呼んでいる。
 ただひとりエリオットと対等に話せるのは、彼の隣の地面に座っているエルミンだけだ。褐色の肌をしたこの戦士の娘は、いまや「英雄の花嫁」として認められている。
「エリオット、なにをしてるの? すわりなよ」
 あの一件から少しずつ口調や態度が変わっていったエルミン、いまやずいぶんと柔らかい言葉づかいになっている。
 食べ物だけはエリオットの科学技術によって変化していない。ここで皆が食べているのは肉の塩ゆでであった。食事というより、むさぼるという表現を使いたくなるような動作で、肉のかたまりを口におしこむエリオット。彼が食べ始めると、他の者達も食事をはじめた。
「ときにエリオットどの、かねてより懸案であった新兵器はできあがったのか」
 敬語こそ使っていないが、このガーハの言葉には遠慮が感じられる。当のエリオットがやめてくれと言いたくなるほど、彼の地位は高いものになっているのだ。
「いや、まだだ。士官の養成に全力をあげなければいけない時期なんだ。これだけ軍が巨大になると、僕と兵士たちの間に入る中級指揮官が不足するんだよ。これは最初から困っていた問題なんだ。僕以外の技術者も必要だから、頭の良さそうな若い人に技術を教えてる。正直言って、時間がいくらあっても足りない。新兵器どころじゃないよ」
「我ら、エリオットさまのご命令とあらば、何でもいたしますぞ」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
 ドロパ戦士のひとりがそう宣言すると、エリオットは苦笑しつつ、次の話題に移した。
「それに、航空機の燃料や火薬の原料が不足している。石油にしても爆薬にしても、プラントの拡大が必要。とくに原油の不足は深刻で、油田の発見に全力をつくさなければいけないんだ」
「大地を削るのか……」
 老人が低く唸った。確かに、地面を削って鉱物資源を手に入れるという発想は、彼らの生活を、文化を、「大地の声」を否定することに違いあるまい。
「でも、それをしなければ、飛行機はみな飛行不能になって、僕たちは奴隷にされてしまうんだよ。それでもいいのかい。だいたい今だって、燃料不足で十分な訓練ができないでいるんだ」
 何度と無く繰り返されてきた質問だった。我々が我々でなくなっても生き続けたほうがいいのか。それとも。
「もう答は出したはず。地球人に対抗するためなら何でもする、と」
 正直いって、エリオットも不安ではあった。
 しかし、地球人の力があまりに強大で、勝つためには手段を選んでいられないのも事実。今までの攻撃は、いくつかの会社が商売のためにハンティング・チームを送り込んできたにすぎない。でも、いいかげんに、エバーグリーンの総督府じたいが、本格的に軍隊を送り込んできてもいい頃だ。なにしろ、十万人ほどの兵力をもった、あきらかに地球人と敵視する軍団が出現したのだから。
 そうだ。もしそれが現実になったら。恐怖以外の何物でもない。こちらの戦力を冷静に分析した上で、ビーム兵器やミサイルや、反重力飛行兵器、宇宙戦闘艦まで含めた大部隊が攻め込んできたら……
 どう対抗しろというのだ。
 などと言いつつ、恐怖よりも、あきらめよりも、じゃあ全力をつくして迎えうとう、という前向きな感情が心にわいて出てきた。
 不思議だな。自分はこんな強い人間じゃなかったはずなのに。どうして死ぬのが怖くないんだろう。
 疑問の答は、「どうした? だまっちゃって」とけげんな顔で言うエルミンと視線をかわした瞬間にあたえられた。
 そうだ。自分は居場所を見つけたから。自分は生きている意味がある、この人のために生きているんだ、そう思えるほどのものを見つけたから、怖くないんだ。
 だが……どうだろう。死ぬのが怖くないということ。目的のためなら犠牲も払えるということ。それは本人にとっては幸せな事かも知れなかったが、付き合わされる部下や仲間にとってはどうだろうか。
 なんとなく、歴史上の、独裁者とか狂信者とかいわれる連中の心理がわかったような気がして、少々気が滅入った。そう信じることが彼の「居場所」で、「価値」だから、信じているのだ。それ以上の理由はない。
「エリオット、ほんとうにどうしたの?」
「いや、何でもない……」
 狂信者と僕は呼ばれるだろう。あくまで地球文明のがわに立つ人間からすれば、それ以外の何物でもあるまい。
 そして独裁者でもある。なりたかったわけでもないのに、「神」になってしまった。いまでは、ユクルたち子供と遊ぶことなど決してできなくなってしまった。子供が僕にむかって気軽に話しかけようとすると、親が血相変えて叱るのだ。「エリオットさまに失礼なことを!」と。
 だが、僕はもう居場所を決めたのだ。あの日、すえた匂いのする見せ物小屋、それに象徴される「この世界」に居場所を見いだせずに、僕のために泣いて苦しんでくれる一人の女の子がいるこの「大地」を「居場所」と決めたのだ。
 だからこの人を哀しませないためにも、と。
「なんでもないよ」
「最近のエリオットは少し変だ」
 こんな事を面と向かって言えるのも今やエルミンだけだ。逆に言えば、独裁者エリオットが道を踏み外したとき、制止できるのも彼女だけ。そして彼女はきっと止めてくれるだろう。彼女は僕よりもずっと強く、ずっと優しく、この世界の弱々しい部分に眼を向けているからだ。僕にとって自己正当化でしかなかったものは、彼女にとって真実なのだ。そんな彼女のことが、今まさに、世界でいちばん大切なものに思えた。
 その時突然に、エリオットは、「大地の声を聞くもの」と自分自身はよく似ている、そう気づいた。
 どちらも、今まで正しいと信じていたことをくつがえされ、それだけではやっていけないと思い知らされ、自分の居場所、自分に「生きていてもいい」と言ってくれる存在をもとめて苦闘している。あるいは、「君はこういう存在なんだよ」と教えてくれるものを求めて。
 僕はエルミンを見つけた。「大地の声を聞くもの」達はどうだろう。
 もう、大地の声は答えてくれないだろう。ああ、だから、僕の科学力を信じているのかな。
 あるいは地球人も、「居場所」を求めているのかも知れない。僕自身そうだったように、居場所を見つけられなくて苦しんでる人は、自分は偉いんだと思い続けていないと壊れてしまう、そんな部分が必ずある。だからきっと……
 まあ、考えても始まらないことだ。
 いまは、勝利の可能性を一パーセントでも上げられるように努力しよう。単なる戦争計画だけでは駄目だろうな、総督府と交渉して、どうにかこの惑星上で共存を図らなければいけない。参ったなあ、僕は外交のことなんて何も知らないぞ……
 エリオットは、先ほどのまでの暗い思考を切り捨ててしまったけれど、実際には彼も気づいていた。
 自分の戦いが、鏡の中にいるもうひとりの自分との戦いなのだ、ということに。

 それを象徴するような男が、戦闘指揮車の中で地図をにらんでいた。
「おう、攻撃隊は発進したそうだぞ」
 巨体をふるわせてサンダース司令がそう言うと、ビニールでおおわれた地図を一心不乱に見つめていた細面の男は顔をあげる。
「そうですか。まあ、兵器の性能が違いますし、しょせんは素人のパイロットが乗ってるわけですから、苦戦することはないでしょう。二十四時間以内には、地上戦がはじまるはずです」
 細面の男、サミュエルソンは冷静にそう分析した。眼鏡にモニターの映像が反射しており、彼の外見的印象をどこかロボットじみたものにしていた。
「そうか。あと一日か。まあ、指揮官が不足してるから、装甲部隊の指揮はお前がとるようなもんだ。頑張ってくれや」
「敵基地上空にて空戦発生の模様。メインモニターに投影します」
 オペレータの声と同時に、モニターの映像が望遠カメラと、衛星軌道からの映像に切り替わった。
 朝の光の中、ドロパ要塞から発進した迎撃戦闘機隊と、エバーグリーン治安空軍の「反乱軍討伐義勇航空隊」が戦いをはじめていた。
 いや、これを戦いと呼んでよいのだろうか。
 別のスクリーンには、それぞれの飛行機を色違いの単純なマークで表したコンピュータ画像が現れる。
 敵との距離は約五十キロ。百機ほどの義勇航空隊は一斉に対空ミサイルを放っていた。もちろん、せいぜい第二次大戦レベルの技術しか持っていない原住民には、防御手段などないはずだ。

 黒いシミが見える。あれが地球軍の飛行機か。全機撃ち墜としてやる。くたばれ。
 心のなかで罵り声をあげ、男は操縦桿に力をいれた。数十キロ離れた敵編隊をはっきりと見る事のできる彼。パイロットとして最高の素質を持っているといえた。
 男が乗っている戦闘機は、さすがにかつての木製布張り複葉機よりは数段進歩したものになっていた。コクピットには、速度計、高度計、気圧計などの他に、回転数計、装弾数計、加給器のブースト圧を表示する計器など、数多くのメーターが並んでいる。
 メーターを見るまでもなく、男の乗った戦闘機はエンジン全開で上昇中だった。コクピットがばらばらになるのではないか、と思えるほどの震動と轟音が、それを伝えていた。
 男はさすがにもう半裸ではなく、高空にあがることを考えてか、革で作った飛行服のようなものを着込んでいた。しかし顔のペイントと羽根飾りだけは元のままだ。ラ・ハン戦士さいごの生き残りとして、彼にはそうせざるを得ない義務があった。
 あのくそったれ地球人がつくったこの飛行機……よく飛ぶじゃないか。計算は苦手だが……これなら敵機のいる高さまで十五分もあれば着けるな。
 そのとき、前方の空に一つの光点が生じた。
 それは、わずか一秒かそこらのうちに急速に拡大し、視界を埋め尽くすほどの輝きとなる。
 ミサイル、などという付け焼き刃の軍事知識ではなく、動物的直感によって彼は機体をバンクさせ、急速回避に移った。突然かかってくる遠心力に耐えながら、彼はさらに操作を続ける。
 いつのまにか、銀色の光るものが空中にただよっていた。アルミホイルを細かく切ったものだ。ある程度、レーダーを妨害する能力がある。
 それをばらまいてくれた仲間に無言の感謝を送って、彼は敵の高度目指して飛び続ける。
 だが、窓枠の多いキャノピーから見える光景が、彼に絶望を与えた。
 寸前で目標に身をかわされたミサイルは、しかし、そのまま矢のように戦闘空域を突っ切ってゆくことなく、思いだしたかのように反転し、彼の機体に向かってきたのだ。
 銀色のアルミは虚しく光っているだけで、何の魔力も発揮していなかった。こんな代物では、あのミサイルはだませないらしい。あまりに技術レベルが違いすぎた。
 速度を計測するレーダーなど搭載されていなかったが、閃光そのものと化して飛んでくるミサイルがこの機体より何倍も速いことは確実だった。彼の卓越した動体視力はそれでもミサイルの軌跡を捕らえたが、いくら見えたところで仕方がない。
 畜生、ヤ・グルドにおちやがれ。駄目なのか!
 もっとまともな飛行機を作り……
 マッハ三で飛来した空対空ミサイルが近接信管を作動させ、彼の乗機をジュラルミンの飛沫に変えたのは、ちょうどその瞬間のことであった。
  
 白い喉から、とても自分のものとは思えない声が漏れた。
 絶望的なうめき。
 弱気になってはいけない、自分は堂々たる態度をとりつづけなければいけないのだ……いくらそう思っていても、やはりこの有り様を見せられて希望を持ち続けることなど出来ないエリオットであった。
 彼がいるのは、ドロパ要塞のもっとも高い場所、鉄塔の上だ。朝の赤い光が浴びせられるこの場所には、敵車両の残骸から手にいれた小型無線機がある。
 悲鳴と罵声以外の何物も伝えてこないその無線機を、いっそ叩き壊してやりたい衝動にかられたが、おさえた。これを壊しても、無線機の向こうの現実が変化するわけではない。
 無線連絡によれば、百五十機が発進した迎撃機は、その半数以上がミサイルによってたたき落とされたという。エリオット入魂の三十ミリ機関砲も、空冷星型ガソリンエンジンも、不眠不休で設計した楕円翼も排気タービン加給器も、何ら役に立たなかった。搭乗員たちの野生の力も……
 やはりそうだ。この技術力の差はどうしようもないのだ。
 地球人は何千年も昔から、殺し合いのための科学技術を磨いてきた。その蓄積に、いくら自分ががんばったところで、かなうはずがないのだ。言うなれば自分は、地球人類の血塗られた技術文明そのものを相手どっているのだ。
「どうしたのですか、エリオットさま!」
「ひどくやられているではありませんか! まさか……」
 そうだ、勝てないんだと言ってくれ。それを認識してくれ。そこからすべて始まる。
 エリオットは、そんな奇妙な期待をいだいた。ところが裏切られる。若いドロパ族の無線通信士が、真空管式の無線機を操作しながら、こう断言したのだ。
「まさか! エリオットさまの科学兵器が負けるはずなどないでしょう! エリオットさま、信じております!」
「ああ……ありがとう」
 人にほめられることがこんなに苦痛だとは。
 どうしてそんな期待をするのだ。
 だが、どれほど期待しようと、奇跡を起こすことはできなかった。無線機を通じて飛び込んでくるのは、悲報としか言いようのないものばかり。
その場にいた全員はもう言葉をなくし、ただ青ざめる以外なにも出来なかった。
「帰投させろ! 戻ってこい!」
 平静さをとりもどしたエリオットが、通信機というより飛行機そのものに呼びかけるかのような大声でわめく。
 けれど……
「迎撃戦闘機隊、全滅しました……」
 誰よりもエリオットの科学力を信頼していたらしい通信士が、生気というものに全く欠けた声で告げる。
 また、ぶりかえしてきた胸の痛み。
 僕は嘘をつこうとしている。すぐばれる大嘘を。
「まだ希望はある。爆撃だけでこちらの戦力を無力化することは決してできない。最後は地上戦になる。その時が、われわれの腕の見せどころだ」
 他の誰かというより、自分自身を納得させるために吐かれた台詞だということは明白だったけれど、それでも通信士の若者は、バネじかけの 人形のように激しく首を上下させて、内心の何かを抑え込んでいた。
「地下の指揮所に入ろう。あそこなら爆撃の被害もないはずだから」
 エリオットはそう言って、周囲を見回した。
 変わることのない光をたたえた眼で彼を見つめ返してくれたのは、エルミンただ一人だった。

 ゆがんだコンクリートで固められた地下指揮所に、激震が伝わってきた。爆弾が炸裂する音もある。
「火薬式の爆弾みたいだな。ビーム兵器はたぶん、惑星環境破壊の問題を考えて使ってないんだろう」
 苦労して完成させた白熱電球の明かりの下で、エリオットは言う。電力供給がいい加減なのか、電球は明るくなったり暗くなったりを繰り返している。
「それは……良いことなのですか?」
「さあ。少なくとも、多少は長く戦える……いや、良いことだよ」
「こちら第一高射連隊。エリオットさま……」
「なんだい」
「それがその……部下たちをどう指揮すれば、うまく射撃できるのでしょう……教わっていないので……みんな適当に撃っておりますが、当たっていないようです」
 エリオットは唇をかんだ。
 ああ、そうだろうとも。士官の大量養成が、数カ月で出来るわけがないのだ。最高指揮官だって本当の戦争など知らないのに……
「エリオットさま! こちら第二騎兵連隊のアガヤルです。部下たちが興奮して、敵をさがして突撃をはじめてしまい……」
「どうして止めなかったんだよ!」通信機にかみつくような勢いのエリオット。「この爆撃下をヤックに乗って突撃するなんてむちゃくちゃじゃないか!」
「いえ……みな、エリオット様の加護があるから必ず奇跡は起こると……」
 騎兵連隊からの通信はそれっきり途絶えた。爆撃で回線を切断されたらしい。
 まただ。また自分は神様になってしまった。
 二重の意味において、自分が彼らを殺したのだ。
 そのとき、通信機の向こうで、鋭い爆発の音が響いた。これまでの爆弾とは全く質の違う爆発音だった。そして、あらゆる部隊から、苦痛にあえぐ声が……
「どうしたんだ!」
「く……しい……」
「気化爆薬か!」
 兵士たちのうめき声は、酸欠に苦しむ者のそれだ。エリオットは、敵である「反乱軍鎮圧部隊」が何を使ったのか、反射的に理解した。
 特殊なガス状の爆薬で、爆発することによって周囲の空気から酸素を奪い、ありとあらゆる人間を窒息させてしまう兵器だ。核兵器や毒ガスのように後に影響を残すことなく、建物をこわさずに、ただ敵兵士だけを壊滅させることができる……
 遠い昔、1991年の湾岸戦争でアメリカ軍が使用して大戦果をあげた悪夢の兵器が現代によみがえったのだ。
 それっきり、大半の通信機が沈黙した。スイッチを切り替え、さまざまな部隊を呼び出してみるが、気化爆薬の大量投入のせいで、ほとんど返事はない。
 エリオットたちの壕は高度に密閉されているために、多少息苦しくなっただけだ。けれど、それ以外の連中は。
 彼のつくりあげた、自然と民族をまもるための革命軍は、いまの一撃でほとんど叩き潰されてしまったのだ。
「エリオットさま、地上へ出ていかれるのは危険です!」
 血相変えて立ち上がったエリオットは部下に引き留められた。血走った眼でにらみ返し、ドアを蹴破るようにして地上へ駆け出そうとする。
 冗談じゃない。みんな死んでゆく、みんな死んでゆく、それなのに僕だけが安全な場所で、みんなに、あんなにキラキラした眼で見つめられて ……耐えられない、耐えられるもんか。ぜったい耐えられるもんか。
 だが、丸太のような腕が彼を抱きしめるようにして、行動をさまたげた。
 衝撃をおぼえて、振り向くエリオット。神様そのもの、恐れ多くて触れることすらかなわない英雄エリオットに、誰がこんなことを。
 ガーハだった。
 いままでとは異質な光を、その意外に小さな眼に宿らせている。
「行くなエリオット」
「ばかな……僕は英雄だぞ! 僕の言う事は絶対なんじゃなかったのか!」
 精いっぱいの皮肉をこめた叫びだったが、熊男は満面に笑みを浮かべてこう切り返す。
「これが、俺の居場所なんだ」
 訳の判らない会話のようだったが、エリオットにはわかった。
 そうか。では、この男が自分に対して、部下のような態度をとっていたのは。こいつが自分に課した……
「居場所……エルミンから話をきいたのか」
「そうだ。うらやましいよ、お前達は」
「爆撃が一段落するまで待とう……司令部にできることはない……」
 だが、爆撃は続いた。
 まあ、いずれ終わるだろう。
 けれど、誰一人楽観はしていない。
 敵が、とてつもなく強いこと、エリオットの作った武器より数段優れた威力の武器を持っていること、それはもう明白だから。
 敵の航空隊がひきあげ、大挙して地上軍が押し寄せてきたとき、それは「最後の戦い」になるから。
 じっさいに勝てるか否かというより、俺達は最後まであきらめなかった、という、精神的勝利を求める戦いになるだろう。全滅はもとより覚悟の上だ。
 エリオット、眼鏡の奥に暗質の光を宿らせ、ひたすらに考える。
 僕はもう、自分の中にいるもうひとりの自分に、何を言われても平気になった。僕はこの人達のために戦うんだって決めたから。だとすればこの人たちのために。
 何ができるだろう?
「エリオット、ひとつ言いたかったことがあるの」
 いつのまにかエリオットの側に寄ってきていたエルミンが言ったことば。
「ねえ……エリオットさ。これでいい、これでよかった、そう思えるようにしてね」
「居場所、という言葉の意味か」
「うん」
 他の者達は、「英雄」と「英雄の花嫁」の会話にいっさい口をはさまなかった。点滅する白熱球の黄色い光の下、なにか神聖なものを見るかのような視線を浴びせているだけだった。
 その時爆発の音が途絶えた。

 爆撃のあと。
 すでに夜は完全に明けていた。
 地平線から顔をのぞかせた夏の太陽が、しだいにその暖かさを増している。
 朝の光の中のドロパ要塞。いや、それはもう、要塞と呼べるようなものではなかった。
 廃虚としか呼びようのないものが丘のまわりに広がっている。
 レンガ造りの工場群と、工員たちの住む小屋やテント、それらは皆、低い瓦礫の山だ。丘も半分くずれ、高射砲も、重砲も、砲身がねじくれた 無惨な姿で、丘から首を出し、あるいは丘のそばに転がっている。
 土にまみれた茶色い人形のようなものが、何百、何千という単位で転がっていた。ある者はのどをかきむしり、ある者は塹壕から這い出ようとして、そのままの姿勢で悶絶死していた。
 もちろん、すべて気化爆弾によって酸欠死した者たちだ。エリオットたちは、拳を握りしめて、もはや死体という感覚すら失われてしまうほど大量のなきがらに、震える視線を向けた。
 エリオットたちと同じように地下壕に退避していた者達が、泥と汗にまみれ疲れきった姿を現し、エリオットたちと合流した。
「エリオットさま……なんということでしょう」
 エリオットから、指揮官としての教えを多少受けていた初老の戦士は、涙で顔をくしゃくしゃにしていた。彼の率いていた部隊も、屈辱感で顔を歪め、死人のような顔色になっている。
「エリオットさま、エリオットさま、まさか、負けるなどということはありませんよね」
 初老の戦士が発したその声は激しく震えていた。
 その眼を見るのが怖い、そう思ったエリオットだったが、昔とは違う。面をあげ、視線をかわす。
 思ったとおり、この人は僕を信頼しきってる。
 いや、信仰とか崇拝とか言ったほうがいいレベルだ。
 いままでひたすら信じていた「大地の生き方」が崩れてしまったから、ころりと転向して、僕の与える科学に全幅の信頼を置くようになったんだ。ああ、彼らを笑うことは僕にはできない。こと人は地球人のみならず、己れの中にある何かとも、必死に戦ったのだから。
 期待を裏切りたくはない。
 けれど僕は約束した。
 この人の瞳が訴えているそれとは別の意味で「勝つ」ことを。
「エリオットさま、戦いましょう。まだ武器は残っています!」
 生き残りの戦士たちが数千の単位で現れ、エリオットの姿を見かけるや否や殺到して、口々に逆撃を叫んだ。
「そうです! まだ重砲や、戦車も何十か残っています!」
「エリオットさま、戦わせてください!」
「もちろん戦うんですよね!」
 ……そうだ。もう決めた。僕は「勝つ」んだ。
 エリオットはガーハを見た。
 熊は、歯をむき出して笑った。
 エリオットはエルミンを見た。
 小さくうなずいていた。
 そう、僕は……
 眼鏡のレンズを朝の光にかがやかせながら、彼は宣言した。
「降伏する」


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