「うふふ‥‥。嬉しいな、このコンサート、ゼフェル様と一緒に行きたかったんです。
売り切れちゃって諦めてたんですけど。」
先程ルヴァにもらったチケットを愛しそうに眺めるアンジェリーク。
再び胸の奥で わけの分からない苛立ちが湧いてくる。
「ふん。オメーもそいつみてーな美形がお好みって事かよ。
オレはそういうお上品なコンサートには興味ねえからな!」
「‥‥‥理由、分かってないんだ。じゃあ、今度教えてあげます。
それじゃ、私も今日はこれで帰りますね。」
アンジェリークは一瞬表情を曇らせると、またすぐ笑顔に戻って出ていこうとした。
「まてよ。‥‥‥‥まだ‥‥帰さねえ。」
アンジェリークを挟むように両手を壁について、行く手を塞いだ。
イライラを吐き出すように、その唇の独占権を主張するように、反論の出口も塞ぐ。
「ま‥‥待って下さい!ダメですってば‥‥お願いだから‥‥」
「なんでだよ!オレの事、好きじゃねーのかよ?何でダメなんだよ!」
なんで、なんで、なんで、なんで!!!!バカヤローーーーッ!(苦情お断り:筆者)
怒り散らすゼフェル、泣き出すアンジェリーク。
―――泣く程イヤなのか、オレの事も?
底なしの井戸に放り込まれた気分だ。
泣きながらしがみついてくる身体は熱っぽく、髪の香りを立ち上らせて誘うのに。
しばらくして、アンジェリークがポツリポツリと語りはじめた。
「ゼフェル様が好き。本当に大好き。だけど、私、どうしたらいいのか‥‥
分からなくなっちゃうんです。ほんとは、今みたいに、こうやって
腕の中に抱かれているだけで、もう、とってもドキドキしちゃって、
キスも、何度もしたけど、思い出しただけで心臓がズキンッって‥‥
苦しくなっちゃうの。壊れちゃいそうなの。だから、お願い、
ゆっくり‥‥に、して欲しいの。少しづつ、育てて行きたいの。
ほんとに、好きなの。大切にしたいの。
好きって気持ちを、いっぱい、いっぱい積み重ねて、
大好きな人と、真っ白な気持ちで、ヴァージンロードを歩くのが、夢だったの。」
宝石のような涙を見せられては、無理強いはできない。
夢だと言われたら、無惨に破り捨てるわけにはいかない。
つくづく、彼女に対する己の甘さを恨めしく思うが、
ゼフェルだって、アンジェリークを何より大切に思っているのだ。
頬に残る涙の跡を 優しく唇で拭うと、また新しい涙がこぼれ落ちてきて
口の中に、海が広がる気分がした。
翌日は休診日。
新居の掃除に、家具や生活用品選び。
お揃いの食器、パジャマ、カフェカーテン、なぜか土鍋?
白と黒の陶器のうさぎが並んだハブラシ立て‥‥‥
少しづつ運び込むと、ふたりで「新婚生活」というパズルを組んでいるみたいだ。
どんな出来事が、待っているだろう。どんなふたりになってゆくだろう。
もう、そんなに遠くない、未来に‥‥‥。
カルテ8につづく 歯ブラシは水気を切って、風通しの良い所に保管しましょう。