*カルテ7 98.5.29

      「うふふ‥‥。嬉しいな、このコンサート、ゼフェル様と一緒に行きたかったんです。
      売り切れちゃって諦めてたんですけど。」
      先程ルヴァにもらったチケットを愛しそうに眺めるアンジェリーク。
      再び胸の奥で    わけの分からない苛立ちが湧いてくる。
      「ふん。オメーもそいつみてーな美形がお好みって事かよ。
      オレはそういうお上品なコンサートには興味ねえからな!」
      「‥‥‥理由、分かってないんだ。じゃあ、今度教えてあげます。
      それじゃ、私も今日はこれで帰りますね。」
      アンジェリークは一瞬表情を曇らせると、またすぐ笑顔に戻って出ていこうとした。
      「まてよ。‥‥‥‥まだ‥‥帰さねえ。」

      アンジェリークを挟むように両手を壁について、行く手を塞いだ。
      イライラを吐き出すように、その唇の独占権を主張するように、反論の出口も塞ぐ。

      「ま‥‥待って下さい!ダメですってば‥‥お願いだから‥‥」
      「なんでだよ!オレの事、好きじゃねーのかよ?何でダメなんだよ!」
      なんで、なんで、なんで、なんで!!!!バカヤローーーーッ!(苦情お断り:筆者)

      怒り散らすゼフェル、泣き出すアンジェリーク。
      ―――泣く程イヤなのか、オレの事も?
      底なしの井戸に放り込まれた気分だ。
      泣きながらしがみついてくる身体は熱っぽく、髪の香りを立ち上らせて誘うのに。

      しばらくして、アンジェリークがポツリポツリと語りはじめた。

      「ゼフェル様が好き。本当に大好き。だけど、私、どうしたらいいのか‥‥
      分からなくなっちゃうんです。ほんとは、今みたいに、こうやって
      腕の中に抱かれているだけで、もう、とってもドキドキしちゃって、
      キスも、何度もしたけど、思い出しただけで心臓がズキンッって‥‥
      苦しくなっちゃうの。壊れちゃいそうなの。だから、お願い、
      ゆっくり‥‥に、して欲しいの。少しづつ、育てて行きたいの。
      ほんとに、好きなの。大切にしたいの。
      好きって気持ちを、いっぱい、いっぱい積み重ねて、
      大好きな人と、真っ白な気持ちで、ヴァージンロードを歩くのが、夢だったの。」

      宝石のような涙を見せられては、無理強いはできない。
      夢だと言われたら、無惨に破り捨てるわけにはいかない。
      つくづく、彼女に対する己の甘さを恨めしく思うが、
      ゼフェルだって、アンジェリークを何より大切に思っているのだ。
      頬に残る涙の跡を    優しく唇で拭うと、また新しい涙がこぼれ落ちてきて

      口の中に、海が広がる気分がした。

      翌日は休診日。
      新居の掃除に、家具や生活用品選び。
      お揃いの食器、パジャマ、カフェカーテン、なぜか土鍋?
      白と黒の陶器のうさぎが並んだハブラシ立て‥‥‥

      少しづつ運び込むと、ふたりで「新婚生活」というパズルを組んでいるみたいだ。
      どんな出来事が、待っているだろう。どんなふたりになってゆくだろう。
      もう、そんなに遠くない、未来に‥‥‥。

          カルテ8につづく    歯ブラシは水気を切って、風通しの良い所に保管しましょう。



      1998.5.29 ROM /個人で楽しむ以外の転用、複製及びHP上での使用をしないで下さいね。