*カルテ8 98.6.4

       月末締めのレセプトをプリントアウトする音が軽妙なタップに聞こえる。
      昨夜から徹夜で稼動しているプリンターにしてみれば、
      悲鳴だったかもしれないのだけれど。
      今日は‥‥‥

      「ん〜。新しい白衣!新しいお仕事!今日から私は、ゼフェル様のアシスタント!
      一日じゅう一緒にいられるなんて、夢みたい‥‥
      足手纏いにならないように、かんばらなくっちゃ!
      ええと、ナースキャップは後ろでピン止めして、髪の毛をキチンと入れて、
      爪も短く切ったし‥‥‥うん。ちゃんとエマに教わった通りだわ。」

       奥の部屋で着替えを済ませて現れたアンジェリークに、ゼフェルの目は釘付けになった。
      白衣の女なんて、これまで腐る程見てきたのだ。
      今更、どうって事ない筈なのに、
      中身の人間が変わると    こんなにも眩く、美しく見えるものだったなんて‥‥‥
      使い古された陳腐な単語が、頭をよぎってゆく。
      ――――    白衣の    天使    ――――

      「あの〜、ゼフェル様?私、どこかヘンですか?似合わないですか?」
      「!!そっ、そーじゃねえよ‥‥ま、いいんじゃねーの?
      ん?おめー、何だよこれ、襟元からピンクの毛糸がはみ出てんぞ‥‥」
      「ああ、これ‥‥」
      スルスルと引っ張り出した毛糸の輪には、ゼフェルにもらった例の指輪が通してあった。
      いままではずっと指にはめていたのだが、
      仕事中はずしても、なくさないで身に付けていられる様、考えたらしい。
      それにしても、毛糸とは‥‥
      小さく吹き出すと、ゼフェルはポケットからビニールの小袋を出して
      アンジェリークに手渡した。

      細い金の鎖に、指輪と同じ透かし模様のトップの付いたネックレス。
      トップはホルダーになっていて、指輪を留めておける細工が施されている。

      「ゼフェル様‥‥‥‥」
      「ま、オレからの就職祝いってとこだ。ほら、つけてやるから、
      その不細工なの外せよ。まったく、おめーときたら‥‥‥」

      後ろに回って、ネックレスを留める。
      アップにした髪のせいで、白くて細いうなじが露になっている‥‥‥
      そのまま腕を廻して、後ろから抱き締め、その首筋にそっとキスした。

      女子校育ちで、男性客が滅多に寄り付かないケーキショップなんかで働いていなければ、
      とっくに他の誰かにさらわれていたかもしれない。
      けれど、偶然という名の神様は、
      ゼフェルと巡り合わせるために    そっと隠して、取っておいてくれたのだと思う。
      アンジェリーク‥‥‥純白の    天使。
      大切にするぜ、ぜってー、誰より。オレだけの ――――――

          カルテ9につづく     診察券は所定の場所に入れて順番をお待ちください。



      1998.6.4 ROM /個人で楽しむ以外の転用、複製及びHP上での使用をしないで下さいね。