ビンヅ・ラとナムジャ・ラ間のいずれかの峠 (1985年 譚 佐強氏)

河口慧海はチベットに越境するにあたり、検問をさけるため、公道をさけて通ったはずであるから、もし大胆な憶測を加えるなら、慧海はピンヅ・ラとナムジャ・ラの間のどこかで、国境領線をこえたのではないかと考えられると「氷山雪嶺二千年 周正著 ベースボール・マガジン社 1985年」の訳者≪譚 佐強(たん さきょう)氏≫が補遺に記している。

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