僕らの旅立ち 〜リュナンver〜

 

 海って青くて綺麗だよなぁ。
 風が気持ちいいなぁ。揺れ具合も絶妙。
 ああ、このまま寝入ってしまいたいな。
 でも駄目なんだ。僕は公子だから、甲板で転寝なんてしちゃ駄目なんだ。だって、かっこ悪いもん。亡国の公子らしく、愁いに満ちた表情とかしていないとね。
 僕は甲板に立ち、潮風に髪をなびかせていた。そして、哀しげに眉を寄せてみたりする。欠伸をかみ殺した時って、結構<苦悶>って感じの表情になるよな……。

「リュナン?……こんなところにいたのか。どうしたんだ、ぼーっとして?」
「ホームズ……」

 油断すれば寝入ってしまうであろう僕に、いいタイミングで話しかけてきたのはホームズ。友達の一人だ。
 僕はだらしなく開いてしまいそうになる口許を隠しながら、目だけで微笑んで見せる。

「いや……少し潮風にあたっていただけだ」
「それならいいが。もうすぐウエルト王国だぜ。上陸の準備はできているのか」
「僕はこのレイピアさえあればいい」

 僕は重い武器なんて持ちたくないからな。そもそも、王子の武器といったらレイピアと相場が決まっている。大剣を振りまわすのは、ゴツイ男どもに任せておけばいいんだ。……ついでに部下も、人に任せたほうがいいな。楽が出来る。

「部下たちもオイゲンに任せておけば大丈夫だろう」

 正直なところをいえばオイゲンは馬鹿正直すぎて、戦略立てさせたりするのには向かない。だが、部下を統括するくらいなら……大丈夫だろ。た、多分。やる気と元気だけは有り余っている人間を、害のなさそうな役柄につけておくのも重要なことだ。

「ラゼリアの騎士たちも大変だな。あんな口うるさいじじいによく我慢ができるものだ」

 全くだ。……と思うけど、彼らがその口煩さに耐えてくれるおかげで、僕はそれほど煩く言われずにすむんだよ。
 と思うけど、まあ、そんなことは口にはしない。何処で誰が聞いているかしれないし。部下のやる気を削ぐような発言はしないに限る。あっちで、部下その1と3が聞き耳立てているな、オレらの会話に。ここらで一つ立派なことを言っておくとするか。

「彼らはわかっているんだ。帝国との戦いでラゼリア騎士団は全滅し生き残ったのは若い騎士ばかり。オイゲンは僕たちを守るために無理に無理を重ねてきた。その結果、何度も重傷を負って今ではもう、剣を握ることさえできない。その無念さがわかっているから、皆必死で頑張っているんだ」
「まあな……確かにじじいや俺の親父がいなけりゃ俺たちは皆死んでいただろうよ。年寄り二人に命を救われるとはまったく情けない話だよな」
「ホームズ。僕たちは提督に言われるままにグラナダ砦を脱出したが本当にこれでよかったのか。提督を犠牲にしてまで生きる価値が僕たちにあるのだろうか……」

 あるんだろうけど。なんか、人を犠牲にすると、その分頑張らなきゃいけないって……義務感が襲ってくるんだよなぁ。面倒だ……。

「そんなことを気にしているのか。だったら安心しろ。ヤツはそう簡単にくたばるような男じゃない。俺が保証してやるぜ」
「そうだといいが」

 ホームズが保証? じゃあ、もし死んでいたら何かくれたりするのか? 提督の分まで頑張って、国を取り戻してくれるとか?

「いくらヴァルス提督でもあの状況下では……」

 保証の内容を確認しようと、ヴァルス提督の話を続ける。

「リュナン。終わったことをぐちぐちと悔やむなんてお前らしくないぜ。親父はお前のために無理をしたわけじゃない。自分の信念に従い、自分の意地を貫き通しただけのことだ。いずれ時期が来たらグラナダを取り戻す。そうなりゃまた親父とも再会できるだろうよ」

 ホームズはきっぱりと言った。なんの根拠もないことを。ホントにグラナダ取り戻せるのか……? こいつは自信と実力はあるんだけど……なんていうか、考えが浅いんだよなぁ。野性の勘のほうを重視するというか。本当の意味で保証をするつもりもなさそうだな……使えん。

「そうだな……ありがとう、ホームズ」

 でもまあ、一応僕を元気づけようとしてくれているみたいだから、礼を言っておくとする。僕、こいつの馬鹿な明るさは嫌いじゃないんだ。

「おいおい、よせよ。親父の生死はともかくとして俺は結構浮かれているんだぜ」

 そんな感じだよな。さっきからホームズ、顔が緩みっぱなし……。

「前にも話したと思うが俺の夢は冒険者となって世界を旅して回ることなんだ。親父から解放されてようやくその夢がかなうというわけさ」

 そんな話したっけか。覚えていない。
 僕の記憶容量は狭いんだ。

「冒険の旅か……楽しいだろうな」
「ああ、気の合った仲間たちと面白おかしく暮らす。なあ、リュナン。お前も一緒に来ないか。こんなくだらない戦争はもういいだろう」
「ホームズ、僕は……」

 くだらないというのは、その通りかもしれないな。公子である僕が公子らしい生活を取り戻すために祖国を奪回するのは、確かに大事なことなんだけど。でも……戦争なんて続けていたら、死ぬかもしれないし。僕の命ほど大事なものはないもんな。

「僕は……」

 でも公子らしい生活は欲しい……。迷う。迷う。迷った末……命のほうが大事だ、やはり! と、前向きな返答をしようとしたら、ホームズが手を振った。

「ははは、冗談だよ」

 は? 冗談!? 僕は真剣に考えたぞ、今! からかうなんて、なんて嫌なヤツ……。

「それが無理だってことくらいオレにだってわかっているさ」

 無理じゃないと思うけど。そりゃ、祖国取り戻すのは皆が望んでいることだし、そのために皆自分を犠牲にしてきたんだって思うと、心が全く痛まないわけじゃないけど。でも、僕が死ぬのは嫌なんだ。

「うん……だけど、いつかきっと……」

 いつかと言わず、今すぐにでも……と思わないでもない。死んでしまってからでは遅いから。でも、からかわれていたというのに、その気になっているって知られたら何だか気恥ずかしい。だから一応、こう答えておく。なかったことにするには、惜しい話だしさ。やっぱ、公子に生まれた以上、面白おかしく暮すのが当然だと思うし。僕は苦労しすぎだよ……。

 と考えていたら、苦労の種の一つである人間がやって来た。さっき噂した煩いジジイ、オイゲンだ。……オイゲンの立てた素晴らしい作戦により、僕は過去に、どれだけいらない苦労をしたか……。

「リュナン様、お話し中ですがウエルト島が見えてきましたぞ」

 おっ。とうとうウエルトか。
 ウエルト王宮に行けば、軍隊とか、食糧とか、公子らしく僕を飾ってくれる衣装とかがあるよな。
 命の危険のない悠々自適の楽しい生活も大事だけど、公子たる僕は、公子らしくあることもやはり大事なんじゃないか、と再び迷う……。この洗いすぎてクタクタになった服や、古いのを丹念に磨いてぴかぴかに見せかけているだけの鎧と、さっさとオサラバしたい。そもそも、装飾品の一つも身に付けていない公子がどこの世界にいるよ。
 ……。
 …………。
 うーん。とりあえず、死なない程度に頑張ってみようかな。こんなみそぼらしい格好はもう嫌だ。ウエルト王宮に行って、頑張る意思があるところを見せれば、まともな格好くらいは提供されるはずだ。

「おっ、そうだ。悠長に話し込んでいる場合じゃないな。リュナンとりあえずソラの港に上陸しよう。あそこならウエルト王宮にも近いはずだ」

 戦争するための費用と兵と公子らしい衣装を借りるために、僕はウエルトに行く。……返すことがあるかは分からないけど。

「わかった。オイゲン、皆に準備を急がせてくれ」
「はっ、かしこまりました」

 戦うのは面倒だし、危ないし、汚れたりもする。下手をしたら死んだりもする。
 でもまあ、公子に相応しい生活を取り戻すため、つまり自分のためにやらなきゃいけないことだもんな。仕方がないから、しばらく頑張ってみようと思う。自由気ままで命の危険がない生活もかなり惹かれるけど……公子という身分に生まれた以上、太守の座について贅沢三昧な暮らしをするという当然の権利があるのだから、行使しないで一介の旅人で終わるのは損な気がする。平和になって、しかるべき地位につけば旅なんてしなくても命の危険はないし。目先のことに捕らわれて将来の素晴らしい生活を棒に振るところだったよ……。はぁ、危ない、危ない。

 さ、考えがまとまったところで、ラザリアを取り戻すための戦いに行くとするか。まずはレッツウエルトだっ!!


<中書き>

 誰ですか、コレ……。レンツェンのミニチュア版みたいな……。
 ごめんよ、リュナン……。そしてホームズはさらにアホ……。腐女子風味入ってますので、苦手な人はホームズver読まないように……。


ホームズver

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