<小さな恋のはじまりは>

 ところレンスター城。
 リーフ王子の解放軍が大苦労の末に取り戻し……たはいいのですが、一息吐く間もなくフリージ軍に総攻撃を仕掛けられ、絶体絶命の窮地に陥ったレンスター城……。
 それがこの物語の舞台となります。

 レンスター城の攻防戦は半年にも及びました。
 武器も人材も豊富なフリージ軍の絶え間ない攻撃。
 リーフ軍は城に篭もり、じっと耐えました。そうして、いつ来るともしれない救援を待ちました。

 防御力重視の城を設計してくれたリーフ王子の先祖に感謝しましょう。篭城できるだけの食料を備蓄しておいてくれたフリージ軍に感謝しましょう。

 リーフ軍の窮地は、光の公子セリスさまによって救われました。レンスター城は平穏を取り戻したのです。

 ……で!
 平和となったレンスター城は現在、恋の季節だったりします。

 共に苦労している、共に耐えているという一体感は、人と人の結びつきを強めるもの。人間は共に危機の中にある相手に、好意を抱きやすいようにできています。恋愛感情とは危機にある時こそ、芽生えやすいものなのです。篭城していた半年の間に軍内カップルが急増したのは、自然な流れといえるでしょう。

 一つの戦いが終わり、次の戦いに備えるためのつかの間の休息の時間。それが今です。窮地のときに結ばれた恋人と、無事を喜び合い、心おきなくらぶらぶするには絶好の機会です。

「ねえ、パーン。あたしのこと、好き?」
「ああ。嫌いじゃねーよ」
「たまには好きって、はっきり言って欲しいなぁ。あたしばっかり好き好き言ってるの、不公平だと思う」
「……口にしなくても、ちゃんと想ってるってば」
「うん……でも」
「ああ、そんな泣きそうな顔するなよ、ラーラ。お前は笑っているほうがいい」

「オーシンっ」
「あー、どうした何か用か?」
「……用がなきゃ、近くにきたらいけないのか? い、い、一応恋人同士なのにさ……」
「あ、いや……その、俺だって、タニアと一緒にいたいさ」
「やだ、オーシン! 顔が真っ赤だよ〜〜〜〜」
「お前もなっ!」

 こんな感じの甘い会話が、城のそこここで聞けます。

 戦いの日々で恋人を作りそびれてしまった人は、いよいよあぶれてしまうかもしれないと、焦りに焦ります。

「サフィ! 今日という今日はいい返事を聞かせてくれよぉ」
「あら、リフィス」
「オレは、お前のことが好きなんだよ!……だから……」
「……今日もいいお天気ですね……」
「いや、天気はいいからさ、返事を……」

 カップル乱立時にあぶれてしまった男性が今から恋人を得るのは、そうとうに困難です。従軍している女の子の数など、しれているからです。
 前線で戦う娘、医療部隊の娘、食事班の娘。めぼしい娘は皆、売約済みのようです。

 自分には恋人を作るなんて無理なのだと諦めモードに入った男も多数です。

「ああ、彼女欲しい……」
「言うな、それを! 恋人なんて、北トラキアに平和を取り戻してから作っても遅くないじゃないか」
「まあ、そうなんだけどさ……でも、いいよなぁ。楽しそうで」
「言うなってば、虚しくなるからっ!」

 諦めに入った独り身の男たちは、身を寄せ合って武器の手入れをしたり、愚痴を言いあったりしています。男同士の親睦を深めます。

 ……虚しいですねぇ。

 でももっと虚しいのは、独り身の女の子でしょう。この状況下で誰からも言い寄られない、独り身の女の子でしょう。
 周りの女の子はたいてい彼氏持ち。口を開けばノロケ話。独り身仲間もいないため、女の友情を深めることもできない……。

 ……寂しい状況ですね。

 そんな状況に陥っている女の子がいるのかって? いるんです。
 解放軍の中でも指折りの優秀なる剣士、マチュア。
 彼女は軍内では貴重な存在である、フリーの女の子です。

 レンスター城内。こちらは、マチュア他三人に充てられた部屋です。でも今は、マチュアしかいない部屋、です。
 マチュアと同室の女の子は誰かしらに誘われて、街に出ていきました。だけどマチュアを誘う人はいませんでした。だから彼女は独り、部屋でお留守番をしているのです。 

「イリオスとカリンってそういう関係なのね……」

 暇人マチュアは窓辺に座り、よせばいいのに外を眺めていました。
 窓を覗けば、サウスゲートが見えます。サウスゲートは城と街とを繋ぐ門です。
 レンスター城の近くのデートスポットといえば、城下街です。それしかありません。恋人たちは街に出て、買い物や食事をしたり、公園で恋を語らったりします。城下街に出るための門は、サウスゲートのみです。よって、軍内で特別な行事がない日は、多くの恋人たちがこの門を通過していきます。

「いいなぁ。仲良さそう」

 マチュアの口から、羨望の言葉が漏れました。

「って、別に私は羨ましくなんてないわよ、ええ!……はあ」

 誰も聞いていないにも関わらず、ついつい言いつくろってしまいます。

 やがてイリオスとカリンがマチュアの視界から消えました。そして、次なるカップルが門を通過しました。

「……また仲睦まじい2人が外に出ていくわね。腕なんか組んでまあ」

 その様子を見るだけでも、マチュアの胸中は穏やかではありません。

「え、嘘、あれは……」

 その睦まじい男女が誰と誰なのかを確認して、マチュアの胸は、さらに騒ぎました。

 なんと、そのカップルは……。

「ス、スルーフとサラ!?」

 だったのです。

 サラといったら、従軍している女の子の中で最年少です。まだ13歳です。マチュアはもう20歳です。因みに恋人いない歴も歳と同じです。

 サラの相手スルーフは、甘いマスクと優しい性格で、女性陣に多大な人気を誇っています。神父というストイックな職業も人気に一役買っている模様です。女の子たちがキャーキャー騒ぐのを、マチュアは嫌というほど耳にしていました。

「……サラに……恋人……しかも、スルーフ……」

 子供のサラに恋人がいたこと。その恋人がモテモテ神父スルーフだったということ。マチュアには、かなりの衝撃でした。

「な、なんで子供のサラに人気者の恋人がいて、大人の私に言い寄る男が、一人もいないの……」

 マチュアの身体から、力という力が抜けてしまいました。腰掛けていた椅子から滑り落ち、床にへたり込んでしまいました。

 マチュアの名誉のためにいっておきますが、彼女は本当に誰からも誘われなかったわけではありません。
 マチュアはなかなかの美人です。明るく面倒見のいい性格は、同性からも異性からも好感を持たれています。そんな彼女を、恋人切実に募集中な男どもが放っておくはずがありません。
 実際、マギ団時代から付き合いのあるブライトンを筆頭に、ちょっとごつい系(例:ハルヴァン)からややへにゃ系(例:アルバ)まで、実に様々な男が彼女にモーションをかけたのです。
 ただ、そのモーションの掛け方が揃いも揃って……。

「剣の稽古に付き合ってくれないか?」
「剣の稽古、つけてくださいっ! 場内でも戦えるようにっ!」
「マーシナリーに転職したんですって? 同じですね。斧と剣、苦手分野克服のために一緒に稽古しましょう!」

 剣、剣、剣。稽古、稽古、稽古……だったのです。

 二人きりの時間を持つことで親密度を上げようとしていた……のでしょうね。男ども。これまで気楽に付き合ってきた女友達を改めて誘うというのは、意外と勇気がいるものです。稽古の後でそれとなく雰囲気を出してみて、反応を見つつ告白! なんて計画を立てていたのでしょう……。

 ただマチュアはどうも、その手の駆け引きというか、男心の妙というか……が、分からないみたいで“そういう雰囲気”には全くならなかったのです。

「マチュア。この後少し、時間をとれないか?」
「何、もっと稽古したいの? 勘弁してよ」

「マチュアさん、よかったら一緒に食事をしませんか? おごりますよ」
「あ、いいの、いいの。お礼なんて。私の訓練にもなっているんだから」

「前からマチュアさんのこと、気になっていたんです」
「あ、私も。ハルヴァンとは戦い方も似ているし、ぜひ一度手合わせを、って思っていたの」

 これでは芽生える恋も芽生えません。
 マチュアには口説かれているとは全く思わない。男たちは軽くかわされたと落ち込み、身を引いていく……。
 そんなわけで、マチュアには恋愛絡みで親しい相手がいないのでした。

「はあ……」

 マチュアは盛大な溜息を吐きました。
 そして、考えます。何故、自分にだけ恋人がいないのか。

 可愛いと形容される顔ではない、と思います。
 物腰が女らしくない、とも思います。
 料理も裁縫も下手。わかっています。
 体格はそこらの男より立派。剣の腕なら、リーフ軍で5本の指には入る……。そう自負しています。

「こりゃ、駄目だわ……」

 これではモテるワケなど、ない。恋人など出来るはずがない。
 好きな人が出来ても、想いなど実るはずもない。恋人が欲しいなんて、思うだけ無駄。恋なんてするだけ無駄。 

 すっかり諦めモードに入ったマチュアは、寂しい結論に達してしまいました。


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