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「リーフさまって素敵よね。あたしね。リーフさまとはじめて逢った時、胸がトクトクいって頬がカァってなったの。これが初恋の感覚なんだわって思った!」
「リーフさまは素敵な方ですものね」
花壇の手入れをしながら、ターラ出身の二人が仲良さげに会話しています。
ティナが話たいことを話し、リノアンは微笑みを浮べて、相槌を打っている……という感じ。
マチュアは、女の子〜って雰囲気が微笑ましいなと思いながら、二人を見ていました。少し離れたところで、剣の素振りをしつつ。
「リノアンさまも、アリオーン王子とはじめて逢った時、そんな感じだった?」
「……あの方とはじめて会った時、私はまだ子供だったので……よくは覚えていないのです」
「そうなんだー、勿体ないね。初恋の甘酸っぱい味を覚えていないなんて。初恋って、例え叶わなくても貴重な体験なのにっ。一生に一度のことだしね……」
「そうですね……」
リノアンは複雑そうに瞳を伏せました。そして、話題を変えました。
「あ、ティナは今、二度目の恋を謳歌しているのでしょう? 首尾はどう?」
「んー、まあ、今はねー。あんまり上手く行ってない、かな? むこうはあたしのこと、うるさい子供みたいにしか思っていないのよ」
「その割には楽しそうね」
「だってほら。あたしって、基本的にリフィス好みの顔立ちだし。彼がお姉ちゃんに振られるのは時間の問題だし」
「……」
ティナの想い人は盗賊のリフィス。彼が好きなのは、ティナの姉のサフィ。なかなかに難しい状況といえます。姉を、純粋に慕うことができなくなっても不思議はないというか……。
しかし、ティナにはモテる上に出来のいい姉に対して、好意以外の気持ちはありません。前向きな娘なのです。
「振られて傷心のところをつけ込む予定なの。あたし、頑張るわっ!」
「……本当に好きなのですね」
「うんっ! どこがどういいってワケじゃないんだけど。自分でもどうしてあんなのがいいのか、わからないんだけど。でもでも、なんでか傍にいたいんだ! 一緒にいると、特別な楽しさがあるのっ」
「ふふ。理屈でなくその人の傍にいたいという思ってしまう気持ちは……わかりますよ」
リノアンは切なげに微笑みながら、ティナの頭を撫でました。ティナは小動物のように頭ナデナデを受けていました。
「人を好きになるって理屈じゃないよね。……楽しいよね」
ティナの呟きに、リノアンは躊躇いがちに頷きました。
「……そう、ですね」
とっても女の子らしい、恋話の一幕……。
マチュアには入っていきたくてもいけない、甘くて柔らかい世界でした。
*
胸がトクトク、頬がカァ……。
その人の傍にいたいと思ってしまう……。
駄目だわ。私はやっぱり、経験したことないわ!
人を好きになるのは理屈じゃない……。
理屈じゃないってことは、本能ってこと?
……私には、人間としての本能が備わっていないのかしら!
甘酸っぱいと形容されるらしい初恋も。理屈でなく誰かの傍にいたいという気持ちも。マチュアにはわかりません。
単に、好きだと思える相手と出会っていないだけ……?
ちょっと好みが変わっているとか。あるいは、理想が高いとか……。単に機会がなかっただけなのかも……。
ポジティブに考えてみようとしても、上手くいきません。
サラやティナが済ませたことを、彼女たちより長く生きてきた私が済ませていないのは可笑しいわ。どう考えても。
きっと私は、欠陥品なのよ。
恋人云々の前に、まともに恋愛することもできないの……。そうに違いないわ。
マチュアは落ち込みと思い込みは、止まるところを知りません。
「あ、でも……待って」
異性に対して、特別な感情を抱いたことはない。それは動かしようのない事実。リノアンやティナが言うような感覚は、マチュアにはわからない。想像もできないことです。
「で、でも……ね」
マチュアは、別の恋話を回想しました。
ロベルトとケインの、女の子たちの噂。やはり、会話には加わらず、でもしっかりと聞いていた話を。
*
こちらは、花壇の前などという可愛らしいところでの会話ではありません。レンスター城の一廓。稽古場として解放された一室での出来事です。
マチュアはレンスター兵に剣の稽古をつけてやりながら、恋人のいない男二人のやりとりを耳に入れていました。
「この間、傷を治してもらって……やっぱ、サフィさんの看護は暖かいよなぁって改めて思ったよ。いちいち優しいんだ」
「……ああ、サフィさんっていいよな……優しくって細っこくてさ」
二人は戦場で負傷をした時の話をしていたはず。それが何時の間にか、女の子についての話題に摩り替わっていました。切っ掛けは、軍のモテモテプリーストサフィの話題でした。
「ああ。風が吹けばふっとびそうな儚さだよなぁ。上目遣いで見つめられたら、全身で護ってやりたくなるっていうかさ……」
「ナンナさま、存在に華があるよなぁ。傍にいると意識するだけで、いいところを見せたくなってしまうというか」
「ああ、わかるよ……あの人には、人を魅了する天性の才能がある」
どういう流れか、ケインがカリスマなノディオン王女を話題に出しました。ロベルトはすかさず相槌を打ちます。
「あの人に治療してもらえるなら、いくらだって負傷するな!」
続いて名前が挙がったのは、努力家の女剣士マリータちゃん。
「マリータも意外と可愛いと思わないか?」
「……ああ、おれも密かに目をつけていたんだ。いつも一生懸命で、可愛いよな。あの子見ていると、おれも負けずに頑張らなきゃ〜〜って気になる。ナンナさまは身分違いだし、サフィさんは競争率激しいから、狙うならマリータか!」
「何、彼女に先に目をつけたのはおれだぞ!」
話題は傷や治療から、すっかり離れています。
その後も、男二人は女の子の話を延々と続けていました。
マチュアが加わろうという気すら起きなかった、むさく虚しい男同士の会話でした。
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……こっちは、分からないでもなかったりするのよね。
サフィも、ナンナさまも、マリータも……私……。
ケインやロベルトと同じように……。
男たちの言っていたこと、理解できてしまいました。マチュア。
サフィは傷ついた兵士を救うために危険な戦場を駆けています。彼女は己の危険も省みません。献身的に、怪我人に尽します。
そんな心優しい娘が危うい目にあいそうになったら、何をおいても助けてあげなきゃと思うのです、マチュアも。彼女にとって、か弱きものは護るべきもの。当然のことです。
マチュアも男たち同様、ナンナが傍にいると、頑張らなきゃいけないという気になります。何故なのかと理由を問われても、上手く答えることができません。ただ……彼女に優雅な微笑みを向けられると、気分が向上し、剣を握る手に力が入るのです。
そして、マリータ。
一生懸命に頑張る彼女はとても可愛いと思うのです。マリータはリーフ軍に参入した時、弱かったのです。それが母を助けたいという一心で、剣の修行に励み、成長していったのです。今では、軍で一、ニを争うほどの凄腕の剣士だったりします。強くなるためにひたむきに努力する姿は、マチュアの心を打ちます。彼女を見ていると、自分も強くなるための努力をしなくてはと、心身ともに燃えるのです。
そう。男たちと同じように。
サフィを護りたいと思う。
ナンナの存在に、戦闘への意気込みが上がる。
マリータの一生懸命さを愛しく思い、向上心を刺激される。
……私は……。
淡くて甘い感情を抱けないのではなくて。人としての本能が備わっていないのではなくて。
単に同性にしか興味がない、ということなのかしら。
「なんだ。そういうことかぁ……あははははぁ……」
人として欠けているものがあるのではなく、趣味が女の子じゃなかったのね。
と、一瞬だけ安心しかけたものの。その笑いはすぐに溜息に変わりました。
「……」
マチュア、愕然。床について、身体を支えていた腕の力が抜け落ちました。床に倒れ伏してしまいました。身体を起こす気力もありません。
幼少期から、性格が男っぽいと言われていました。自覚はありました。見た目も、腕っ節も、女の子〜〜って感じはしません。
思考も趣味も、男……ということは、十分に考えられる話です。
マチュアの身体が震えました。
同性愛者。
もし世間に知られれば、後ろ指を指されること必須です。軍の男どころか、女の子も親しくしてはくれないでしょう。警戒されるにきまっています。恋愛する素質が備わっていないよりも、性質が悪いです。
もう駄目です、マチュア。落ち込みのドツボにハマっています。思考力も気力も、低下しています。落ち込み沼から脱出する努力をする気にもなれません。静かに沈んでいきます。
はああああっ……。
本日、何度目かの盛大な息を吐きました。
「私は……同性愛者なの? 女の子しか好きになれない……の?」
呆然とした呟きを洩らした、その時。
コ、ン……。
扉の向こうから、木を叩く音が鳴りました。
それは小さな音でした。
音に敏感なマチュアでも、気のせいかと思うほどに。
「……?」
ちょっと間があって。
コ、ン.コン。
再び音が鳴りました。
「……はい?」
正直、今は人と会いたい気分ではなかったのですが、仕方ありません。マチュアはよろよろと立ち上がって、扉を開けました。
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