てくてくと地道に歩いて!
 ようやくおれは、街らしきものを発見した。
 中に入って、道行く人をとッ捕まえて、ナンパ……もとい、解放軍の情報を集めなくてはいけない……んだ。

 はあ。思わず、重い息を漏らしてしまう。
 フィーが解放軍のいるところまで連れていってくれたら、こんな苦労はしなくてすんだのにって。
 彼女が神器の継承者だっておれの話を信じてくれればなって。
 信じてもらえないのは、おれが普通の杖を使えない魔道士だからなんだよなぁ……って。
 そう考えると、余計に悲しくってさらに重ーい息を吐いてしまう。

 にしても、結構な距離を歩いたよなぁ。足が痛くなってきた。
 せめて馬にでも乗れたらなぁ。練習してみようかなぁ。
 なんて考えながら、歩く。街門を目指して。
 ……検問あるのかな? と思っておれは街門の方向に目を凝らした。

「およ?」

 ゴシゴシ。見間違えじゃないかと、目を擦ってみる。
 街門付近で、柄の悪い男どもがたむろしている。皆、武器を手にしている。物騒な雰囲気が風に乗って流れてくる。
 ……。
 素早く木の影に隠れる。そうして、おれは会話の内容を盗み聞いた。

「……で、お前は二十人連れて南だ。お前は……十五人つれて、西へ行け!」
「へい、頭目っ! 頭目は、どちらに行かれるんで?」
「おれは、中央へ向かって、町長の家に押し入るさ」
「わかりやした!」

 もしかしなくても、街を襲う相談をしている……? た、大変だっ。
 しかし、ここを何とかしたら、情報とお礼の品が貰えるばず……。
 つーわけで、こやつらが街に入りこむ前に、そして、固まっている今のうちに! おれは盗賊を退治することにした。
 おーし。レッツ盗賊退治だっ! 魔法で一網打尽っ! いくぜっ!

 っと、思ったけど、その前に……。

 おれは、荷物入れの中を整理することにした。
 おれの荷物袋は、母さんがもしも旅をすることがあったなら……と用意しておいてくれたものだ。十五年以上前の衣類やら、食料やらが入っていて、異臭を放っている。母さんの気持ちを無駄にしたくなかったから持って来た。だけど本当のところ、捨てるしか道のないものばかりなんだ。余計なものは、戦うには邪魔。本格的な戦いに入る前に、いらないものを思いきって処分することにした。

 まず、ウインド、エルウインド、サンダー。これらの魔道書は当然貰っておく。ウインドは、自分が使ってきたものもある。でもまあ、親の形見だ。それに、使い込んであるものの方がいいという話も聞く。貰っておくことにする。愛用のウインドの方は、そのうち中古屋にでも売るか。

 カビの生えた衣服に包まって、『値切り』と彫られた腕輪と、『アーダン‘s』とぎこちなく記名された指輪が入っていた。この二つは、銀に上品に宝石がちりばめられた華美な物だった。捨てるにはあまりに惜しい。だが持ち歩くには、やはり邪魔だ。そこで左の腕と指に、装着してみた。いい感じ。アクセサリーはあまりつけ過ぎると、ちゃらちゃらした感じになりそうでヤなんだけど……。ま、2つ……いや、母さんの形見のペンダントを入れて3つか? ま、3つくらいならいいだろ。

 残りの古着や、食べ物。悔しいことに使えないリライブの杖は捨てた。さすがに邪魔になるからだ。

 よし、荷物整理終了、っと。
 さあ! では今度こそ、盗賊退治にレッツごーっ! と、おれは腕まくりして……。
 ……あれ? 
 獲物……もとい、盗賊が、いるはずの場所にいない……ぞ?
 おおうっ。よく見たならばさ。
 盗賊が、盗賊が! 閉ざされた街門にたむろし、斧をぶつけているではないか。
 すでに半壊しているぞ、門! やばいってば。

 おれが荷物整理をしている隙に、盗賊団は行動を開始してしまったようだ……。なんというせっかちな奴ら。
 おれは懐にしまったバルキリーを手にした。高価なものだから、金銭的に余裕がないうちは使わない方が懸命だと、父さんが残したらしいメモに書いてあった。だけどたまにはいいだろう。

 今、時間的な余裕はない。
 早く始末しないと、お礼の品が……もとい、罪のない人に危険が迫ってしまう。
 そ、それと。これまでバルキリーを使うような機会なんて滅多になかったから。久々にこれ、使いたいなーなんて気持ちもちょっとあったりする。
 おれは、魔法の詠唱を開始した。

「遠き日よりありて、現在を創りし万物の源よ。今日を護り未来を創る自然の力よ……」

 屈強な盗賊らは、“何か”を呟きながら真っ直ぐに歩いてくるおれに気が付いたようだ。

「あー? なんだ、お前はぁ」
「死にたいんだろっ。お望み通りにしてやるよっ」

 カモだといわんばかりに鼻先で笑った盗賊は斧を振り上げ、おれに襲いかかってきた。
 ふっ、馬鹿なやつらだ。

「我を導く空の流れとなり、全ての力の標準をここに合わせよ! バルキリーっ!!」

 まず大地が声を上げる。
 木々がうごめき、大気中の水が不規則な流れを見せる。
 全ての時が静止し、空気が膨れ上がる。膨れ上がった空気はおれに集まる。
 固まった空間の中にあって、おれだけが動けるような感じだ。
 襲いかかってくる斧兵など、地に捨てられた人形のように見える。
 おれは膨れ、集まった空気に速度をつけて、標的に走らせた!

 この魔法。
 傍からは、“風”と呼ばれるものを操作しているように見えるのかもしれない。だがこれは風などではなく、神聖なる気の流れなのだ。おれは気の流れに保護され、気の流れを操作しているんだ。使用者であるおれが言うんだから間違いない。
 これこそが、時と生命を司る神聖魔法バルキリーの力なんだ……。

「……ヒッィ」

 バルキリーは標準として定めた、街門の破壊に従事していた盗賊を破裂させた。その周囲にあった者も、おれに襲いかかろうとしていた無謀な盗賊も、力の余剰で切り裂いた。
 盗賊どもは、何が起こったのか分からぬ、という顔で……伏した。

「ふう。運動にもならないな。やっぱ、バルキリーって凄いよなぁ。使いこなしちゃうおれも天才っ!」 

 なのに、何で他の杖は使えないんだろうなぁ……。
 再びそこに思考が戻ってしまった。勝利に高揚する気持ちを落とす。

 レスキューやリザーブを! とは言わないけど、ライブ、リライブくらいは覚えたいよ、エッダの直系としてはさぁ。やっぱ、解放軍でフィーと合流して、お兄さんを紹介してもらわないといかんなぁ。素養は、きっと、多分、あるはずなんだから……、コツさえ教えてもらえれば……っ! 杖、使えるはずだ!!
 と、盗賊団をバルキリー一発で退治したおれは、決意を新たにした。

「っと、そのためにはまず、情報収集だな」

 おれは解放軍の情報を得るべく……全壊した門の跡を踏み、街中に入った。

 情報収集といえば!
 ずばり酒場だろう。古今昨今、そう決まっている。
 んな訳で、さくさく街中を移動し、ようやく酒場らしき建物を見つけ出した。
 酒場の戸を開けるべく、おれは手を伸ばした。その時。

「あ……のっ、もしっ!」

 震える声が聞こえた、後背部から。
 振り返ると、そこには馬に乗ったおっさんが居た。その背後には、1個小隊が控えていた。

「何、おれ?」
「はい。先ほど、ならず者を魔法で屠ったのは、貴方なのでしょうか……?」
「ああ。うん。そう、おれが倒したの」

 腰に手を当て、胸を張るおれ。
 おっさんは微笑みを浮べて、馬から降りた。
 おれはおっさんに手が触れる範囲まで移動した。笑いを返す。
 そして、手を出した。

「?」

 にこにこ。
 早くくれ。お礼の品。

「あの……?」

 にこにこ。
 くれくれ。

「あ、あの……? この手は……?」

 およ。もしかして、お礼をしようというんじゃないのか?

「?? お礼くれるんじゃないの?」

 率直に聞いたらば、おっさんは困ったように眉を下げた。

「あ、いや……その、私も、盗賊団から村を守るように言われて、ここに来た者でして……」
「なんだ。でも、もう盗賊は倒したから、あんたも帰ったら?」
「は、はあ……。あの! 実は私、先に、貴方が魔法を使うところを、拝見させていただいたのです。遠目にですが……」 
「ふうん。変わった魔法だったろ。いいモン見たぜ、お客さん。それじゃあな」

 礼をくれるのでなければ、用はない。おれは適当なことを言って、情報収集をするべく酒場に入ろうとした。
 酒場の引き戸に、再び手を掛けた。

「あ……れぇ?」

 開かなかったのだ。鍵が掛かっているようだ。

「おそらく、盗賊がこの街を狙っているという情報を入手した地点で、金目のものを持って非難したのでしょう……」
「えー、それは困るっ!」

 言われてみれば、街門からここに至るまで、人っ子ひとり見当たらなかった。

「もし、リボー城まで同行していただければ、酒の一つくらい用意できると思いますが、いかがですか」
「いや、別におれ、酒が飲みたいって訳じゃないんだ。にしても、ひとっこひとりいないって言うのは、正直、参ったなぁ」
「一緒に来ていただけませんか」

 丁寧な言葉使い、背後に控える数騎の兵。そして城への招待……?

「リボー城ねえ。あんたひょっとして偉い人なの? それにしちゃ、腰が低いかな。あ、きっと中間管理職なんだ。で、何、おれを雇いたいとか? でもおれ生憎と傭兵稼業なんてやってる暇ないんだ」

 ティニーとフィーのお兄さんを探す為に、解放軍に参加しなくちゃいけないんだから。

「じゃあな」

 と手を振って、おれはその場を去ろうとした。行くアテは正直ないが、ここにいても仕方が無い。適当に歩いていれば、解放軍の進軍ルートに重なるかもしれないし。人生なんとかなるさ。そう思って足を動かした。

「お待ち下さいっ!……私は……っ」
「?」
「……」

 おっさんは、移動しようとするおれの肩を掴んだ。そうして、顔を食い入るように見た。そこまでしておきながら、続く言葉をなかなか出さない。ちとイライラしたおれは、優しく促した。

「言いたい事があるんなら、はっきり言ったらどうだよ?」
「はい……」

 顔を伏せる。上げる。おっさん。
 避けるのが悪いと思えるほど真剣な眼差しで、おれの目を凝視する。

「私は、もしかしたら貴方のご両親を知っているかもしれません」
「え……父さんと母さんを?」
「はい。貴方の母上は、フリージ家のティルテュ公女ではありませんか」
「そうだけど……あんた、何者だよ」

 ひょっとして占いの押売り屋か? おれは不審に満ちた眼差しを、おっさんに向けた。おっさんは恭しく礼をした。

「これは申し遅れました。私はオイフェと申します。かつて、シグルド公の相談役を務めていたこともあります」
「え? じゃあ、セリス公子の解放軍……」
「はい。その末席に名を連ねております」 

 ひゃあ、おれってツイてる。適当に歩いていただけで解放軍に当たるなんて。このツキがあれば、ティニーと遭遇する日も、バルキリー以外の杖を使えるようになる日も、そう遠くないだろっ。 

「そうか。おれは、アーサーって言うんだ。シレジアから来た。よろしく」

 おれは、礼儀正しく手を差し出した。オイフェはしっかと握り返してきた。

「あの魔法を拝見して、もしやと思いましたが……本当に、アーサー殿とは。ご無事で何よりです。覚えてはいないでしょうが、私は、赤子の貴方をこの手に抱き上げたこともあります。あの一際泣き声の大きかった赤ん坊が、こんなに立派になられて」

 オイフェは泣き出さんばかりだ。
 うーん。少し、照れくさいな、こういうの。

「よく、おれがアーサーだって判ったなぁ」
「はい。貴方は母君によく似た面差しをしていらっしゃいます。それに、何より、あの魔法。あのような力の流れ。あれを一度でも目にし、傍にあって体感していれば、記憶が薄れても、身体は忘れません。私は貴方に、父君と同種の力を感じました……」

 父さんと同種! ああ、それは嬉しい言葉だ……。継承者なんだから同じ種類の力で当然なんだけど、杖使えないってのがコンプレックスになってるのかなぁ。イマイチ、父さんの力を強く受け継いでいる気がしないから……。

「それにしても、知己のもののお子と、こうして再会できるとは……運命に感謝します!」
「オーバーだなぁ……」

 あーあ、オイフェの目。涙が滲んじゃってるよ……。
 うーん……。
 おれは正直、どういう態度をとっていいのか困った。彼にとっておれは懐かしき知人の息子だとしても、こっちには初対面に等しい相手なのだ。
 後の部下さんたちも、普段立派だと推測される彼の意外に脆い一面を見て、呆れているっぽいし……。

「あ、あのさぁ……」

 おれは、彼の人望のためにも、さっさと解放軍本隊と合流することを考えた。

「リボー城に行くんだっけか。そこって何、解放軍の城なの」
「はい。先ほど飛び入りの天馬騎士の活躍をもって、ようやく制圧できたばかりの城です。満足なもてなしはできませんが、少し休むくらいならできるでしょう。シレジアからの長旅ではお疲れでしょう」
「へえ……フィーの奴も、早速頑張っているんだな」
「え? 何ですか?」
「いや、何でもない」
「おれ、そんなに疲れてないからさ。オイフェさえよければ、先に解放軍本体と合流したい」

 まあ、足は棒のように痛いんだけど……。でもま、歩いて合流する訳じゃないしな。

「え、では解放軍に参加していただけるのですか」 
「うん。もともとそのつもりだったんだ。いいかな」
「いいも悪いも、こちらからお願いしたいくらいです。伝説の武器を携えた魔道士となれば、百人、いやニ百人、いやいや三百人の戦士にも相当します。セリス様も……それに、レヴィン殿も喜ぶでしょう!」

 ほんっと、オーバーだなぁ。でも、こう手放しで期待されると、嬉しいもんだ。やっぱ神器持ちの存在は、戦争にはありがたいんだな。これでもう、フィーにうそつき呼ばわりなんてさせないぞ。

「ところでさ、レヴィンって……」
「はい。レヴィン殿は、先日イザークに立ち寄られましたが、直ぐに旅立たれまして……今は、レンスター方面にあるはず。いずれ、合流できるでしょう」

「ふ、ふうん、そう」

 レヴィンという人物について、聞こうと思った。が、やめた。オイフェが、当然おれもその人を知っているかのような口ぶりをするから聞くに聞けない。
 セリス公子と同じくらい有名なイザーク王子が、そんな名前だったっけかな。違った気もするけど……。ま、いいや。きっと、おれは知らないけど、誰もが知っている有名人なんだろう。
 いや、何となく聞いたことがある名前だとは思うんだ。レヴィン。何処で聞いたかは思い出せないんだけど……。
 とりあえず、適当に話をあわせておくことにする。

「……会えるのが、楽しみだなぁ」
「ええ、そうでしょうとも。随分長い事、お会いしていなかったのでしょう」
「……? あ、ああ……そうなんだよ」

 多分、一度も会った事ない人のはずだけど? 
 ああ、そうだ。きっとおれが赤ん坊の時に世話になった人なんだ。おれはシグルド軍がシレジアに滞在している時に生まれているらしいから、軍の中に、おれを知っている人がいてもおかしくないんだ。このオイフェのように。

「じゃあ、さっさと行こう」
「はい……? 行きましょうか?」

 オイフェは、行こうといいつつも馬具に手を掛けて動こうとしないおれを、怪訝に思ったらしい。釈然としない表情を浮かべた。気のきかない奴だ。
 おれは口で催促するのもあつかましいかな、とも思ったが、このおっさん鈍そうなので、言うことにした。

「馬で、乗せていってくれよ。解放軍まで」

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