* ふー、長い時間馬の背に揺られて。 「フィー……?」 緑色の髪の持ち主は、こちらを見た。やはり。シレジアからイザークまで運んでくれた天馬騎士見習いのフィーだ。 「おや、お二人はお知り合いですか? そういえばフィー殿もアーサー殿も、同じシレジアからみえられたのですよね」 おれたちの様子を見て、オイフェが言った。おれは頷いた。フィーは慌てて首を振った。 「し、知り合いってほどじゃあないです。旅の途中で会って、ちょっと話す機会があっただけ」 おれは寂しい気分になった。相棒だと言っていたのに。お兄さんを紹介するとまで言ってくれた仲なのに。 「……まあ、でも貴方が本当に解放軍に入るっていうのなら、これから話す機会も多くなるわね。同郷だし、宜しく頼むわね」 おれが素直に笑って頷くと、フィーは何故か顔を赤くした。顔に血がいく体質らしい。 「じゃあ、フィーの紹介は省いていいよね。彼女も今ここに来てもらったばかりで、これから他のメンバーの紹介をしようとしていたんだよ」 ティニーとフィーのお兄さんに会って、他の杖も使えるようになるため! というのが主な理由だったりするけど。でもまあ、それはここで口にすることじゃあないだろう。今後の立場もあるし。おれって利己的。 「うん。君のような素晴らしい魔道士は、戦略的な幅を広げる。ありがたいよ。宜しく頼む。私は、シアルフィのセリス。残念ながら、イザーク王子のシャナンと、それから……レヴィンもレンスターに行っていて、不在なのだけど。ここにいれば、近いうちに会えると思うから」 そうそう、イザーク王子はシャナンという名だった。 「アーサーは面識があるよね。彼はオイフェ。父の代からシアルフィ家に仕えてくれている。それから、イザーク王家のスカサハとラクチェ。ユングヴィのレスターとラナ。ノディオン王家のデルムッド。皆、父シグルドの軍に参加していた者の子だ」 公子自らが、テント内の若者を簡単に紹介した。 * 楽しいおしゃべりの時間が始まった。 おれは酒のせいで火照った顔を冷ますと言って、一旦テントを出た。 もともと体力に自信のあるほうではない。めまぐるしい一日だったため、さすがに疲れが出たようだ。身体のあちこちがだるく、眠い。酒のせいって気もするけど……。 だけどこれ、一応おれとフィーの歓迎会みたいなもんじゃん。だから先に休むのも悪いって気がする。おれも大人な気配りが出来るようになったものだ。 ふぁぁぁぁっ。 休みたいなぁって考えると、余計に休みたくなる。おれは大あくびをしてしまった。その様を見て目許だけで笑った少女がいた。 「あれ?」 おれがテントに入った時にはいなかった娘だ。紹介はされてない。おれが外に出ている間に、テント内に入ってきたのだろうか。 「ねえ、君……」 おれは少女に寄って声を掛けた。皆の輪に入って騒ぐ気力はないけれど、少し会話をするくらいなら眠気覚ましにもなっていいかなって思ったんだ。なんぼなんでも歓迎会で居眠りはマズイだろう。 「……」 少女は身体を揺らした。一瞬の間、後にか細い声が返された。 「……はい」 少女は首を横に振りかけた。だが、その動きは途中で停止した。俯く。 「ここにいるってことは、解放軍の関係者だよね。何で話に加わらないの?」 顔を上げ、そして下げる。少女の何か言いたげな瞳が気になった。 「おれは、アーサーって言うんだけど、君の名前は?」 おれは頭を掻いた。 「あのっ!」 ユリアはおれの瞳に、自分のそれを合わせる。そして、可憐な微笑みを浮かべた。一見、地味で暗そうな娘。だけど、笑顔で化粧をすると、別人のように綺麗な少女になる。もっと笑えばいいのになぁ。 「いや、そんな……」 素直な誉め言葉に、なんと答えたものかと思案していると、ユリアは驚くべき言葉を繋げた。 「本当に、レヴィン様のお子様なのですね……。優しく、柔らかい風が貴方を護っています……眩しい……」 レヴィンの、息子? おれの父はクロードという名だぞ? 元エッダ家当主の。その証拠にバルキリーだって持っている。 「あのさ。何か、勘違いしてない?」 息を途切れさせながら、ユリアは言った。苦しげに言葉を吐き出しながら、大粒の涙を零した。 「え、ちょっと。オイオイ」 おれが困惑していると、その様を見咎めたセリス公子が慌てて寄ってきた。 「ユリア? どうしたの、泣いていては分からないよ」 ユリアは公子の胸に顔をうずめて、本格的に泣き出してしまった。声など上げない。ただ……嗚咽を洩らし、肩を小さく震わせている。 「ちょっと、アーサー! 貴方、この娘に何をしたのよ!!」 フィーが代表して、口で非難をした。 「何もしてないよ。ちょっと親の話……になるのかな? をしていただけだ。そりゃあ、記憶喪失ってこと知らなくて、不躾な質問をしてしまったのは、悪かったって思っているけど」 非難の視線、厳しい言葉が、おれに突き刺さる。 「……セリス様、ちが、違うのですっ」 苦しげな声。紫水晶を溶かしたようなユリアの瞳が、セリス公子に向けられた。 「アーサー様は何も悪くありません。ただ私、申し訳なくて感じてしまって……」 おれのツッコミは、二人の世界に突入しているセリス公子とユリアには届かなかったようだ。 「それを言ったら僕だって同じことだよ。そりゃあずっと一緒にいたわけじゃあないけど、それでも彼よりは会っていただろう。レヴィンは世界の為に、僕の為に、動いてくれている」 ユリアが頷く。セリス公子は、取り出したハンカチで彼女の涙を優しく拭う。 「アーサー様、許してくださいますか。長い間レヴィン様と一緒にいた、私のこと」 セリス公子はユリアの心を支えるように、彼女の背中に触れていた。 「アーサー。僕も詫びるよ。レヴィンは家族の君にも会わずに、僕らイザークの若い者を支えてくれた。彼には感謝している。君の父親を借りてしまったってことを、すまないと思っている。僕のことならいくら詰ってくれてかまわない。だけど、ユリアは責めないでほしい。記憶を失った彼女の家族は、レヴィンだけだったんだ」 解放軍メンバーは、あっけに取られた顔をしていた。 「何か誤解があって、おれはその、レヴィンとかいうユリアの保護者の子供ということにされている……んだろうけど、本当に、おれは知らないんだってば。そのレヴィンって人のこと」 メンバーの視線は自然、おれからオイフェへと流れた。 「ア、アーサー殿……なのでしょう?」 「? フォルセティ?? 何だ、それ。どっかで聞いた名前だけど、神器の一つなんだっけか?」 そう、昼間にフィーが並べた神器の名前らしきものの中に、あった気がする。フォルセティ。首を傾げたおれの肩を、オイフェが掴んだ。 「まさか、お父上の名前知らずに育ったのですか? 継承した、神器の名前すら知らないとは……。ティルテュ殿は何もお話にならなかったのですか。それとも、よほど幼い時に別れなくてはならなかったとか……」 「うん。母さんと別れたのは、5歳かそこらの時だった」 オイフェは、涙ぐんだ。 「早く、平和を取り戻さなくてはいけないな」 セリス公子が、ユリアを抱き寄せつつ、決意を言葉にした。 うーん。 「母さんと離れた時、おれはまだ幼かったけど、でも、覚えているんだよ。父さんの名前、継承した、神器の名前……」 言いながら、バルキリーを取り出した。 「それの何処が、バルキリーなのよ。バルキリーは杖よ」 得意げに言って、おれはオイフェを見た。だが、オイフェは固まったまま動かない。声も発しない。 「……バルキリーの杖で、なんで攻撃できるのよ」 何でもかんでも、神魔法だから、で説明できてしまう。便利なものだ。気楽な調子で言うおれ。フィーは盛大な溜め息をついた。 「あのね、アーサー。バルキリーはね、人を生き返らせることのできる杖なのよ」 へ? 「嘘っ! じゃあなにか、これで母さんも生きかえるのか!?」 びっくりだ。 「それは多分、無理なんじゃないかな。人の持って生まれた運命の力を変えることはできないらしいから。それが出来るんなら、お兄ちゃん、きっとお母さんを生き返らせてくれるもの……」 「……? なんで、そこでフィーのお兄さんの話が出てくるんだ?」 やっと柔らかくなったオイフェが、口を挟んだ。 「そういえば、フィー殿はフュリー殿の娘御という話でありましたな……フュリー殿は、クロード神父の妻となられた……」 「は? はあ?」 フィーが、父さんの子供!? 「……あたしが正真正銘、エッダ家長クロードの子供。バルキリーの杖は、セティお兄ちゃんが受け継いでいるわ」 何が何だか、分からない。おれは、これがバルキリーだってことを、聞いているはずだ。幼い頃のことなので、記憶は薄い。でも、確かに聞いている。 「じゃ、じゃあ、おれ……おれとフィーは、兄弟なのか? 母親の違う……」 また、その名か。 「そう。レヴィン殿とフュリー殿は、愛し合っていました。てっきり結ばれるとばかり思っていたのですが、まあ、いろいろあったようで、そうはならなかったのです」 「うん。そうみたい。お母さん、いつまでたっても、レヴィン様、レヴィン様、って、未練たっぷりだったのよ。ほんと、なんで父さんと結ばれたのか、不思議で仕方なかったわ。まあ、お父さんと結ばれてくれたおかげで、今のあたしとお兄ちゃんがあるんだけど」 オイフェは気の毒なクロード神父を思ったのか、切なげな息を吐いた。おれは混乱していた。 「じゃあ、おれの父さんは本当にクロード神父じゃあないのか……? お、おれの父さんは……?」 思考は停止寸前だ。これまで信じていたものが、崩壊しようとしているのだ……。 そりゃあ、母さんと別れた時、おれはほんの子供だった。だけど、父さん(じゃないのか?)のことを語る母さんの瞳は、美しく、優しかった。 「そのシレジア王子レヴィン殿と結ばれたのが、アーサー殿の母君、ティルテュ公女だったのです。アーサー殿の父君は、間違いなくレヴィン殿です。そして、先の魔法はシレジア王家に伝わるフォルセティ。見間違いなどではありません」 湿気を大量に含んだ息を吐く。これは、気の毒なレヴィンという人物(どうやらおれの父親?)を思っての溜息だろう。 「幼かったアーサー殿が勘違いするのも無理はないくらい、結婚してからも、子供が生まれてからも、ずうっとクロード様を想っていらしたのでしょう……。子供の寝物語に語って聞かせるくらいに。いやはや、レヴィン殿には聞かせられない話ですな……」 「レヴィン様が、お気の毒です……」 傍観を決め込んでいたユリアとセリス公子が、呟きを洩らした。 「それにしても、なんだって、そういう組み合わせで結ばれたんだ?」 その他のギャラリー達は、真相の不確かなシグルド軍内の恋愛関係についての噂話を始めた。 「例えば、ユングヴィの公女が、まだ子供の盗賊と結婚したりとかなあ」
「もうおれ、何が何だか……。おれの歓迎会なのに、悪いとは思うのですが……すみません。また明日、あらためて挨拶にきます……休ませてください」 セリス公子とユリアが身体を密着させたまま、影を落とした表情を見せた。 おれは皆の同情の視線を一身に受けて、テントを後にした。 |