ふー、長い時間馬の背に揺られて。
 おれはやーっと、解放軍の野営地に到着した。
 そんなこんなで、セリス公子の軍と合流できたって訳だ。
 おれはしばしの休憩の後、前線に張られたテントの一つに案内された。
 これからいよいよ、光の公子セリスと対面する!
 今日は一日中、馬やらペガサスやらに揺られっぱなしだった。山道も、少し歩いた。足もだけど、何より腰が痛い。おれは老体のするように尻を擦りながら、案内役の一般兵士に続いた。
 
 おれは、他よりは多少立派なテントに連れてこられた。
 テントの中心には女の子のような顔立ちの少年が座っていた。中心にいるからには、彼がセリス公子なのだろう。セリス公子といえば、おれより年上のはず。とてもそうは見えない幼い顔をしている。その後方にはオイフェが控えていた。
 セリス公子を囲って5人の男女が座っている。いずれも、まだ若い。
 そして、傅くようにセリスの前に座る後姿が一つ……。
 短く揃えた緑色の髪には見覚えがあった。

「フィー……?」

 緑色の髪の持ち主は、こちらを見た。やはり。シレジアからイザークまで運んでくれた天馬騎士見習いのフィーだ。
 フィーは頭半分を回転させた。おれを見た彼女は、一瞬眉を上げ目を大きく開いた。それから首を傾げた。
 おれはフィーに小さく手を振った。彼女は、おれなど知らぬとばかりに前方に直ってしまった。
 そりゃないぜ、相棒。

「おや、お二人はお知り合いですか? そういえばフィー殿もアーサー殿も、同じシレジアからみえられたのですよね」

 おれたちの様子を見て、オイフェが言った。おれは頷いた。フィーは慌てて首を振った。

「し、知り合いってほどじゃあないです。旅の途中で会って、ちょっと話す機会があっただけ」
「フィー……」

 おれは寂しい気分になった。相棒だと言っていたのに。お兄さんを紹介するとまで言ってくれた仲なのに。
 おれは力なくうなだれた。フィーが身体ごと振り向いた。

「……まあ、でも貴方が本当に解放軍に入るっていうのなら、これから話す機会も多くなるわね。同郷だし、宜しく頼むわね」
「うん」

 おれが素直に笑って頷くと、フィーは何故か顔を赤くした。顔に血がいく体質らしい。
 おれ達の様子を見守っていたセリス公子は、控えめに口を出した。

「じゃあ、フィーの紹介は省いていいよね。彼女も今ここに来てもらったばかりで、これから他のメンバーの紹介をしようとしていたんだよ」
「はい」
「じゃあ、アーサー。君から自己紹介してもらえるかな。大体の話はオイフェから聞いたけど……」
「はい。私はアーサー。シレジア出身の魔道士です。両親とも、シグルド軍に参加しておりました。セリス様が旗揚げしたと耳にし、私も微力ながらお手伝いをしたいと……こうして馳せ参じた次第です」

 ティニーとフィーのお兄さんに会って、他の杖も使えるようになるため! というのが主な理由だったりするけど。でもまあ、それはここで口にすることじゃあないだろう。今後の立場もあるし。おれって利己的。

「うん。君のような素晴らしい魔道士は、戦略的な幅を広げる。ありがたいよ。宜しく頼む。私は、シアルフィのセリス。残念ながら、イザーク王子のシャナンと、それから……レヴィンもレンスターに行っていて、不在なのだけど。ここにいれば、近いうちに会えると思うから」
「はい。お会いできるのを楽しみにしています」

 そうそう、イザーク王子はシャナンという名だった。
 しかしレヴィンという人物は思い出せない。公子が一瞬言いよどんだのが、気になる。

「アーサーは面識があるよね。彼はオイフェ。父の代からシアルフィ家に仕えてくれている。それから、イザーク王家のスカサハとラクチェ。ユングヴィのレスターとラナ。ノディオン王家のデルムッド。皆、父シグルドの軍に参加していた者の子だ」

 公子自らが、テント内の若者を簡単に紹介した。
 その後、一人一人が自己紹介をした。
 帝国の圧制から国を解放するべく立ちあがった元貴族、ということから連想されるよりも、ずっと明るく、気さくな人達だった。
 ここで上手くやっていくこと、できそうだな……。
 特別に心配していたわけじゃないけど、少し安心したのも事実だったりする。

 楽しいおしゃべりの時間が始まった。
 おれは解放軍のメンバーとすっかり打ち解けて、故郷のこと、これからの事などを話した。
 食べ物、それから少しだけど酒も用意された。
 皆で楽しいひとときを過ごした。
 フィーも、ウソツキ呼ばわりしたことは忘れたようで、軽い調子で話をしてくれる。
 戦況は落ちついているとはいえ、戦の前線のはずだ。とてもそうは思えぬほど穏やかな時間が流れた。

 おれは酒のせいで火照った顔を冷ますと言って、一旦テントを出た。
 空を見上げた。陽はすっかり落ち、空は薄い紺の膜に覆われていた。
 おれはしばらく外にいてテントの中に戻った。そのまま会話の輪からは外れた。そして、こっそりと欠伸をした。

 もともと体力に自信のあるほうではない。めまぐるしい一日だったため、さすがに疲れが出たようだ。身体のあちこちがだるく、眠い。酒のせいって気もするけど……。

 だけどこれ、一応おれとフィーの歓迎会みたいなもんじゃん。だから先に休むのも悪いって気がする。おれも大人な気配りが出来るようになったものだ。

 ふぁぁぁぁっ。

 休みたいなぁって考えると、余計に休みたくなる。おれは大あくびをしてしまった。その様を見て目許だけで笑った少女がいた。

「あれ?」

 おれがテントに入った時にはいなかった娘だ。紹介はされてない。おれが外に出ている間に、テント内に入ってきたのだろうか。
 少女は一言も口を開かず、俯き加減でテントの隅に座っていた。ひっそりとして、存在感がない少女だ……。
 おれが見ているのに気が付いたのか、彼女は困惑ぎみに顔を逸らした。

「ねえ、君……」

 おれは少女に寄って声を掛けた。皆の輪に入って騒ぐ気力はないけれど、少し会話をするくらいなら眠気覚ましにもなっていいかなって思ったんだ。なんぼなんでも歓迎会で居眠りはマズイだろう。

「……」

 少女は身体を揺らした。一瞬の間、後にか細い声が返された。

「……はい」
「君の両親もシグルド軍にいたの?」
「……」

 少女は首を横に振りかけた。だが、その動きは途中で停止した。俯く。

「ここにいるってことは、解放軍の関係者だよね。何で話に加わらないの?」
「……」

 顔を上げ、そして下げる。少女の何か言いたげな瞳が気になった。

「おれは、アーサーって言うんだけど、君の名前は?」
「……ユリアです」  
「へえ。いい名前だね」 
「ありがとうございます」
「出身は、イザークなの?」
「……」
「それも、答えたくないのか」

 おれは頭を掻いた。
 困った。話しかけたはいいが、会話ができない。次に何を言おうかと考えていると、ユリアが口を開いた。

「あのっ!」
「え?」
「あの、ごめんなさい。私、7年前、バーハラの都で倒れているところをレヴィン様に救われて……それ以前の記憶がないのです」
「そ、そうなんだ……ごめんよ。おれ、無神経なこと聞いちゃったよね」
「いいえ、そんな。気を配っていただいたのは、わかりますから」
「別に、気を配るとか、そんなの考えてなかったけど」
「お優しいのですね」

 ユリアはおれの瞳に、自分のそれを合わせる。そして、可憐な微笑みを浮かべた。一見、地味で暗そうな娘。だけど、笑顔で化粧をすると、別人のように綺麗な少女になる。もっと笑えばいいのになぁ。

「いや、そんな……」

 素直な誉め言葉に、なんと答えたものかと思案していると、ユリアは驚くべき言葉を繋げた。

「本当に、レヴィン様のお子様なのですね……。優しく、柔らかい風が貴方を護っています……眩しい……」
「は?」
「私がこの7年間レヴィン様とともにあったと知っても、アーサー様は少しも苦い感情を見せなかった……。私の知る限りでは、レヴィン様はこの7年、一度も家族のもとに帰らなかった。ご家族のことを聞いても、いつも笑って誤魔化していた。私と歳の変わらないご子息があったなんて……先まで知らなかったのです。楽しく話をしているからと、私を呼びに来てくれたラナ様に貴方の話を初めて聞いて……。謝らなくちゃいけないと思ってここに来たのです。だけど、声をかける勇気もなくて……」
「へ?」

 レヴィンの、息子? おれの父はクロードという名だぞ? 元エッダ家当主の。その証拠にバルキリーだって持っている。

「あのさ。何か、勘違いしてない?」
「本当に、ごめんなさい。私、ずっとレヴィン様を一人占めしていた……。アーサー様はお優しいから、そんなことはないと言ってくださるけど。でも、実の息子であるアーサー様を差し置いて、他人の私ごときが一緒にいたのですもの……。ああ、申し訳ない……」

 息を途切れさせながら、ユリアは言った。苦しげに言葉を吐き出しながら、大粒の涙を零した。

「え、ちょっと。オイオイ」

 おれが困惑していると、その様を見咎めたセリス公子が慌てて寄ってきた。
 ユリアの薄い肩を抱き寄せ、耳元に囁きをかけた。

「ユリア? どうしたの、泣いていては分からないよ」
「あ……セリス様……私、私……」
「ユリア……」

 ユリアは公子の胸に顔をうずめて、本格的に泣き出してしまった。声など上げない。ただ……嗚咽を洩らし、肩を小さく震わせている。
 セリス公子が、いや、セリス公子だけではない。周りのものが皆、おれに非難の視線を投げてきた。おれは、何もしてないぞ!

「ちょっと、アーサー! 貴方、この娘に何をしたのよ!!」

 フィーが代表して、口で非難をした。

「何もしてないよ。ちょっと親の話……になるのかな? をしていただけだ。そりゃあ、記憶喪失ってこと知らなくて、不躾な質問をしてしまったのは、悪かったって思っているけど」
「記憶喪失……!? そんな娘に家族の話なんてしたら、可哀相じゃないの! 酷い!!」
「だから、知らなかったんだってばっ! 不可抗力だよ」

 非難の視線、厳しい言葉が、おれに突き刺さる。
 先まで温和だったセリス公子が殺気立ち、眼前の敵でも見すえるかのようにおれを睨んでいる。

「……セリス様、ちが、違うのですっ」
「ユリア……?」

 苦しげな声。紫水晶を溶かしたようなユリアの瞳が、セリス公子に向けられた。

「アーサー様は何も悪くありません。ただ私、申し訳なくて感じてしまって……」
「何をだい?」
「レヴィン様を一人占めしていたこと」
「だから、それは君の思い違いだってばっ!」
「ユリア……」

 おれのツッコミは、二人の世界に突入しているセリス公子とユリアには届かなかったようだ。
 セリス公子とユリアの仲は公認のようだ。皆、“ああ、また始まったよ”といわんばかり。すっかり見守りモードに入っている。
 その中でユングヴィのラナだけが眉を寄せ、歯噛みをしていた。

「それを言ったら僕だって同じことだよ。そりゃあずっと一緒にいたわけじゃあないけど、それでも彼よりは会っていただろう。レヴィンは世界の為に、僕の為に、動いてくれている」
「セリス様……」
「僕も、アーサーには申し訳ないと思っているんだよ。ユリアだけが罪悪感を抱く必要はない」
「……はい」
「僕達は、同じ想いを抱えているんだ。一人で苦しまないで。……君が苦しいと、僕も苦しい」
「はい。私……セリス様を苦しめたくない……」
「うん。じゃあ、もう泣かないで」

 ユリアが頷く。セリス公子は、取り出したハンカチで彼女の涙を優しく拭う。
 ユリアはともすれば涙を零そうとする感情を押さえるように、胸を押さえて、身体をおれに向けた。

「アーサー様、許してくださいますか。長い間レヴィン様と一緒にいた、私のこと」

 セリス公子はユリアの心を支えるように、彼女の背中に触れていた。

「アーサー。僕も詫びるよ。レヴィンは家族の君にも会わずに、僕らイザークの若い者を支えてくれた。彼には感謝している。君の父親を借りてしまったってことを、すまないと思っている。僕のことならいくら詰ってくれてかまわない。だけど、ユリアは責めないでほしい。記憶を失った彼女の家族は、レヴィンだけだったんだ」
「いや、だからさ。許すも許さないもないって。おれ、レヴィンなんて人、知らないからさ」
「は……?」
「父親なんかじゃないよ。なんで、そういう話しになっているのか、知らないけれど」

 解放軍メンバーは、あっけに取られた顔をしていた。

「何か誤解があって、おれはその、レヴィンとかいうユリアの保護者の子供ということにされている……んだろうけど、本当に、おれは知らないんだってば。そのレヴィンって人のこと」

 メンバーの視線は自然、おれからオイフェへと流れた。
 ややあって、困惑顔のオイフェが口を開いた。

「ア、アーサー殿……なのでしょう?」
「うん。おれ、アーサーっていう名前だけど。別に珍しい名前じゃないから、誰かと勘違いしているとか?」
「そんなはずはありません。ティルテュ殿から譲られたフリージ家独特の銀髪に、神秘的な紫の瞳。そして、父親から譲り受けられた神魔法フォルセティ……どうして、私が間違えましょうか」

「? フォルセティ?? 何だ、それ。どっかで聞いた名前だけど、神器の一つなんだっけか?」

 そう、昼間にフィーが並べた神器の名前らしきものの中に、あった気がする。フォルセティ。首を傾げたおれの肩を、オイフェが掴んだ。
 痛いってば。おれはか弱い魔道士だぞ。

「まさか、お父上の名前知らずに育ったのですか? 継承した、神器の名前すら知らないとは……。ティルテュ殿は何もお話にならなかったのですか。それとも、よほど幼い時に別れなくてはならなかったとか……」

「うん。母さんと別れたのは、5歳かそこらの時だった」
「ここにいるものは皆同じような境遇とはいえ、不憫なものだ……」

 オイフェは、涙ぐんだ。
 ユリアもまた、折角止まった涙を再び流していた。
 ラナも、フィーも、悲痛そうに顔を歪めていた。
 テント内に、鼻を啜る音が哀しく響いた。

「早く、平和を取り戻さなくてはいけないな」
「……」

 セリス公子が、ユリアを抱き寄せつつ、決意を言葉にした。

 うーん。
 盛り上がっているところ、悪いんだけどさあ。
 本当に、おれはレヴィンって人の子供じゃないんだよね。

「母さんと離れた時、おれはまだ幼かったけど、でも、覚えているんだよ。父さんの名前、継承した、神器の名前……」
「え、でも、レヴィン様の名前は知らないって、さっき……」
「だから、おれの父親は、レヴィンって人じゃないんだってば。おれの父さんはエッダ家のクロードだって、母さんから聞いた。その証拠に、ほら、ここにバルキリーもある」

 言いながら、バルキリーを取り出した。
 ……。
 静寂。
 …………。
 長い、沈黙。
 はじめに音を発したのは、フィーだった。

「それの何処が、バルキリーなのよ。バルキリーは杖よ」
「うん。神魔法だから、変わった形しているんだよ……多分」
「これ、使ったことあるの?」
「勿論だよ。滅多に使わないけど。今日もこれで賊を退治したし。な、オイフェも見ていたもんな」

 得意げに言って、おれはオイフェを見た。だが、オイフェは固まったまま動かない。声も発しない。

「……バルキリーの杖で、なんで攻撃できるのよ」
「さあ? きっと神魔法だから、特別なんだよ」

 何でもかんでも、神魔法だから、で説明できてしまう。便利なものだ。気楽な調子で言うおれ。フィーは盛大な溜め息をついた。

「あのね、アーサー。バルキリーはね、人を生き返らせることのできる杖なのよ」

 へ? 

「嘘っ! じゃあなにか、これで母さんも生きかえるのか!?」

 びっくりだ。
 攻撃用の杖だと思っていたのに、人を生き返らせる、文字通り魔法の杖だったとは! そんなにいい使い道があると知っていたら、もっと早くに使っていた。母さんが死んだという話を聞いた時に。

「それは多分、無理なんじゃないかな。人の持って生まれた運命の力を変えることはできないらしいから。それが出来るんなら、お兄ちゃん、きっとお母さんを生き返らせてくれるもの……」

「……? なんで、そこでフィーのお兄さんの話が出てくるんだ?」

 やっと柔らかくなったオイフェが、口を挟んだ。

「そういえば、フィー殿はフュリー殿の娘御という話でありましたな……フュリー殿は、クロード神父の妻となられた……」

「は? はあ?」

 フィーが、父さんの子供!?

「……あたしが正真正銘、エッダ家長クロードの子供。バルキリーの杖は、セティお兄ちゃんが受け継いでいるわ」

 何が何だか、分からない。おれは、これがバルキリーだってことを、聞いているはずだ。幼い頃のことなので、記憶は薄い。でも、確かに聞いている。

「じゃ、じゃあ、おれ……おれとフィーは、兄弟なのか? 母親の違う……」
「そんなはずはないわ。お父さん、不思議な人だったけど、でも、確かにお母さんを愛していたもの。お母さんは、シレジア王子のレヴィン様のこと……忘れられなかったみたいだけど」
「レヴィン……」

 また、その名か。
 シレジア王子レヴィン。言われてみれば、行方不明のシレジア王は、そんな名前だったような気がする。おれ、シレジアの中でも辺境と呼ばれる地で育っているし、どうも世情に疎いんだよな。

「そう。レヴィン殿とフュリー殿は、愛し合っていました。てっきり結ばれるとばかり思っていたのですが、まあ、いろいろあったようで、そうはならなかったのです」

「うん。そうみたい。お母さん、いつまでたっても、レヴィン様、レヴィン様、って、未練たっぷりだったのよ。ほんと、なんで父さんと結ばれたのか、不思議で仕方なかったわ。まあ、お父さんと結ばれてくれたおかげで、今のあたしとお兄ちゃんがあるんだけど」
「フュリー殿は、ずっとレヴィン殿を想っていらしたのか……」
「うん。結婚しても、毎日毎日、レヴィン様、レヴィン様っ! お父さんが、家に寄りつかなかったのも当然な気がするわ」

 オイフェは気の毒なクロード神父を思ったのか、切なげな息を吐いた。おれは混乱していた。

「じゃあ、おれの父さんは本当にクロード神父じゃあないのか……? お、おれの父さんは……?」

 思考は停止寸前だ。これまで信じていたものが、崩壊しようとしているのだ……。
 乾いた声で、おれは尋ねた。

 そりゃあ、母さんと別れた時、おれはほんの子供だった。だけど、父さん(じゃないのか?)のことを語る母さんの瞳は、美しく、優しかった。
 あれが、嘘をついている目だったとは思えない……っ!

「そのシレジア王子レヴィン殿と結ばれたのが、アーサー殿の母君、ティルテュ公女だったのです。アーサー殿の父君は、間違いなくレヴィン殿です。そして、先の魔法はシレジア王家に伝わるフォルセティ。見間違いなどではありません」
「……でも、おれ、母さんの口からレヴィンって人のこと聞いた覚えなんて……ないよ。母さんは、口を開けば、クロード神父、クロード神父……」
「た、確かにティルテュ公女はクロード様を慕っていました。シグルド軍に参戦されたのも、クロード様を追いかけてきたようなものでしたし、戦時中も常に近くにありたかったようです。あの人も、ずっとクロード様を想っていらしたのか……」

 湿気を大量に含んだ息を吐く。これは、気の毒なレヴィンという人物(どうやらおれの父親?)を思っての溜息だろう。

「幼かったアーサー殿が勘違いするのも無理はないくらい、結婚してからも、子供が生まれてからも、ずうっとクロード様を想っていらしたのでしょう……。子供の寝物語に語って聞かせるくらいに。いやはや、レヴィン殿には聞かせられない話ですな……」

「レヴィン様が、お気の毒です……」
「うん。エッダのクロード神父もね……」

 傍観を決め込んでいたユリアとセリス公子が、呟きを洩らした。

「それにしても、なんだって、そういう組み合わせで結ばれたんだ?」
「ホントよね。シグルド軍では変な恋人同士が多発したって噂、聞いたことはあったけど」
「何だ、それ。初耳!」
「スカサハ、聞いたことないのか? そういや、お前のところもレスターのところも、まあ、普通だもんな……。だけど俺の父親なんて、ヴェルトマー公子だぞ」
「ノディオン王女とヴェルトマー公子なら、似合いなんじゃないのか? 年齢的にも、近かったんだろう」
「そりゃあ、そうだけど……なんだかなあ……」

 その他のギャラリー達は、真相の不確かなシグルド軍内の恋愛関係についての噂話を始めた。

「例えば、ユングヴィの公女が、まだ子供の盗賊と結婚したりとかなあ」
「え、それって、俺の叔母ブリギッド公女? そういえば、母さんもそんな話をして……不思議がっていたよ」
「愛があれば年の差なんて、とはいうけどね」
「まあな……」
「他にも、踊り子とイザーク筋らしい剣士とか……」
「変なのか? それ」
「さあ。でもエーディン母さんは、何であの二人がって、首を傾げていたよ」
「へえ……」


 おれは呆然としてその話を聞いていた。
 手に力が入らない。
 ただ立っていることがやっとだった。それすら辛い状態だった。
 おれは、なんとか辞去の挨拶をすると、自分のものではないかのように壊れた脳みそを無理やり動かして、身体に指令を出した。

「もうおれ、何が何だか……。おれの歓迎会なのに、悪いとは思うのですが……すみません。また明日、あらためて挨拶にきます……休ませてください」
「あ、うん。ゆっくり休んでよ……」
「おやすみなさい、アーサー様」

 セリス公子とユリアが身体を密着させたまま、影を落とした表情を見せた。
 どうやら、同情されているらしい。
 二人に向けて、心配ないからと、笑顔を発送しようとした。が、頬に力が入らない。
 もはや、眠気や身体の疲れは気にならなかった。気にならないくらいに、心が草臥れていた。

 おれは皆の同情の視線を一身に受けて、テントを後にした。

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