女の子たちの継承問題

「ティニーには、おそらくフリージを継いでもらうことになる」
「……はい」
「辛い思いをさせるけど……」
「大丈夫です。やれるだけのことを、やりたいと思います」
 セリスに言われ、ティニーは健気に頷きました。

 長い戦の終わりが見え始めた、グランベルはシアルフィ城。
 盟主セリスは仲間たちを一人づつを個室に呼び出して、今後の身の振り方について話をしました。
 戦いに勝利したら、誰が、何処を継承するか。何処に帰るか。そういった話です。
 気が早いといえばそうですが、バーハラに昇る途上、グランベルの公国を順次解放していくことを考えると、後回しには出来ない問題でありました。
 
 兄アーサーの次に、ティニーの順番が回ってきました。
 アーサーは入れ替わる時、エッダを継ぐことになったよ、と耳打ちしていきました。
 二人の父親はエッダ公主クロードです。アーサーは使えないバルキリーの杖を所持していました。
 母親はフリージの公女ティルテュ。ティニーは、フリージを継ぐのは自分だと覚悟はしていました。
 従姉が生き残ったとしても、ユリウスの恋人と広く知られた彼女にフリージを継承させることを解放軍は望まないでしょうから。子供狩りを率先して行った叔母のヒルダは論外でしょう。

 不安にはなります。でも、嫌なわけではありませんでした。ティニーは祖国のためにできるだけのことをするのは当然だと思っていました。嫌いな人もいましたが、親身になって世話をしてくれた侍女や、密かに遊んでくれた子供たち……国には好きな人たちだっていたのです。その人たちのためにも、国主不在の国にはしたくありませんでした。
 ただ……。
 そう、ただ。

*

 ティニーは、ため息を吐きながら回廊を歩いていました。
 フリージを継ぐことは受け入れました。ただ、恋人であるスカサハと離れたくはなかったのです。
 グランベル国内を終えてから、他国の人間と話をするということでした。彼の今後について決まってはいないでしょう。
 スカサハはどうするのか。
 ティニーの頭の中は、それでいっぱいでした。
 母はイザーク王女アイラ。父はイザークの王家筋の剣士ホリン。生粋のイザーク人である彼は、やはりイザークに戻るのでしょうか。
 イザークのことを目を輝かして語るスカサハ。ティニーは生まれ育った国を愛している彼が好きでした。
 シャナンのことを心底尊敬している。彼の力になりたいからもっと強くなりたい。そう言った彼が好きでした。
 フリージとイザークでは遠すぎて。一緒に行くことはできなくて。
 本当はどうして欲しいのか、ティニーは自覚していました。でも望みを直接、スカサハに伝える気にはなれませんでした。
 その理由は、彼の答えが怖いというのと、それで本当にいいのか、という気持ちが半々、といったところです。

 カチャ……リ。
 近くで金具の動く音がしました。
 しかし、考え事に夢中なティニーは気が付きませんでした。
「スカサハ……」
 目の辺りが熱くなってくる。こぼれるものを押さえようと動かした手を、誰かが掴みました。

「え、きゃ!?」
「ティニー、ちょっとこっちへ……」
 ティニーは厨房へと続く小部屋に引っ張り込まれました。

*

「ティニーはフリージって言われたでしょ?」
「え、うん」
「そうよね。因みにあたしはユングヴィ」
「嘘!? パティが?」
「その嘘!? っていうのが気になるけど……まあいいわ」

 ティニーを強引に招いたのはパティでした。
 パティはティニーを椅子に座らせると、テーブルに広げてあった全紙を丸め、床に置きました。濡れ布巾で軽くテーブルを拭いて、お茶と焼き菓子を置きます。
 壁に染みのある部屋も、お菓子とお茶、そして女の子と揃えば、立派なお茶会の会場となります。室内は、甘く香ばしい匂いで満ちていました。お茶は当然としても、卵白に、砂糖とアーモンドの粉、そしてほんの少しの小麦粉を加えて焼いたダックワースもまたほのかながら湯気を発していました。
 パティは、さ、存分に食べてと勧め、ティニーは素直にお菓子を口にしました。
「このお菓子、パティが作ったの?」
「うん、そうよ。美味しい?」
「すっごく美味しい。外はさっくりしているのに、中はふんわりしてる。すごいのねぇ、わたし、どうやって作るのか見当もつかないわ」
「料理は慣れと愛情よっ」
 こんな感じで無難といえば無難な会話をしました。二人のカップに二杯目のお茶を注ぎ、和やかな雰囲気になったところで、パティは咳払いをひとつしました。そして、継承についての話を始めたのです。

「いえ、あの。だってユングヴィにはイチイバルを継承されているファバルさんも、優秀な弓騎士のレスターさんもいらっしゃるから」
「お兄ちゃんはお父さんのヴェルダン王国だって。まあヴェルダンよりはユングヴィのほうがまともな状態だろうし、セリスさまや他の皆にも助けて貰えるから、気を使った……ってことじゃないの?」
「それはそうだけど、でも」
「因みにレスターはヴェルトマー継ぐみたいよ」
「そっか」
 継承順序から言っても、順当な流れです。ティニー同様、仕方がないことでした。
 そしてパティもまた、ユングヴィ公国を継ぐことそのものは、嫌がっていませんでした。
 パティにとって、ユングヴィは憧れの地でした。かの国は、義賊だと飾ったところで賊であったことに変わりはない彼女を、公女にまで押し上げてくれる眩い場所でした。大仰にいうならば、憧れてやまない聖地。
 自分でいいのか、できるのか? と思いこそすれ、解放軍がその継承を後押しし、国民が喜んで迎えるというのなら嫌がる理由はありませんでした。

 ただ。
 パティもやはり、ティニーと同じく、ただ……と続くのです。

「お互い、頑張らないとね」
「あたしたち、助け合っていこうっ!」
「うんっ」
 ティニーはパティの手握り、上下に振りました。パティの肘がカップを倒しました。残っていた液体はわずかだったけど、液体が飛び、丁度床下にあった紙を汚してしまいました。

「あ、やば」
 パティはティニーの手を振り解き、紙を大事そうに抱えました。インクが一部滲んでしまっています。
 ティニーは振りほどかれた手と、先から気になっていた紙とを見比べました。
 わたしより、この紙が大事なの?
 と、何だか寂しい気持ちになりました。

「……ねえ、パティそれには何が……」
「でねティニー!  早速助け合おうってことで、相談があるの!!」

 パティは紙を置き、身を乗り出しました。今度は両手でしっかりとティニーの手を握り、早口で言いました。
「な、なあに……?」
  テ ィニーの腰は反射的に、椅子から浮いてしまいました。
「あたし、お婿さん貰おうと思うのよ!」
 パティは言いました。ティニーは頷きました。
「……そうね、それも一つの方法よね。いいと思う」
「でしょ? やっぱり一人は寂しいし、心細いもん」
「うん……」
 ティニーには、パティの気持ちがよくわかりました。
 パティもまた、ティニーならばわかってくれると思って話をしたのです。
 もともと、お嬢さん育ちながら自由のない生活を強いられてきたティニーと、金のために盗賊を生業としながらも兄と子供たちと一緒に奔放な生活をしていたパティは、正反対ながら……正反対だったからこそ、気が合い、よく話をする間柄でした。今後は境遇の近いものとして、いっそう仲を深めていくのでしょう。

「一人じゃ無理無理! って暴れたら、セリスさまにも言われちゃった。無理に一人で行くことはないよ。誰かいい人がいるなら、一緒に帰ればいいって」
「そ、そう。セリスさま、時々、その……なんていうのか厳しいことをおっしゃるわよね」
「キッツイよねー、相手いないの知ってていってるんだわ、ぷぅ」
 頬を膨らませ、テーブルをこぶしで叩くパティ。ティニーは彼女の後ろにまわり、両肩を軽く叩きました。まるで暴れ馬を沈めるように。
「どうどう」
「え?」
 パティの声に、ティニーは手を止めました。
「今、どうどうって聞こえた気がしたの。暴れないから大丈夫よ」
「そ、そう……」
「あたしも一時は頭に血が昇ってうっかりセリスさまに掴みかかったりしたけど、今は落ち着いてるの」
「つ、掴みかか……」
 解放軍広しといえども、それはパティにしかできないわ。ティニーはそう思いました。
「……でね、誰がいいか考えたのよ、お婿さん」
「うん。パティは意外とモテるから、すぐに相手は見つかるわよね」
「意外と、は余計でしょ」
「ごめんなさい……」
「まあいいわ。そこで、まずこれを見て!」
 パティはおしゃべりの潤滑油を横に寄せ、いよいよ本題、床に置いた紙を拾い上げ、机に広げました。
「じゃーんっ」
「……これが……?」

 そこに書いてあったもの。
セリス様× バーハラ
シャナン様× イザーク
ヨハン△ ドズル?
レスター× ヴェルトマー
スカサハ○ イザークに帰る? ティニーいる
リーフ王子△ レンスター? 神器はアルテナさん
アレス王子× アグストリア
デルムッド? 忘れた
コープル○ ハンと帰る予定
オイフェさん△ シアルフィの血がどうとか
セティさん× シレジア
アーサー× エッダかフリージ
フィンさん○ でもちょっと歳が

論外
ハンニバルさん かなり歳が
レヴィン様 王様だし、歳が。しかもバツイチ。

「デルムッドのお父さん誰だっけか。知ってる?」
「えーと、レックス公ではなかったかしら。自信はないけど」
「ドズルの?」
「そう」
「えーと、じゃあっと」
 パティはデルムッドの横に書いてある? を斜線で消して、それから首を傾げました。
「ねえ、ドズルってヨハンさんとデルムッド、どっちが継ぐのかな」
「ヨハンさんではないのかしら。現大公の息子ですもの。だけど解放軍は今の政権のイメージを引き擦りたくはみたいだから、デルムッドさんを大公にと考える可能性もあるわね」
「そうよねぇ。うーん。とりあえず両方△にしとこ」
「もしかしてこれ、婿入り可能かどうかの一覧、なの?」
「うん、そう。調べるの苦労したんだからー」
 パティは胸を貼りました。

 ティニーは先から目が行って仕方がないことに言及しました。
「……この、スカサハの○が気になるのだけど」
「ティニーがいるのはわかってるわよ。スカサハはお買い得だったわよねぇ。今思えば」
 うんうんと頷きます。
「さすが公女として生活していただけあって頭いいわ。先の先まで見ていたのね。スカサハ悪くないけど、ちょっと地味だもの。何故彼なのか、ずっと疑問だったのよ。ティニーすっごくモテてたし」
「……地味じゃないわ! スカサハは……その、とっても素敵よ」
 うなじまで赤くして、ティニーは言いました。
 パティは、モテていたことは否定しないのねぇ、この娘意外とねぇ、と口の中で呟きつつ、スカサハの名をインクで潰しました。ティニーは大好きな人が候補から潰されたのを見て、胸を撫で下ろしました。

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