「まあねえ。いくら王子さまをゲットしたって、お嫁にいけないんじゃ意味ないもんね。スカサハの性格がいいのは、うん、認める。その上、かなり強いし、しっかりもしてる。何よりお婿さんに来てくれるもの。ほんと、羨ましい……」
「わた、わたしはそんなつもりでスカサハを好きになったのではっ」
「でも、フリージに来てくれたら嬉しいなーとは思っているでしょ?」
「そりゃあ、まあ、少しはそうしてくれたらいいなと思っていたりはするけれど。でも無理にとは……」
 語尾に力が入りません。笑顔で話しをしたいのに、頬に力を入れることすらできません。俯いてしまったティニーを見て、パティは軽く言いました。
「スカサハならきっと大丈夫だよ。イザークにはシャナンさまもいるし、ラクチェも当然着いていくだろうし。小姑スカサハは愛するティニーとフリージへってのが皆にとって一番いいのよ」
「だってスカサハの意思は? イザークに帰りたいかもしれないじゃない」

 勿論ティニーとしては、傍にいて助けて欲しいです。でも、無理に強いることはしたくありませんでした。
 望みを告げて断られることや別れ話へと繋がってしまうことは、当然恐れていました。
 涙のナイフで脅し無理にフリージに連れ帰るのは、絶対にやってはいけないと考えているけれど、それをやってしまいそうなことを何より怖いと思っていました。
 国という有形であり無形であるものを愛す。その感覚をティニーに教えてくれたのは、他ならぬスカサハでした。もしスカサハと交わした多くの言葉がなければ、フリージ継承の要請をすぐに受け入れられたかわかりません。
 ティニーは、イザークを愛しているスカサハが好きでした。
 だから、一緒にフリージに行くよと言ってはくれないものだろうかと考えていることが、とてつもなく嫌でした。言ってくれなかったらどうしようと思って、顔を見るのが怖いとか感じている自分が、嫌でした。
 ……でも、離れるのは寂しすぎて……。大好きだから……。
 ティニーは頭を振って思考を締め出しました。これ以上考えていると、涙がこぼれてしまいそうだったからです。

「わたしのことより、今はパティのことでしょ。結局誰にお婿さんに来て欲しいの? 協力できる相手ならいいけど」
「だーかーら、そこを相談っ。誰がいいと思う?」
「ちょっと待って、まだ決めてないの?」
「……」
 パティは視線が、一覧表とティニーの間を動きました。
「……そ、そうよね。決めていたら、こんな一覧作ったりしないわよね」
「ね、誰がいい?」
 パティは一覧を反転させて、ティニーへ近づけました。
「そうねぇ」
 ティニーは一人ずつ候補者を指で追っていきました。そして顔と軍内の噂を思い浮かべます。
 ×の人は論外として、恋人がいることが確実な人も論外として。いい感じになっている相手がいる人も、ひとまず外して。△よりは○が望ましく……。
 パティは期待と不安の入り混じった目で運命の選定者を見つめています。
 ティニーは結論を出しました。

「フィンさんなんていいんじゃないかしら」
 下手をすれば親子というほど実年齢が離れているのは難点ですが、それでも彼はまだ三十代半ば。貴族の結婚で男が一回りよりちょい年上ということは、全くもって珍しいことではありません。若い女大公の伴侶なら、なおさらです。公私ともに未熟な妻を支えなくてはならないのですから。幸いなことにフィンはかなり若くみえます。かつてパティの憧れていたシャナンと同じ歳と言っても誰も疑わないでしょう。うん、なかなか良縁かもしれない。ティニーはそう思いました。
「確か独身でしたし、どなたかを気にされている様子もない。若い王子を助けてきたという実績もあるわ」
「え」
 パティは口を放ちました。肩は、心なしか落ちていました。
「フィンさん……? だ、だって、かなり年上だよ」
「まだ三十台半ばでしょ。普通よ。同じくらいの歳で結ばれるほうが珍しいことだと思うけど」
「嘘、あたし、そんな話聞いたことない。大抵、同年代か男の人がちょっとだけ年上って結婚してたよ。倍近く違う結婚なんてしたら、近隣の村に広まる大ニュースだわ」
「そういうものなの? ところ変われば、結婚ひとつとっても認識が違うものなのね」
 ティニーは過去に接してきた煌びやかな貴婦人たちを思い出します。彼女たちは出世の道をすでに開いた、安定した生活基盤を持つ年上の男性を結婚対象としていました。たとえ同年代の恋人がいたとしても、そういった男性を求めました。恋愛と結婚は違うのよ、が恋に長けた女性たちの合言葉でした。

「わたしの両親も十以上離れていたはずよ。頼りがいのある年上、いいと思うけどな」
「うちの両親は同い年だったって。ヴェルダンは数え年だから、実際は父さんのほうがふたつ近く年下だったっていうオチまであるわ」
 二人とも、記憶に殆どない両親を、標準的夫婦像として思い描いていました。
「だいたい他人には年上を薦めつつも、ティニーとスカサハはそんなに歳変わらないじゃない」
「三つも年上だわ。それに年齢以上にしっかりしてるもの。わたし、彼に頼ってばかりいて、時々これでいいのかなって情けなくなる……」
「でも実際にはたった三つの差じゃない」
「まあ、そうだけど」
「大体さ、ものすごい年上の人と結婚して、平和に健康に暮らしたとしても、結構長い時間を一人で生きなきゃいけないじゃない。女の人のほうが長く生きること多いって言うし」
「そうね。子供もいなかったりすると、寂しい老後になるわね。でも幸福に暮らしてそうなったのならいいじゃない」
「あたしは駄目、寂しい老後なんて。やっぱり、旦那さまとはずっと一緒がいい。フィンさんだって、幼な妻を残して先に逝くのは辛いはずよ!」
「その頃には少なくともおばさんと言える歳になっているわ」
「おばさんのあたしーー!? いや、考えたくない。だから、フィンさんはちょっと素敵だし、適任なのかもしれないけど、とにかく駄目っ!!」
 老後の心配をしつつ、おばさんになることは想像したくないって矛盾していないかしら。
 それに、しきりにファンコールを送っていたシャナンさまがうっかり本気になったりしたら、どうするつもりだったのかしら。
「……まあ、気持ちは……わかるような、わからないような」
「さ、次いこ、次」
 釈然とはしないものの、ティニーは選定をやり直すことにしました。再び一覧を見やります。

 理由はさておき、かなり年上は駄目ということはわかりました。
 消去していくと、適任者は一人しかいません。
「そうね、それじゃあね」  
  女のほうが生きる、なるべく一緒に生きたい。
  その言い分からすると、これほどぴったりの相手はいないでしょう。かなり年上は駄目でも、両親の例から言って少しだけ年下というのは問題がないようです。
 パティが再び、期待に満ちた瞳になります。
「コープルが、いいんじゃない」
「……」
「パティ?」
 顔を伏せてしまったパティの顔を覗こうと、ティニーは上体を傾けました。パティのピンク色の口元が目に入りました。心なしか、両端が上がっているように見えました。
「ティニーは、そう思うんだ?」
「ええ。適任じゃないかしら」
「そうねぇ、うーん、コープルかぁ」
「パティの希望には合っているのではない?」
 パティは顔を上げました。口元はどうにか引き締まっていましたが、瞳は陽をいっぱいに浴びたかのように輝いていました。
「年下って言っても2つだけだよ」
「そうなんだ。じゃあ決まりね。コープルは本当に何処も継承しないのね?」
 覚え書きにはハンと帰る、と書かれています。
 コープルの出自は、彼が仲間になった時に訊ねたことがありました。
 育ててくれた人ハンニバルが父親だけど、実の両親については知らないと言っていました。後に、踊り子リーンと姉弟であることが発覚しましたが、ティニーは細かい経緯については知りませんでした。
「時々だけど、彼も神の血を引くのではないかと思ったことがあるのだけど」
 それは同族の直感、でした。当人らは知りませんでしたが、ティニーとコープルにはともにエッダ公家に近い血が流れていました。
「それはないよっ。コープルのお父さんはシアルフィの騎士で、お母さんは旅の踊り子だったって話だから」
「確かなの。誰に聞いたの」
「セリスさま。だから確かだよ」
「お父さまは、バルドの血を引く騎士ということはないの? セリスさまはバーハラを継ぐでしょうから、他にいなければコープルが継承することもあるのではないかしら」
「オイフェさんが丁度そんな感じなんだって。シアルフィ公家の親戚筋。セリスさまが統治しないんならオイフェさんが継承するはずよ。コープルは大丈夫」
「……詳しいのね」
 よくよく一覧を見てみると、周知の事実である×の人たちはともかくとして、△になっている人については、まだ確認していないようです。胸を張って調べたというにはあまりにお粗末。
「コープルのこと、いつ、セリスさまに聞いたの?」
「あたしがユングヴィ継ぐってことになって、だれかいい人が〜って話になって、えーと、その後かな。掴みかかったついでに聞いたの」
「……そ、そう」
 ティニーは少し考えた後、口元にほのかな笑みを浮かべました。
「コープルならわたしもよく話しをするから、協力できると思う」
「わ、ありがとっ! そう言ってくれると思ってた。司祭同士仲いいもんねぇ」
「わたしは、司祭じゃないけど……」
 リザーブ、レスキューお手のもの。魔力も魔法防御も軍一番! な魔道士少女の突っ込みは、パティの耳には届きませんでした。
「美少女怪盗パティちゃんの相手が、コープルみたいながきんちょってのはどうかなーって思うけど、他にいないし、親友のティニーが薦めるんなら、仕方ないよねぇっ」
 仕方ない、仕方ない言いながら、歌にあわせてリズムをとるように体を揺らすパティが可愛くて、自分のことを親友と言ってくれたことが嬉しくて、ティニーは笑顔のまま言いました。

「じゃあ早速! コープルを連れてくるわ」
 パティの顔が、動きが固まりました。
「ほえ? な、何で!?」
「何でって、お婿さんに来てもらうなら、ちゃんとそのつもりでお話してみないと」
「そんな、いきなりっ!?」
 パティは慌てて、席を立ちかけたティニーの腕を掴みました。
「……もしかしてまだ、他の人と迷ってるの?」
「ううん! コープルがいいよ!……あ、ほら、だって……ね。他に思い当たらないし」
 最初から、コープルしか思い当たらなかったのよね。こんな紙まで作って。
 ティニーはパティの作った紙を裂いて、くずかごに入れました。
「何するの!?」
「もういらないでしょ、これは。善は急げ。目的が決まったら、パティらしく突撃あるのみ! ね?」
 パティの得意技は連続&攻撃でした。相手のほうが実力があろうが、体力が心もとなかろうが、前に進むのがパティなのです。
「確かにそうね。お婿さん貰うためだもん、頑張らないと」
「そうそう。でもね、時間がないっていっても、一応の順序は追わないと駄目よ。好きだから、一緒に来て欲しいって言わないと」
「えー、恥ずかしいっ」
「できないの?」
「……ううん、できる……と思う。あ、えっとね、本心じゃないんだけどね。ほら、女たるもの、そのくらいの演技くらいできないと。……でも女の子から告白なんて、びっくりしないかなぁ。とんでもないあばずれ女だなんて思われたらどうしよう」
「あばずれって……コープルはそんな単語すら知らない気がするけど。それにしてもパティって意外と古風よね。今時、女の子からの告白なんて普通だと思う。案外、喜んでくれるものよ」
「え、じゃあティニーはスカサハに告白したの? なんて言って告白したの? てっきりスカサハからだと思ってたけど、それこそ意外ー」
「それは……いいじゃない、わたしのことはどうだって。とにかくコープルを呼んでくるわ。この時間なら礼拝堂にいるはずよ。パティはここで待っていて」
 ティニーは椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がると、パティの好奇の追随から逃れるように、部屋を後にしました。

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