「気が付いていた? おれも君のこと好きなんだけど」
「スカサハさん……」

 朱に染まった頬を両手で挟みながら、ティニーは回廊を歩きます。
『ティニーはスカサハに告白したの?』
 先ほどのパティの言葉が、頭の中を回っています。

 スカサハから好きだと言われたことで付き合いをはじめたけど、その『好き』は、言わせてしまったのではないかと思う時があります。
 スカサハとティニーはくちづけ一つ交わしたことのない、恋人というにはあまりに幼い関係でした。ですが、互いの気持ちは確認し合っていましたし、頻繁に二人でいて、周囲も付き合いを認識していました。
 ティニーの本音とすれば、キスくらいしてみたいと思っていました。手以外の場所に触れてこないのは、子供扱いされている証拠のような気がしてなりませんでした。陽が落ちた時分に、二人きりにならないことも。
 今となっては、別れる可能性が高い関係だから、一線を越えた結びつきを避けていたのではないかとすら思えます。

 交際が始まった日のことを思い出します。
 南トラキアへ進軍を開始する少し前でした。
 切欠となったのは、スカサハの言葉。
 君のことが好き。……おれも、君のことが好き。おれも。も。
 
 そう。告白めいた言葉を先に発したのは、実はティニーだったのです。
 本音を言えば、口にした時は『普通の好き』、下手をすれば『関心がある』程度でしかありませんでした。今確かに抱いている『特別な好き』とは違いました。だから、スカサハの『好き』も義理で口にしただけの、友情と大差のない、あるいは友情そのものの好きだったのかもしれないと案じてしまうのです。もし交際をはじめてから一年近く経つ今なお、彼がその程度の好きのままだったとしても、ティニーには彼を責める資格はありません。それでも、これまで付き合ってくれてありがとう、と頭を深く下げなくてはと思います。今のティニーはスカサハを、無二の人として愛しています。誠実な付き合いをしてきたと思います。
 ティニーがスカサハに好きだと聞かせてしまったのは、例えるならば泥酔したまま馬を走らせたら落馬してしまったようなもの。わざとではないけれど、起こるべくして起きたアクシデントでした。

*

 ティニーが解放軍に加わったのは、アルスターでした。同じ時期に仲間に加わった、歳の近い女の子、パティやリーンとはそれなりに話をしていました。他では、兄であるアーサー、盟主であるセリスが時折話かけるくらいでした。
  リーンには本人曰く友だち以上恋人未満のアレスがいました。
 パティは従姉であるラナやレスター、憧れのシャナン、彼にまとわりつくことで喧嘩するほど仲良くなったラクチェ、いつもその隣にいるスカサハ……と日に日に人の輪を広げていました。
 恋人も、たくさんの友だちもいない。作れない。そのことに、寂しさと焦りを抱いていました。人に話しかけることはアルスター城で暮らしていた時から苦手でした。実際にティニーに話しかけられると、露骨に困惑する人間が殆どでした。その時のことが尾を引いて、迷惑かもしれないと考えすぎてしまって気軽に人に話し掛けることができませんでした。いつまでも、それじゃいけないとは考えていたのですが、身に染み付いた哀しい習性はなかなか消えてくれません。

 マンスターを解放した、数日の滞在期間。
 中庭で、女の子たちが集まって話をしているところに出くわしました。
 ティニーは横と前を交互に見ながら、歩みを緩めました。
 あ、パティがいる。一緒にいるのは、ラナさんとナンナさんとフィーさん。
 わたしもお話したいな、声、かけてくれないかな……。
 そうは思いつつも、殆ど通り過ぎました。4人の中でもっとも親しいパティは話に夢中で、ティニーに気がつきもしませんでした。ティニーは勇気を出して、反転しました。そして、女の子の輪に向かいました。時間が経てば経つほど、機会はなくなるわ! と己を奮い立たせつつ。
「あたしはやっぱりシャナンさまかなぁ。王子さまだしー」
「ねえパティ。私、ずっと気になっていたんだけど、どこまで本気なの?」
「いつだって本気100%よ!」
 パティはガッツポーズをとります。従姉のラナは困ったように笑います。

「ねえねえ、それよりラナはセリスさまとどうなっているの」
「……え、えーと、まあまあかな……」
 頬を染めて、目線を泳がせます。泳いだ目線と、ティニーの瞳が合いました。
「えーと、確かティニーよね。誰かに、何か用事かな?」
 ラナは遠慮なくどうぞ、と促します。悪気がないのはわかっていても、ティニーは少しヘコみました。それでも何とか声を絞りました。
「た、た……楽しそうですねっ」
「??」
「えっと、あの、そのわたしもお話に加わりたくてっ、興味のある内容だったから!」
「あー、ティニーも誰か好きな人いるんだぁ」
 ナンナが場所を空け、パティが腕を引きました。
「え、ええと。まあ、うん……」
「誰、ねえ、誰!?」
 興味の視線が、ティニーに集中しました。
「それは……あの」
 言いよどんでいると、ラナが小さく零しました。

「……もしかしてセリスさま、なの?」
 ティニーと話をするといえる親しさ指数の男性と言ったら、セリスとアーサーくらいでした。ですから、ラナの杞憂はもっともでした。美少女という言葉が相応しいティニー嬢には他の男性が話かけて来ることもありました。しかし彼女は、顔と名前すら、ろくに一致させていませんでした。その場その場をやりすごすのが精一杯だったのです。大人しくたどたどしい反応に、脈なし、迷惑がられている……と、判断され、二度、三度と話しかけてくる人はあまりいませんでした。
「ち、違いますっ!  セリスさまは気を遣って話をしてくださるだけで、そんな、ないです!」
「……じゃあ?」
 ラナは小首を傾げました。
「誰々?」
 パティが好奇の視線を向けます。
「……」
「無理に聞くことじゃあ、ないでしょう。いいのよ、ティニー。無視に名前まで言わなくても」
「そうね。でもヒントくらい聞きたーい、よね?」
 ナンナが優雅に微笑み、助け舟なのかそうでないのか微妙な台詞を言います。フィーはそれを受けて、催促します。

「じゃあ、えっと……優しくて誠実な人」
 ティニーは気になっている人の輪郭を思い浮かべつつ、無難すぎる答えをしました。ラナが少し考えてから、何故か頬を染めて言いました。
「そうなの。じゃあレスター兄さまかしら」
「はあ!? レスターのどこが優しいのよ、意地悪じゃないのよ。それよりうちのファバルお兄ちゃんはどう」
「二人とも、意外に身内の欲目なのね。といいつつ、デルムッド兄さまもいいような気がします。あまり長く一緒にいないから、詳しくは知らないのだけども真面目ですし、物腰が柔らかいわ」
「ちっちっち、優しく誠実といったら、決まってるわ! あたしのセティお兄ちゃんよ!!」
 パティがティニーに詰め寄れば、ナンナがそれを引きとめ、何故かフィーがガッツポーズをします。ティニーも思わず言いました。

「皆さんのお兄さまは素敵だと思います。でも、アーサー兄さまだって、優しくて誠実です!」
「アーサー!? そうねぇ、ティニーにはそうかも」
 フィーが首を傾げ、ナンナがにっこり笑います。
「私もそう思うわ。アーサーは少しとっつきにくい人かと思ったけど、打ち解けていくうちに態度が変わってくるのよね。優しくなるというか、甘くなるというか。ね、ティニー」
「あ、はいっ! そうなんです、愛想がいいとはいいがたいから、誤解されやすいかもしれません。でも、とってもとってもいい人なんです」
 ティニーは思わずナンナの手を握り締めました。ナンナの口元が綻びました。
「先日、アーサーも貴女のことを同じように言っていたわよ」

「え、ええっ、兄さまが?」
「何それ、アーサーったら失礼ね。ティニーの何処が愛想悪いっていうのよ。こんなに可愛いじゃないのよ」
 フィーがその場にいない相棒に対して、頬を膨らめます。ナンナが諌めます。
「……心配しているのよ、可愛い妹が寂しい想いをしていないか」
 ティニーは自分を大切にしてくれる人がいるという幸福と気恥ずかしさに頬が赤くなりました。何故赤くなるのかしらと首を傾げるナンナに深い意味なく訊ねました。
「あの、ナンナさんは兄さまと親しいのですね」
「そうね。日は浅いけれど、お付き合いしていますから」
 ナンナに背筋を伸ばして、にっこりあっさりと答えました。ティニーは釣られるようににっこり笑って、その後凍りつきました。
「そうなのですか、兄とお付き合いを……って、え?」
 聞き役に徹していたパティが二人の間に割り込みます。
「え、えええええーーーっ、ナンナったらいつの間に!?」
「知らなかったわ……」
 ラナも呟きます。ナンナともアーサーとも親しいフィーはさすがに勘付いていた模様。
「うーん、やっぱりそうだったか。二人ともはっきり言わないんだもんなー、水臭いっ」
「言おうとは思っていたけど、切欠がなかったのよ。ごめんね」
「あたしが恋人ゲットしても、ナンナに報告するのは後回しにする」
「……それは全く構わないけど?」
「ひ、酷いっ。あたしはナンナに一番に聞いて欲しいのに」
「どっちなのよ、もう」
「ふふ。とにかくフィーも、まずは報告内容を作ることから頑張って」
「うん、頑張るっ」
 ガッツポーズをとります。パティがフィーに顔を寄せます。

「ん? フィーは誰だっけか」
「……えへへ。えーっとねぇ、うーん、やっぱり恥ずかしい。どうしよう」
「言っちゃえ、言っちゃえ。牽制にもなるし。あ、でもシャナンさまだったらあたし聞かなーい」
「ここだけの話よ? 変な気遣いもしない?」
「しない、しない」
「えっとねぇ、あたしは……」
 戦争の合間にあっても、女の子たちは恋の話に夢中です。

 ティニーはフリージ城にいた時、侍女たちが楽しそうに色恋について楽しそうにおしゃべりするのを不思議に思っていました。
 大勢での恋の話は、ミエとノリ。話の中で好きだと言った人と本当に結ばれたりすることもあるけれど、数日後に全く違う男性と婚約を発表することもある。ノロけ話ばかりしている人が暴力を振るわれていたり、モテないからと言っている子が複数の異性からアプローチを受けていたりする。恋をネタにおしゃべりをするにしても、多分言っていいことと悪いことがあって、それを彼女たちは明確にわけていました。そのような話をすることが、何故ああも楽しそうなのか理解できなかったのです。
 ですが、仲良くなりたいなと思っていた人たちとするおしゃべりは予想以上に楽しく、忙しい合間にこんな時間を設けたら、きっと幸せに違いないと思いました。
  この輪を構成する一部であるためには、好きな異性が不可欠でした。
 たまに話かけてくれて、気の利いた返答もできていないのに、今なお普通に話しかけてくれる優しいお兄さん、スカサハ。
 かくして彼はティニーの中で気になっている人から好きな人へと繰り上がっていったのでした。
 

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