流星の結び

プロローグ・シャナン

  平日の午後二時。比較的、あくまで比較的に、人が少ない時間の駅のホーム。
 溢れ返る他人を警戒するように荷物を抱え、駆けて来る二つの影。

「久しぶり、シャナン兄っ!」
「久しぶり、お兄ちゃんっ!!」
 雑踏の中にあっても響く、健康的な声。
「久しぶりだな。スカサハ、ラクチェ」
 私は大人らしく穏やかに微笑み、二人を迎える。

 親許を離れて、不慣れな土地での生活。先のことに不安がないはずがない。だけど、二人は満面の笑顔でいる。結び付きの強い相手と一緒だからか、それとも、これから親代わりになる私に、気を遣わせまいとしてのことなのか。
 彼らの名はスカサハとラクチェ。都合によって、今日から私の同居人となる双子の兄妹だ。

「長いこと電車に揺られて、疲れただろう?」
「ん。座れたし、景色見てるの楽しかったから、そんなでもないよ」
 くったくなく笑って、ラクチェ。スカサハも、そうそう、ばかりに首を縦に振る。
「それならよかった。荷物は、それだけか?」
「うん。残りは宅配便で送ったから、明日には着くんじゃないかな」
「そうか……」

 彼らと会うのは半年ぶりだ。電車で三時間かかる場所に住む……いや、住んでいた、十近く歳の離れた従兄妹たち。私は彼らの誕生した日を覚えているし、今頃は飛行機の中であろう彼らの母アイラを姉のように慕っていた。だから、従兄妹というより甥、姪を見るような感覚で彼らを見ている。彼らも同じだろう。
 つまり、彼らにとって私は叔父さん……オジサン……。
 オジサンという響きが、微妙に洒落にならない私の年齢は二十八歳。体力の衰えやら、結婚する見通しすらないことが気にならないと言えば嘘になる齢……っと、思わず遠い目をしてしまった……二人が怪訝そうな顔をしているではないか。
「シャナンお兄ちゃん……?」
「ん?」
「どうしたの、明後日のほうを見て。他にも誰か降りて来るの?」
「あ、いや、そういうワケではない。陽が眩しかっただけだ」
「そ、そう……?」
 しまった、今日は曇りだ……。
 言葉に詰まった私を、フォローするようにスカサハが話題を変える。
「今日は、休んで迎えに来てくれたんだろ。ありがとう」
「あ……まあ、うん……」
 しかしそれは、全然フォローになっていない。仕事のことは、彼らには隠し通そうと決めている。よって、平日の昼間自由に出歩けるのがどんな仕事かと訊ねられたら困る。
 私は曖昧に返事をし、若い二人から目を離す。またも遠くを見るような目になってしまう。

「あ、わたしたちのこと、引き受けてくれてありがとね。お母さんもしっかりお礼を言っておくようにって」
 何かを察知したのか、深い意味はないのか。今度はラクチェが言葉を発した。
「気にするな、部屋はいくらでも余っている」
 いい子だ……二人は本当にいい子だ。
 それに較べて、私は何て駄目な大人なのだろう……。
「それは知っているけど、シャナン兄も大人だし、その……お邪魔なんじゃないかなぁって思って」
 頬を染め、遠慮がちに言うスカサハ。
 ラクチェは赤いとも青いともとれる顔で、双子の兄を小突いた。
「は?」
「だから、そのさ、シャナン兄がよくっても、その、複雑な想いをする人もいるんじゃないかな、とか……。本当に、よかったの?」
 一瞬何のことかと思ったが、思春期の二人の照れたような表情を見て、合点がいった。
「……本当に、本当に、そう言ったことは気にするな」
「それなら、いいけどさ」
 力いっぱいに言う私。安心したような顔をするスカサハとラクチェ。
 ……少し、何かが、虚しい。
「一軒家で一人暮らしというのは案外寂しいものだ。賑やかになっていい」
 これは、本心だ。
 二人を住ませることが決まってからふた月。カレンダーを眺めるのが日課になっていた。ここ三年ほどは、苦々しく切羽詰った状態でしか見たことのなかったカレンダーを、嬉々として見ていたのだ。
 もともと二人は私にとって、家族も同然。
 一緒に住むことに、抵抗はない。彼らとならきっと上手くやっていける。 これから始まる賑やかな生活は、本当に楽しみだ。そう。職業さえ隠し通せれば、何の問題ないのだ。

「これから、ずっと一緒だね」
 ラクチェが楽しげに言う。
「ああ、一緒だ」
 私も明るい声で言う。
 スカサハも、頬を緩めている。
 私はラクチェの抱えていた2つの荷物のうち、1つを腕から抜き出して改札へと向かう。
 スカサハとラクチェが、小走りに付いて来るのが音で判った。

 長く一人で住んでいた我が家に向かい、三人で歩き出す……。