-エピローグ-
ラクチェとスカサハ、そして私。三人の関係は、その後も変わることはなかった。ちょっとした事件や騒ぎはあるけれど、概ね穏やかな日常が流れていった。
私は同性愛小説を書き続け、ラクチェとスカサハは毎日元気に学校に通っている。顔を合わせれば、当然のように言葉を交わす。だけど、言葉がなくてもぎこちない空間にはならない。
やはりというか二人は、私の書くものを読みたがった。
「読みたい、読みたい、読みたーーーーいっ」
どうしても読みたければ、本屋で買えばいいだけの話。そうしないのは、私が読むことを禁じているからなのだろう。ことあるごとに読みたいと訴えることは止めないが。
読んで欲しい。そう胸を張って言える本が書けたなら、どんなにいいことだろう。書けないだろうか。
諦めの悪い三人……双子と、どちらかが手紙でバラしてしまったらしいアイラだ……からの読みたいコールに応えたくて、同性愛でない小説を書いてどうにか出版まで漕ぎつけた。家族愛をテーマとしたコミカルな作品で、タイトルは『流星の結び』。
「あの子たちとの同居が、こういう形で作品に影響を与えるとはね。貴方自身が同性愛に目覚めても面白いかと思っていたのに、これ読む限りじゃあ、そういうのはなさそうねぇ……ま、売れるんだったら何でもいいけれど」
「エーディン……」
まさかとは思うが、いつぞやラクチェに変な誤解を植え付けたのは……エーディン?
いや、まさかな……。まさか……。いや、大いにあり得る……。
「あら、気に障ったかしら」
「……少しはな」
まあ、今それについて言及するのはやめておくか。彼女との仲に溝を作る危険を冒すワケにはいかないから。今は、これを本にしてもらわねばならないからっ!
「それで! 本にしてもらえるだろうか」
「するわよ。好みではない、貴方らしくはない。テーマも月並み。だけど、悔しいことに面白いの、これ」
エーディンにそう評された初のノーマル小説の売れ行きは好調で、なんとドラマ化の話まで持ち上がってしまった。話の中に登場する破天荒な双子のキャラクターを、スカサハとラクチェに演じさせたいという話にまで発展して、一時は大変な騒ぎになった。テレビ局や芸能雑誌のレポーターが家に押しかけたりもした。
ドラマ化の影響で、結局、親戚、ご近所、元学友、同僚……その他諸々に、私の職業はバレてしまった。 同性愛モノを主に取り扱う小説家だと。まあ、スカサハとラクチェほどに隠しておきたかった相手もいなかったから、マスコミを徹底的に避けることもしなかったのだが。因みに、事実は思いの他あっさりと受け入れられた。
「何だ、ちゃんと働いていたんだ……安心した」
「シャナンは、保険金と貯金食いつぶして生活しているのかと思っていたよ」
「本読んだよ、面白かった」
周りの反応は、暖かなものだった。偏見の目を向けるものもいるにはいたが、冷たくされて辛いと感じる人間の中にはいなかった。以前の私は、とてつもなくくだらないことに劣等感を抱き、殻に篭っていたようだ。殻を割ってくれたのは、スカサハとラクチェ。二人には、いくら感謝しても足りない。
因みに、二人はドラマ出演の話を断った。
「んー、興味ない」
「来年は受験だしなぁ……」
勿体無いと思わないでもなかったが、興味がないのなら無理にやる必要はない。彼らの人生だ。
そういえば、うっかりマスコミで存在が取り上げられてしまったために、二人は学校で、ちょっとした人気者になったとか。特にラクチェの人気はすごいらしい。もとよりラクチェ親衛隊を名乗っていた兄弟がいたらしいが、その親衛隊の人数が、今や一学級分になっているとか。その構成も、男女、学年問わず。親衛隊長らは認めないが、どうやら、スカサハのファンクラブも兼ねているらしい。
そんなに人気があるなら、彼氏、彼女が出来るのも時間の問題だろうな。というより、あえて言わないだけで、いるのかもしれない。彼らに限って大丈夫だとは思うが、ファンという存在の怖さと軽さを知っているだけに心配ではある。特にラクチェは、純粋すぎるところがあるからな。好きになったら、ものすごく年上の男とか、駄目な男とかも、一途に想い寄せて突っ走りそうだから。あのラクチェに愛される幸福な男は、どんな男だろうか。
っと、人の心配より、彼らより十も上の、自分のことを心配すべきか。いや、自分のことよりも……。
「愛している、世界中の誰よりも」
「……僕も……ああ、嬉しい。夢みたいだ……でも……」
晒した固い肌。病室の白い壁が、二人に寒さを引き起こす。
「でも……?」
「兄さんのことは、いいの? 本当に、僕でいいの?」
「ああ、お前がいい……」
二人は、暖を求めるように指を絡
彼らの恋愛の続きをどうするか。今は、そっちのほうが重要だ。
『流星の結び』のドラマ化の影響もあって、最近は、同性愛者でない小説の依頼もそれなりにはある。だが、まだまだ同性愛モノでという依頼のほうが多い。もっと、スカサハやラクチェに読ませられるようなものが書けたらいいな、とは思うけれど、まあ仕方ないだろう。それにどうのこうのいっても、同性愛という世界を創ることを、私は決して嫌がってはいないのだ。私を育ててくれたジャンルでもあるのだし、愛着がある。二人に読んでもらってもいいと思える同性愛小説を書き上げるのが、さしあたっての目標かな。
私は、ひとつ伸びをする。キーボードを打つ音に変わって、座椅子の軋む音が室内に響く。カレンダーを見る。締め切りまで、後五日か。ま、順調なほうだな。続いて、時計を見る。五時か。そろそろ、二人が帰ってくる時間だ。茶でも入れて、待っていようと立ち上がり、部屋を出る。
一人だけのキッチン。湯気が立ち昇りゆくのを見ている。静かだ。
ややあって、玄関が勢いよく開く。
「ただいま、シャナン兄!」
「ただいまっ。パン屋さんで、マフィン買ってきちゃった。お茶しよー」
廊下を急ぎ足に歩き、食堂に入る二人。私は、沸騰直前の湯をティーポットに入れながら、二人を迎える。
「お帰り、学校はどうだった?」
「打ち抜きのテストがあった、最悪っ」
「打ち抜きって、先週、それっぽいこと言ってたじゃん」
「そうだけどー」
テーブルに突っ伏すラクチェの頭をスカサハが撫でる。
「その様子ではできなかったようだな。ま、次頑張れ」
「うん……」
スカサハが手際よく用意したカップに、私が茶を注ぐ。ラクチェが復活して、袋からマフィンを取り出す。取り出しながら、どれを食べようかと選んでいるようだ。
「シャナン兄、締め切りまであと五日だろ。進みはどう?」
「うーん、まあ、何とかなるだろう」
「お兄ちゃんも、頑張ってね」
お兄ちゃんはこれだよね、とばかりにチョコチップのマフィンを差し出す。
「ああ、頑張るよ」
私はそれを受け取る。口に運んだマフィンは柔らかく、甘かった。
ささやかな日常。
心を許せる家族がいて、住むところがあって、仕事があって。
他愛のない話をして、笑いあって。
本当に、ごく普通の日々なのだけど。 日常だとわかってはいるけれど。
今の私はとても幸福なのだと、噛み締めずにはいられなかった。