本日の一言   

2000/3/5

運を天にまかせて
 

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冠雪の富士山がくっきりと見える2月末日の日曜日のことであった。
我々が朝8時半に富士川河口の飛行場近くの格納庫の前に到着すると、相前後して係員らしき人達も到着、やがて機体は引っ張り出され、簡単な整備点検の後、滑走路へと機体は牽引されて行った。我々もすかさずそれに合わせるように道順こそ違ったが車で滑走路の方へと向かった。

 滑走路にはどこから集まるのか色々な飛行機が駐機している。「あれは三保から飛んで来たんですよ」「これは調布からです」といった声がする。「では、ちょっと空の様子を見てきます」と言って関係者らしい人がプロペラ音も高らかに飛び立っていった。まるで陸上の先生が駅伝のコースを車で下見に行くような気軽さであった。

 この間、滑走路脇で再点検を済ましていたグライダーが漸く離陸の準備が出来たらしい。ゆったりゆったりと滑走路の中央へ人力によつて押し出されていく。教官パイロットらしき人がそれについて行き、止まったところで機体の各所を自分流らしき目配りがされる。そして、軽くうなづいた表情がどうやらOKの合図だったらしい。

 素早く係員達は滑走路脇に戻り、即座に乗客呼び出しとなった。「長谷川さーん」−−「ええっ、ボクのことかいな」と周囲を見回すが
どうやら同姓はいなくて、すぐさま「はーい」と答える。「あ、どうぞどうぞこちらへ」−−2〜3人が手招きしている。
オイオイ、一番機かいな、と微妙な心境で機体へと向かう。

 軽く両手で機体をつかんでお尻をジャンプさせ、機体の角に身を預けつつ、ぐっと足を伸ばすともう自分の席にすっぽりと収まっていた。目前には各種の計器が並んでいるがゆっくりと見る余裕はない。「これだけは引っ張らないでください」と教官パイロットが忠告する。黄色い取っ手みたいなものだったが意味もわからず素直に頷く。

 グライダーの最先端が自分の席だ。風防ウインドウこそあるが視界の180度がまる見えだ。そう思った途端、機体はぐっと引っ張られた。70〜80m先に駐機していた軽飛行機がグググッと引っ張り出したのである。もはやグライダーに乗っているというよりも自分の席が座ったまま引っ張られている感じだ。予定の高さは600m。

 やがて、わが席は地上を離れ、空中へと向かう。遥か彼方は太平洋だ。波しぶきが太陽に映えて燦燦と輝いている。「ついに飛んだぞー、グライダーで」ーーそんな気持ちになってくる。風切り音も気になってくる。「エンジンがないのだから無音かな」とも思っていたが、やはりそうでもない。そう感じられるようになっただけ余裕が出て来たようだ。

 「下に貨物列車が走っていますよ」と教官が言った。見下ろすと確かに線路の上に蛇の如く動いている。ミニチュアの鉄道模型を見るよりもっと小さい。見渡すといつの間にか富士市内の上空だ。富士山もちょっと雲がかかってきたが山腹より上がきれいに見える。「運がいいですよ、こんなよい日に飛べるなんて」と教官は会話を続けた。

 「操縦桿を操ってみますか?」−−また声がかかった。「えっ、いいんですか」と言って、その後、足元にある操縦桿を握り右へと動かしてみる。まずは、そっとである。そして、もう少し強めに倒してみる。と、機体は右へ倒れるように曲がり始めた。車なら右へ回るだけだが飛行機となると、右肩が落ち、左肩が上がる感じで曲がる。
 
 「おお、もういい、もういい」と教官にバトンタッチする。教官は心得たもので「空の上の操縦はいい気分でしょう」と軽口である。機体が右へ沈むのに我が身体が右へついて行かず、左に突っ張っている様子が見ぬかれたのだろう。「そりゃそうでっせ、右肩と共に下へ重心を移したら機体は宙返りし、まっ逆さま」ーーこれがこちらの心境だった。

 この間、感心なことというか欲張りというか、わが両手はビデオカメラをまわしていた。加えて、時々は腹の上に置いたデジカメも操作していたりした。その上で、「あ、あそこにパラグライダーが飛んでいますよ」とまたもや教官から声をかけられると、カメラワークのスピードと自分の視線、それに身体の自律反応が次第に狂ってくる。

 つまり、車酔いに似た症状だ。天気の素晴らしさ、景色の素晴らしさがあるのに、自律神経はそれを素直に喜ばなくなる。しかし、「そろそろ富士川の鉄橋が見えてくるでしょう、あの上を通って着陸態勢に入ります」−−教官の声も慎重度が増したようだった。当方も「ここが快感」とばかりに目を凝らす。カメラも滑走路に向けたままだ。
 
 スススッー、ドン、スススッー、我々のグライダーは滑走路の上を見事に走り、地上に機体の足輪をつける瞬間だけ軽く接触感はあったものの、またもや空中を走るような雰囲気で着陸した。「オッ、やったぞ!」−−喜びがこみあげてきた。約半年前からこの日を待っていたのだ。飛び終わってこそ価値があるのだ。

 それから暫くして同行した友人も飛んだ。空に浮遊している様子を見ると「今、今、あの空に自分が飛んでいたんだ」とまたもや感慨が深まってくる。グライダーに乗ったことがある人と、乗ったことがない人とでは同じグライダーを見ても感じ方の深さが違う。耳学問と実体験の違いをしっかり身につけなければならないと改めて思う。

 やがて、友人も帰着したので昼食へと向かう。場所は由比の名物、桜えび料理を食べるところだ。さらに食事が終わってからは東海道で富士山の最も美しい場所だと言われる薩多峠へ車で登った。普通はハイキングコースで名高いところで、車で行くのは気がひけたか、幸い冬場で人通りも少ないことからスイスイと行けた。

−−−−オワリ。

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