本日の一言   

1998/7/12

世界のCMがみられるように



皆さん、テレビのCMをお好きですか。多分「きらい」とお答えになる方が多いことでしょう。
でも、「昔ほど嫌いではなくなったよ」とお答えになる方も増えて来たきたのではないでしょうか。近頃のCMは、随分見映えのよい作品が沢山放送されるようになり、結構見ていて楽しくなってきたからです。

それに、「CMって案外ファッショナブルなんだよね」とか、「その会社の企業姿勢みたいなものがわかっていいよね」、あるいは「逆にライバル企業の動向もわかっていいしね」、「いやそれよりも子供がテレビを見ている時にCMになった途端、急に画面を注目する瞬間がありますが、あれって童心を引き付ける何かがあるんですよね」−−などと社会の流れを反映させる面とか、CM制作者の研究心をほめるような言葉をよく耳にするようになってきたからです。

つまり、いつのまにか人々はCMに対して抵抗が薄らぎ、心の中にすんなりと溶け込み始めたような気がするのです。勿論、ただ単純に「CMの時、一瞬画面から目をはずすわけにもいかないし、その都度トイレに行くわけにもいかず、それに第一、目をはずさせないようにするインパクトのあるビジュアルやサウンドがあるじゃない、あれ口惜しいけどハメられるね」−−こんな声があることも知っています。

でも、ここで強調したいことは、CMというものはかっては視聴者に対する押し付けであり、制作費の少なさ、表現力の弱さなどにより「嫌われても仕方がない」という面がありましたが、それが時代の移り変わりと共に視聴者側自体が「企業もきちんとメッセージを発信すべきだ」というように意識変化が生じてきたということです。企業はどんな姿勢で消費者と接しようとしているのか、どんな商品やサービスを行おうとしているのか、−−それを人々が潜在的に求め始めて来たようにも感ずるのです。

とはいっても、まだまだ「あのCM、もう一度放送してくれないか」とか、「自分が必要な時にいつでもすぐ見れるようになっているといいね」−−などという言葉は聞いたことがありません。たまには目立ったCMや印象度の高いCMがあったとしても「またいつか見れるだろう」という安心感と、「どちみちラジオテレビ欄に載っているわけでもないし」という諦め感があるからでしょう。言い換えればCMは嫌われていた段階から、少しは漸く好まれる段階へと一歩踏み出してきたといえそうです。

さて、そこでですがCMを必要に応じて業種別、地域別、タレント別などに各種分類して、検索しながら閲覧出来るようにしてはいかがでしょう。そもそもCMが嫌われている理由の一つに、ある時突然自分の好むと好まざるに関わらず画面に出てくるという抵抗感があります。番組こそ事前に自分で選ぶことが出来ますがCMだけはある時唐突に、場合によっては無差別爆弾のように登場するからかも知れません。だからこそ、自分の見たいCMがあった場合は、いつでも自分の都合の好い時に見られるようにしてはどうかということです。

そのためには、今急速に発達しているインターネット上で、どんなCMでも簡単に検索して、すぐ見れるようなシステムが開発されたらどんなに便利なことでしょう。テレビ媒体を補完する「CM一覧システムの誕生」というわけです。幸い、インターネット上で動画を見るのも簡単な時代となりました。風邪を引いたときにはカゼ薬のCM、エアコンを買いたい時にはエアコンのCMが瞬時に見られるようにし、それも個々の企業を検索するのではなく、カゼ薬、エアコンといった項目別検索で自由簡単に見られるようにするわけです。

さらには折角のインターネットですから世界的レベルでの展開が望ましいといえましょう。外車を買いたい人はその生産国でのCMが見られ、ファッション関係のブランド品が見たければその発売国でのCMが見られるようにするのです。ある意味では通信販売のカタログみたいな役割を果たすわけですが、通販にはない旅行や金融商品も茶の間で見られるようにするのです。アメリカの場合は比較広告が自由で挑戦広告も多いと聞いておりますので、例えばパソコンの広告を見るだけでも面白くなるのではないでしょうか。

世界のCM検索システムの登場−−−私はこの出現に期待しております。
ある業界誌に私のこの発言がエッセイの形で取り上げられたことがありますが、この時は思い付きの冗談的に記述しましたが今は半分ぐらい真剣に切望しております。世界中のテレビ局が、あるいはスポンサーが手をとりあってこんな仕組みを作り上げてはいかがでしょうか。世界中の美人CMタレントも見られるようになるし−−皆さんのご意見をぜひメールでお聞かせください。

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