過去・否定・現在 第八話
星崎の初恋の相手、それが俺だと告げられたのだ。 もちろん俺の記憶が無い幼い頃の話。 俺には昔の事が思い出せない。 思い出してしまえば今の俺が壊れていってしまう様なそんな気がしていた。 しかし、一つ疑問な事がある。 俺は思い出せないのに星崎はどうして昔の事を思い出せたのか。 『星崎はどうして昔の事を思い出したんだ?最近まで忘れていたんだろ?』 暫しの沈黙。 窓から外の景色を眺めていた星崎がゆっくりと口を開いた。 『さくっちが八重ちゃんと付き合い始める前にあの丘で・・・一人の女の子に出会ったんだ。 その女の子は私に─忘れたままでいいのですか?あなたは諦めるのですか?─って言ったんだよ』 丘にいる一人の女の子・・・ 『それだけ言うと女の子は何処かに消えちゃったんだよ。はじめは意味が分からなかった。 でも暫くして・・・そう、さくっちと八重ちゃんが付き合いだしてから急に思い出したんだよ』 『・・・それは何か。俺とつばさが付き合うようになってそれを見たお前が自分の嫉妬心に助けられたとでも?』 『わからない。でも無意識に今思い出さないと駄目だって思っちゃったのかな。 それでね、本当の事を言おうかどうかすっごく迷ったんだよ。だけど今言わないと後悔すると思ったんだよ』 何も言い返せない。 何を言い返せばいいのか分からない。 『さくっちは何も考えないでいいの。私が気持ちを伝えたかっただけだから。 気持ちを伝えられただけで充分!うん、充分☆充分☆』 そう笑顔で言い放つ星崎。 その表情には何処か無理をしている部分が見える。 『本当に・・・本当にそれだけでいいのか?』 『うん!』 即答だった。 星崎がそう言うのなら俺はもう何も言わない。 ただけじめだけはつけたい。 そう思った俺はつばさに、今星崎から聞いた話を聞いてもらう事にした。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ ・・ ・ その日の放課後。 俺は星崎とともにつばさを呼び出した。 『二人してどうしたの?』 八重歯をのぞかせながらつばさがこちらにやってくる。 『前に俺が見た夢の話をしたよな。幼い頃、あの丘で俺と遊んでいた女の子は星崎だったんだ』 もちろん俺が昔の事を思い出したわけじゃない。 星崎から聞いた話をつばさに伝える。 俺が今している事はそれだけだった。 でも、星崎の言っている事が嘘ではない事は今日の星崎の態度を見ていれば分かる事だ。 『えっと・・・てことは、舞人とゾンミは小さい頃からの知り合いだったわけだ』 『違うの、八重ちゃん。私の初恋の相手、それが幼い頃のさくっちだったんだ』 『!?』 驚きの表情を隠す事の出来ないつばさ。 『・・・と、言うわけだ』 俺は静かに言う。 『や、─と、言うわけだ─って言われてもわけわかんないよ!』 さっきよりもつばさの声量は上がっていた。 それもそのはずだ。 自分にとって親友と言う存在。 その存在が自分の恋人とずっと前に会っていて恋をしていた。 落ち着いてはいられない筈だ。 でも言うしかなかった。 『落ち着け、つばさ』 『や、これが落ち着いていられますか!ゾンミはどうして今頃になってそんな事を!?』 『私も最近まで忘れてたんだよ。でもあの丘で・・・一人の少女と会って思い出した。 で、そのまま黙っていようかとも考えたんだけど・・・言わないと後悔する、 そう思ったから』 星崎の言葉、気持ちを察したのかつばさはそれ以上何も聞こうとはしなかった。 その後、3人は口を開こうとしなかった。 静寂が訪れる。 ・・・・・ ・・・・ ・・・ ・・ ・ 次の瞬間、静寂を破ったのはつばさだった。 『ゾンミが舞人の事を忘れた時点でゾンミに掛かっていた魔法は解けてたんだよ。 でも思い出して新しく魔法に掛かった』 昔、つばさが言っていた言葉。 ───恋の魔法 星崎への魔法は一度解け、再び掛けられた。 そうつばさと同じように。 だからつばさは星崎にこれ以上何も言えなくなったのだ。 自分と同じだと分かったから・・・ 結局、その場は誰からとも無く解散となった。 『幸せになってね☆』 別れ際、俺たちにそう告げる星崎。 ───もう出番の終わった私は舞台から下りるのみ。次は客席から幸せな主役二人に拍手を送るね☆ 星崎の瞳はそう物語っている。 俺もつばさも星崎の気持ちを理解していた。 理解しているからこそ、俺達は星崎に言う事が出来た。 ありがとう! 結局、俺は昔の事を思い出せなかった。 でも思い出せなくて良かったと今では思う。 思い出していればまた違った結末が待っていたかもしれない。 だが、俺は今の結末で満足している。 いや、今の結末じゃないと俺は駄目なんだ。 『幸せになろうな〜星崎のためにも』 『ん、そだね』 そこでふと気になる事があって俺はその場に立ち止まった。 『ん?舞人、どうしたの?』 『そう言えば、つばさも一度俺の事忘れたよな?』 『う・・・忘れてよ』 『いや、その事は気にしてない。ただどうして思い出したんだ?それが気になる』 『や、そう言えば話して無かったね。知りたい?』 意地悪そうに尋ねられる。 『もちろん!』 答えは決まっているから即答する。 『や、実はね、声が聞こえたんだ』 『声?』 『うん、女の子の声がね』
第七話へ 第九話へ