小説 〜DAVALPUS〜
第一節 狙撃手
眼下に広がる渓谷を武装した一団が進んでいく。
まるで大蛇の如く曲がりくねった山道を、それは慎重な足取りで進んでいく。
逃げ場のほとんどない狭い山道だ。
いつ何時、襲い来るとも限らない奇襲に備えるのも頷けるだろう。
ましてや、今は乱世とも言うべきご時世。
もっとも、その元凶たる狂王は己の居城である城塞都市に篭ったままと聞いている。
世を乱した張本人が、真っ先にその矛を収めただなんて笑い話にもならない。
噂では、不敗を誇った狂王軍の力の源たるアーティファクトが、邪悪な魔術師とやらにかっぱらわれたらしい。
挙句の果てに、そいつを取り戻そうと在野の冒険者を募っているというのだから、情けなくて涙が出てくるよな。
まあ、そんな事はどうでもいい事だけどな。
「さて、お仕事といこうかね…」
愛用の長弓を手に取り、再び眼下の一団を見やる。
密集陣形を取りつつ進むその数は八。
そのどれもが黒光りする鎧を纏っている。
馬鞍より提げられた楯に刻まれた刻印は猛々しき獅子。
間違いない…狂王近衛兵団だ。
城塞都市より動かないハズの奴等が、こんな辺境をうろついているだなんて、あからさまに怪しいよな。おい。
腰の矢筒から一本の矢を引き抜くと、手早く弓につがう。
そして、一団の中央に位置する赤羽の兜を被った男に狙いを付け…。
「悪いけどこっちも仕事なんでな…恨みっこナシだぜえ」
呟き、にわかに口元が緩む。
刹那、長弓より放たれた矢は雷の如き疾さで渓谷を駆け抜ける。
山峡より吹き上げる風や、山頂より吹き降ろす複雑な大気の流れ。
それらをまるで意志を持っているかのように巧みに避け、そして一団の主を急襲した。
凶弾、若しくは魔弾と称しても何らおかしくないそれは、男の喉元に深々と突き刺さる。
狙撃を成し遂げた男はすぅと目を細めると、チッと舌を鳴らす。
その顔は明らかに憮然とした、曇った表情であった。
「なんだか虚しいんだよな…。どうにもよ」
男のそんな呟きを他所に、山間に潜んでいたであろう兵士達が一斉に一団を強襲する。
統率するべき立場の者を失った狂王軍には、もはやまともな応戦など出来るはずもなかった。
かつては不敗無敵と畏れられた狂王軍とて、今や城塞都市より一歩でも外に出ればこんなものである。
そして、そうした連中を喜び勇み狩り立てる、被征服国の残党達。
雇われ”仕事”をこなす者達。
これはまさしく乱世という時代が生み出した図式でもあった。
それから半刻も経たぬうちに”戦い”は終結した。
野晒しとされた遺体は、どれも狂王軍のものばかりであった。