小説 〜DAVALPUS〜


第五節 魔術師


 同時刻、街道を北へと向かう二頭立ての馬車があった。
 黒光りする豪奢な車体からは、それに乗る者の身分の高さが窺い知れた。
 その向かう方角からして、行く先はリルガミンの聖都であろうか。

「つまり、私に不法な業者斡旋をしろと…そう仰られるか?」

 整備された街道を進んでいるとはいえ、車上に伝わる振動はお世辞にも快適とはいえるものではない。
 だが、その揺れをほとんど感じさせないのは、この馬車が余程優れた振動対策を施されている事に他ならないのであろう。
 金銀の刺繍で飾り立てられた濃紺色の法衣を纏った、長身痩躯、長い黒髪の男が白磁のティーカップを片手に皮肉めいた笑みを浮かべた。

「そうは申しておりません。ただ、アラビク皇子のご成人を祝して、当社より心ばかりの品をご献上差し上げたいだけ」

 法衣の男に向かい合う形で座る、スーツ姿の男が即座に返答する。
 その台詞回しだけ聞いていれば、反論や弁解といった類のものととれる内容であったが、この男もまたにわかに笑みを浮かべている。
 彼は人間であったが、その鋭い切れ長の目から想像するに、何代か前にエルフの血が一族に加えられたのであろう。

「フフ…相も変わらず見事な言い回しかと感心させられる。エリュシオン卿?」
「いやなに、ダバルプス殿には敵いませんよ」

 そして、互いに笑いあった。
 エリュシオンと呼ばれた男が空になったティーカップを差し出すと、傍に控えていた侍女が替わりの紅茶を注ぎ足した。
 香ばしい湯気が立ち上り、男は目を伏せそっとその香りを堪能した。

「良質のダージリンですな。たしか、リルガミンの近辺では栽培されていなかったはず…」
「左様。近隣の国より取り寄せた、収穫を終えたばかりの一品と」

 そう答えると、ダバルプスはその紅茶をゆっくりと飲み干していく。

 聖都リルガミンの宮廷魔術師たるダバルプスと、名だたる大魔術商エリュシオンは旧知の間柄であった。
 共に王立魔術学院にて研鑚を重ねた仲であり、そして”大魔道”の称号を与えられた数少ない高位魔術師でもある。
 学院を卒業した後、ダバルプスは王宮に入り、エリュシオンは家業たる魔術商を継ぐこととなった。
 進んだ道こそ違えど、それからも公私問わず度々顔を会わせる機会に恵まれたのは不思議な巡り合わせか。
 今日も、一週間後に控えたリルガミン皇子アラビクの成人祭への献上の件で、それぞれ宮廷魔術師と魔術商として会談の場を設けていたのである。
 そして、今はそれぞれ王宮と屋敷のある聖都への帰路ということになる。

「とりあえず、殿下へのご献上の件はそれとなく働きかけてみよう。もっとも、大魔術商たるエリュシオン卿と競える相手など、そうそう存在せぬはず」
「目下、ボルタック殿が最大の好敵手(ライバル)と言ったところですか」
「まあ、そう杞憂せずとも……!?」
「む!?」

 その時、二人の魔術師は常人には感じ取れない”何か”を感じ取った。
 それは、そう遠くない場所。
 複数の負気が渦巻き、生命の灯が激しく燃え上がり、そして消えていく…。

「戦っている…それも、そう遠くない」
「このエナジーの鮮烈さは、只者ではありませんな」

 空になっていたティーカップを置くと、侍女が新たに注ぎ足そうとするが、ダバルプスは手を差し出すとそれを制止する。
 頭を下げ一歩引く侍女を横目に見ながら、眼前のスーツ姿の男に語りかける。
 それも、どこか楽しげな表情で。

「どうです、行ってみませんか?」

 そのエリュシオンの提案に、ダバルプスは楽しげに頷くのであった。
 


 

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