小説 〜DAVALPUS〜
第六節 百発百中
半両手剣を構えたまま微動だにしないヴィシャス。
そこから数歩後方にて、鋼線張りの長弓に矢を番えた状態で機を窺うオズワルド。
黒装束に身を包んだ暗殺者──忍者達はそんな二人を包囲するように、緩やかな足取りで動き始める。
一見、無造作にも思える忍者の動きだが、そこには一片の隙すらも存在しない。
逆にこちらが僅かたりとも隙を見せるような事があれば、彼らは一足飛びにその致死の斬撃を打ち込んでくるであろう。
狂王直属の暗殺者集団。
そんなものに命を狙われる筋合いなどオズワルドにはなかった。
ともすれば、その標的は自ずとヴィシャスだということになる。
狂王軍の内情(この暗殺者の存在を含め)を知るものの抹殺…。
そう考えるのが妥当かつ自然なものであった。
「殺っちまっても構わねぇんだよな?」
周囲の敵から一分の意識も逸らすことなくオズワルド。
矢羽を引ききる手には、更に三本の矢が握られている。
「お前には関係のないことだ。下がっていろ」
中段不動の構えを崩さず。
「んなこと言ってもよ、奴さん達は殺る気まんまんと違うのかい?」
一瞬だけ流れる沈黙。
「邪魔だけは御免だ」
「上等…」
刹那、ヴィシャスが動いた。
踏み込みと同時に切っ先を振り上げる。
そして左足を半歩下げると、それを軸足に急速反転し横凪の一閃。
瞬きすら叶わぬ間に二人の忍者を絶命させると、僅かほども止まる事なく次の敵へと肉迫する。
その動きはまさしく疾風迅雷と呼ぶに相応しいものであった。
闇夜に躍る漆黒の疾風が、朱紅き大輪の華を虚空に、そして大地に咲かせていく。
しかし、そのヴィシャスが動き始めた瞬間には、既にオズワルドの弓の引き手は空になっていた。
神技とも称されるべき速射の秘技。
そして、一矢にて一命を奪い去る恐るべき正確無比な射撃。
矢を放つその瞬間に矢羽を僅かにむしり取ることによる弾道修正は、いかに弓の道に精通した者とてそう易々とこなせるものではない。
一度オズワルドの手元を離れたその魔弾はまるで意志を持つかの如く、あたかも風に宿りし妖の乙女が如く、夜風の海原を夢幻の軌道を描いて駆け回る。
この文字通り”百発百中”の射撃こそが、オズワルドを遠いガイネスの地にて”第二位の弓の使い手”と言わしめた所以であった。
対する忍者達にとっては、それはあまりにも凄惨な悪夢と言えた。
携えし短刀は、その刃が届くこと叶わず。
薄刃の投擲もまた、打ち払われ、打ち落とされ叶わず。
歴戦の勇者すらも震撼させる暗殺者の死の舞いは、今宵は彼ら自らに死という名の喝采を送ることとなる。
そして半刻と立たぬ間に、周囲は再び夜の静寂を取り戻すのであった。