リレー小説 〜Infinity〜
困っている男
シャワーを浴び終えた留美は髪を乾かし、簡単なメイクを終えた後マンションを後にした。
全大学生に共通の物事、大学の講義があるのだ。
留美のマンションは駅から徒歩で20分離れた場所にある。さらに大学へ行くには20分電車に乗らねばならない。
『アパートが駅からもっと近ければ良いのでは?』と皆が言う。
ここを選んだ理由はそんなに大それたものではない。ただ、家賃が駅近くの物よりも安かったのだ。
初めの内は歩いて駅まで通っていたのだが、流石に疲れるので1週間でやめた。
結局バスか、自転車にするか考えて自転車にすることにした。
自転車は駅に行く以外にも別な場所へ行くのに使える。自分の活動範囲が広がるのは良いことだ。
留美はマンションの裏手にある自転車駐輪場から自分の自転車を出して、駅に向かって走り出した。
「コマテマス、コマテマス」
留美が大学のある駅改札を抜けたとき、変な日本語が聞こえた。
「コマテマス、コマテマス」
ふと、そちらの方へと視線を向けてしまう。
そこには青い瞳に長い鼻、短めに切りそろえられた茶の入った髪をした異国の男が立っていた。外国人の年齢は分かり難いがたぶん、30代半ばだろう。背は留美より頭一つ分は高い。上にはYシャツ、下にはズボンと至って普通の格好だ。……男だけを見れば。
男の横には奇妙なバックがあった。中の物が堅いのか所々尖っている。また、バックの口からは入りきらなかったのかマジックハンドのような物が飛び出ていた。
一見まともに見える……でも、怪しい。
それが男の第一印象だった。
「コマテマス、コマテマス」
男が再び周囲に呼びかける。だが、まるでそこには何も無いかのように人々は各々の目的地へと向かい過ぎ去っていく。
そんな光景に留美は少し寂しさを覚えた。
留実の実家は田舎の方だ。
ご近所つきあいが深く、下手をすると相手の家の年収まで知ってたりする程だ。
道を歩けば知り合いに会い、挨拶をする、そんな土地だった。
だから、東京に出てきて一人暮らしを始めたとき、まず驚いたのは都会人の隣近所の付き合いの低さだ。
越してきて、数日したとき、マンションの知らない住人に会い、軽く挨拶をしたのだが、相手は「なんで?」と言う顔をしていた。
都会に住む人は自分に害が及ばなければ見向きもしない。まるで、そこには何も無いかのように。
留美も東京に住んで数ヶ月、その事に何度と無く腹立たしい思いをした。
まぁ、今では都会の住人の反応にそこそこ慣れたのだが。
だから、留美は男に声を掛けることにした。声を掛けなければ、自分まで冷たい都会の住人になってしまったように感じてしまうから。
「どうかしましたか?」
留美の声に男が振り返る。
「コマテマス」
さっきから繰り返されている言葉が男の口から漏れた。
「あ、あー、えーと……」
留美は頭をフル回転させて、受験で培った英語の知識を総動員した。何とか、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「May I help you ? (何かお手伝いしましょうか?)」
男の顔がパッと喜びに綻んだ。
途中で会話が止まりつつも何とか聞き出してみると、なんてことはない。
電車に乗りたかったのだが、自分の目的地が日本語で書いてあるため読めない……というものだったのだ。
留美は男に教えてあげると代わりに切符を買ってあげた。
「Oh…、Thanks Lady」
男は礼を言いつつそれを受け取った。
「レディなんて言われると照れくさいなぁ…」
男は何度もお礼の言葉を述べながら奇妙な荷物と共に改札へと向かっていった。
留美は少しそれを見ていたが、すぐに大学に向かって歩き出した。急がないと講義が始まってしまう。
だが、数歩進むとその肩を後ろから『ポン』と叩かれた。振り向くと、そこにはさっきの男が立っていた。
「プレゼント」
男は片言でそういうと留美にアジア系民族衣装でよく見かけるじゃらじゃらと細長い石のような物が付いたネックレスを渡した。
「え? 何これ?」
「プレゼント」
男はニコニコしながらそういうとまた改札へと戻っていった。
留美は返そうとしたが……英語で何と言えばいいか判らないのでやめた。
「……まぁ、いいかぁ……。でも、これ……怪しいなぁ。オカルトグッズとかで売ってそうな代物みたいだわ」