リレー小説 〜Infinity〜
セーレムの夢
1962年冬、セーレム・ヴィレッジ(現在のマサチューセッツ州ダンバーズ町)。
薄暗い獄中の中に一人の女性が座り祈りを捧げている。
麻のスカートにシャツと上着。その下には黒い肌。
首に幾十もの長い石の付いたネックレスを下げている。
時折苦しそうにその口から、声が上がる。
原因はその背に滲む血の跡の様だ。
拷問の鞭打ちによる傷がそうさせているのだ。
ぎぃ……ばたん。
どこかのドアが開いた。
こつ……こつ……。
獄中の中に足音が木霊する。
ゆっくりとそれは彼女の元まで近づいてゆき……目の前で止まった。
女が顔を上げる。
そこには獄中にいることさえ不自然な10代に入ったばかりであろう幼さを残した少女 が立っていた。ブロンドの髪に白い肌、青いワンピースを着て女を見下ろしている。
にこにこと笑っているのだが、その瞳の青は深く冷たい。
「……アビゲイル」
女がそう呟いた。少女の名前だろうか?
「アビゲイル、もう……やめなさい。もう、十分でしょう?」
もう一度呼びかける。少女の名前はアビゲイルというようだ。
「そうね、現世ではそう呼ばれているみたいだから、アビゲイルでいいわ。さっきのお願いだけど、答えはNOよ」
「なぜ? 邪魔な私たちを排除すれば村の人にはもう何も関係ないでしょう?」
「愚かな彼らを正しい道に導いてあげる事の何がいけないのかしら?」
「馬鹿な……破滅へ導くことが正しい道だとでも!?」
アビゲイルはやれやれ、と言わんばかりに肩をすくめた。
「そうよ。力のない者はただ無駄に資源を食いつぶすだけの害虫でしかないわ。あなたも彼らの愚かさを見たでしょう?すこし私達が苦しそうに転げ回っただけでオズボーンが魔女である、と判断したじゃない」
「あなたの邪眼のせいでしょう!」
「そんなことはないわよ。私はちょっと彼らの背中を押してあげただけ……。彼らの心の中にある想いを増幅させてあげたに過ぎないわ。彼らは潜在的に楽しんでいるのよ、他者をいたぶることを……蔑むことを……」
「………」女はグッと押し黙る。更にアビゲイルは言葉を続けた。
「私は知った。前の時に知ってしまった。やはり人は完成した世界に居るべきなのよ。そして、それは少数の選ばれた者だけで構成されなければならないのよ!」
「……前の時?」
「そうね、あなたはあの時代にいなかったものね。だから、あなたが今の世界を守ろうとするのもわからなくはないわ……。真実に触れないとそれは判らない。理解できない」
「真実……?一体、前の時代で何があったの!?」
「言ったでしょう? 触れないと判らない、と」
スッとアビゲイルは牢から離れた。
「明日あなたに判決が下される。結果は……判っているわよね?」
「……判っているわ」
「そう、……できるならあなたは助けてあげたい。……親友だったから。でも、駄目。今のあなたは解放したら、また向かってくる。その瞳がそう告げている。だから……来世で会いましょう」
こつ……こつ……。
足音が遠ざかる。
「さようなら、チツバ。来世で会えるときには、あなたが真実に触れてると良いわね」
こつ……こつ……ぎぃ……ばたん。
ドアの閉まる音がして、再び獄中に静寂が訪れた。
チツバはうなだれてた。
「何故……アビゲイル……前世(むかし)のあなたはあんなに……」
チツバはゆっくりと壁際まで動き、その体を壁に預けた。
「過去を繰り返そうというの、アビゲイル? 結局、あの世界も崩壊したのよ……?」
小さく息を吐き出すと、チツバはゆっくりと目を閉じた。
「ん……ぅん……」
留美はキャンパスのグラウンド側、木の下にあるベンチで目を覚ました。
「あ……眠っちゃってたのかぁ」
葉の陰から零れ出る光がきらきらとしてまぶしい。つい、目を細めてしまう。
変な夢だった。
見覚えのない黒人の女と白人の少女が口論のような事をしていた。
最近、見た映画がごちゃ混ぜになって出てきたのだろうか……?
じゃらり……。
手元を観ると、朝貰った装飾品があった。
……これも夢に出てきたような気がする。
まぁ、夢というのは脳が情報を整理するときに観るものらしいから出てきてもおかしくはない。
まだ頭がボーっとするので留美は伸びをして大きく息を吸い込んだ。
まるで身体中に酸素が回っていく様に感じられる。
『左に毛虫がいますよ』
「え!? 嫌!!」
留美はバッとベンチから飛び退く。毛虫は大の苦手だ。
次の瞬間、留美が座っていたと場所を勢い良く野球の硬球が通過していった。
「え?」
一瞬、キョトンとしてしまう。
何が起こったのか頭で整理できないで居ると、グラウンドからグローブをはめた男が走ってきた。
「ごめんごめん、怪我はなかった? ……にしても凄い反射神経だな。何かスポーツやってるの?」
「え、いや、そんなことはないですけど……」
反射的に答える留美。
「じゃ、ごめんね〜」
男は再度軽く謝るとボールを拾いに走っていった。
しばらくボーっとしていた留美だったが思いだしたかのようにベンチに視線を移す。毛虫なんて何処にも居ない。
「……いない」
そういえば誰かが声を掛けてくれたから気付いたのだと言うことを思い出し、留美は周囲を見回した。
人は居るんだが、その場所では叫ばないと気付かないほどに距離は離れている。
確か、ささやく様な感じだった。
「あれ?」
留美は軽く首をひねった。