リレー小説 〜Infinity〜


現代魔術師事情/あるいは晴明と稔の待ち時間


「先ほど、病魔(ヤカー)使いの呪術師と接触しました。こちらの方はなんとか片をつけましたけどね」
 渋谷のビル街、裏通りにぽっかりと開いた空間──
 晴明(ハルアキ)が携帯越しに誰かと話をしている。
 傍らには日本人としては規格外の巨漢である稔(ミノリ)。そして、その稔に片手で取り押さえられた東南アジア系の小男──病魔使いの呪術師が所在なさげにしている。
「それだけなら良いのですが、話はどうもそう単純ではないらしくて」
 言う割に、晴明の顔には自然な笑みがある。
 ただその笑みも、左手にナイフを弄んでいれば凄みに変わる。
 ふっと手の中のナイフの妖しい輝きに視線を落とし、言葉を繋いだ。
「そこで、魔道書Scriptureの所持者である真夜君にも手伝って欲しいなあと」
 確信を込めた一言。眠っているかと疑いたくなるような糸目の端に悪戯っぽい光が宿る。
「ははは、ありがとうございます。あ、それから面白いものもあるんですよ」
 もう一度、手の中のナイフに視線を落とす。
 そして、新しい玩具を自慢する子供のような声で続けた。
「魔剱──そう言えば分かって頂けますよね?」
 もう一度、糸目の端に悪戯っぽい光。
 そして今度は堪えきれず、くすくすと忍び笑う。
「えぇ。では定番通り、ハチ公前でお待ちしています。はい──では」
 そこで通話が終了した。

 カタカタと軽やかな音を立ててキーボードの上を晴明の指が踊る。
 近年、ビジネスマンとオタク達の間ですっかり定着したモバイルギアというヤツである。ネットワークへの接続は携帯経由だ。
 モバイルギアの隣りには温かなジンジャー・ミルクティーが湯気を立てている。
 高架下のスペースを有効活用した小さな喫茶店。
 そこに晴明と稔はいる。病魔使いは既に聞くだけの事を聞き出して解放済みである。
「ハル」
 不意に稔が口を開く。
「はい?」
 画面に視線を落としたまま晴明が応える。
「なんで真夜まで呼んだ?」
「ちょっと話が入り組んできたからです」
 稔の問いに答えながら、それでも視線は画面の上だ。
「どういう事だ?」
 怪訝そうな顔で稔が重ねて問う。
 そこで、やっと晴明は顔をあげた。 
「いわゆる裏の世界の住人たちが、この街で大きな動きをみせています。残念ながら、まだ全貌は掴めていないんですが──」
「当座は魔剱の争奪戦になりそうだ、ってところか?」
 晴明の説明を遮って、稔が言った。
「そんな意外そうな顔すんな、インチキ占い師。オレだって目も耳もある」
 言いながら、まだ熱いブラックのコーヒーを一息に飲み干す。
 かつん。
 小さな音を立ててカップとソーサーがぶつかった。
「病魔使いの話と、さっきの電話。それから今の前置きまで繋げりゃ、そのくらいは見当がつくだろうが」
「さすがですねぇ。お陰で楽ができます」
 晴明はにこにこと人の好さそうな笑顔を浮かべて、ジンジャー・ミルクティーを一口。
「──ちょっとジンジャーが足りないな」
 表情を一転させて、困ったような顔で呟く。
 その呟きを捉えて稔は苦笑い。
「お前の好みに合わせて生姜をぶちこんだら他の客が逃げるぞ」
「そうです?」
「保証する」
 意外そうな顔で問い返す晴明に、稔は確信をこめて頷く。
 頷いて、続きを促すように言った。
「で、それが真夜を呼ぶ事とどう関係するんだ?」
「一つは世界各地からお客様が集まっていると言う事ですね。ヨーロッパ系の魔術や魔術結社が相手となると、どうしても真夜君の助けが必要になります」
 またジンジャー・ミルクティーを一口。
「例えば『聖杯騎士団』だの『白銀の月夜』だのと言った結社は日本ではコネクションが極めて限られていて、今回の件に絡んでいるらしい事が分かっても具体的な動向が読めないんですよ」
「で、真夜なら分かるってのか?」
「えぇ。あぁ見えて欧米ではちょっとした顔なんですよ?」
 晴明の言葉に、稔はへぇと意外そうな様子を隠さない。
 とても信じられないが、まぁ晴明が断言するならそうなのだろう──そんな表情だ。
「それからもう一つは単純な戦力増強」
「自称『稀代の陰陽師』がやけに弱気だな?」
 からかうように稔が言えば、意外にも晴明は素直に頷く。
「無理はしない主義ですから」
 またジンジャー・ミルクティーを一口。
 そして、再びモバイル・ギアの画面に視線を落とす。細い指先がキーボードの上を踊り始める。
「ところでな──」
 肩透かしを食らったような顔で稔は話を継ぐ。
 視線はモバイル・ギアに向けている。もちろん画面は見えないが。
「さっきから何を調べてるんだ? なんかヤな感じがするんだが」
「相変わらずカンが良いですね──」
 にこにこと、何事もないような口調で晴明は返す。視線は変わらず画面に注がれたままだ。
「実はバチカンと各国情報機関の動きを探っていたところです」
「──ちょっと待て。バチカンて何だ?」
「バチカン──正しくはバチカン市国。ローマ市内にあり、その面積わずか0.44平方Kmの独立国。ローマ法皇の支配下にあり、法皇庁の所在地でもある──まぁ、この業界では『法皇庁』と同義語ですが」
 そこで一息。
「ちなみに情報機関が絡む理由は、どの国も公式に認めていないだけで陰の側の世界の存在に注意を払い──払うだけでなく可能なら利用しようとしているから。それだけに彼らの動向に注意を払っていれば業界の動向が見えてきます」
 飽くまで大した事ではないような口調を晴明は続ける。
 しかし幾らオカルトに詳しくない稔でも想像がつく。法皇庁だの各国情報機関だのが絡むとなれば事は決して小さくないはずだ。
 意識せずとも呆れ顔になってしまう。
「一介の大学生を巻き込むような話か、それは?」
「まぁ、こちらの世界ではよくある事ですから」
 稔の言葉にも、晴明の表情は変わらない。にこにこと笑みを浮かべたままだ。
「それに必ずしも相手になるとも限りませんし。ただ、オカルト絡みで大きな出来事があれば必ず動きがあるのでチェックしていただけですから」
 ね、と同意を求めるように言う。
 しかし稔は頷かない。
「お前はさっき、俺の事をカンが良いって言ったな? そして、こちらの世界ではよくある事だとも。って事はこれからデカい話になる可能性は低くないんだろうが?」
 責めると言うほどではないが、険のある口調で言う。
 その言葉に、晴明は悪びれた風もなく頷いた。
「さすがに鋭いですね──でも、まだ確定じゃないのも本当です。いずれにせよ今更どうにもならない事ですし──」
 言って顔を上げる。
「ま、運が悪かったと思って諦めて下さい。ね?」
「──ったく。ちったぁ悪びれろ」
 あっけらかんと言った晴明に、稔は毒気さえ抜かれて溜め息をついた。

 


 

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