リレー小説 〜Infinity〜
人獅子と魔術師/日常への回帰
人に変じた獅子──
日本人としては規格外の200cmを超える身長と全身を包む筋肉。その大きさと重みと厚みが、稔と獅子の姿を重ねさせる。
怖いほど静かに──
稔は構えるでもなく、ゆったりと立っている。
視線の先は留美、その表情は包みこむような柔らかさを帯びている。
その稔をハーメルンは一瞥。
「ホゥ──」
軽く息をもらした。
次いで、くつくつと喉の奥で笑いを転がす。まるでしわくちゃの紙が擦れ合うような声だ。
そして、改めてまた稔に視線を重ねる。
「見たところ、大した術者でもなさそうじゃなぁ」
かさついた紙の声でぼそぼそと言った。
のんびりと茶呑み話をするような口調に深い闇がこもる。軽く言ってのけた余裕の中に、息苦しいほどの重みが転がっている。
だが──
稔は、それに応えない。
「随分とアイツを苛めてくれたな?」
視線をハーメルンに移し、怒気をこめるでもなく言った。
「ホゥ──」
もう一度、ハーメルンは息をもらす。
「胆は据わっておるなぁ。それで──どうするのかね?」
視線に殺気が加わる。
憎悪、怒り、そして喜び。そのどれにも染まらない透明な殺気が稔を突き刺す。
しかし稔の表情は変わらない。
いや──
表情に帯びた柔らかさが消えた。
にぃぃ──
唇が酷薄に笑みを刻む。
獰猛な──
獣の笑みだ。
「てめぇは、丁寧にぶち壊す」
稔の巨躯に溜められた怒気が力強く噴き出す。
だぁんっ。
間をおかず破裂音が響いた。震脚が公園のカラー煉瓦を砕く。
構えもなく撃ち出された大な右拳。
その石のような拳がハーメルンの脇腹にめり込む。
だぁぁんっ。
止まらない。
間合いをさらに詰め、肘を支点に左掌を右から回り込ませ、薙ぎ払うように横面へ叩き込む。
ハーメルンの身体が左前方へ大きく傾いだ。
右掌の甲を天に向けたまま高く持ち上げ、やはり肘を支点に無防備な背中へ打ち下ろす。
だぁぁぁんっっ。
一際、大きな破裂音があたりに響き渡り、ハーメルンの身体が煉瓦に叩きつけられる。
稔の動きが止まった。
ここまで数秒。
なおも稔を包む獰猛な怒気はおさまらない。それどころか、ますます膨張しつつ密度を増していく。
「ちっ」
見下ろして、稔は舌打ちした。
その視線の先、カラー煉瓦の上に転がったハーメルンの身体はぴくりとも動かない。
死んだように──
だが、稔は再び動き出した。
すっと右手でハーメルンの首筋を掴み右腕だけで持ち上げる。そのまま左手を添えて無造作に左後方へ投げ付ける。
まるでヌイグルミのような軽さで宙を舞った“それ”は次の瞬間──
ばぢぃっ。
空気さえ割り裂く炸裂音と、灼き付くような一瞬の閃光が叩きつけられた。
閃光の後、そこにあったはずのハーメルンの身体は無い。
ただ黒く焦げた肉片──おそらくそうであるものが、周囲に散らばっているだけだ。
「ホゥ──」
三度目の息をつく声。しわくちゃの紙の声が稔の左後方から届いた。
ゆっくりと稔は振り返る。
振り返れば植込みの常緑樹、その群れの間からゆらりと人影が現れる。
「魔術師ではない、か。人形に掛けた呪(しゅ)を──力尽くで、ほどくとはなぁ」
ぼそぼそと独り言でも呟くように言う。
漆黒のロングコートのフードを目深に被り、やはり漆黒のマフラーを口元の辺りに巻いている。背は高く、しかしシルエットは不自然なほど細く頼りない。
「悪趣味な仕掛けすんじゃねぇ。カカシ野郎」
吐き捨てるように稔は言って、現れたロングコートの男に向かって歩き出す。無防備なほど真っ直ぐ、恐ろしい勢いだ。
人獅子が迫る。その圧力。
だが、ロングコートの男に動揺はない。静かに、ゆらりと案山子のように立っている。
「しかも、不意を撃った雷球もかわしよった。閃光にも目を灼かれておらん」
また、ぼそりと独り呟く。
左掌を返して空に向ける。
「実に、興味深い」
ぼそり、呟く。
音も無く、黒表紙の本が現われた。掌の上、虚空より現われ出でた。
「実に──残念じゃ」
呟く。
触れられもせず、黒い表紙が開かれる。風もなく、ばらばらとページが繰られる。
空気が──
じっとりと、染み込んだ血糊のようにぬめる。
重く、淫らがましく肌にまつわりつく。
だぁんっ。
ぢぃぃっ。
二種類の音が空気を砕いた。
「ハァァメルンっ!!」
稔の咆哮。
閃光が晴れる。
その向こうからぬぅっと稔の左掌、巨躯がのし掛かるようにハーメルンへ迫る。
だんっ。
ばぢぃっ。
再び空気が裂ける。閃光が目を灼く。
「掛かりおったな、人の子」
くしゃくしゃと紙の声で──ハーメルンが呟いた。
しかし──
「掛かったのはてめぇだ」
にぃぃと獰猛な笑み。背後から獅子が唸るような声で稔が笑う。
太い右腕が背後から伸びる。魔道書『Pidepiper's Flute』を掴み上げパタンと閉じる。
左手に持った紙を──
ただ全ての色が受け落ちたような純白、その上に流れるような薄墨で呪句と白虎が描かれた紙を魔道書に張り付けた。
ハーメルンはすりぬけるように稔の腕から逃れ、距離を置いて向き直る。
「ホゥ──」
相変わらずの仕草で息をつく。視線を稔の腹にそそぐ。
ベルトに挟み込まれたナイフ。
その不思議なカーブを描いた刀身は薄桃色に染まっていた。柄は西洋の魔龍の姿が精緻な細工で彫り込まれ、龍の瞳には柘榴石が埋めこまれている。
「魔剱か、上手いなぁ。しかし──わしも、運が良い」
紙の声で呟く。
と、その呟きを遮るように──
「朱雀。玄武。白虎。匂陣。帝台。文王。三台。玉女。青竜」
すっと、風が吹くような自然さで声が届いた。
静かで穏やかな、そのくせよく通る声。
「九字により、開くは幽り世の戸、塞の境の岩戸なり。九字の内には二十重の結び、彼方と此方の結びの交差──。縦糸の五は天地を繋ぐ天の御柱、横糸の四は時の広がり地の広がり」
淡々と声が続く。
さらに、だんっだんっと足を踏み鳴らす音。
「左に青竜あって万兵を避け、右に白虎あって不祥を避く。前に朱雀あって口舌を避け、後に玄武あって万鬼を避く。四方に四神降りて臨み、地を治む。──天地を開けば四神あり、四方(よも)に起ちて澱みを祓いせしむ」
朗々と謡う声が、空気を震わせる。
静かに、幽かに──
「我は人にして土御門の名代」
だんっ、だんっ、だんっ。
ゆらゆらと酔ったような足取りで、しかし、しっかりと大地を踏み鳴らす。
「澱みは青竜より始まり、朱雀が運び、人が配し、白虎が行き、玄武が返す──風水がここに起きる」
だんっ、だんっ。
踏み鳴らす。
すっと──
風が澱みを払う。
まとわりつくぬめりが、さらさらと微細な砂のように流れ始める。
「──朝比奈の姫の符は、流石に効きますねぇ」
まるで風と共に現われたように、ハーメルンの背後へ晴明が現われた。
「危ない本は封じさせて頂きました。何か奥の手はありますか?」
「ホゥ──」
優しげな声で問い掛ける晴明。振り返るでも答えるでもないハーメルン。
二人の間に、捉えどころのない──しかしただならぬ気配が出現する。
「魔人とさえ呼ばれたワシを嵌めるとはなぁ」
変わらぬしわがれた紙の声で、穏やかに呟く。
「ヌシの采配かね?」
「さて──」
淡々と尋ねるハーメルンに、背後で晴明はとぼけてみせる。
そこへ割り込むように──
「シナリオを書いたのは、俺さ」
稔の背後から現われたのは、真夜だ。
右手には闇の魔道書『Scripture』。視線は油断なくハーメルンを見据えている。
「さぁ、どうするよ? 不死身の魔人殿」
「ホゥ──」
勝ち誇ったように言う真夜にも、ハーメルンは変わらない。
「守護騎士に、魔術師が二人──ふむ」
何かに納得するように、一人うなづく。
「すると──あの娘は巫女の影というところかのう」
淡々と、誰に向かうでもなく呟く。
「随分と余裕だな? もう諦めたってわけか?」
にやりと人の悪い笑みを浮かべて真夜が言う。その右手の上に、淡く青白い闇を帯びて魔道書が開く。
しかしハーメルンは、それさえ無視したかのように応えない。
ゆらり。
揺らぐように、ハーメルンの身体が傾ぐ。
「変な動きはしない方が良いぜ?」
魔道書『Scripture』が冷たい殺気を帯びる。真夜の目が鋭く細められる。
「つくづく──」
ハーメルンは構わない。まるで聞こえていないかのように独り呟く。ゆらりゆらりと左右に身体を傾がせる。
酔漢のような足取りが、その場に小さな円を描く。
「つくづくワシは運が良い。姫巫女に魔剱──二つが揃わねば意味が無いと言うに」
ぼそぼそと紙をこするような声で、小さく謡うように呟く。
重く、苦しく。
まるで、晴明が淀みを祓った時のように、しかしずっと禍々しく。
「──欧州式ですか」
呟きつつ、晴明はジャケットの内に手を滑り込ませた。
白木の鞘の短刀を取り出す。
抜けば、鞘の内から光を帯びた刃が産まれた。
その輝きを瞳へ映し、口の中で呪言を転がす。淡く蒼い光が、刃から零れ落ちるように湧き出していく。
「二つ共がワシの前に揃いおった」
微かに歓喜を帯びたハーメルンの紙の声。その言葉は、真夜にも晴明にも応えていない。
薄闇が身の内から染み出す。染みだして、その周囲を包み込む。
ゆらり。
薄く染み出した闇の中で、姿が揺らぐ。
「ちぃっ。ここまで追い詰めて逃がすわけにいくかっ」
真夜が舌打ちする。晴明に遅れる形で呪文の詠唱を始める。
冷気を帯びた青白い闇が零れ落ちるように降りて行く。
「人の子、ワシの笛は預ける」
ハーメルンはくつくつと喉の奥で笑みを転がす。その身に帯びた闇で、『Scripture』の闇を押しのけていく。
ゆらり。
また、身体が傾ぐ。
「逃がさないと言っているっ!」
真夜が、左手を振りかざしてハーメルンを指す。あたかもタクトを握っているかのような仕草だ。
その見えないタクトで、糸を絡め取るようにくるくる回し、次いで大地に突き刺す。
細くしなやかな銀糸がハーメルンを絡めとり大地に繋ぎとめる。そのイメージを、真夜ははっきりと脳裏に浮かべている。
くっくりと、現実よりも確かな感触を伴うイメージ。
時に、それは現象を引きずり事実を伴わせる。魔術の要たる一つである。
がっしりと、真夜の手に重みが返る。
しかし──
ハーメルンの動きは止まらなかった。
「丁重に扱え──“それ”は、主に似て気難しいゆえなぁ」
ハーメルンを包む薄闇が、融け落ちて大地に染み込んでいく。
黒闇の染みが、大地に滲む。
「この刃に帯びたるは白き金にあらじ。ゆらゆらと震え落ち、ぶつかれば沿ってなお進む──曲がりくねり直(す)ぐ進む蛇の如き竜鱗の青気なり」
朗々と、よく通る晴明の声。
右手に短刀、左手には青く染めた符。
符を、ふわりと宙に落とす。
「この方角は、南にあらじ。風の入る方位、竜女ある巽(たつみ)なり」
短刀を振り上げ、切っ先を宙に舞う符へ向ける。
「我が手にあるは白刃にあらず。そは点より生じて天へ向う、星の瓢の御種なり」
勢い良く貫く。そのまま大地を穿つ。
硬いカラー煉瓦に、波紋が走った。
大地に滲む染み闇が微かに揺らぐ。それ以上、広がる事も蠢く事もできない。囚われたように動けない。
しかし、そこにハーメルンの姿はなった。
「やっぱり──朝比奈の姫の符でも、即席では無理がありますか」
ふぅっ。
溜め息をつき、晴明は他人事のように呟く。
その目の前で、稔の巨躯が弾けるように動いた。
だんっ!
激しい震脚がカラー煉瓦を砕く。巨大な拳が空気を貫く。
「目くらまし──随分、セコい真似するじゃねぇか?」
「ホゥ──」
稔とハーメルンの顔が僅か数センチまで近づく。
拳は、ハーメルンの腹を掠めるようにしながら──しかし、すりぬけている。黒いロングコートが裂けているが、ダメージには至っていない。
紙一重。
まるで、宙に舞う木の葉が全てをかわしてしまうように。
「遠からず引き取りに行く」
紙のような声でハーメルンは呟き──
そして、水が落ちるように大地へと崩れ落ちた。
後に残ったのは黒い染みだけだった。
ずれた位相が元へと戻る。
結ばれた異界が、するりと解ける。
ぐらっ。
不意に留美の上体が傾いだ。
緊張の糸が切れたように、身体を支えていた糸が切れる。そのまま膝の力を失って崩れ落ちる。
「わっ、わっ、とーっ!」
慌てて真冬が支えるが。やはり小さな身体では支えきれるものではない。
「──あっ、あかんて〜」
あっさりと音を上げてバランスを崩す。
必死で頑張るが、やはり耐えきれない。
あわや二人で倒れる──そこへ、太い腕が支えに入った。
稔だ。
「お疲れさん」
心からねぎらうような声。
その腕は留美と真冬の体重を支えても、たっぷり余裕がある。がっしりと支えて揺るぎ無い。
「よっと」
そのまま真冬を立たせた。留美は腕の中に残して支え続ける。
「ありがとう──君が真冬ちゃんだろ?」
「あっ、うんっ」
膝を屈して視線を低く言った稔に、真冬が何故か慌てたように頷く。
「はわ〜」
真冬の視線は、そのまま稔の顔に釘付けだ。何か珍しいものでも見るように、瞼をしきりにしばたたかせている。
ふっと、稔の表情がゆるんだ。
──おもしれぇな。ころころ表情が変わる。
不意に呑気な気分になって、そんな事を思う。
「お陰で大きな怪我をしなかった」
「んっ?」
稔の言葉に、真冬は驚いたように表情を変えた。
どうやら彼女は彼女で何か思う事があったらしい。
「ううん。お姉ちゃんにケガさせてゴメンなぁ」
ぶんぶんっ、と激しく首を横にふる。それから本当に申し訳なさそうな顔でぺこりと頭を下げた。
本当に、くるくるとよく表情が変わる。
そこへ──
「それこそ気にしないで」
留美の声が二人の会話に加わった。
ゆっくりと慎重に、稔の腕に預けていた体重を自分の足に戻す。腕の中から出て自分の足で立つ。
足取りは、稔が心配したよりしっかりしていた。
「真冬ちゃんが居なかったら怪我くらいじゃ済まなかった。ホントに、ありがとう」
「あははは〜」
丁寧に留美が頭を下げれば、照れたように真冬は笑う。
そんな二人のやりとりに、また稔の表情が緩む。
それから、ふと思い付いたようにフライトジャケットを脱いだ。
「着替えがいるな」
言いながら、留美の肩に掛ける。
サイズがあまりに違いすぎる。裾が膝上まで来て、セミロングのコートのように見えた。
「ありがと」
頷いて留美はジャケットに袖を通した。
次いで袖を目線の高さに持ち上げた。袖口が10cm以上あまっている。
視線が、そこでじっと止まる。
改めて稔の規格外の体格を実感した──おそらく、そんなところだろう。
それから不意に視線を外し、稔を見上げた。
「でも、どうしよっか?」
「ん──どうするか」
困った様子の留美の言葉に、稔もまた顔を曇らせる。
この格好で留美を街中に連れ出せば、騒ぎになる事は目に見えている。
とは言え、明らかにサイズが違う真冬に買いに言ってもらうのも無理がある。勿論、稔達が買いにいくのは論外だ。
その会話へ晴明が加わった。
「知り合いの店に案内しましょう。多少の無理は聞いてくれますよ」
「はい?」
不意をつかれたように留美は素っ頓狂な声を出してしまう。しかしすぐ、稔の背中に隠れてただけだと思い至って納得。
そんな留美に、晴明は軽く会釈するようにお辞儀した。
「はじめまして──でしたよね? ボクは稔君の“友達”で、晴明と言います」
「──あっ、はいっ」
にこやかな晴明の挨拶に、留美は慌てて頷く。頷いてそのまま、まじまじと物珍しげに見つめてしまう。
「なにか?」
柔らかく晴明が問う。
それで留美はさらに慌ててしまった。顔を耳まで真っ赤に染めて頭を下げる。
「ごめんなさいっ。──あの、三谷さんと同じような事してるのに、すごく普通だなって」
「悪かったな、水代」
今度は真夜が加わった。
「だいたい、“魔術とか超能力だとかはやめにしませんか”って言ってたのは誰だ?」
意地悪く続ける。
「こんな目に遭わされたら考えも変りますー」
鋭く留美は切り返す。
まるでアカンベーでもしそうな、リラックスした表情だ。
とは言え、全く未知の世界にいきなり放り込まれたのである。だけでなく、自分が攻撃の対象にされた。
大の男でも泣き喚くか当り散らすかするところだ。
当惑と混乱、そして恐怖が留美の心に深い傷を刻んでいる──そのはずだ。数ヶ月の付き合いだが、そのくらいは稔にも想像がつく。
──ったく、タフだよ。カラ元気も元気の内って言葉をよく知ってる。
だから、そんな事を思う。改めて感心もするが、それだけに心配も大きい。
結局は良くも悪くも無理をしているのだ。
無理すればした分だけ、反動は強い。御しきれるものでもない。
守ってやらなければ、などとは傲慢だと思う。だが、それに近い──できるだけ傍にいて守ってやりたいと言う気持ちが稔の中にある。
「なぁ、留美」
「ん? なぁに?」
声を掛けた稔に、留美が小首を傾げて応える。
「オペラ座の怪人、予定通り見に行くぞ。それからメシは俺の手料理──中華でどうだ?」
半ば勢いに任せて稔は言った。
それから、数秒。
間を置いて、留美は口元に凛とした笑みを浮かべた。
「最初からわたし、そのつもりなんだけど?」
悪戯っぽい声で言う。
「──?」
予想外の反応に、稔は一瞬、言葉を失った。
そんな稔を、留美はますます悪戯っぽい笑みで見つめる。
「あ、でも稔の手料理は初めてなのよね。中華、プロ顔負けって話は聞いてたけど」
「──はっはっはっは」
数秒おいて、腹の底から稔は笑った。
「そうだな。仕込みはまだだが、とびっきり美味いヤツを食わせてやるよ」
笑いながら言う。
そんな稔を、留美は頼もしげに見上げていた。