〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


 デュオ達が地上に戻る頃には、悠久なる月は既に西の丘陵にその姿を隠し、東の地平線は明るみ始めていた。
 辺りでは目覚めの早い小鳥の鳴き声がそこかしらから聞こえていた。
 地下迷宮から帰還した彼等を見つけた衛兵が、片手を挙げ眠そうな眼で何やら呟いているようだ。
 一行は衛兵に手を振り返すと、城塞都市の方向に歩き出した。
 老賢者から聞かされた「魔除け」の話を思い出しながら……
 


第11話 『魔法の魔除け』


 暗黒回廊の只中にひっそりと配置された小部屋。
 古の呪文書や各地の歴史、伝承を記した書物がその部屋には散乱していた。
 部屋の主である老賢者はうっすらと目を瞑ると、追憶を手繰るかのように囁き始めた。
「エセルナートの覇者、上帝トレボーの魔除けは世間では彼の軍勢と王国を守護する庇護の魔除けとして知られている。だが、その力は本来あの魔除けが秘めし魔力の一つの使い方でしかないと言えるだろう」
 風一つない室内の燭台の炎が揺らめいた。
 蝋燭の炎にしては、やけに明るく鮮明な光を放つそのマジックキャンドル越しに、デュオ達は老人の話の続きを待った。
「では、魔除けが本来持ち得し力とは果たして如何なるものであるのか……。その魔力は、空間及び時空といった人の持つ魔力では到底及ばない、高次の領域にまで干渉する事が赦されたまさしく禁断の力であるといえよう」
「空間に干渉するってのは、MALORやLOKTOFEITみたいな空間跳躍呪文のことなのかい?」
 ヨセフは思い浮かんだ事をそのまま尋ねてみた。
 実際、シキ以外の数人のメンバーはヨセフと同等か、もしくはそれに近い考えを抱いていた。
「MALORか…確かに魔除けにはかの呪文の効果を無限に引き出すことも可能だが、それすらもまた真の魔力の一部分としかいえぬ。空間、こと時空に干渉するというのは、空間を捻じ曲げることに他ならん」
「空間を捻じ曲げるって……はは、ちょっと想像つかないや」
「ふむ、それでは先に語った2つの例をもって説明してやろう。まずは庇護の力だが、これはいたって単純。外敵と己との間に次元的隔たりを作り出す事により、敵のいかなる攻撃をも遮断してしまおうという事じゃな。もっとも、魔除けからこの力を引き出すには古の禁術が不可欠であるがの」
 長年にわたり謎とされてきた、上帝の無敵の軍勢の秘密があっさりと語られた。
 しかも、その真実はあまりに理不尽きわまりないものであった。
 この卑怯ともとれる圧倒的な魔除けの魔力の前に、幾多もの国々がトレボーの軍門に下ったのだ。
「そして2つ目。特定の地点同士の間に介在する空間的距離を、魔除けの力により瞬間的にゼロに置き換える事により空間跳躍は成り立つであろう。すなわちMALORというわけじゃ。これは魔除けを持つ者であれば誰にでも使える効果であろう」
「MALORが無限に使えるのかよ……」
「魔除けの魔力を考えれば、こんな事はオマケ以下のモノに過ぎん。さて、魔除けの秘めし真の魔力とは、空間を歪め時空を切り開くこと…即ち、我等の生活するのとは違う別の世界との扉を開くという禁術中の禁術と呼ぶに相応しきものであろう」
 あまりにも突飛な話の内容に、皆一様に困惑していた。
 そんな様子を見て取ったシキが、老賢者の言葉に続いた。
「別の世界…魔界もしくは黄泉界と呼ばれる異空間の事は皆さんも御存知ですね?」
「ああ、アルマールの古代墳墓に繋がってたアレか」
「あたしがユダヤさんに助けてもらった時の事だよね? 覚えてるわ」
 ユダヤとイルミナはシキの問いに答え、ヨセフとシオンは無言で頷いた。
「……魔界については師より聞いた事がある。凍える大地に灼熱の風が吹き荒ぶと聞いたが」
「はい。あの魔除けに秘められた力とは、そういった別世界とこの世界を結ぶべきものなのです」
 デュオに相槌を打ち、シキはとうとうその恐るべき真の力の正体を明かした。
「っておい、待てよ。そんな物騒なモンが、その秘密を知る奴の手に渡ったらマジでヤバイじゃねぇか」
「だからであろう。ワードナがかのトレボーから魔除けを奪い去った理由は」


 かくして、この迷宮に挑み続ける多くの冒険者達が決して知りえる事のないであろう秘密を、彼らは探索1日目にして知ってしまったのである。
 街へと向かうその足取りも、いつものように軽いものではなかった。
 皆、終始無言のままいつしか城門の下へと辿り着いていた。
「それじゃ、今日は解散だ。明日はゆっくり休んでくれよ」
 シオンの号令の下、パーティの面々は各自街へと散っていった。
 そして、その場にはシオンとシキのみが残っていた。
「申し訳ありませんでした。皆さんに不要な心配を掛けてしまったようですね」
「シキが謝る事はないさ。なぁに、みんな好奇心旺盛だからさ、いつかはきっと知ることになったと思うよ」
 そう言うとシオンは笑みを浮かべ、シキに手を差し伸べた。
「さ、そろそろ街に戻ろう」


 一方、ユダヤとイルミナは酒場への道を歩いていた。
「待ってくださいよぉ、ユダヤさん〜」
「別に無理についてこなくてもいいんだぞ。疲れているなら、先に宿屋に戻って休んでろ」
 早足に歩くユダヤに追いつこうと、疲労気味の身体を騙して必死に気丈に振舞うイルミナ。
「だ、大丈夫ですよ。これくらいで疲れたりはしませんって…」
 言いながらも、息が上がり肩を上下に揺らしている。そして、その足取りはこころなしかフラフラだ。
(誰が見たって無理してるのがミエミエじゃないか…)
 イルミナの思いを察したのか、ユダヤは歩行速度を若干緩める。
「そうか。それは頼もしいな」
「は、はい」

 2人がギルガメッシュの酒場に到着すると、明け方ということもあり店の中は閑散としていた。
 店内には酒場のマスターの他には、カウンターに座り1人酒を楽しむロード風の男と、奥の大きな円卓の下で酔い潰れ半ば昏睡状態にある侍らしき青年だけだ。
 ユダヤは店に入るなり、カウンターの男の隣に腰を下ろす。
 もちろん、イルミナもそれに続いた。
「カシュナ、こんな時間まで1人でどうした?」
 そう呼びかけられると、数刻前に迷宮内で出会った男─カシュナ・アイバーンはユダヤに向き直った。
「やあ、ユダヤ。こんな時間にどうしたんだい? イルミナも一緒で…もしかして、デート?」
「ば、バカな事、言ってんじゃねぇ。俺達は今迷宮から戻ったばかりだ」
「そ、そうですよぉ。カシュナさん、変な事を言わないで下さい」
 珍しく取り乱すユダヤを見て(イルミナは年中取り乱しているので…)カシュナは口の端を吊り上げて微笑んだ。
「おい、何がおかしいんだよ?」
「べ、別に…そうか、ユダヤがねぇ……」
 必死に笑いを堪えているカシュナに「ケッ」と悪態をつくと、マスターに琥珀酒を注文する。
 イルミナは紅葡萄酒を頼むと、改めてカシュナに先程ユダヤがした質問を繰り返した。
「それで結局、こんな時間までお1人でどうされたんですか?」
「ああ、そうだった。ユダヤ、君の耳に入れたい情報があってね。ユダヤ達を待っていたんだよ」
「俺を待っていたって…俺が今日ここに戻るとは限らなかっただろうに」
「まあ、そうなんだけど。ついさっきまで、ここで複数のパーティが色々な話をしていたんだけど、横耳を立てて聞いていたら、その内容が面白いのなんの……」
 カシュナはつい今しがたの光景を思い浮かべて、にやりと笑い出した。
「ほら、そこで侍の青年が酔い潰れて倒れているだろう? 彼なんて哀れなものさ。よってたかって呑まされた挙句、仲間に見捨てられてしまったんだから」
「俺に話したいってのは、そんな事なのか?」
 ユダヤの突っ込みに頭を振り否定する。
「おっと、そうでした。実はそんな会話の中で気になった話が一つ……」
 カシュナは声のトーンを落とすと、いたって真面目な表情で語りだした。
「裏通りでチンピラ達の惨殺体が発見されたようです」
「惨殺といっても低治安区域の話だろう? 確かに異常な事件だが、わざわざ俺を待ち伏せて聞かせる話でもないだろう」
 カウンターに置かれた琥珀酒で喉を潤わせると、拍子抜けした口調で返答する。
「……その殺し方が、鋼斬糸によるものだとしても?」
 ガタンと音を立てて、突然ユダヤは跳ね起きるように立ち上がる。
 その拍子に琥珀酒のグラスはカウンターの上から転げ落ち、小気味いい音をたてて床に砕け散る。
 ユダヤのその表情は険しい。
「ルシフェルはユダヤがその手で倒したんだろ? 恐らくは”魔人”の手口を真似た別人の仕業さ」
 カシュナは以後、黙って酒を飲み始めた。
「ユダヤさん……」
 それまで黙って虚空を睨みつけていたユダヤであったが、自分を心配そうに見上げる少女の視線に気付くと、伏せ目がちに寂しげに微笑んだ。
 そして、その左手でイルミナの頭をさすると、身を翻して酒場を後にした。
 イルミナはそんなユダヤを追うことが、何故かできなかった。
 そんな自分がたまらなく悔しかった。

 

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