〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


「5年ぶりくらいになるのかな? ホントに変わってないな、ヨセフ君は」
 人々が往来する目抜き通りから少しばかり離れた区画に位置する、ちょっと寂れ気味の軽食屋。
 時間帯は、昼食後の最も人の入りが無いであろう昼下がり。
 カフェ・フィアンサーユの手狭な店内で遅めの昼食を摂っていたのは、擦り切れかかった法衣を着崩した男─ヨセフと、至って簡素な出で立ちの若い女性だけだった。
 先程まで居たはずのマスターも、いつのまにか姿を消している。
「一応聞いておくが、それってバカにして言ってるのか?」
 ドレッシングのたっぷりと掛かったグリーンリーフをつまみながら、ヨセフはその台詞の意味とは正反対の笑みを浮かべた。
「あ、そんな意味じゃないよ。いい意味で言ったんだからね」
「ふ〜ん、まあいいけどよ……」
 女はずり落ちかけた眼鏡を押し上げると、ニッコリと微笑んだ。
「でも、まさか会えるとは思わなかったな」
「ああ、全くだぜ。ボッタクリの店員と揉めている時に、いきなり後ろから声をかけてくるんだもんな。俺はてっきり強面の用心棒か何かだと思ったぜ」
「ひっど〜い。こんなカワイイ用心棒なんていないわよ」
「ケッ、言ってろ」
 寂れた店内に二人の笑い声があふれた。
 女はカプチーノを一口含むと、真面目な表情で顔を上げた。
「でも、ホントに良かった……ヨセフ君と会えて」
 ヨセフはむせ込み激しく咳き込んだ。そして水を一気に飲み干すと、あたりをキョロキョロと窺う。
「お、おい。あんまり滅多な事を言わない方がいいんじゃねぇのか?」
 すると、女はきょとんとした表情で聴き返す。
「えっ、どうして?」
 頭を抱えて大袈裟なアクションをヨセフはとる。
「アレクト・ウィル・ザビロニア次期枢機卿が場末の店でチンピラと親しげに会話だなんてよ……その、なんだ、まずくないのか?」
「関係ないよ、そんなの」
 ヨセフの懸念をアレクトはさらりと受け流す。
「それに、リルガミン貴族との婚約が決まったって話じゃねぇか。いくらお忍びだからって、俺なんかと……」
 いつもの調子で喋りだしたヨセフだったが、目の前の少女の悲しげな表情に思わず押し黙ってしまった。
 アレクトは俯きかけ、か細い声で語りだした。その目からは光る筋が落ちている。
「なんで、なんでそんな事を言うのさ……あたしはね、ずっとキミを探していたんだよ」
「……アレクト」
 


第12話 『悲恋』



 それは5年前、まだ今のパーティを結成する前の事だ。
 当時、神官修行のために学校に通わされたが、周りはバカみたいに真面目な奴ばかり。
 ようするに、未来を渇望されたエリートってやつだ。
 偉大な親の跡を継ぐ為に、そんな所に放り込まれたんだが……
 2人いる兄貴みたいに優秀じゃない俺には、まさにそこにいるだけで苦痛の日々だった。
 そう、偶然に幼なじみのアレクトに出会うまでは。

 はっきり言って、教会の教えとか神学ってのにはまったく興味がなかったし、将来なんてどうでも良かった。
 そんな場違いな所には友達なんてものもいなかったしな。
 本当は脱走してやろうって思ってたくらいだ。
 だけどよ、いつもドジばっか踏んでるアレクトを、何故か放っておけなかったんだよな。
 まあ、俺に親しく接してくれたのが、アイツだけだったってのもあったんだが。

 それな日々が続くうちに、段々と無意識のうちにアレクトの事が気になっていった。
 こればっかりは、どうしようもないな。
 それからそう経たないうちに、アレクトも俺の事を想ってくれている事に気付いたんだ。
 しかし、バカだよな…俺も。
 止せばいいのに、後先考えずにアイツに手を出しちまったんだ。
 俺は高司祭の家の末っ子。
 アイツは寺院の最高権力である枢機卿の一人娘。
 共に高い家柄とはいえ、その差は天地ほどもあるんだぜ。
 親に知れたら大変なんてものじゃない。
 だけど、アレクトはいつも笑っていた。大丈夫、問題ないって……

 いつしか学校の教育課程も修了し、お互いに家に戻らなくてはならなくなったんだよな。
 それだってのに、将来を誓い合ったりなんかしてよ。
 甘かった。ていうより、何も知らなかったんだよな。
 バカ正直に親にアレクトと結婚したいだなんて……
 そんなに上手く話が進むはずがないだろ。
 もう親父は大激怒だ。聖職者でなかったら、殺されていたかもしれねぇ。
 だが、俺だって黙って従うつもりはない。
 なんとかアレクトを連れて逃げれないかと考えていた矢先の事だ。

 ファンダリア枢機卿猊下─つまり、アレクトの親父からの命令で十字軍に参加させられる事になっちまった。
 なんとしても、俺とアイツを引き離そうと…あわよくば、名誉ある殉教ってやつにさせたかったんだろうな。
 そんなもん冗談じゃなかったが、でかすぎる権力ってやつに抗う術を知らなかった。
 仕方なく聖戦とやらに従軍したさ。
 それで、命からがら戻ってくれば、もう手の届く所にはアレクトの姿はなかった。
 まったく、馬鹿野郎だぜ。

 完全に嫌気がさした俺は家を出て冒険者になった。


 一時たりとも忘れた事のない昔の記憶をヨセフは振り返った。
 もう二度と会えないはずの彼女が、今こうして目の前にいる。
「婚約の話だってね、お父さんが勝手に決めた事なんだ。あたしはそんな結婚するつもりはないわ」
 アレクトは強がって顔を上げるが、それが虚勢であることはヨセフの目には明らかであった。
「今回は偶然に会えたけどよ……俺に会える保障なんてなかっただろ。会えない時は、どうするつもりだったんだよ」
「偶然じゃないよ。ヨセフ君が冒険者になったって聞いたから……いろんな所を回ったんだよ。いつかは会えるって信じて」
 ヨセフは頭を掻くと、席を立ちアレクトの側による。
 そして、彼女を立たせるとそっと抱きしめた。
「バカだよ、お前は。そんな事したって俺とお前じゃ身分ってもんが……」
「あたしも冒険者になる。そうすれば一緒にいられるよね?」
「……俺にカントを敵にまわせって言うのか? フッ、俺にはお似合いか」
 アレクトは黙って頷くと、いつまでもヨセフにその身を預け続けた。

「だけど、もう少しだけ待ってくれないか。やりかけの仕事は残せねぇだろ?」

 

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