〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


 薄暗い部屋の中に一筋の光が交錯した。
 光を曳航するその線は刃と化し、要所の守護を担う戦士は自らの作り出した血溜りへと深くその身を沈めた。
 突然の奇襲に対し後手に廻りながらも、戦士の同僚である魔術師はその侵入者を迎え撃つべく攻撃呪文の詠唱を開始する。
 が、それすらもままならぬ内に、いつの間にか横手より飛び掛ってきた奇妙な様相の剣士によって、その喉元を無残にも切り裂かれた。
 そこには恐ろしいまでの精密さと、一片の慈悲をも感じさせない非人間的なものが感じられた。
 何らかの目的……いや、目的があるのかさえ疑わしいが、ここまで作業的に人を殺す事ができるのだろうか?
 襲撃者の戒律は間違いなく悪、それも相当な悪であることに微塵の疑いもないであろう。
 哀れにも喉を裂かれ、逆流した自らの血液によって今まさに溺死せんとしている魔術師の後背には、いつの間に斃れたのであろうか……彼ら守護者達の屍が、文字通り山となり積み重ねられていた。
 玄室には夥しい量の血液と、それが発する鉄分の臭みが満遍なく充満していた。
 その紅い水面に立つのは、奇怪な表情を張り付かせた白い面をつけた黒い男であった。
 男は今一人の襲撃者の呼びかけにも応じる事なく、ただ一点の虚空をボンヤリと見つめていた。
 その様子に、奇怪な剣士は肩をすくめると玄室を去っていった。
 


第13話 『夜が明けて』



 目抜き通りに面した冒険者達の拠り所、ギルガメッシュの酒場は陽が高いうちからでも人の入りが途絶える事はない。
 そして、そこに集う者の8割方は魔術師討伐で名を上げ、財を成そうと躍起になる冒険者達であった。
 彼らは互いに情報を交換し、時には欠員を補うべく働きかけ、そして高レベルのパーティに自分を売り込む者もあった。
 そんな酒場のやや奥まった一角には、最近、城塞にやってきたばかりだが腕の立つパーティが陣取っていた。
 半月ほど前に現れた、現在ここで1、2を争う実力のパーティと顔見知りという彼らを、他の冒険者達も一目置くようになっていた。

「しかし、ヨセフ。お前が一番乗りだなんて、今日は何か良くない事でもおきそうだな」
 一見、挑発的とも取れるふてぶてしい表情を浮かべ、赤髪の剣士は低く笑った。
 常ならば過剰な反応を見せるはずの聖職者だが、今日は何故か表情一つ変えずにアルコール度数の低い果実種を喉に流し込んだ。
「ちっ、らしくないな……何だか調子が狂いそうだぜ」
「そうそうお前の思惑通りに事が運ぶと思うなよ。俺だって、いつまでもピーピー騒ぐだけの餓鬼じゃねぇんだ」
「へいへい」
 思わぬ切り返しに出鼻を挫かれたのか、自分のペースを掴みきれずにユダヤは視線を落とした。
 すると、先程までは気にならなかったのだが、ヨセフの装飾品がいつもと多少異なることに気付いた。
 胸甲の上に纏う法衣(ヨセフ曰く、君主の衣らしいがどうにも胡散臭い)の上に掛かるホーリーシンボルが、いつもの銀製の物ではなく黄金のそれに替わっているのだ。
 寺院の教義に疎いユダヤには知る由もなかったが、金のシンボルは高位の祭司にしか身に付ける事を許されていない物だ。
「ヨセフ、それどうしたんだ? まさか、カントから拝借したとか言うなよ」
「……お前、俺を犯罪者か何かと勘違いしてないか? まあ、詳しい事は全員集まってから話すつもりだからよ」
 いつもと役どころが逆転している事に何か釈然としなかったが、そこに仲間がやってきたのを契機に忘れる事にした。

 いつもの円卓で談話しているユダヤ達を見つけ、シオンは片手を挙げて近づいた。その横にはシキが並んで歩く。
「よう、2人揃ってきたな」
「仲がいいじゃねぇか。なあ、シオン?」
 片目を瞑ったまま、意地悪げに司祭が台詞を投げかける。
「な、何言ってんだよ〜!」
 こちらはいつもながらの取り乱し方だが、シキは僅かに目を伏せるだけで特には反応を見せない。
 しかし、その見逃しがちな僅かな態度をユダヤは見逃してはいなかった。
「ん? 今、目を逸らしただろ…何かあったのか?」
「そういえばシオン。お前、昨日は帰ってこなかったよな? まさかシキと一緒だったとか」
 ユダヤとヨセフ。普段から衝突しがちなこの2人の完璧な連携によって、シオン達2人の態度に明らかな変化が訪れる。
 シオンはその取り乱し方に更に拍車がかかり、一方のシキは頬を赤らめると遂にはそっぽを向いてしまった。
「な、何だよ。ヨセフだって昨日はどこかへ出かけていただろ?」
「はいはい、朝帰りなさったシオンさんには敵いません」
 先程までとは打って変わって、ヨセフの顔にはいやらしい笑みが張り付いていた。
 そして、シオンはとうとう頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。
「まあまあ、その辺にしとけよヨセフ。シオンはともかく、シキが可哀想だろ」
 そう言いつつ、赤髪の剣士もまたにんまりと笑みを浮かべた。

 程なく、イルミナとデュオも酒場に姿を現した。
 到着早々、イルミナはシオンとシキの様子がおかしい事に気付いた。
「ねぇ、リーダー…は何となく想像がつくとして、シキちゃんどうしたの?」
 流れるような黒髪を黄色いリボンで結わえた少女は、どうやらその原因を知っているであろう司祭に尋ねてみた。
「いや、ナニよ。シオンの奴、とうとうシキとヤッ……」
わぁぁぁぁ〜〜〜!
 なんの躊躇もなく語りだしたヨセフの言葉を、シオンは大声を張り上げる事でなんとか遮る事に成功したようだ。
 無論、酒場内の注目を一身に受ける事になるのだが……
 そして、もう一人の当事者であろうシキは、俯いたまま視線をイルミナに向けた。その顔は相変わらず真っ赤だ。
「その…あんまり詮索しないで下さい……」
 そろそろ察しがついたらしく、イルミナもそれ以上ツッコミを入れるのは止めた。
 その様子を黙して見守っていたデュオは、やれやれだと両の掌を空へと向ける。
「と、取り敢えず全員揃ったみたいだから、今日の探索予定を言うよ」
 シオンは席を立つと、皆が囲む円卓の上に一枚の羊皮紙を広げて見せた。
 紙面には迷宮の一角を表したであろう簡略地図と、所々に走り書きがされていた。
「この前、カシュナ達と出合った場所は覚えてるよね?」
「もちろん。ダークゾーンの境界付近でしょ」
 イルミナが得意げに答えると、そんな分かりきった事をいちいち喜んで口にするなとヨセフ。
「そこ、いいか? それで、その先に設置されている昇降機を使って、一気に地下4層まで降りようかと思うんだけど」
「まあ、戦力的には問題なしだな」
「そうそう」
 その返事に、ユダヤは目を細めやぶ睨みで視線を返す。
「一応、言っておくが……イルミナ、お前がこの中で一番弱っちぃんだぞ?」
「えっ、ウソ?」
「くれぐれも調子に乗るんじゃないぞ」
「は、はい」
 皆の口から笑いが漏れる。イルミナは舌をペロッと出すと僅かに頬を染めた。
「それで、この地下4層のここを目指すつもりだ」
 シオンが地図上の一つの部屋を指差した。

 〜Monster Allocation Center (モンスター配備センター)〜

 そこには、シオン自身の癖字でそう記されていた。
「モンスター配備センターか……それで、そこに何があるってんだ?」
「第二昇降機を使用するためのキーアイテムさ」
「第二昇降機? それに何だよ、そのキーアイテムってのは?」
 シオンの説明にヨセフは食ってかかった。
「なんだ、そんな事もわからないのか? その言葉のまんまさ」
 問いに応じたのは、シオンではなくユダヤであった。
 どうやら、事前にカシュナ達から情報を聞きだしていたらしく、この地図の提供もカシュナからだという。
「……つまり、そこに配備されているアイテムの番人と戦うと言うのだな?」
「そうだ、デュオ。誰かさんと違って理解力があるな」
「ケッ、うるせぇ」
 一通りの説明を終えると、シオンは地図を片付け始めた。
「だけど、カシュナさんに借りを作ったままでいいんですか?」
「別に問題ないよ。それに、向こうだってこのくらいで恩に着せようだなんて思っていないさ」

 そこでパーティは一時解散となり、2時間後に迷宮入り口に集合する事になった。
 皆がそれぞれに去っていった後に、ユダヤはヨセフが話そうとしていた事を思い出した。
(全員集まったら、何か話すんじゃなかったのか?)
 しかし、迷宮探索前の今は無用な事は忘れる事にした。
 アンダーグラウンドでは、一瞬の気の緩みが死に繋がる事は決して珍しい事ではないからだ。
 そして、2時間の時が過ぎた。

 

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