〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜
「間違いない。アンタらは……アース姉弟だな?」
デュオは確信に満ちた口調で言った。
姉弟は足を止めると、無言で振り返る。
「アンタらの噂は聞いている。その二人がここにいるのは、つまり……」
彼にしては珍しく雄弁な語り口であったが、その台詞が終わる前にメルキドが口を開く。
「噂ね。どんな噂かは、大方の見当はつくけど……僕等にとって不愉快ではない内容を期待したいな」
「メルキド、皮肉を言うものではないわ」
「つれないな、姉さん。そして僕等がここにいるのは、つまり……つまり、なんなんだい?」
鼠を弄ぶ猫。
そんな表情でメルキドは尋ねた。
「いや、別に悪い意味で言ったんじゃない。あくまでも個人的な興味で尋ねてみただけ……」
「そのくらいで勘弁してあげなさい。困ってるじゃない、彼」
弟と同じ顔を持つ姉は、艶やかな笑みを浮かべデュオに視線を重ねた。
デュオはそんな彼女の眼差しが何か危険なものに思えたが、同時に魅力にも感じた。
「気に入ったわ。今更と気もするけれど……私はアイリッシュ・アース。貴方のお名前は?」
何が気に入ったのか、デュオにはいまいち理解できなかったが、取り合えずなんとか友好的な雰囲気だと感じた。
「俺はデュオ・ハインライン。そして、連れの方が……」
「イルミナティ・ロア。砂漠の都アルマールの武門を司る、ロア家頭領ガゼル・ロアが一人娘」
デュオが紹介するのに先んじて、まるで何かを読み上げるかの様にメルキドが呟いた。
「え、どうしてあたしの事を……」
突然の事にイルミナはやや狼狽した様子だ。
「蛇の道は蛇と言います。ガゼル卿の娘が古代墳墓の探索終了後、冒険者となった事は意外と知られている事よ」
「僕等の間では、取り立てて騒ぐほどの問題でもないけどね」
姉の解説に弟がやや皮肉気に付け加える。
「フフ…別に取って食べたりはしないわ。まずは傷の手当てから済ませましょうか」
第19話 『ストレンジ・パートナー』
アイルが高位の治癒呪文を施し終えると、それまで動く事すらままならなかったイルミナの身体はまるで嘘の様に軽くなっていた。
僧侶魔法6レベルに位置する全能完治呪文MADIの名は伊達ではなかった。
「どうかしら、お加減は?」
その術者は、己の施した術の効用を知っていながらも、わざわざそう尋ねてみせた。
「あ、はい。もうすっかり大丈夫です。ありがとうございました」
「アイル、アンタには世話になった」
イルミナとデュオは揃って礼を述べた。
悪名高いアース姉弟が、まさか自分たちを助けてくれるとは露ほども思っていなかった。
それが、どういう風の吹き回しか、それとも尾鰭の付いた噂であったのか。
ともかく、いつ全滅してもおかしくない状況は去ったのだ。
安堵した二人は、これで仲間の救出を待つことが出来る。
そう思っていた。
「いえ、別に構いませんわ。それよりも、これから宜しくお願いしますね」
一瞬、アイルの言葉の意味がよく分からなかった。
デュオが改めて聞き返してみると、やはり彼女はこう答えた。
これからよろしく、と。
「あの、それって一体?」
おずおずと聞き返すイルミナに、メルキドがムスッとした口調で対応する。
「そのまんまの意味さ。つまり、これから僕等と一緒にワードナと戦って貰うのさ」
「あ、なんだって!?」
取り乱しかけたデュオが、まるで叫ぶかの様な驚嘆の声を上げた。
「私は貴方の事が気に入りましたの。そうでなければ、どうして他人など助けましょうか? 勿論、私の願いを聞き入れて頂けますわよね?」
そう告げる姉の瞳には、有無を言わせぬ強い光に満ちていた。
ここで彼女を拒否すれば、恐らくは何の躊躇いもなく二人を殺すだろう。
そして、この姉弟の実力は先程の戦いで充分に理解していた。
たとえ不意を突いたとしても、余程の事がない限り姉弟に勝つのは困難であろう。
デュオは無言でイルミナを振り向くと、彼女はそっと頷いた。
「俺たちの力がどこまで通用するかは分からないが……」
「ええ、歓迎するわ」
姉はとても満足げな表情で微笑んだ。
弟は明らかに不満げな様子だったが、この姉の言う事は絶対なのだろう。
渋々承知すると、デュオにそっと耳打ちした。
「姉さんの気まぐれにも困ったものだよ……まあ、おかしな気は起さない方が身のためだね」
かくして、その奇妙なパーティは移送方陣の設置された玄室に向け歩き出した。
戸惑いながらも自分の境遇を受け止め始めたデュオに対し、イルミナは不安な気持ちで心が一杯だった。
ユダヤ達は一体、どうしているのだろうか?
また、あの尋常ではない殺気の主の事も気に掛かったが、今は目の前の姉弟に注意するべきだとそう決意した。