〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


「青白い皮膚の巨躯……姉さん、こいつらはまさか」
 その火柱より突き出された異形の腕に、メルキドは心当たりがあるのか姉アイルに耳打ちする。
 いまだ弟に覆い被された態勢のアイルは、メルキドの耳元に口を寄せた。
「ええ、間違いないわ。グレーターデーモン……地獄の大悪魔ね」
「どうするんだい? 僕等はともかく、デュオとイルミナでは到底敵わない相手だよ」
 実体化を始めた悪魔たちに注意を払いつつ、立ち上がり姉の手を取る。
「グレーターデーモンが六体か。そろそろ彼等に見切りをつけてもいいんじゃないかい?」
 弟のその台詞に、姉の表情が一瞬だけ険しく変化する。
「黙りなさい、メルキド。あの子娘はともかく、デュオにはもうしばらく共にいてもらいます」
「姉さん……まさか、本気で惚れたのかい?」
 その問いに答える代わりに、口元を綻ばせる。
 妖艶という言葉がとてもよく似合う、そんな表情であった。
「それに、仕上げには証人が必要なのですよ。忘れたのかしら、メルキド?」

 その時、デュオは焦っていた。
 自分達を取り囲むように実体化しつつある青白い悪魔からは、明らかに自分の実力を凌駕する気配が感じられたからだ。
 このまま戦ったとして、万に一つも勝算はないであろう。
 相手は六体。
 しかも、周囲を塞がれた状態での戦いである。
 アース姉弟ならば、どうにか切り抜ける事はできるだろうが、今回ばかりはその力を借りるのは無理そうだ。
 額から流れ出た汗が、左の瞼をかすめていく。
 隣にいる筈のイルミナを横目に見ると、童子斬を構え相手の出方を窺っていた。
「先程まで威勢を張っていた割には……情けないな、俺は」
 そう呟くと、デュオは愛剣カシナートをゆっくりと引き抜いた。
 そして、下段に構えると覚悟を決めた。
「やるしかないようだ」
 


第23話 『音速剣』


 アイルの呪文詠唱が終わり、パーティ全体に防御呪文BAMATUの奇蹟が与えられるのと、六本の火柱が消失したのは同時であった。
 火柱の消失。
 それは、絶大なる力を持つ悪魔達の実体化を意味していた。
 青白き悪魔達は一様に咆哮すると、その巨躯を揺らし一斉に行動をおこした。
 魔族特有の人には聞き取れぬ言葉で、攻撃呪文の詠唱を行なう者もあった。
 対して、アース姉弟も呪文詠唱の最中にある。
 イルミナとデュオはそれぞれ迫り来る悪魔を迎え撃った。

 振り下ろされた悪魔の腕を避け、イルミナはその脇腹へと太刀を浴びせる。
 踏み込みが甘かったのか、大したダメージを負わせる事はできない。
 下等な存在である人間に手傷を負わされた事に激昂したのか、悪魔は唸りを上げてイルミナにその爪を伸ばすが、体格差がある上に元々動きの素早いイルミナを捉える事はできなかった。
 その攻撃の隙を突いて、斬りつけるイルミナ。
 落ち着いた対処を繰り返す彼女は、取り敢えずは持ちこたえられそうであった。

 一方、デュオはというと、悪魔を相手にかなりの苦戦を強いられていた。
 イルミナ同様その素早さを身上とするデュオにとって、相手の攻撃をかわす事は容易だった。
 ただ、イルミナとデュオの戦い方には決定的に違う点が存在した。
 悪魔がデュオに対し凄まじき勢いで突進をかけた。
 デュオは身を屈め寸前のところでかわすと、通り抜けざまに悪魔を一閃した。
 だが、激しい金属音を立て斬撃が弾き返される。
 悪魔の表皮に薄い傷こそ付けたものの、その肉体へはこれっぽっちのダメージも与えていない。
「ちっ、またか……」
 忌々しげにデュオがそう呟くと、振り返った悪魔が予想外のスピードで襲い掛かる。
 反応が一瞬遅れ、禍々しき爪がデュオの黒帽子を攫っていく。
「イルミナに斬れて、なぜ俺には斬れない? 俺の剣になにが足りないというんだ……」
 そう自問するデュオの脳裏を、師のかつての言葉がよぎる。

(デュオよ、剣とはなんぞや?)
 剣とは肉体的なものだけに非ず。精神的な鍛錬をも必要とするものなり。
(では問う。剣を振るう上で、最も重要な要素とはなんぞや?)
 デュオは答えた。それは力であり速さであり、小手先の技などは本来は二の次であると。
 師は頷いた。剣、即ち攻撃の根幹は力であると。そして、速さ…技とも言い換える事の出来るそれは、気の遠くなるような基本の反復に他ならないと。
 師の剣とデュオの剣にもまた、決定的な違いがあった。
 年老いた師と比べ、力も技もデュオの方が遥かに上回っている。
 しかしながら、デュオは師の足元にすら及ばなかった。
(それは、おんしの剣には心。つまり魂が欠けておるからじゃ)
(剣の理……それは、心・技・体じゃな)
 そう言うと、師は木の枝を以って甲冑を両断してみせた。
 その鮮烈なる光景は、デュオの脳裏に今でも焼付いている。

「心…つまりは魂。剣に魂を込めるだと?」
 悪魔を相手にてこずっている間に、その相手は二体になっていた。
 その連続攻撃を必死に見切りつつ、師の言葉に思いを巡らす。
「そんなのは、サムライの芸当じゃないか!」
 戦士である彼には、いかんせん無理な注文であった。
 だが、目の前の悪魔達を屠るには、それしか手段は残されていなかった。
 デュオはカシナートの剣を鞘に戻すと、目を閉じて精神集中に入った。
 無論、その間にも悪魔達の攻撃は続くが、巨大過ぎる気配故にそれを見切るのは容易い。
 そして、身体中の全神経を活性化させる。
 両手の指先まで、両足の爪先まで……剣の切っ先にまで。
 刹那、目をカッと見開くと、超人的な瞬発力を以って瞬時に最高速で駆け出す。
 悪魔とのすれ違いざまに抜刀、そして一閃。
 剣を通して一気に開放された氣が刃となり蒼白の巨躯を両断した。
 その剣閃は、まさしく電光石火。
 例えるならば、疾風迅雷。
 これこそ奥義、音速剣。
 疾きに於いては忍者のそれを上回り、氣の冴え渡るは侍をも凌駕する。
 戦火に揺らめく乱世の刻、音に聞こえし蜃気楼の剣。
 デュオが長年にわたり追い求めてきた、その剣がいよいよ完成したのだ。
 だが、その余韻に浸る間もなく、デュオは次の標的へと視線を向けた。

 時を同じくして、メルキドの呪文詠唱は終盤へと近づきつつあった。
 亜空間に於いて核融合爆発を引き起こし、その圧縮された熱エネルギーを実空間へと引き込む最強の攻撃呪文TILTOWAITO。
 その詠唱から導き出される呪文はそれであった。
 そして、詠唱も終わろうかという時、メルキドはその腰に提げた湾曲した剣を引き抜くと刀身にその手を添える。
 それに呼応したかのように、刀身に刻まれたルーン文字が鮮烈な朱紅い光を発した。
「今こそ来たれ、万物を無に帰す白熱の業火よ。そして我が剣に宿り給え……TILTOWAITO!」
 空間に最上級魔法の魔方陣が描かれると、そこから迸る魔力の奔流が手にした剣へと注がれていく。
 やがて、その全ての魔力を剣が吸収し終え魔方陣が消失すると、剣のルーンから滲み出す光が辺りの空間へと侵食を始める。
「さあ、ゲームのはじまりだ」
 残虐な笑みを浮かべると、低く威圧的にそう呟いた。

 

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