〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


 少年と少女は闇の中にうっすらと佇む、赤い都に向けて岩山を駆け下りていった。
 迫り来る危急を伝える為に…

 黒だかりの一団が、北の砂丘を這うようにして進んでいた。
 音も無く、だがその足並みは速く、そして統制がとれている。
 皆一様に金属鎧に身を固め、その動作には無駄な動きが一切無い。
 間違いなく、彼等はプロの軍人だ。
 それも、山賊や野党まがいの、ここらを根城とする部族の戦士などではない。
 土地鑑の無い場所に於いての夜襲に慣れている様から、彼等が相当の精鋭部隊であることは容易に想像出来るだろう。
 そして、その数はざっと200を数えるだろうか。
 彼等はあっという間に楼蘭の都の外郭へと達すると、先程までとは一転し猛火の如く行動を開始した。
 城門や城壁に配置された戦士たちが、クロスボウの攻撃を受け剣を交える事なく事切れる。
 都の巡回兵がその異変に気付くのと同時に、頑強な城門は爆破され重武装の兵隊たちがその内部へと雪崩れ込んでくる。
 かくして、つい今しがたまで平和だった楼蘭の街中が戦場と化した。
 


第25話 『楼蘭炎上』


 その突然の出来事に、意味もわからず立ち尽くす者。
 尋常ならざる異常な雰囲気に、ただ逃げ惑う者。
 楼蘭の民達の反応は様々であったが、それらには等しく平等に死の凶刃が降り注いだ。
 赤く染まる街並みには火の手が掛けられ、元のそれよりも紅い炎が勢い盛んに踊り狂う。
 略奪もそこそこに虐殺と破壊の宴が繰り広げられた。
 その阿鼻叫喚の地獄絵図の只中を、重装兵達が王宮を目指し進軍を続ける。
 時折現れる、動き回る物体を排除しつつ。

 依然、我侭顔な侵略者達の前に、赤い戦士の装束を纏った守護方の男達が現れる。
 怒りの炎をその目に宿した、楼蘭の誇る屈強なる戦士達であった。
「夷狄風情が…これ以上の好き勝手を許すわけにはいかん」
 守護方の戦士達の最前に立つ男、ガンドルフは半月刀を振りかざし咆哮する。
 その表情は悪鬼羅刹が如き迫力に満ちている。
 そして、ガンドルフは一歩前に出ると胸いっぱいに空気を吸い込み、誇り高き戦士の宣誓を高らかに謳う。
「我こそは楼蘭が守護を司る二番頭。獅子の首を取りしガルマンが長兄、その名はガン…ド……」
 真横へと走る稲妻。
 そんな光景を連想させるクロスボウの射撃によって、ガンドルフの誇りは打ち砕かれた。
 楼蘭兵が今までに見たこともない、その強弩の威力の前に次々とその骸を晒していく。
「ぐおぉぉっ、この卑怯者がぁぁっ」
 致命的な一撃を受けながらも、ガンドルフは必死の一撃を繰り出した。
 その振りかぶりし半月刀が周囲の紅い焔を映しこむ。
 ガンドルフの鍛え上げられた膂力によって振り下ろされる剣閃は、紅い光の筋と共に陣風を巻き起こす。
 この一太刀の前に、かつて幾人もの夷狄達がその生命を散らせていったのだ。
 はたして、その魂の一撃は敵の構える方形の楯により、いとも簡単に受け止められていた。
「なんだと!?」
 信じられない。そう言いた気な表情のガンドルフの胸を、鋼鉄の剣が刺し貫いた。
 赤き大地へと崩れ落ちる誇り高き戦士。
 侵略者達はその骸を、誇りを踏みにじり前進を再開した。


 少年とミユウが街に辿り着くと、そこは既に朱紅い焔に包まれた煉獄へと変貌していた。
 賑わいをみせた街並みは焼き尽くされ、人々は無残にも惨殺し尽くされていた。
 少年は近くに倒れていた楼蘭兵の剣を拾い上げると、ミユウに真摯な眼差しを向ける。
「ミユウ、お前は岩山に戻れ」
 いつもは快活な少年だが、この時はとても辛辣な重苦しい雰囲気であった。
 ミユウはそんな少年の瞳を正面から見つめ返す。
「ミユウも一緒に行きます」
 こちらも、覚悟を感じさせる妙に落ち着き払った雰囲気で、兄に対し一歩も退かない。
「駄目だ。これ以上は危険すぎる」
「それなら……それなら、お兄ちゃんも一緒に逃げようよ」
 予想していた兄の反応ではあったが、それでもミユウの虚勢を崩すには充分な返答であった。
 兄が自分の身を気遣って言っているのは理解できる。
 だけど、兄にもしもの事があり自分一人が残されたとして、ミユウにはその後生きていく理由が存在しなかった。
 一人では意味がない。
 そんな想いが、ミユウを苛んでいた。

 今にも消えてしまいそうだ。
 少年にはミユウの弱々しい姿がそう映った。
 抱きしめて愛してやりたい。
 そう思ったが、今は巫女の側で戦っている筈の父親の安否が気に掛かった。
 彼が駆けつけたところで、どうなるわけでもない。
 それは分かっていたが、だからといってミユウと二人で逃げ出す事など出来ない。
 ミユウも兄の気持ちを察していたが、それでも……たとえ、自分がどうなろうと彼の側を離れる気はなかった。
 少年は誰よりもミユウの事を大事に思っていたから、危険の渦中へは晒したくはないと思っていた。
 だが、ミユウの意思が決して覆せるものではないと悟ったのか、ミユウを連れて行く決心をした。

 楼蘭の宮殿。別名、紅き楼閣。
 国の政と神事を司る神聖なる巫女の住まうところ。
 侵略者達の後を追い、そして父親に再会するために二人はそこを目指した。
 その途中、無残にも力及ばず斃れた楼蘭の戦士達の亡骸を多数目撃したが、今は彼等を弔う余裕はなかった。
 楼閣に近づくにしたがい、その数は加速度的に増していった。
 しかし、不思議な事に敵兵の遺体は、未だ一体も目撃していない。
 岩山から見た、あの侵略者達はそれほどまでに強力な手練だというのか。
 そんな事を考えつつも、ミユウの手を引き走り続ける。
 少年は思う。
 おそらく、自分の考えや行動は間違っているだろう。
 ミユウの言うとおり、二人で楼蘭を脱出する方が正しいはずだ。
 砂嵐の止んだ今ならば、何処へでも行けるのだから。
 だけど、愚かにも最も危険の高い道を選んでしまったのだ。
 それならば、せめてミユウだけは何があっても守り抜こう。
 赤髪の少年ユダヤはそう心に誓った。
 そして、楼閣も見えようかというその時、二人は前方で仰向けに倒れるガンドルフの姿を発見した。

 

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