〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜
「ガンドルフ!」
燃え盛る街並みの紅い炎に照らされた男の姿をその視界に捉えると、ユダヤは男の名を叫ぶように呼びながら駆け出した。
ミユウもまたその少年の後に続く。
「ガンドルフ、しっかりしろ」
屈強なる楼蘭の戦士の腕を取り、左右に揺すぶってみせるが反応は無かった。
既に事切れている。
それはユダヤ自身にも一目で分かっていたが、心のどこかでそれを認めたくはなかったのだろう。
必死にガンドルフの名前を呼び続けるユダヤ。
ミユウは涙に頬を濡らし、その光景を黙って見つめていた。
既に戦いの行方は決したのだろうか?
街区からは戦の怒声どころか、人っ子一人存在しないかのように静まり返っている。
聞こえてくるのは、勢いよくはぜる炎の音。
そして、ユダヤのガンドルフを呼ぶ声と、ミユウの嗚咽だけであった。
第26話 『黒騎士』
立ち昇る黒煙が夜空に厚い幕を閉ざす。
闇の中、音もなく燃え盛る楼蘭の都は赤く、紅く彩られていた。
そして、その紅蓮の化粧を未だ施されぬ紅き楼閣。
ここでも、無情な侵略者達による殺戮劇が繰り広げられていた。
敵の襲撃を察知したユダヤ達の父親、守護方一番頭エンキドゥは巫女の守護を果たす為に楼閣へと馳せ参じていた。
大いなる神智を司る巫女の死は、即ち楼蘭の終わりを意味していたのだ。
そして、巫女の守護を最優先と考えたエンキドゥは街区での指揮をガンドルフに任せ、自らは近隣の民を楼閣へと避難させつつその警護に奮戦していた。
民の庇護は巫女の命令によるものでもあった。
また、民と共に異国の交易商人達も楼閣へと匿われた。
豊かだった楼蘭の街並みには火の手が掛けられ、その勢いはとどまる事を知らない。
この有り様では、ユダヤとミユウもよもや無事では済むまい。
エンキドゥは歯を噛み締めると、この卑劣なる襲撃者達を恨み呪った。
本心ではすぐにでも街へと出て敵兵を切り刻んでやりたかったが、国の存亡が懸かっている以上は迂闊な行動を取るわけにはいかなかった。
今はこうして城門を閉ざし、敵の攻勢を耐え忍ぶしかないのだ。
城門を閉ざし……その城門が大きな音を立てて開いていく。
この強固なる機械仕掛けの大鉄扉は、内側からしか開閉する事はできない。
門の外にいる侵略者達に城門を開く術など存在しないはずであった。
では、何故?
そう思い、エンキドゥが城門脇の開閉装置のもとを訪れると、そこには絶命し微動だにしない楼蘭兵が倒れていた。
そして件の装置は、城内へと退避させた交易商人達の手によって操作され、民人を、楼蘭を護るべき城門が開かれていった。
殺戮者達を招き入れるが為に。
「お前達、何をやっている!」
怒れるエンキドゥは、東方の魔剱と恐れられる妖刀村正を抜き払うと、その内通者(工作員)に向け猛烈な勢いで襲い掛かった。
商人達は剣を抜きエンキドゥの攻撃に備える。
が、それよりも早く、エンキドゥの剣閃が男達を切り刻む。
それはまるで、砂漠を吹き荒れる赤き砂嵐のごとし。
凄まじき剣技の前に、己の身に何が起きたかすらわからぬまま男達は息絶えた。
エンキドゥは急いで閉門すべく装置に取り付くが、その長大な鉄鎖を巻き上げる車輪の勢いは決して止められるものではない。
その努力も虚しく、ついには楼蘭の生命線たる城門は完全に開け放たれたのだ。
この異変に気付き駆けつけてきた守護方の戦士達と共に、城門の向こう側より大挙するであろう侵略者達を待ち受けるエンキドゥ。
しかし、その思惑に反し城門を潜り抜けてきたのは、たった一人の男であった。
その身なりは、漆黒の鎧をその身に纏い暗い浅葱色のマントを靡かせている。
やや青味がかった黒髪を持つ偉丈夫であった。その年の頃は三十前後であろうか。
野生の狼を想起させるギラついた鋭い眼をしている。
そして、特筆すべきはその手にした得物だろう。
まるで軍馬の胴でも両断せんかという長大なる大剣。
敵国の中枢にただ一人で立ち、なお威風堂々としたその態度からは恐ろしさすら感じる。
その黒騎士(Schwart Ritter)の異名をとる男、ヴィシャス・ヘイトレッドは眼前に立ちはだかるエンキドゥを見据え歩みを止める。
剣の間合にはまだ程遠い。
しかし、両者の間には互いに斬り付け合うかのような張り詰めた空気で満ちていた。
その圧倒的な両者の気合に、指先すら動かす事かなわぬ楼蘭の戦士達。
一歩間合を詰めるエンキドゥ。
ヴィシャスに動きはない。
二歩、三歩とその足を進めるエンキドゥ。
ヴィシャスに動きはない。
五歩、六歩と足早に駆け出すエンキドゥ。
ヴィシャスに動きはない。
遂には疾走し、村正の鯉口を切る。
そして、黒騎士へと打ち込む寸前でエンキドゥの動きに変化が生じる。
敵眼前からの突然の消失。刹那、黒騎士の側面、そして後背へと回り込みつつの連続攻撃。
侍の剣技と忍者の瞬発力を併せ持った、楼蘭最強の戦士が誇る奥義”陽炎”。
その必殺の刃風が黒騎士へと容赦なく降りかかる。
迫り来る死の凶刃を前に、ヴィシャスは僅かに微笑んだ。