〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜
家族同然に慕っていた者の死。
そして、生まれ育った楼蘭が今、灰になりつつあった。
突然の侵略。
それは、あまりにも理不尽なものであった。
少年には怒りや悲しみといった感情すら涌いてこない。
実感がないのだ。
あたかも、性質の悪い冗談のように思えた。
だが、それらは全て現実の出来事なのだ。
ユダヤとミユウの瞳には、大地に横たわり微動だにしない父親が映る。
楼蘭最強の戦士を死へと導いた黒騎士の姿と共に……
第27話 『まほろば』
楼蘭の中枢。巫女の住まう赤き楼閣。
街区を見下ろすその小高い丘までは、街を灰塵へと帰す紅蓮の炎も届いてはいなかった。
見渡せば、守護方の戦士達や重装の侵略者の物言わぬ亡骸が点在していた。
そして、この宮前にいるのは三人。
ユダヤとミユウと、そして黒騎士であった。
宮殿内から聞こえてくる複数の怒声から推測すると、おそらく侵略者の大半は巫女の命を奪おうと最後の仕上げを行っていると言ったところか。
地上の焔が、夜の空を赤く照り返していた。
それはまるで、地上で流した戦士たちの血を空が啜っているかのようだ。
その赤くたなびく雲が僅かに揺らぐと、一陣の突風がユダヤ達を吹きさらす。
「お前達の父親か? 最期まで勇敢な男であった」
ポツリと、しかし突風に掻き消されぬ低い声で黒騎士が呟く。
「親父を殺ったのはお前か?」
抜き身の剣を構え、湧き上がる感情を必死に抑えつつ問う。
ミユウはただ立ち尽くしている。その枯れた瞳には既に涙は無い。
「これも務めだ。悪く思うな」
「てめえ!」
黒騎士の感情無き返答に、ユダヤの激情は爆発した。
両の手で握り締める剣を、左側に弧を描き黒騎士を急襲する。
しかし、その剣が黒騎士に届く事は叶わなかった。
未だ鞘に収められたままの大剣が、ユダヤの渾身の斬撃をいとも容易く跳ね除ける。
「やめておけ、小僧……死ぬぞ」
一歩すら動かずに、依然として直立不動の黒騎士が低い声で警告を発する。
だが、敵の…しかも父親を葬った男の警告など聞く筈も無い。
なおも飛び掛るユダヤ。
憎しみと怒りに燃えるその少年の腹部に、黒騎士の剣鞘の先が突き刺さる。
そして、ユダヤが腹部を押さえ蹲るのを確認すると、その非情の剱をついに一閃した。
肉が切り裂かれ、鮮血が視界を染める。
ユダヤの全身は、燃え盛る焔よりもなお紅い血によって彩られた。
自らの血溜りに膝をつき、力なく崩れ落ちていくのは……咄嗟にユダヤの前に飛び出したミユウであった。
「ミユウ……なぜ!?」
剣を取り落とし、ミユウの肩をきつく抱きしめる少年に、死に行く少女は優しく微笑んだ。
「大丈夫? おにい…ちゃん」
まるで虫の鳴く様なか細い声で力なく囁く少女の身体をユダヤは無言で抱きしめた。
その瞳には溢れんばかりの涙が溜まっている。
ミユウはそんなユダヤにもう一度微笑むと、そっとその唇を重ねた。
「ごめん…な……さい………」
「うわぁ、ミユウゥゥーー!!」
目を見開く。
そこは滅び去った楼蘭ではなく、負の瘴気に満ちた地下迷宮。
ユダヤの胸に突き立つ鋼斬糸からは、夥しい量の血液が流れ出している。
地に両膝を着いた彼の足元には、その血液が血溜りとなって澱んでいた。
ぼやけていた意識が戻り始めるのに反比例して、全身に絶望的なまでの痛みが蘇ってくる。
取り落としていた村正を拾い上げその視線を上げると、壁にもたれかかる”魔人”の姿。
その怪人もまた、ユダヤに致命傷を与えるのと引き換えに、尋常ではない重傷を負っていた。
白色の不気味な仮面はひび割れ、その下の表情は狂気的な笑みを浮かべている。
「……ミユウのためにも生き抜く。それが俺に課せられた罰だったな」
胸を貫く鋼斬糸を掴むと、その掌が傷つくのにも構わずに、一気に引き抜いた。
そして、気力を振り絞り立ち上がると、その刃を復讐の狂気に取り付かれた男へと突きつける。
「俺は、貴様如きに殺されるわけにはいかないんだ」
”魔人”もまた、重い足取りで立ち上がる。
すると、手にした鋼斬糸を投げ捨てると、奇妙な形状の短刀を取り出す。
「愉しき事よ……」