〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


 対峙するユダヤと”魔人”。
 共に激しく血を流し、気力のみで立っているのだろうか。
 一方は生を渇望し、もう一方は死の復讐を望む。
 燃え盛る街で九死に一生を得た男と、その男に一度殺された男。
 侍と忍者。
 その勝負は一瞬で決まる。
 いわば、刹那の闘いといえるだろう。

 ユダヤは手にした村正を下段に構えると、”魔人”を睨みつける。
「最後に一つだけ答えろ。何故、3年前のあの日、俺達を裏切った?」
 突き刺すような視線を真正面から受け止め、その狂気の眼差しをユダヤへと返す。
 口は結ばれたまま。
 ただ、狂気のみがその男を突き動かしているようだった。
「ダンマリかよ……それとも、そんな昔の事は忘れたか?」
 そう語るユダヤの顔も無表情だ。
 全身の気を練り上げ、それを切っ先の一点に収束する。
「……小生が欲するは汝が首だけよ。ユダヤァァ」
 ”魔人”は発狂したかのように叫びながら、一気にその身を跳躍させる。
 その動きは、人間のそれを遥かに凌駕した素早さだ。
 一跳躍で数メートルの距離を一瞬にしてゼロに縮めた。
 そして、その手に握られしは、呪われし短剣の呼び名が高い”蝶のナイフ”だ。
 奇妙に歪んだ呪刃は、ユダヤの首筋を恐るべきスピードで薙ぎ払った。
 否、その刃はユダヤの赤髪を数条散らせるに留まった。
 ユダヤが先天的に持つ力、サトリの死線だ。
 その隙を突いてユダヤが村正を一閃するが、短剣術の小回りの効きは尋常ではない。
 なんと、至近距離から放たれたユダヤの一撃が、いとも簡単に受け流される。
 しかも、村正が帯びていた刃の如き剣気に対しても、なんら動じた様子がない。
 それどころか、その攻撃の隙につけ込んで連続攻撃を返してきた。
 左首筋、右目、右肩口、あるいは手首……
 ”魔人”が繰り出す攻撃全てが、確実に致命傷を与えんと人体急所を狙い撃ちする。
 それに対し、ユダヤは防戦一方の苦戦を強いられている。
 太刀と短剣の近接戦闘では、明らかにユダヤの村正の方が不利だ。
 ユダヤは何かをぶつぶつと呟きつつも、それらを必死に対処し続けるが、とうとうその凶刃がかすり始める。
 まともに食らえば生命の保障はない死の乱舞だ。
 その連続攻撃をついには捌き損ねたのか、ユダヤに致命的な隙が生じた。
「頂く」
 かくして、蝶のナイフがユダヤの頚を掻き切ろうとしたその時……
 突如、”魔人”の身体が紅蓮の炎に包まれた。
「ぐぎゃあぁぁぁ……」
 その黒き影は火柱へと完全に捕われた。ユダヤの放ったMAHALITOである。
 そして、その燃え盛る炎ごと”魔人”を一刀のもとに両断した。
 ”魔人”ことルシフェル・ミューロホークは二度目の死を迎えた。
 


第28話 『死線─ミチビキ』


 玄室の床へと崩れ落ちた”魔人”の身体は、未だに燻り続けている。
 その闇色のローブや暗緑の髪すらも燃え落ち、不快な異臭を発していた。
 もはや、その生命活動は完全に停止していた。
 ユダヤはなおも警戒を怠らなかったが、”魔人”再び起き上がる気配が微塵もない事は、気の流れから既に判っていた。
 それでも油断をしないのは、今回のこの一件には不可解な点が多いからであった。
 まず、3年前にロスト(消失)したはずのルシフェルが、いかな手段により蘇ったのか。
 そして、そのような真似をしたのは、一体何処の誰なのか。
 その者の目的は何なのか。
 考えれば考えるほど、疑問は後を断たない。
 だが、瀕死の重傷を受けながらも、ユダヤは勝ったのだ。
 恐らくこの傷では、シオン達やイルミナを追いかけるのは不可能だろうが……

 その時、ルシフェルの遺体が突然跳ね上がったかと思うと、空中で爆散し粉々に砕け散った。
 舞い散る灰塵。
 降り注ぐ血の雨。
 音を立てて砕け散る骨片。
 そして、それらの中央に浮かんでいるのは、白色のオペラマスクであった。
 その仮面を掠めて降り注いだ赤い血が、まるで血涙を流すかのような化粧を施した。
 血涙を流す仮面。
 その赤く濡れそぼった双眸が見開かれる。
 赤く血走り、狂気を湛えた瞳は”魔人”のそれであった。
「!?」
 常識を超えた目の前の光景に放心しかけたユダヤだったが、かろうじてその一撃をかわす事が出来た。
 浮かび上がる仮面から床石へと伸びた影。
 その影がユダヤに襲い掛かったのだ。
─ナルホド、死線ヲ垣間見ルトハナ…
「……誰だ貴様は?」
 隙を窺いつつ佇む影は、その姿を徐々に変容させつつあった。
 虚空に浮かぶ仮面は、既に紅一色で塗り潰されている。
─クク…負ノ遺恨ヲ残シ者ノナント操リヤスキコトカ…
 影の背に四枚の大きな翼が広がる。
「そういう事か……ルシフェルを呼び戻したのは貴様だ。そうだろう”魔人”?」
 確信に満ちた声で叫ぶと、ユダヤは村正を構えなおし”魔人”の攻撃に備える。
 ”魔人”の影は、猛禽類を思わせる鋭い鉤爪を伸ばした。
 影は床石伝いにユダヤを襲う。その上空の実空間に変化はない。
 己に迫り来る死線を読み取り身を翻し、返す刀で影を刺し貫く。
 村正を通じて”魔人”の小刻みする気配が伝わってくる。
 手応えはありだ。
─小サキ人間ニシテハヤルヨウダ…
「黙れ、風の”魔人”パズス……いや、マイルフィックよ!」
 更に影を一閃し、吠える。
─土塊ノ分際デ、我ガ名ヲ知ルトハナ…
 突如、冷たき灼熱の風がユダヤに吹き付ける。
 玄室に散らばる塵は凍りつき、そして燃え尽きた。
 それはまさしく魔界の空気であった。
─良キ余興デアッタ。褒美ニヒトツ教エテヤロウ…
「何だと?」
 中空の仮面にヒビが入る。
 そこから滴り落ちた血の雫が、”魔人”影に穴を穿つ。
 鮮血に侵食され、薄れつつある影が嘲った。
─ソノ死線ハ”サトリ”トトモニ汝ヲ更ナル死地ヘト誘ウ”ミチビキ”ナノダ…
 パキン。
 そんな乾いた音と共に仮面は砕け散った。
─汝ハ我ラガ同胞ヨ…
 仮面は塵となり、影もまた消え去った。
 そして、玄室に充満していた魔界の空気も、元の空間のそれへと戻りつつあるようだ。
 そこには、満身創意のユダヤだけが残された。
 つい今しがたまで死闘を演じてきた、ルシフェル…”魔人”の痕跡すらない。
 すべては夢幻だったのか。
 それとも、これこそが”ミチビキ”によるものであったのだろうか。

「俺が”同胞”だと?……なんだよ、それ」

 

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