〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


 小気味の良い炸裂音と共に扉は開け放たれた。
 はたして、ひしゃげた扉の内側にはそれまでとは趣の異なる空間が広がっていた。
 その魔法によって灯された光の中、陰鬱なる吸血鬼達が一斉に振り返る。
 そして、その奥に設えた豪奢な玉座に腰を降ろす、薄紫色の上質のローブを纏った老人と、その傍らに立つ長身痩躯の男。
 この二人は他の吸血鬼ほどアクティブには行動を起さず、段上からただ悠然と見下ろしている。

 扉を蹴破り室内へとゆっくりと足を進めるアース姉弟にデュオとイルミナも続く。
 部屋の中央には赤い絨毯が敷かれ、それは入り口から段上の玉座にまで続いていた。
 まるで、王の謁見の間だな─そう思いながらデュオは絨毯の先である段上を見上げる。
 白髭を蓄えた彫の深い顔立ちの老魔術師は突然の侵入者にも微動だにしない。
 自らを討ち果たす為にやって来た者達を前に、このような悠然とした態度が取れるのはその自信ゆえであろうか。
 そして、この大迷宮の主たるワードナの側に控える、全ての不死者達の王ヴァンパイア・ロード。
 この不死王と一瞬だけ視線が交差したが、それはまるで暗く冷たい闇を写し取ったかのような、暗く濁った瞳であった。
 生命、生者とは対極の位置に潜む存在。
 夜の眷属達の頂点に立つ大君主。
 そのような者ですら配下とする大魔術師ワードナの恐ろしさを、デュオはその時に垣間見たような気がした。
 ちらりと横目でイルミナを見ると、どうやらこちらは目前の吸血鬼に集中しているようであった。
 どうやら段上の存在には気圧されずに済んだらしい。
 デュオもまた、包囲を狭めつつある吸血鬼達へと集中する。
 そんな二人とは正反対に、吸血鬼達の包囲を意にも介さず進み出るアース姉弟。
 その表情には不敵な笑みを浮かべている。
 たとえ一時的にとはいえ、こうして共にパーティを組んでいるデュオの目にも、その様子は不気味なモノに見えた。
 吸血鬼にも人間と同じ思考回路が存在するのかは知らないが、包囲を固める吸血鬼もその不気味さに圧倒され無言で後ずさる。
 見上げる先に玉座を望む段下に進み出ると、アイルは両手にスカートの端を掴み恭しく一礼をする。
 その傍らに立つメルキドは相変わらずだ。
「御大ワードナ様にお目に掛かる事、恐悦至極に存じます」
 討つべき相手を前に礼節を尽くすアイルに、段上の不死王が感情の欠如した抑揚のない声で答える。
「人間よ。よもやこの様な場にまできて恐れをなしたのではなかろうな?」
 視線の先に不死王を捉え微笑む。
「恐れなどとんでもない。敬い尊ぶ心こそあれ、忌み嫌い、ましてや恐れる様な必要性が何処に御座いましょう」
「ほう、我等を愚弄するか。大した自信家のようだ……」
 まるで鮮血で染め上げたかの如き真紅の裏地のマントを翻すと、不死王は配下の吸血鬼達に聞いたこともない言葉で指示を飛ばす。
「やる気みたいだね。だから話し合いなんて無駄だって言ったじゃないか、姉さん」
 さして慌てた風でもなく、やや呆れたかのような口調でメルキドが呟く。
「そうは言うけどね、メルキド。それなりの地位を持つ相手には、それなりの礼節を尽くす事も大切な事よ」
 再び包囲を狭め始める吸血鬼には目もくれずに、自分のペースというものを微塵も揺るがす事のない姉弟。
 デュオとイルミナは、改めてこの姉弟の奇妙な恐ろしさを知ることになった。
 


第32話 『魔法剣』


 誰の目にも窮地と思えるこの状況の只中にいて、なおも余裕を見せるアイルに吸血鬼が飛び掛った。
 そこそこ熟達した剣士であるデュオでもその動きを追うにはかなりの集中を要する。
 そんな疾さである。
 しかし、当のアイルはその吸血鬼すら無視して、今更ながらに遅々と呪文詠唱を開始する。
 吸血鬼の鋭い爪がアイルの首筋に振り下ろされるが、メルキドの抜打ちの一閃がその腕を寸前で両断した。
「おい、何をボサボサしているんだ。こいつらは僕達が相手をするから、お前達はワードナを仕留めるんだ」
 返す刀で吸血鬼を屠りメルキドが檄を飛ばす。
 ワードナを仕留めろ。メルキドは確かにそう言った。
 しかも自分達がその露払いとばかりに、吸血鬼達を相手にすると言っている。
 姉弟の性格を考えると、それはかなり不思議な発言であった。
 デュオ達にしてみれば、てっきり自分達の方が捨石同然に利用されるものとばかり考えていたからだ。
「何をやってるんだ。いくら三流の剣士でも、魔術師くらいなら相手に出来るだろ」
 と、再びメルキド。
 それだけ言うと、吸血鬼の攻撃を捌きながら呪文詠唱を開始する。
 剣の表面に魔法文字が浮かぶのを見るに、おそらくは魔法剣を使うのだろう。
 その弟に守られる形で、アイルは依然詠唱を続けている。
 呪文詠唱の長さからして、かなりの高レベル魔法である事に疑いはない。
 そして、不死王を含む全ての吸血鬼達はこちらに注意を払いつつも、アース姉弟の方を危険視し集中している。
 段上のワードナを叩くには絶好のチャンスだった。
 イルミナもまたこの好機に気付いたらしく、デュオと視線を交わし頷く。

 一方、アース姉弟に対する吸血鬼達の攻撃は熾烈を極めた。
 最初のうちこそ優位に立っていたメルキドであったが、呪文詠唱を行う為に無防備な姉を庇いつつ、自らも応戦をしつつ魔法剣の呪文詠唱を続けているのだ。
 人間を超越した動きで死角より強襲を掛ける吸血鬼の攻撃を紙一重で回避すると、すれ違いざまにその脇腹を凪ぎ次の敵へと備える。
 続けて飛び掛る吸血鬼の喉元を捌くと、二歩だけ下がり僅かに間合を取る。
「即ち、善転じて闇へ堕ちし者を裁く清浄の炎を……」
 だが、詠唱がようやく最後の一節へと入ったその時、先ほど倒した筈の吸血鬼がメルキドの背後で突如跳ね起きた。
 そして、その自らの腐血に塗れた手をメルキドへと突き出す。
 呪文詠唱を中断して応戦すれば充分に間に合うタイミングだ。
 しかしながら、メルキドは振り向きもせずに詠唱を続ける。
 相手の気配を読み回避を試みるものの、吸血鬼の爪がその左肩を抉りこむ。
 それと同時に、眩暈にも似た強烈な脱力感がメルキドを襲った。
 吸血鬼を始めとする不死族が持つ、エナジードレインの能力によるものだ。
 彼等、神の加護を失った闇の眷属達は、自らの仮初めの生命を維持していく為には他者の生命力を摂取しなくてはならない。
 そして、そうやって生命力を奪われた者には、レベルドレインという形でその影響が及ぼされる。
 レベルが極度に低い者や、連続してこの攻撃を受けようものなら、その者の肉体はおろか魂までも完全に消滅(ロスト)してしまうだろう。
 メルキドは吸血鬼のエナジードレインを被ったのだ。
「我が剱に宿し…天に聖別されしその白刃をここに顕し給え……ZILWAN」
 その不浄なる攻撃を受け、また傷口より止めどなく溢れる鮮血にも構わずに、とうとうその呪文は完成した。
 剣に刻まれた魔法文字が眩い白光を放ち、メルキドが発現させた対不死者崩壊呪文をその刀身に吸収していく。
 まず、メルキドは自分の身を汚してくれた相手に振り向きざまの一撃を放つ。
 しかし、生命力吸収により動きを活性化させた吸血鬼を完全に捉える事はできず、僅かにその腕を掠めるに過ぎなかった。
 だが、それ以上その吸血鬼に構う事なく、姉の下へと駆けつけるメルキド。
 その背後には、腕についた僅かな傷を押さえ苦痛に顔を歪ませる吸血鬼の姿があった。
 腕の傷口はにわかに泡立ち、それと共に肉の焦げる様な臭いが辺りに充満し始める。
 数瞬の後にはその症状は全身へと伝播し、やがて文字通りに朽ち果てていった。

 メルキド・アースの魔法剣。
 それは即ち、通常一度放って終わりの魔法効果をその剣の内に封じる事により、短時間ではあるがその刃で斬りつけた対象の内部に、その本来の魔法効果を発現する特殊な業である。
 また、この魔法剣を用いる事により、一部の魔物が持つ魔法無効化障壁すらも無視して攻撃する事が可能である。
 以前、遭遇したグレーターデーモンとの戦闘では、最強の攻撃呪文であるTILTOWAITを魔法剣として使用する事で、その魔法障壁を無効化して圧倒的な力で一気にねじ伏せたのであった。

 その、吸血鬼にとってはまさに天敵。僅かに掠めただけでも浄化されてしまう聖剱を手にしたメルキドと、その背後で未だに詠唱を続けるアイルを取り巻く包囲が若干揺らぎ始めたように見えた。
「ほら、どうしたんだい? さっきのドレインをもう一回やってみろよ」
 挑発するメルキド。
 魔法剣の前に怯む吸血鬼達。
 あまりに体たらくな己の眷属達を見かねたのか、遂に不死王が段上より動いた。
 優雅な足取りで段を降りる不死王。
 その進路上で、ワードナのもとを目指すデュオとイルミナが立ち止まる。
 蒼き礼装に身を包んだ不死王は、黒帽子の剣士と長髪の少女の二人と向かい合う形で対峙した。
 デュオとイルミナに今までにない緊張が走った。

 

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