〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


「くっ……」
 カシナートの剣をやや下がり気味の中段に構えたまま、デュオは微動だにも出来ずにいた。
 嫌な脂汗が額に滲み始める。
 迂闊な動きは死に繋がる。
 その事実が空気を通して痛いくらいに肌に伝わってきた。
 即ち、無言のプレッシャー。
 そして、それは明らかな実力の違いを如実に表していた。
 イルミナもまた、童子斬の柄に手を添え”鯉口”を切った状態で固まっている。
 氣を読み、操る侍ゆえに、デュオ以上に目の前に立つ不死王の脅威を感じ取っているのだろうか。
 どちらにせよ、こちらから仕掛けられぬ事に違いはなかった。
「ほう…人間ながらに、身の程は弁えているとみえる」
 不死王の台詞と共に、その沈黙は破られた。
 しかしながら、それにより緊張感は立ち消える事はなく、より一層のプレッシャーとして二人に圧し掛かった。
 一歩、踏み出す不死王。
 それに呼応し、一歩後ずさるデュオとイルミナ。
 だが、これは決して心の弱さからくる怯えによるものではない。
 その危険さを、身体が本能的に感じ取っているのだ。
「ここまで辿り着いた実力は認めよう。だが……そろそろ幕を下ろすとしようか」
 その顔に突如、悪鬼のような形相が浮かび上がる。
 両の手の爪が恐ろしい速さで伸び、異様に発達した犬歯が如き牙が唇の端より覗く。
 そして、それまで濁りきった闇色に塗り潰されていた瞳に、鮮血を思わせる真紅の光が宿った。
 


第33話 『不死王』


 それまで紳士然としていた不死王の様相が一変すると、二人を縛り付けていた威圧感は強烈な殺気へと転じた。
 来るべき攻撃に備えるデュオ。その距離は目算でおよそ7メートルはあろうか。
 ならば、ここは相手から接近させ、その間に攻撃位置を予測し迎撃…つまり後の先を取るのがこの場合、最も有効な手段といえるだろう。
 不死王が動き出す。
 第一歩を踏み出し、跳躍。
 そして、一足飛びにデュオの間合の内側へと現れる。
「なんだと!?」
 不死王の動きはデュオの予測を遥かに超えていた。
 妖しく光る剃刀の如き長爪が、デュオの首筋に狙いをすませ唸りを上げて襲いかかる。
 それを右手のカシナートで切り払いたいところではあるが、大ぶりの長剣では恐らく、その電光石火の一撃には対応しきれないであろう。
 そう悟ったデュオはカシナートを床に突き立て、腰の革鞘から短剣を引き抜いた。
 デュオの短剣と不死王の長爪が高い金属音を立てて削りあう。
 恐ろしきは不死王の爪の強靭さか。
 デュオの短剣─”切り裂きの短刀”と呼ばれる、魔力付与によりその切れ味を極限にまで高められた魔法の短剣と打ち合っても、折れるどころか欠けてさえいない。
 一方、切り裂きの短刀の方はというと、その刃に僅かばかりであるが刃こぼれが生じていた。
「くっ……」
 咄嗟の判断により九死に一生を得たデュオであったが、さすがにそう何度も耐え凌げるものではない。
 そんな心情を読み取ったのか、不死王が再度の攻撃に移ろうとした瞬間、その横合いから迫る白い煌きがあった。
「はあぁぁぁっ!」
 それまで機を窺っていたイルミナの抜刀術だ。
 鞘走りにより最高速へと達した白刃が恐ろしいまでの速度で不死王に襲い掛かる。
 侍がその得物とする日本刀が備えた最強の攻撃法の一つ。
 それが、最速の一撃必殺技”抜刀”である。
 刀身を鞘に収めたまま相手との間合を詰め、懐に入り込んだ瞬間に放つがためにその太刀筋を相手に読まれる事はない。
 その一撃が、不死王の一瞬の隙をついた。

   一閃

 唸りを上げた童子斬が、必死に回避を試みる不死王の右腕を斬り飛ばす。
「ぐぁっ…おのれ……」
 予想外の一手、伏兵に対する驚きと苦痛に顔を歪め、その怒りの矛先をイルミナへと転ずる。
 刹那、デュオの後方より吹き抜けた魔法風が手負いの不死王を包み込む。
 それは程なく火焔の渦へと姿を変える。
 メルキドの放ったLAHALITOだ。
 焔の唸りが不死王の叫びすら掻き消し、灼熱の業火がその皮膚や髪を瞬時に炭化した。
 だが、それと同時に吸血鬼の持つ凄まじい代謝能力が、端々から皮膚を再生させていく。
 しかし、水分の塊である眼球は高熱に脆く、再生が追いつかないでいた。
 また、全身各部の神経節などにも深刻なダメージを与えているのか、不死王のその動きは鈍くぎこちない。
 そして、この好機を逃すデュオではなかった。
 短剣を放り捨てると、足元に突き立てたカシナートの剣を両手に引き構える。
「終わりだ……しばしの間、眠れ。不死なる者の王よ」
 その呟きも消えぬうちに、黒帽子の剣士は不死王と交差しその後方にまで駆け抜ける。

 絨毯に燃え移った真紅の焔が、その舌を高くちらつかせる。
 陽炎の中、薙ぎ払いの姿勢で左の長爪を前方へと翳す不死王。
 対して、未だ長剣を振り抜いた態勢のデュオ。
 時間が凍りつき、ただ燃え盛る焔の唸り声だけが空間を支配する。

 そして、時は動き出す。
 緩慢な動作で剣を一振り。次いで、鞘へと戻す。
 キン。
 鞘の口と鍔の部分がぶつかり、独特の金属音が響き渡る。
 それと同時に胴を上下に分断された不死王が崩れ落ちた。
「……四神剣秘伝、音速剣」
 呟き、その視線を斃れた不死王へと注ぐ。
 全身から紅い靄が立ち昇り、その姿が徐々に薄れていく。
 そしてついには、その肉体は完全に消滅してしまった。
 恐らくは、これから長き時間を身体の再生のために費やすのだろう。
「さあ、どうする? ご自慢の吸血鬼達は全滅したよ」
 遠く玉座を見上げ、勧告を突きつけるメルキド。
 気付けば残りの吸血鬼も、既にメルキドによって倒されていた。
「これ以上の戦いに意味はありません。観念し……」
 言いかけたイルミナの表情が凍りつく。
 その老魔術師は口の端を吊り上げて嘲っているのだ。
 そして、その頭上には最高レベルの魔法を顕す光の魔方陣が浮かんでいる。
 そこより導き出された魔力の奔流は、高エネルギー収束体…即ち、圧縮された超高熱の爆炎となって段下の者達へと降り注がれる。
 魔術系最高7レベルに位置する究極の広範囲攻撃呪文TILTOWAITの発現を意味していた。

 

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