〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜
頭上で渦巻く魔法風に導かれ、その空間に穿たれた魔方陣という名の次元の穴より、凄まじき高熱爆炎がこの実空間へと雪崩れ込んでくる。
”TILTOWAIT”と呼称される、古の時代より今日まで受け継がれる最高位の攻撃禁咒法である。
それはワードナの頭上からその段下に佇むデュオ達目掛けて一直線に降り注がれた。
玄室内の湿気た空気が瞬時に蒸発していく。
そして、全ては閃光の中に消えた。
第34話 『血の代償』
イルミナは己の頭上より迫りつつある灼熱の渦を目の当たりにし、絶望を感じきつく目を閉じた。
瞬間、様々な光景を垣間見た。
自分達がここで全滅した後、”仲間”達は果たして助けにやってくるのであろうか?
或いは自分勝手に飛び出してしまった者を、既に仲間として認識してもらえていないのかもしれない。
それとも、仲間と思ってくれていたとしても、あの凄まじき殺気の持ち主との戦いで取り返しのつかない負傷を負っていないとも言い切れない。
そして、ユダヤはどうなったのだろうか。
そもそも、なんでこんな事になったのだろう。
アース姉弟に同行を強要されたから?
仕方なしにデュオについてきたから?
考えども考えども、その答えは見つからなかった。
その時、辺りは目を眩ます程の激しい閃光に包まれた。
「……その理に善と悪の垣根は無し。大いなる其が望みしは一握りの生命、そして其を潤す一滴の鮮血なり」
眩き光の中に、見えるものは何一つ存在しなかった。
だが、その光の闇の中、低く美しい旋律が響き渡る。
その意思は絶望など微塵も感じさせない。
「……さればこの身、この生命を汝に捧げよう。その代償に、我が前にただ一時の奇蹟を顕し給え」
この声は、紛れも無くアイリッシュ・アースのものであった。
そして、この一節は戦闘開始直後より続けていた呪文詠唱によるもの。
と、すれば……
「我が望む奇蹟は一つ」
その声に呼応するかの様に、急速に薄れつつある閃光の中にアイルの姿が浮かび上がる。
アイルは右手をその胸元に添え、頭上に迫る爆炎を仰ぎそっと瞼を閉じた。
そして、その手を振り上げると、胸元より夥しい量の真っ赤な鮮血が噴き出した。
その魔力を帯びた血は、虚空に真紅の魔方陣を描いていく。
魔方陣はアイルの血液を更に吸い取り続け、次第に術の完成へと近づいているようだ。
アイルの顔は蒼白となり、その紅い唇は既にどす黒く変色している。
失いかける意識の中、力強く最後の”言葉”を口にした。「MAHAMAN」と……
刹那、アイルは崩れ落ち、それと同時に頭上に迫る爆炎は突如消え去った。
その身を賭して、大魔術師の呪文を打ち破ったのだ。
虚空には未だ、アイルの血の魔方陣が浮かび上がっている。
しばし呆然としていたイルミナであったが、我に戻るとすぐさまアイルの元へと駆け寄った。
死の脅威が去るとともに、段上へと駆け上がるデュオとメルキド。
近づきつつあるワードナの顔には、明らかに困惑の色が見て取れた。
恐らくはアイルの術によって、その魔術を封じられたか……そう読んだデュオは迎撃呪文への警戒を解き、一気にその距離を詰める。
迫りくるデュオの一撃に対し、ワードナは錫杖をもってその身を庇おうとするが所詮は魔術師。
いかにワードナとはいえ、熟練の戦士の一撃を止められるはずもない。
デュオの剣は、差し出された錫杖ごとワードナの身体を切り裂いた。
そして、間髪入れずに飛び込んできたメルキドの曲剣が、魔術師の首を刎ね飛ばした。
稀代の大魔術師ワードナは死んだのである。
遂にこの大迷宮を築き、上帝のもとより魔除けを奪い去りし魔術師を討伐せしめたのだ。
だが、そんな余韻に浸る間もなく、デュオはアイルのもとへと駆け寄っていった。
そして、その様子を段上から見下ろすメルキド。
その口元には微かな笑みが浮かんでいたが、誰もそれに気付く由もなかった。