〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


 イルミナに支えられたまま緩慢な動作で歩むアイルを追って、デュオは自らも段上へと向かった。
 黄金で設えられた豪奢な玉座の後方に、まるで主の背を護るかのようにその古めかしい書棚はそそり立っていた。
 やや黒光りする年代物の調度品とも呼べるそこより、数冊の書物を取り出したメルキドがすぐ側のナイトテーブルで忙しげにページを繰っている。
 それらの書物はどれも上質な皮の装丁を施された分厚いもので、表紙やその本文にはデュオには見当もつかない様な文字が記されていた。
「なにか見つかったかしら、メルキド?」
 姉の声に、それまで食い入るように本を眺めていた弟が顔を上げる。
「さすがはワードナと言うべきだね。これは想像以上だよ、姉さん」
 その返事に頷くと、アイルも書棚より適当に一冊の本を手に取った。
 メルキドは再び無言でページを繰り始める。
「魔道書ってやつか? なるほど、それがアンタ等の狙いだったというわけだ」
 姉弟の目的を確信した黒帽子の剣士の前に、アイルは手にした本を広げ指さす。
「そう、私達にとっては”魔除け”なんかよりも、よっぽど価値のある古の禁術書。例えば……これは魔物の使役召喚術ね」
 そこに記された古代魔法文字を指でなぞりながら、すらすらと読み上げていく。
 侍職に就く際に一通りの魔術基礎を学んでいたイルミナでさえ、この魔法文字は全く解読できない。
 それを至極当然とばかりに、滑らかな美しい発音で読み上げるアイルに驚嘆の声を漏らす。
 デュオもまた、姉弟の博識さに素直に感心すると共に、このように危険な代物(と思われる)を捜し求める姉弟に対し、一抹の不安を感じずにはいられなかった。
 その不安げな表情を、唱える呪文への恐怖と勘違いしたのか、アイルはくすりと笑った。
「フフ、大丈夫よ。呪文というのはね、ただ唱えるだけでは何の力も発揮しないものよ」
 そう囁くアイルの表情には、まるで教え子に勉強を教える教師のような雰囲気があった。
 デュオは苦笑いを浮かべると、頭を振って降参の意思を示した。
 そんな緩やかな時間が流れていく。
 それから数分が経ったであろうか。
 目を落とす書物に何かを見つけたのか、メルキドがページを繰る手を止めアイルを振り返る。
 それと同時に、部屋の入り口の扉が勢い良く開かれた。
 


第36話 『合流』


 その突然の侵入者に対し、一行の間に緊張が走る。
 メルキドは本を手放し、曲剣を抜きざまに姉を庇うように前に飛び出た。
 デュオとイルミナも各々愛用の得物を構えるが、相手の顔を見るや否やその顔に安堵の色を浮かべる。
 部屋に踏み込んできた3人の侵入者達は、シオンとヨセフ、そしてシキであった。
「リーダー! それにヨセフ様にシキちゃん!!」
 苦楽を共にした仲間達との再会に、イルミナは喜び勇んで駆け出した。
 が、すぐにその表情に暗い影が差し込む。
 どうしてユダヤの姿が見当たらないのだろう?
 そう、そこにユダヤの姿はなかった。
 その疑問を何故か口に出せずにいると、同じく疑問に感じたらしいデュオがその話題を切り出した。
「……ユダヤはどうした? あの殺気の塊との間に何かがあったのか?」
 この質問に、シオンは一瞬うろたえたように見えた。
 シキとヨセフも何か言い難そうな顔をしている。
 一方、アース姉弟の方は、依然と警戒を緩めずにシオン達の挙動を窺っている。
 殺気の持ち主…”魔人”のことはすぐに思い当たったが、表面には一切それを出さない。
「ユダヤはオレ達を先に行かせて、一人であの場に残った……」
 そのシオンの言葉に、イルミナは段を駆け下りシオンに詰め寄る。
「なにそれ? ユダヤさんが一人で残ってるって、それってどういう事よ!?」
 今にも掴みかかりそうな勢いのイルミナを、ヨセフが止めに入る。
 だが、彼女のその表情は激しい怒りと悲しみを訴えている。
「答えてよ、リーダー!!」
 とうとう感極まり、泣き叫び、そして崩れ落ちた。
 自らの腕にしがみつき項垂れる少女の頭を優しくさすってやると、ヨセフは段上で鋭い視線を投げかけてくる姉弟を睨み返した。
「こいつらが世話になったようだが……手前ぇら、何者だ?」
 ヨセフの冷ややかな気迫に満ちた声が木霊する。
 メルキドは相変わらず、剣を突きつけるような構えを解こうとはしない。
 そこに一色触発な緊迫した空気を感じたデュオは、両者の間に割って入ると双方をなだめる。
「待ってくれ、ヨセフさんよ。彼等アース姉弟は成り行き上、俺達を救ってくれた恩人なんだ」
 余計な疑問を抱かせない為に、姉弟とのやりとり(特に姉アイルとの関わり)については言及せずに、それまでのいきさつを掻い摘んで話し始める。
 途中、アイルはメルキドに剣を引くように命じると、広げられた数冊の禁術書をまとめ始めた。
 そして、デュオの説明が終了する頃には、既に必要な書物は全て接収し終えていた。

「一ついいかな?」
 それまで黙ってデュオの話を聞いていたシオンが、姉弟に対してある疑問を投げかける。
「なんだい?」
 無愛想なメルキドの返事。
「その、”魔除け”についてなんだけど、本当にオレ達が貰ってもいいの?」
 同様の疑問を感じていたヨセフも鋭く視線を移す。
 またか、というような人を馬鹿にした様な表情を浮かべて、アイルは小さく鼻で笑った。
「結構ですわ。いくら私達が争いの火種を呼ぶとはいえ、自らが強力すぎる力を持っていてもせん無き事……違うかしら?」
 そう囁くように言い、妖艶な笑みを浮かべる。
 シオン達はそのアイルの態度に不快なものを感じていたが、デュオの目には今のこの態度こそがひどく不自然なものの様に思えた。
「ケッ、そんな事を言ってるけどよ。そいつが本物だっていう保障は何にも無いじゃねぇかよ」
 デュオの手にした”魔除け”を指さし、吠えるヨセフ。
 その台詞を聞き、メルキドは呆れ返った表情で肩をすくめてみせる。
「本当に頭の悪い奴等だね。この”魔除け”が本物かどうかなんて、魔術師の目には一目瞭然だろ。そこの女は魔術師か何かじゃないのか?」
 メルキドの指摘を受け、シオンとヨセフの目がシキに向けられる。
 一瞬、困惑したシキであったが、軽く頷くとデュオに”魔除け”を見せてくれるよう頼んだ。
 快諾し、段の半ばよりヨセフに向かって”魔除け”を投じるデュオ。
 そして、ヨセフによりキャッチされたそれはシキの手に渡る。
「!?」
 それは不思議な感覚であった。
 シキが”魔除け”を手にした途端に、常人には不可視の魔力のオーラがシキを優しく包み込む。
 まるで治癒呪文の軌跡の光をその身に浴びているかの様な、そんな恍惚感にも似た安らぎを感じる。
 そこから溢れ出す眩いまでの魔力の糸束は、とても人の手によって作り出せる代物ではない
「本物の”魔除け”に間違いありません……」
 シキは”魔除け”より迸る魔力をその身に受け、やや放心気味にそう呟いた。
 段上からその様子を見たアース姉弟は、蔑むような表情で微笑む。
「さあ、そろそろ引き上げるとしようか?」
 メルキドの言葉に「ええ、そうね」と頷くアイル。
 そして、メルキドが空間転移魔法MALORの呪文を唱え始めると、アイルはデュオのもとへと力なげに歩み寄る。
「残念だけど……これでお別れね。貴方をお仲間のところへと帰してあげるわ」
 そう囁くアイルの表情は、どこか物憂げだ。
「アイル……ありがとう」
 そう答え、そっと唇を重ねた。
 顔を伏せたままデュオの胸を押し退けると、イルミナへとその視線を向ける。
 一見、他者を圧倒するような厳しい視線であったが、イルミナにはそれまでとは多少違ったニュアンスが感じられた。
「それじゃあね。足手まといさん達……」
 踵を返し、肩越しに手を振り、弟の傍らへと戻っていく。
 次の瞬間、メルキドのMALORが完成し、白い閃光と共に姉弟の姿は掻き消えていった。
 後にはユダヤを除くパーティの面々と、”魔除け”だけが残っていた。


 

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