〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


第4話 『出逢い』

 その禍々しき、盗賊の凶刃がデュオに振り下ろされた。
 否。
 短剣を振り抜かんとする刹那、盗賊の身体は紅蓮の炎に包まれデュオの脇を通り抜けていく。
 大地に倒れ込んだ盗賊の装備は、完全なまでに焼け落ち炭化していた。
 突然の事態に唖然とするデュオや盗賊達をよそに、先の男を焼き払った炎のうねりは、まるでそれ自身が生きているかのように次の獲物を飲み込もうとする。
 魔術師が用いる呪文系統に連なる、業火の術 LAHALITOである。
 恐るべき威力を見せ付けたその術は、デュオと盗賊の頭目らしき男を残すと、まるで何事もなかったかのように消え失せていった。
「……勝敗は決しました。まだ、続けられますか?」
 LAHALITOの火炎が飛来した方向、すなわちデュオと盗賊たちの横合いから、この場には不似合いな程に落ち着き払った女性の声がかかる。
 デュオや盗賊がその方向を向くと、木々の間から純白の緩やかなローブを纏ったエルフの女が姿を見せる。
「て、てめえの仕業かっ!?」
 頭目と思しき男が吠える。
「上帝の兵が動かないのをいいことに、旅人たちを襲うというのは貴方達の事でありましょう?」
「ケッ、トレボーが黙認してくれているのよ。まったく、騒動さまさまだぜ」
「おい、上帝が兵隊を動かしていないと言ったな! どういうことだ!」
 女と頭目の会話に、語気も荒くデュオが割って入る。
「言葉の通りです。ですが、今は悠長に話している場合ではないようですね」
 女が喋り終わろうかという時、頭目は間の距離を一気に跳躍した。
 デュオは攻撃呪文の詠唱を始めんとする女の前に立つと、剣を大上段に構えなおす。
「こいつは元々俺の戦いだ。ケリは……俺がつける!」

 斜め上方から襲い掛かる盗賊と、地面を滑走するかのようなデュオが交差する。
 両者共に、それぞれ得物を振り抜いた体制のまま動く気配を見せない。
 まるでその空間が凍りついたかの錯覚を受ける。

 実際にはそれほど時間は経っていなかったのだろう。
 デュオの時間が再び動き出し、その手にした剣を腰の鞘に収める。
 刹那、頭目の胴が分断され、ゆっくりと上半身を滑らせていく。
 エルフの女魔術師は、その光景を臆する事無く黙って見つめていた。

「終わったようですね」
「ああ。何処の誰かは知らないが、アンタには世話になったようだな」
 終始変わらず穏やかな瞳の女に対し、デュオの表情は険しい。
「それよりも、さっきの話はどういうことだ? 何故、上帝トレボーは兵を動かさないんだ? 西部地域ではガリアの侵攻がはじまっているんだぞ!」
 物凄い剣幕で語るデュオに対して、女は静かに語り始める。
「……その前に、貴方は上帝の「魔除け」について御存知でしょうか?」
「ああ、噂には聞いたことがある。常勝無敗を誇る上帝トレボーの秘宝とかだろ?」
 デュオの返答に女は頷く。
「仰るとおりですわ。そしてもしも、その「魔除け」が何者かによって奪い去られたとしたら、果たして上帝陛下は近隣の領地に目を向ける余裕があるでしょうか?」
「領地、領民を守るのが領主の務めだろう!」
「生憎、あの方には「魔除け」の方が大事だったのでしょう」
 歯軋りし、虚空を睨みつける。
「そんな物の為に街を一つ見捨てるのかよ……」
「……何があったのかは存じませんが、常より謁見すら許されない方を恨まれても仕方がありませんわ」
「ああ…わかっている。ついでにあと一つ聞いてもいいか?」
「何でしょう?」
 トレボー城塞都市へ向かえと言った、師の言葉を思い浮かべつつ尋ねる。
「城塞都市では何が起きている。一体、何があるって言うんだ?」
 女はローブの裾を払うと、都の方角の空を見上げる。
「百聞は一見にしかずと言います。宜しければご一緒致しませんか?」
 デュオもまた、女に倣い遠い空を見上げる。

「俺はデュオだ。アンタには借りもあるが……よろしく頼むぜ」
「わたくしは西村詩姫(ニシムラシキ)と申します。よしなに」

 シキはデュオの手を取ると、優しく微笑んだ。
「実は知人と待ち合わせをしておりまして、時間を省きたいのですがよろしいかしら?」
 デュオはその言葉の意味が良く理解できずに、曖昧な返事を返す。
「結構です。それではわたくしから離れないで下さいね」
 そう言い残すと、シキは常人には聞き取れない言葉(術行使に伴う魔術言語の詠唱)で、何やら呟き始める。
 すると、デュオとシキの周囲の景色(空間?)が段々とぼやけ始めていく。
 その様子に只ならぬものを感じたデュオは、とにかくシキから離れてはいけないと直感した。
 そして、デュオがシキの身体をしっかりと抱きすくめると同時に、その場から2人の姿は消え去った。
 周囲には静寂だけが残っていた。

 

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