〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


 布告。

 我が寝所より、魔法の魔除けを待ち去りし者。
 魔術師ワードナ。
 かの逆賊を捕らえ、もしくは討伐し、魔除けを持ち帰りし勇者を我は求めん。
 見事成し遂げた者には、思うがままの報奨と騎士の称号。
 さらには、我が親衛隊としての道を与えん事を約束しよう。

 傭兵、冒険者、犯罪者、誰でもかまわん。
 一刻も早い魔除けの奪還を望む。

 トレボー・サックス



「なんだ、これは……」
 広場に立てられた上帝の布令を目にしたデュオは、思わずそう呟いた。
 ここは城塞都市の中央に位置する、王城前の記念広場だ。
 ここからは、上帝の居城はもちろんのこと、壮麗なるカント寺院や名高いボルタック商店、そしてその背後に聳える偉大なる龍の山を見渡す事ができた。
 また、都市の中心部というだけの事はあり、絶えず人の群れが行き交っている。
 しかしながら、布令が出されてから幾日か経ったのだろう。
 足を止める者は、まったくといっていいくらいに皆無であった。
「そういう事です。上帝は自らの兵のみならず、在野の者たちまでをも動員して魔除けの奪還を図っているのです」
「それが、今回の一件の真実だってのかよ!?」
 おそらくは無意識だったのであろう。
 デュオはシキの肩をゆすりながら、食ってかかる。
「貴方には申し訳ありませんが……」
 デュオの心情を察し、表情を翳らせるシキ。
「……すまない、アンタを責めるつもりはなかったんだ」
「いえ、別にわたくしなら構いませんわ」
 上帝の居城を睨みつつ、デュオは自分をここへと向かわせた師の言葉を巡らせる。
 ゴーザム老は、師のもとでの修行はもう終わりだと言った。
 そして、ここトレボー城塞へと向かうように命じたのだ。
 もしかしたら、ゴーザム老は始めから全てを知っていたのではないか?
 だとしたら、デュオが今すべき事とは何か。
 故郷を見捨てた上帝に対する復讐ではなく、その元凶となったこの一件の解決なのか?
 それとも、すべてが偶然だったのか?
 もしそうだとしても、今ここでやるべき事はたった1つだった。
「……ワードナの魔除けか。面白い」
「上帝の試練に臨まれるのですね?」
「試練? これが試練だって?」
「そう、上帝の側近たる親衛隊の地位を手に入れるための」
「……なるほど、そういうことか」
 微かな笑みを浮かべると、デュオは踵を返し歩き出した。
「アンタには本当に世話になった。縁があればまた会おう」
 足早にこの場を立ち去る、デュオの背中をしばらく見つめていたシキは、その声が届くギリギリの位置で呼び止める。
「お独りで挑まれるおつもりで?」
 デュオは雑踏の中、そっと振り返る。
「生憎、この街に知り合いなんていないんでね。それとも、アンタが付き合ってくれるのかい?」
「お望みならば……」


第5話 『編成』


 西の丘陵の彼方に日が落ち、城塞の街並みに影を落とす。
 だが、いまや多数の冒険者を飲み込むこの街に夜はない。
 街のいたるところには、かがり火が連日灯され、多くの酒場からは賑わいと喧騒が絶える事はない。
 シキに連れられたデュオは、そんな酒場の一軒にやってきた。

 ギルガメッシュの酒場。
 古代叙事詩の名を冠するこの酒場は、多くの冒険者で賑わう迷宮探索の拠点となっていた。
 つまりは、地下迷宮に挑戦する複数のパーティや、また単独で挑む者達のある種交流の場として機能していた。
 店の片隅では吟遊詩人の演奏にあわせ、歌姫がその美声を奏でている。
 また、カウンターやテーブルには幾人もの冒険者たちが、その武勇伝を自慢しあっていた。
 そんな冒険者たちの一角から、声がかかる。
「よう、シキ。遅かったな」
 見知った顔にシキは笑みを返す。
「久しぶりですね、ユダヤ君。それに、みなさん」
「なんだ、なんだ。俺達はその他大勢ってか? 悲しいな、シオン」
 ユダヤと呼ばれた赤髪の男の隣に座る、司祭風の男がゲラゲラと笑い出した。
「だから、なんでオレなんだよ〜! ……やあ、久しぶり」
「シオン君にヨセフ君も相変わらずですね」
 シキがシオンとかいう小柄な少年と話していると、彼らの仲間と思われる女性がデュオの存在に気がつく。
 やや褐色がかった肌に、切れ長な黒い瞳。
 そして、流れるように美しい黒髪を持った健康的な美女だ。
「あら、シキちゃん。そちらのお兄さんは?」
 彼女の言葉に、皆の視線がデュオに注がれる。
「こちらの方はデュオさんといいます。もし、宜しければ一緒に戦って頂こうかと」
 まるで値踏みでもするかの様な視線が感じる。
 しばらくすると、先程のシオンという少年が口を開く。
「シキのオススメなんだろ? いいんじゃないかな」
「ケッ、お前の基準はいつでもシキ中心かよ……」
「ヨセフ! そんなのじゃないって言ってるだろ〜」
 司祭風の男が茶々を入れると、シオンは顔を真っ赤にして抗議を始める。
「ふぅ〜ん、なかなかいい男じゃない? さすがシキちゃん、いい目してるわ」
「なかなか腕も立ちそうだな。俺はユダヤだ、よろしく頼むぜ」
「あたしはイルミナっていうの。よろしくね」
 はじめにシキに声をかけた赤髪の男、ユダヤが手を差し伸べてくる。
 デュオはその手を躊躇しつつも握り返す。
「ああ、俺はデュオだ。……ところで、これは一体どういう事なんだ。シキさんよ?」
「あら、お忘れですか? わたくしは知り合いと待ち合わせしていると言ったはずですが」
「上手いこと欠員を埋めたじゃねぇか、シキ」
 司祭風の男が会話に割り込んでくる。
「そんなつもりではありません。わたくしはただ……」
「まあ、いいって。俺の名はヨセフ・ディル・ガーランド。好きに呼んでくれ、新入り」
「こいつ、口は悪いけど……性格はもっと悪いから気を付けなよ。オレはシオン、ヨロシク」
 少年はデュオの手を取ると、デュオを席に着かせる。
「そして、わたくしがシキです。改めて宜しくお願いしますわ」
 シキは笑顔を浮かべて、彼女の仲間達を今一度紹介した。
 一通りの紹介が済むと、デュオは彼にしては珍しく僅かに微笑んで言った。
「俺はデュオ・ハインラインだ……よろしくな」

 

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