〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


 近衛兵長ゼル・バトルの号令の下、堰を切ったかの如く兵士達は襲い掛かってきた。
 長剣や短剣を携えた突撃兵(ショックトルーパー)が駆け出すのに先駆け、クロスボウの一斉射撃が始まる。
 その機械弓から放たれる矢の威力は、通常の弓などとは比較にならない程に強力で、ビュンという鋭い風切り音と共に一行めがけて放たれた。
 だが、本来ならば軽装鎧程度は容易く貫通するクロスボウの鏃も、張り巡らされた保護魔法の前にはその本来の威力を発揮する事はなかった。
 そのことごとくが不可視の楯に弾かれ、或いは目標を大きく逸れていった。
 しかし、さすがは百戦錬磨のトレボー親衛隊といったところか。
 その事実になんら驚く様子すら見せず、弓を捨て白兵戦へと切り換え始めていた。
「ヘッ、飛び道具なんざ効くかってんだよ」
 いきり立つヨセフ。
 その頬をかすめるようにして、後方からシオンの鎧通しが投じられる。
 それは、目前に迫った突撃兵の首の装甲の隙間を射抜く。
 突撃兵は、慣性により前方に雪崩れ込みながら絶命した。
 シオンは続けて2本、3本と投擲を繰り返す。
「来るぞ、ヨセフ!」
「ああ、わかってる…ぜっ!」
 気迫を高め叫ぶと同時に、シオンの攻撃を避けて飛び出してきた兵士の頸部を、その装甲ごと真っ二つに叩き割った。
 まさに、魔剱”真っ二つの剱”の二つ名に恥じない威力だ。
 続けざまに襲い掛かる敵兵を、シオンとヨセフはそのコンビネーションで次々と迎え撃つ。
 一方、デュオとイルミナは隣り合うように並び、互いに互いをフォローしつつ善戦していた。
 その時、長剣と短剣を構えた兵士がイルミナの死角より突如飛び掛る。
 それまで前面の敵と切り結んでいたイルミナであったが、側面後方からの殺気を感知するや否や前面の敵を無視してそちらに備える。
 前面の兵士はその隙を突かんと躍起になるが、攻撃の手を伸ばす前にフェイスガードの隙間をデュオに突かれ即死した。
 イルミナは側面からの急襲をなんとか受け流すと、返す刃で相手の装甲ごと首を刎ね飛ばした。

 数では圧倒的に勝る親衛隊も、こと迷宮という閉鎖された空間での戦闘に於いては、冒険者よりも数段各下と言わざるを得ない。
 それは、彼等軍隊の戦い方がここでは通用しないからだ。
 それ故にトレボー軍は、過去四度にわたるワードナ討伐のことごとくを失敗していた。
 とはいえ、デュオやヨセフとて無敵ではない。
 時折、相手の攻撃により手傷を負わされる事もあった。。
 だが、敵の部隊は手傷を負い後退、もしくは討ち死にしたとしても、その後方にはまだ大勢の替えが控えているのだ。
 そして、今まさに敵の前衛が新たに入れ替わったその瞬間、敵兵士達およそ10人ほどは突然もんどりうって苦しみ始めた。
 直後、それらは身じろぎ一つしない物言わぬ死体へと変わり果てていた。
 床に倒れ込む拍子にアーメットヘルムのフェイスガードが開き、その顔が腐臭漂う外気に晒される。
 デュオが一瞬だけちらりと覗くと、その顔は苦しみに悶える凄まじき形相を浮かべていた。
 一定数の敵性体を窒息死させる邪術。シキが唱えた魔術系呪文LAKANITOであった。
 


第40話 『カシナートVSカシナート』


「くっ…冒険者風情が、いい気になるなよ」
 吠えたゼルは斃れる部下の亡骸を踏み越え、手にした奇剱の先端をデュオに突き出した。
 回転する放射状の刃は、まるで空間を削り取るかのように突き進む。しかもその突きは予想外に疾い。
「はぁっ」
 息を吐くと共に掛け声を上げるデュオ。
 その愛剣カシナートとゼルの奇剱カシナートが激しくぶつかり合い火花を散らす。
 刹那、奇剱の回転が双方の剣を、まるで磁気の反発の如く互いを跳ね除けあう。
「私の剱を受けるとは……下衆な冒険者にしては出来るようだな」
 忌々しげに顔を歪めると、ゼルは数歩後ずさり間合をとる。
 右手に回転奇剱カシナート。左手には名高き”支えの楯”が隙なく構えられている。
 そして、その身に纏う玉虫色の騎士鎧は、上帝トレボーにより”魔除け”の加護を与えられたという”聖なる鎧”だろうか。
 対するデュオは楯を持たないフリースタイル。
 手にした得物は魔剱カシナート。
 ゼルのそれとは”銘”こそは同じものの、似ても似つかぬ代物である。
 勿論、デュオのカシナートは回転などはしない。
「……ふざけた玩具だな」
 眼光鋭く紅眼の黒剣士が呟く。
「その玩具に切り刻まれるがいい」
 かくて、二本のカシナートが再び交差した。
 デュオの胴体に風穴を穿たんと、ゼルの奇剱が連続で繰り出される。
 それらの太刀筋を可能な限り見極め、回転する刃には接触しないように上手く受け流していく。
 もしも一撃たりとも避け損なえば、恐らくそれが致命傷となるであろう事は容易に想像がつく。
 しかも、受け流しの際にあの回転する刃に剣先でも掠めようものなら、瞬時にその剣は弾き飛ばされてしまうであろう。
 そして、これら理由により本来は攻撃型のデュオが防戦一方に回らざるを得ないのである。
「くそ……」
 奇剱のふざけた見た目とは裏腹に、その実力は本物だ。デュオは圧倒的な苦戦を強いられていた。
 ヨセフやイルミナも、まるで無尽蔵に湧き出てくるかのような大軍に押されつつあるようだ。
 せめて、目の前にいる隊長格の男だけでもなんとか倒す事ができれば……
 そう思い立った矢先、突如黒いもやのようなものがゼルの視界を一瞬だけ遮る。
 どうやらシキが唱えた、相手の視界を奪う呪文のようだったが、ゼルの纏う”聖なる鎧”がその呪文効果を掻き消してしまった。
 だが、その一瞬で充分だった。
 ゼルの視界が回復した刹那、デュオの姿はそこには存在しない。
 身を屈め、極度の前斜体勢をとり、凄まじいまでの瞬発力で駆け抜ける。
 そして、一閃。
 相手の視界が失われた刹那の間の出来事。
「……音速剣。これが俺の持てる力の全てだ」
 ゆっくりと立ち上がり、振り向くデュオが見たものは……
 己に迫る奇剱の唸り音であった。
「!?」
 その予想外の一撃を、倒れこみつつも必死で回避を試みる。
 だが、渦巻く凶刃は剣士のブレストプレートを削り取り、その血肉を噛み千切った。
「バ、バカな……手応えはあったはず」
 抉られた傷口から、すぐさま赤い鮮血が噴き出す。その出血量から判断するに、傷は決して浅くはなかった。
 しかしながら、その一撃を加えたゼルもまた苦悶の表情を浮かべている。
 デュオの神速の抜き打ちを受けた鎧が拉げて歪んでいる。
 ”聖なる鎧”を貫通さえしなかったものの、おそらく肋骨や内臓にダメージは与えたはずだ。
 それ故に、ゼルがすぐさまトドメを刺しに来る事はない。

 痛みを堪え、必死に立ち上がらんとするデュオ。
 それを無言で見下ろすゼル。
 両者共に苦痛に顔を歪ましているが、それは瞬間ごとに和らいでいるようだ。
 デュオが目を凝らしてみると、ゼルの纏う”聖なる鎧”が僅かな燐光を放っているのがわかった。
 ヒーリング効果。
 上帝により”魔除け”の加護を受けたこの鎧には、装着者の怪我を徐々に回復する力が備わっていると聞く。
 その鎧が本来持つ高い防御力、そしてロードの振るう”護りの剣”。
 これらが揃ったとき、その防禦はまさに鉄壁と化す。
 そして、デュオもまた、自らの怪我が癒されていくのを感じていた。
 懐にしまい込んだ”魔除け”がほの温かい。
 おそらくは”魔除け”もヒーリング効果を発揮しているのであろう。
 それに気付いたのか、ゼルの眼差しが一段と鋭くなる。
「”魔除け”とは厄介な……だが、先程の太刀筋は悪くはない」
 近衛兵長が静かに呟く。
「これが噂に聞く”聖なる鎧”……やれやれだ」
 同じく静かに呟く黒帽子の剣士。
 そして、彼等の周りでは喧騒交じりの死闘が繰り広げられている。
 二人の”カシナート”の所持者は、互いに攻撃態勢をとる。
 おそらくは、次の一撃で勝敗が決するであろう。

 ヨセフやイルミナらと対峙していた一団は、突如発生した巨大な高熱の光球に飲み込まれていった。 
 次の瞬間、ゴゴゴゴ…と腹を震わす低い轟音と共にそれは弾けとんだ。
 そして、そこから吹き出した灼熱の風は、光球に囚われた兵士達の後方に控える者をも巻き込んで全てを炭化させていく。
 亜空間にて引き起こした核融合のエネルギーを実空間に呼び込む禁断の最強攻撃呪文TILTOWAIT。
 シキの発動させたこの術によって、その場に展開していた敵の大半が灰塵と化した。
 だが当の本人は、先程からの高位呪文の連発がさすがに堪えるのか、額に汗を浮かべ肩で息をしている。
「うぉ、相変わらず凄ぇ威力だぜ」
 目前に広がるその光景に、ヨセフは誰にともなく呟いた。
 玄室内の気温が急激に跳ね上がり、そしてまた何事もなかったかのように下がり始める。
 ワードナの魔力によって構築された迷宮の床面は、この高熱を受けてもなんら変化はない。
 人の身体が蒸発したとて、その表面を僅かに焦がす程度だ。
 TILTOWAITの効果範囲外では、それにも全く動じる事なくデュオとゼルが対峙している。
「……少々はしゃぎ過ぎたようですね。休みます」
 シキはそう言い残すと、そのまま気を失いシオンにその身を預けた。
「暴れるだけ暴れて、さっさとバックレなんてよ。まったく姫らしいぜ」
 半分呆れたかのような口調でヨセフはそう言った。
 そして、不敵な笑みを浮かべるとその手をシオンの肩に置く。
「後は俺達がやるから、お前はシキの面倒を頼む」
「ああ。後は任せ……」
 ヨセフの言葉にシオンが返答しかけたその時、耳を劈くようなイルミナの悲鳴が上がった。
 彼女はその声と共に身体さえ打ち震わし、それまで近衛兵達が密集していた後方の壁際を指差した。
 その指し示す方向に、ヨセフとシオンは視線を向ける。
 はたしてそこには、静かに横たわる赤髪の剣士の姿があった。

 

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