〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


 その時、今まさに昇降機に飛び込まんとする近衛兵が、にわかに吐血づくとその場に斃れ小刻みに身を震わせる。
 恐慌状態に支配された他の者達も我先にと威勢良く駆け込むが、誰一人として昇降機へ辿り着けたものはなかった。
 美しき女性による旋律が続く中、それとは裏腹に無残に朽ち果てていく敗残兵達。
 歌うように、囁くように、昇降機内から現れたのは5人の若き美少女達であった。
 上帝の配下において屈指の近衛兵が、その少女に飛び掛る。
 その手にした鈍色の刃が振り下ろされるより一瞬早く、黒髪の少女クレアは左手を突き出す。
 刹那、歌い続けていた祝詞がその効力を発揮する。
 兵士の体内…こと心臓にほど近い冠状動脈に、致命的なまでの血液瘤が急速に発達する。
 それは血の流れを妨げる血栓を引き起こし、数秒とかからず死に追いやった。
 致死魔法BADI─僧侶系呪文第5レベルに位置するこの呪文は、対象となる者に冠状動脈血栓を引き起こし、即座に死に陥れるという恐るべき術法であった。
 昇降機前に立ち尽くす少女達は、皆一様にこの呪文を唱え上げていた。
 そして、そこに殺到する近衛兵達を片っ端から容赦なく抹殺していく。
 その様はまさに戦場に踊る死の戦乙女そのものであった。


第44話 『戦乙女の葬送歌』


 通常これらの高レベル魔法には致命的なまでの隙が存在し、このような乱戦で用いられる事はほとんどないのであるが、彼女達のそれはその常識を覆すものであった。
 5人の術者それぞれが時間差をつけて魔法を連続で発現させ続けている。
 1人1人には大きな隙があろうとも、パーティ全体という見方をすれば一分の隙とて存在しない。
 このコンビネーションこそが彼女ら”ヴァルキリー・センチネル”を一流の冒険者と言わしめている所以であった。
 そんな死の呪が降り注ぐ中、運良くその難を逃れた1人の近衛兵が昇降機内へと駆け込む事に成功した。
「クソッ、なぜ上帝の栄えある近衛兵たるこの私が……」
 息を切らしながらそう漏らすと、震える右手を昇降機の操作レバーへと伸ばす。
 ブン。
 不意に耳元に風切り音を聴いた。
 その矢先、男は右腕の肘から先が消失しているのに気が付いた。
「えっ……!?」
「残念だけど、こいつはいま貸し切りだから……」
 その声に男が振り向くと、昇降機内の壁面に寄りかかるようにして立っていた青髪の青年─カシュナ・アイバーンは既に男の鮮血に染まるエクスカリバーを振り下ろした。
「しかし、まさかトレボー子飼いの親衛隊と戦う事になるとはね」
 溜息を一つ吐くと、カシュナは昇降機からゆっくりとその足を踏み出した。
 そして、その頭数を大幅に減らし、戦意すらも失いかけた敗残兵達をそっと見据える。
「魔法止め。あんまり気乗りはしないけど……掃討戦に移るぞ」
 カシュナの号令が掛かると、戦乙女達は瞬時にその死を紡ぐ旋律を打ち切る。
 同時に各々得物を構え、次の指示を待つ。
 彼女達の先頭に立ったカシュナは、それまで跳ね上げていたフェイスガードを無言で閉じると、手にした魔法剱エクスカリバーで前方の虚空を薙ぐ。
 「総員、突撃」

 一方的なまでの戦闘が繰り広げられる回廊の片隅、壁際に蹲ったヨセフはそのカシュナ達の戦いを無言で眺めていた。
 度重なる激戦により高位の治癒魔法を使い果たしていたヨセフは、今しがた自らが負った傷を癒すべく低級の治癒魔法を幾重にも重ねがけをした。
 それは気休め程度のものでしかなかったが、かろうじて意識だけは繋ぎとめておく事ができる。
 目の前で繰り広げられる戦いの熱気がそうさせるのだろうか。

 流水の如き優雅な動きで大刃を操るカシュナの技は近衛兵のそれを遥かに凌駕していた。
 或いはユダヤとも互角かもしれない。
 腰まで伸びた黒髪の少女クレアが手にしているのは、疾風(かぜ)の魔法剱”切り裂きの剱”だ。
 そのシャープエッジが相手の急所を的確に捉えていく。
 クレアの真横で巧みに長槍を操っているエルフは、美しいプラチナの髪を持つエストだ。
 北地の聖槍”メナードの槍”を構えるその姿は、伝説のワルキューレを彷彿させる。
 その背後ではショートカットが似合う元気娘シャルムが、紅蓮の炎に包まれた鞭を振るっている。
 フィリアとアイラも、それぞれ槍斧と大鎌で敵を圧倒していく。
「……強いな」
 疲れきった表情で、ヨセフはそう一言呟いた。
 これまでの冒険で常に競い合ってきたライバルとでも呼ぶべき者達。
 彼女らの戦いを前に、ヨセフはこの奇妙な縁を改めて実感した。
 ライバルでありながらも同じ善戒律のパーティであるカシュナ達とは、今までも協力し合う事が多々あった。
 だが、自分達が全滅に瀕した今ほど、その存在が頼もしく思えたことはない。
「くそったれが」
 そう呟くヨセフの目に熱いものがこみ上げてきた。

 第五次討伐隊が全滅したのは、それから半刻ほど後の事であった。

 

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